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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第一章 大領地の守り子
2/157

2わたくし騎士になれないのですか⁉︎


 それから時は経ち……。



 少し動くと汗が出てしまう夏が過ぎ去り、爽やかな涼しい風が流れるように吹く秋の初め。剣の鍛錬にもってこいの気候に心が躍り出す季節です。わたくしは中庭でいつものように剣の素振りをおこなっていました。


「ふん!はっ!」


 わたくしが剣を振るうと、風を切る音が耳を心地よく通り過ぎます。


「うーん、今日はなんだか調子が悪いのかしら? たったの八百回で腕がだるいわ」


 わたくしは千回の素振りを毎朝の日課にしています。ここ五年は風邪でもひかない限り、毎日行っていますのでもう慣れたものですわ。


 決まった回数をこなすとその日の体と心の調子も良くわかりますし、朝一番に運動することで、頭に血液がよく循環し、その後のお勉強がとても捗ります。


 剣を振るう回数が終わりに近づくと辛さが一気に増していきますが、やり終えたあとの何とも言えない爽快感が、この後に待っていると思えば、多少の苦しみも乗り越えられます。


「千回っと! ふう……。今日の朝の鍛錬はこのくらいにいたしますか」


 わたくしは剣を脇差にしまい、額に溢れた汗をぐっと拭います。


 素振りはやっぱり最高ですね! 連日の淑女教育で溜まったフラストレーションが一気に吹っ飛びますもの! はあ〜スッキリ。この瞬間がたまらないのです! 剣のお稽古、最高!


 あの日、助けてくれた男の子に出会ったわたくしは、剣のお稽古をするようになり——いつの間にか剣を振る時間がこの世で一番好きと言う、変わった御令嬢に成長していました。


 素振りで風を切り裂く感覚も、魔獣をなぎ払い自分の道を切り開く感覚も。もちろんお手入れだって。

 剣に関する全てを愛しています。

 ——きっとわたくしは剣を振るために生まれて来たのでしょう、そう思ってしまうくらいには。


 自主練が終わり、愛用中の子供用の剣を中庭にある物置にしまうと、それまでの清々しさはどこへやら、鬱屈とした気分が脳内に押し寄せてきます。

 誰もいない物置の中で、わたくしは項垂れます。


「ああ……。わたくしのプレシャスタイムが終了してしまいました……」


 ああ、このまま永遠に全ての時間をかけて剣のお稽古をしていたいのに! どうしてわたくしはこれから淑女教育なんてしなければならないのでしょう!


 素敵な剣のお稽古タイムが終わると、地獄の淑女教育の時間がやって来ます。

 淑女教育とは、よい妻、よい母親になるために、と銘打たれた古臭いオベンキョーのことです。


 普通の御令嬢なら楽しいと思える内容なのかもしれませんが、脳筋気味のわたくしの性に合わない部分が多すぎて、ついついため息が出てしまう、地獄の教育時間。


 それでも……まあ……まだ、何かに役立ちそうな刺繍のお稽古とかなら我慢できますよ? 縫い物の技術は汎用の効く便利な技術です。騎士として戦場に出向いた時に縫い物一つできなければ、騎士服の修復もできませんし。


 でも……。「これは伯爵家のご令嬢として必須の知識です。よおく、お勉強しましょう」という家庭教師の前振りで『正しい旦那様のご機嫌の取り方』なんて、おっそろしい内容の授業が平然と行われたとき。さすがのわたくしも馬鹿らしさにドン引きしてしまいました。


 How to形式の定型分を家庭教師に見せられた日には、あんまりにも情けなくって、教科書を放り投げたくなってしまいました。大人なら自分の機嫌くらい、自分でとって当たり前でしょう⁉︎


 こんなくだらない勉強に時間を割くくらいだったら、剣を振る時間を少しでも増やしてください!


 わたくしは一日中、ずーーーーーっと剣のお稽古をしていたいのに!


