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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
152/157

137初石が戻ります


「どうして! どうして! どうして⁉︎ 美しい黒の髪を持つ子供! あなたは永遠が欲しくないの⁉︎」


 癇癪のようなキンキンした声でグランドマザーが叫びます。そんな彼女の様子をマハは乾いた表情で見ていました。


「思わない」


 真っ直ぐで強い視線を持ったマハの答えは簡潔でした。


「ただでさえこっちは鈍い子で体の年齢が少しずつしか変わらないんだ。早く普通みたいに歳を重ねて、体調の悪いスミを抱えられるだけの力と身長を手にできたいいのにとは思うけど、若くいたいなんてこれっぽっちも思わないね」


 自分の体を見ながら自嘲する笑いを見せたマハの様子からは、少しだけ清々しさが垣間見えます。


 その表情を見たグランドマザーは、理解不能といった様子で、せっかく美しく仕上がった表情が台無しになるくらい歪ませながら睨みつけていました。


「わからない! わからない! わからない! どうしてあなたは、あんなにも美しくない女に惹かれるの? あんなにも、醜悪なものを好むの!? ……じゃあ、権力は⁉︎ 大聖堂内であなたが望む肩書きを差し上げましょうか⁉︎」

「俺の肩書きはスミの従者。それ以上でも、それ以下でもない」

「じゃ、じゃあ、あなたを私のそばにおきましょうか? いつでも美しい私のそばにいられるなんて嬉しいでしょう⁉︎」

「スミ以上に美しい女性はいないから遠慮しておく。悪いけど、あんたは俺の好みじゃない。俺が。望む物はただ一つだけ。ずうっとスミのそばにいることだけだ」


 グランドマザーは信じられないものを見たような表情を見せます。


「ああ……あああああ……」


 そうして、子供が泣き疲れたような干からびた声が絞り、床に崩れ落ちました。


「どうして……みんな、私と同じ側に……立ってくれないの?」


 啜り泣く音。顔を伏せたグランドマザーはまるで親に捨てられた子供のように、感情を剥き出しにしながら鼻を鳴らしていました。


「……寂しい……寂しい……どうして……」


 先ほどまで、狂気を体に纏っていたのに。今の彼女からは不思議なくらい生気が感じられません。

 スミはそんなグランドマザーの元に一歩一歩近づきながら、諭すように言葉を紡ぎます。


「昔の私は、あなたと同じ側に立っていたつもりでしたが、あなたを本当の意味で救えていたわけではなかったのですね、グランドマザー。あなたはたくさんの子供に囲まれていたけれど、しっかり者だったあなたには本当の意味で心を許せる人間なんて一人もいなかったのかもしれない」


 項垂れて、動かないグランドマザーを見ていると、がらんどうに広がる穴を眺めているみたいに、底がしれない、深い闇の中を見ている気分になります。


 今の彼女は、元々持ち合わせていた美しい気質を完全に塗り替え、人間として誰もが少しだけ持ち合わせている欲の醜い部分だけを、集めて、増長させ、成形された、自分ではもうどうしようもできない可哀想な入れ物。


 ——これが女神の羅針盤を持った人間の末路ですか。


 たくさんの色盗みの女達にひどいことをしてきた人だというのはわかっているのに、どうしてか同情の気持ちが湧いてきてしまいます。

 もし、スミが言うようにグランドマザーが女神の羅針盤によって精神を侵され、狂ったのだとしたら、彼女も被害者なのかもしれません。


「欲望に飲み込まれたあなたを愚かだと詰る権利は私にはありません。私だって欲に呑み込まれながら生きていますから」


 スミはそういって目を優しく細めます。きっと彼女の脳裏には、今までに盗んだ色の数々が映し出されているのでしょう。


「純真であることは何事にも勝る美点だと世の中では言われますが、私はそうは思いません。純真な人間はこの世界に染まることすらできませんから。人が何かを成し遂げたいと思うとき、その原動力となるのは欲望です。うまくコントロールさえできれば、欲望は私たちの願望を叶えるためのよき伴走者となるのに。あなたにはそれができなかった」


 スミはグランドマザーの元へ一歩また一歩と続いていきます。へたりと腰が抜けたように座り込んだグランドマザー。

 ゆっくりと近づいてくるスミを見上げて、細切れに喉を鳴らします。


「ああ……。あ、あああ……」


 スミはポケットから、魔法陣を一枚手にし、握りしめながら、魔力を込めると、ぼうという起動音とそれに伴う光が見えました。


 グランドマザーの目の前に立ったスミを、わたくしと先生とマハは後ろで一切の手出しをせずに見守ります。


「あれは……なんの魔法陣ですか?」


 わたくしは先生の袖口をぎゅっと掴みながら尋ねました。


「肉体強化の魔法陣じゃないかな?」

「肉体強化……」

「初石って奴は体内