 ……そんなこと言うと、またいつものようにお兄様たちに剣狂いのリジェット、なんて言われてしまうのですが。

 それくらいわたくしは剣のお稽古が大好きです。


 あ、嫌だわ。わたくしったら剣のことで頭がいっぱいになりすぎて、ここまで自分の名前すらご紹介していませんでしたね。



 わたくしはリジェット・ノーラ・オルブライト。



 ハルツエクデンという名を持つこの王国で、王都からそう遠くない場所に位置する山沿いの、自然豊かなで広大な領地を持つ、オルブライト伯爵家の末娘です。


 オルブライト家は代々、騎士としての適性を持つものが多く生まれる伯爵家。王家の剣と呼ばれるこの国の騎士団に優秀な騎士を輩出しています。


 現在は領主として領地を納めているわたくしのお父様も、騎士としての現役時代は王家の剣・騎士団長を長年務めておりました。

 お父様は、騎士向きの屈強な体つきをお持ちで、そこから生み出される剣裁きは恐ろしく速いことで有名でした。歴代の騎士団長の中でも指折りの騎士だと言われており、今なお、その活躍は伝説となり騎士団内外で語り継がれるほどです。

 かつてはこの国の命運を分けた、先の対戦でも多くの武勲を立てた自慢のお父様で、多くの現役騎士達にとっても憧れの存在なのです。


 わたくしのお兄様たちもオルブライト家の系譜の人間らしく、恵まれた体躯を持ち合わせており、三人とも騎士の道へと進んでいます。


 上二人の兄たちは騎士団に入隊している現役の騎士として活躍中で、その中でも重要なポストを任されております。三男であるヨーナスお兄様も今年、王都の騎士学校に入学して、優秀な成績を収めているそうです。


 そんな素晴らしい同輩を家族に持つわたくしの夢は、もちろん王家の剣に所属して、この国を守る剣となることです。


 わたくしも早く騎士学校に入学してお兄様たちに追い付きたいです!


……まあ、まだ十一歳なので騎士学校には入学できないのですが。


 貴族階級の家に仕えるような騎士は学校に通わずともなることはできますが、王家の剣は王族に仕えますので、専門の騎士学校に通わなければなることができません。


 王都の騎士団に属する騎士学校は十二歳から入学することができます。二年間、みっちり騎士の基礎について学び、その後見習い期間を経て初めて王家の剣になることが許されます。


 あと一年でわたくしも入学できる年齢になりますが、それまで待ちきれません!


 騎士学校は一日中、剣のお稽古三昧! もちろん淑女教育はゼロ!


 大好きな剣の握り心地を一日中感じていられるなんて……。

 暇さえあれば、剣を握っていたいわたくしにとって騎士学園は天国のような場所です。


 ああ! やっぱり剣のお稽古は最高です! 早く騎士学校に入りたい!

 わたくしは自分のことを剣士になるために生まれた女だと思っていますから。



 朝の素振りを終え、軽く体を清めたあと。わたくしは自室で身支度を整えるため侍女を呼びました。

 今日もいつものように、専属の侍女であるラマがわたくしの身嗜みを整えていきます。


 午前中の柔らかな日差しが入り込む屋敷の自室で、わたくしはいつものように鏡の前に立ちます。今日の服装におかしなところがないか、最終チェックを行います。


 今日の服装は淡い桃色の布地に、花模様が編み込まれているレースが印象的なドレスです。いかにも令嬢が着ていそうなお洋服だなあ、となんだかしみじみ考えてしまいますね。


「お嬢様はやはりこういう格好がとてもお似合いになりますね。着飾るのがとても楽しいです」


 朝の着替えの時間、侍女のラマはこんなふうに毎日毎日欠かさず、私のことを褒め称えてくださいます。

 自分でも言うのはなんですが、わたくしの見た目は女の子らしく、ドレスが似合う方なのではないでしょうか?


 ラマの言う通り、わたくしは一見、どこからどう見ても可憐な見た目をした、THEご令嬢の見た目をしているです。


 同い年の子供たちよりも華奢で小さな体、ミルクのように真っ白な髪、垂れ目で潤んだ果実のような赤い瞳。


 わたくしの剣狂いを知らない人が見たら、守ってあげたいか弱い系令嬢と勘違いするでしょうね……。

 実際は脳筋ですが。


 その特徴から屋敷のみんなは、わたくしのことを白うさぎちゃんと呼んでいます。とっても可愛らしいという意味で好意的にみんなが言ってくれているのはわかるのですが、釈然としません。うさぎちゃんってなんだか弱そうですよね?


 もっとお父様やお兄様のように強そうに見えたいのに。


 わたくしとしてはもっと剣士らしいキリッとして強そうな、かっこいいお顔に産まれたかったのですが……。お顔は選べないので仕方ありませんね。


 ちなみに、このような姿で生まれた人間はオルブライト家の中でわたくしだけです。


 オルブライト家のものは通常みな、髪に闇のように深い黒、釣り上がった瞳、屈強な体を持って生まれます。


 その特徴からオルブライト家の騎士は『王家の黒豹』とも呼ばれています。


 実際、家族が並ぶと、それはそれは屈強に見えるので、柔な盗賊なんかは顔を見るだけで逃げ出してしまいます。みんな顔が怖いだけで、心根はとてもやさしいのですが。


 家族全員の肖像画を絵師に書かせると、わたくしの異質さがよくわかります。一人だけ、どう見ても浮いていて、場違い感が出てしまうのです。屈強な見た目の家族に私が混じると、まるで黒豹に囲まれて、追い詰められた白兎のように見えてしまいます。


 屈強な見た目の人間しか生まれない、オルブライト家からわたくしが生まれた時、屋敷のものはそれはそれは大騒ぎだったらしいのです。


 皆口を揃えて、こんなに可愛らしい女の子が生まれるなんて! と大はしゃぎし、喜びを分かち合ったと聞いています。家族はもちろん、家で働く使用人も可憐な見た目をしたわたくしの誕生に喜び、それはそれは宝物のように大事に可愛がってくれています。

 ……ちょっと過保護なくらいに感じてしまうくらいには。


 みんなわたくしのことをお姫様のように扱いますけど、わたくし本来の気質はTHEオルブライト家な感じだと自分では思っているのですがなかなか伝わりません。


 伯爵家の貴族の娘としてはこの嫁の貰い手の多そうな可憐な特徴を喜ぶべきなんでしょうけれど。わたくしは素直に喜べませんし。


 あくまでも、わたくしの夢は王家の剣になることです。


 お嫁に行くより、お父様やお兄様たちのように王家の剣として騎士になり、働くことを望んでいます。


 わたくしは着飾っておとなしく家で令嬢としての教育を受けるより、お兄様達と庭で剣を振っていた方がとても性に合うと思うのです。

 筋もなかなか悪くないってお兄様に褒められますし、もっと鍛錬を積むことができれば、なかなか悪くない剣士になれると思うのです。


「お嬢様、ボーッとしていないでくださいませ。これから家庭教師の先生がいらっしゃいますよ」


 ラマに声をかけられ、ハッとします。

 ……今日も一日、お嬢様らしい生活が始まりますね。



 午前中の座学的な教育と刺繍の練習をなんとか我慢してこなし終わると、午後はなんとなんと! 待ちに待った、剣のお稽古があります。


 ある程度の格が高い貴族家ではご令嬢であっても有事の際に自身の身を守れるように、淑女教育の中に剣術や護身用術の勉強が組み込まれます。王都の騎士団、王家の剣の中でも教えることに長けている年長者の職員が、先生役として領地ごとに配置される仕組みが国内で整っているのです。


 普通でしたら、簡単なあしらい方までの指導しかされませんが、ここに来る先生は元々鍛錬を積んでいるわたくしの実力に合わせて、騎士団仕様の本格的な剣術を教えてくださるのです。

 わたくしにとっては、何にも変え難い、貴重な時間ですね。


 中庭に向かう騎士服を着た先生がすでにお待ちでした。


「では今日も、初めて行きましょう」

「はい! よろしくお願いします!」


 わたくしは先生のお手本の動きをじっと見つめます。

 やはり、先生の身のこなしは大変勉強になりますね……。刃の描く鋭い直線に迷いがありません。


 先生の動きは素振りは、小さな魔物の討伐しかやらせてもらえないわたくしとは違い、実践を積んでいることがよくわかる動きでした。

 わたくしも早く、実戦に出れるくらいの実力を付けねばなりませんね。



 集中して剣のお稽古をしていると、先生が帰るお時間が来てしまいました。あーあ。楽しい時間はあっという間に終わってしまいますね。


 侍女のラマから受け取ったタオルで汗を拭き取りながら歩いていると、外廊下を歩いていたお母様の黒く美しい髪が視界に入ります。


「まあ……。こんなところでお母様に会うなんて……」


 ——お母様とこうして日中に鉢合うことは、とても珍しいことです。

 親子とはいえ、お母様は領主の妻としての責務に忙しく、生活している中でほとんど顔を合わせることはありません。

 何か用事でもあったのでしょうか? お母様は菫色の瞳を不安げに揺らしながら、険しい表情でわたくしをじっと見つめています。


 じっと見られていると、なんだか気まずいなあと眉を下げていると、お母様はその重そうなその口をようやく開きました。


「あなたは不思議ね、女の子なのに剣のお稽古が好きなの?」


 剣が好き? わたくしにとっては今更な質問です。もちろん即答しました。


「はい! 剣のお稽古はとっても楽しく、握っているだけで心が躍ります! ……わたくし、もっと剣の腕を高めて、国のために戦える人間になりとうございます!」

「まあ……」


 お母様は微かに苦いものを噛み締めたように表情を歪めます。


「剣も振るうことができないよりはできる方が、有事の時に役立つけれども……。淑女教育も怠ってはいけませんよ」


 お母様の嗜めるようなご指摘に、わたくしはしょぼんと気持ちを沈ませます。

 わたくしだって、刺繍やレース編みなどの淑女教育を受けることが伯爵家の令嬢の義務だということはわかっています。正直、苦手ではないですし、遜色ないくらいにはできますよ? けれども、やっぱりわたくしの一番は剣のお稽古なのです。


 お兄様たちは、マナー教育や領地経営のお勉強だけで、他の時間は剣のお稽古に充てられたのに。わたくしは女であるが故に、余計なお勉強までやらなければなりません。はあ……。お兄様たちが羨ましい限りです。


「もちろん女子のたしなみであるお針子様やレース編みもしなければいけないことだとは思っていますが……。わたくしは剣のお稽古がやっぱり好きなのです。剣を振っている方がなんだかわたくしらしく感じるのです」


 正直に考えていることを伝えると、お母様はまあ、と驚いた様子でこちらを見ています。

 同時に難しい表情をしている気がいたしますが、貴族らしい微笑みを崩してはいないのでさほど問題ないでしょう。


「あなたにもオルトブライト家の血が、受け継がれていると言うことね」

「はい! オルブライト家に生まれたことはわたくしの誇りですわ!」


 お母様が誇れるような、家名に恥じぬ立派な剣士になりますからね!


 心の中で元気いっぱいに宣言します。お母様も期待してくださっているみたいだし、今後も一層、剣のお稽古に力を入れなければなりませんね!


「ラマ、わたくし、もう少し剣の素振りをしてから部屋に戻るわ!」

「え! お、お嬢様!?」


 慌てるラマを宥めてわたくしは剣をまた取り出します。お母様を見送った後も、より一層力を入れて剣を奮い続けました。



 ……今でも思うのですがわたくしはこの時、周りが見えていない能天気な子供でしたね。


 お母様がわたくしの元を離れる際に、困った子と小さく呟いたことにわたくしは気がつかなかったのですから。



 その日の夜。部屋で戦術書を読み込んでいたわたくしの元に、お父様付きの使用人が『今日は特別に夕食を両親と同席するように』とわざわざ伝えにきました。わたくしは何かあったのかと首を傾げます。

 普段わが家では子供と大人は別の食事室を使って、夕食をとるので普段は一緒に食べることはほとんどありません。


 あるとすると、両親が子供たちと直接言葉を交わす必要があると判断された時だけです。


 普段あまりわたくしに関わることがない両親ですが、私も十一才になったので、今後の予定を話し合う必要性を感じたのかもしれません。


 しかも今日は兄たちもいないのです。兄たちがいる夕食会もつまらない訳ではないのですが、兄たちは現役の騎士と騎士学校の学生なので、どうしても話題はそちらに持っていかれてしまいます。


 ……と、いうことは、今日は父と母の視線を独り占めしながら、たくさんお話ができるということかしら? 滅多にないシチュエーションにわたくしの心はすぐにウキウキルンルンになってしまいます。


 支度を整えて食事室へ向かうと、両親はすでに席についていました。わたくしもラマに椅子を引かれて席に着きます。

 いつもわたくしが食事をする子供専用の食事室の、たのしげな雰囲気とはうって変わって、この屋敷の主人であるお父様がいらっしゃる食事室はどこか荘厳な雰囲気が漂っています。上を見上げれば煌々と輝くシャンデリア。銀食器だって、王家ご愛用の品に負けない輝き。これぞ、伯爵家当主の食事室、といった具合でしょうか。


 運ばれてくる料理へ銀食器を使って手をつけていくと、お父様の刺さるような視線を感じました。その視線はわたくしの様子を見極めているように見えます。マナーの抜き打ちチェックでしょうか?


 ……そんなこと仕掛けられても問題はありませんけどね。お兄様たちには剣狂いと呼ばれていますが、わたくしだって立派なオルブライト伯爵家の令嬢。

 一応貴族としての身のこなしは一通り身についているつもりです。


 貴族の食事には、マナーがつきものですが、毎日教育を受けているわたくしにとっては特に難しいものではありません。


 作法通り小さく切った料理を、いつも通り品よく口に運んでいきます。行儀よく料理を食べるわたくしの姿を見て父はお褒めの言葉をくれました。


「リジェットはマナーをよく覚えられていて、行儀が良いな。上の兄たちは武に偏りすぎて、その他の教育に少し難があったが……。お前はよく身につけられている。これならどこの領地に嫁出しても恥ずかしくない」


 あらまあ。お兄様たちにもそんな時期もあったのですか。

 

今ではわたくしに完全無欠のかっこいいところしか見せてくれない憧れのお兄様たちにも、マナー教育がおぼつかず、おろおろする時期があったなんて。様子を想像すると、いかつい顔のお兄様たちが可愛らしく思えてきてしまうので不思議です。


「まぁお褒めの言葉ありがとうございます。とても嬉しく思います。……ですがわたくしはこの家の一員として騎士学校へ向かう身。マナーも大切ですが今後は今以上に剣の上達に力を入れないといけませんね。わたくしもっともっと修行を積んで強くたくましくなりますわ!」


 よし、決まりましたわ!わたくしの進路宣言!

 やり切ったわたくしは満面の笑みで父の目を見ました。

 そんなわたくしの決心とは裏腹に、なぜかお父様はキョトンとした顔でこちらをみていました。


「お前を騎士学校などにやるわけがないだろう」

「え?」


 今度はわたくしがキョトンとした顔をしてしまいます。


「お前は成人になるまでこの家で嫁入り修行をして、この家との他貴族の縁をつなぐために他領に嫁ぐに決まっているではないか」


 あら? そんなの初耳です。確かにわたくし達以外の貴族のご家庭では令嬢は他のお家に嫁ぐため、何か理由がない限りは、学校には通わず嫁入り教育をするのかもしれません。


 けれどもオルブライト家は騎士の適正があるとされる家柄。わたくしも適正さえあれば騎士学校への入学が認められるものだとばかり思っておりました。


「え……。けっけれども、お兄様方は問題なく騎士学校に通われているではないですか」

「それはお前の兄達が男児であるからだろう。この家から女児を騎士学校に通わせるつもりはない。女児が騎士学校に通うことは貴族女性として非常に不名誉なことだ。私はお前にそんな汚名を被せたくないのだ」


 汚名? と、内容がわからないという顔をしているとお父様がこの国の騎士団における女性の立ち位置を説明してくださいました。


 なんでも女性が騎士学校に通わせるという事は、どこの家にもお嫁に行けないような素行の悪い令嬢や、本妻の子の存在を脅かす脅威を持った妾の子など、立場上屋敷に置いておけない厄介者を学校に押し付ける意味合いがあるそうです。


 そんなこと、ちっとも知りませんでした。わたくしは……ただ単純に……剣を振るうのが楽しくて楽しくて、この力で民を守り、国に貢献できたのなら、どんなに幸せだろう、と思っていただけだったのです。


 わたくしはどうしてこんな考えなし行動をとっていたのでしょうか。


 わたくしを見守る立場の従者達は、わたくしの行動をどう捉えていたのでしょう。もしかしたら、変わった趣味を持った私を気が済むまで好きにさせてやろう、生暖かな目で見守っていたのかも……。かわいそうな女の子だと思って。


 いずれにしても、わたくしは騎士になることを望まれていないのです。

 ——この屋敷に住む誰にも。


 お父様は真剣な表情で、わたくしの目を見つめていました。その深い緑色の瞳が織りなす厳しい視線に、わたくしの反論を受け入れる隙は一切感じられませんでした。




「わたくしは……王家の剣にはなれないのですか?」

「そうだ」




 お父様の重みを持った声。

 それは未来が決定した、覆らない否定の言葉でした。




 記憶に深く染みつくようなその声に、わたくしは初めて絶望が作りだす、果てのない暗闇の色を知ったのです。




あら、お父様にバッサリ切られてしまいましたね。

人生そんなにうまくはいきません。

お暇な時に評価などもいただけるとありがたいです。励みになります。

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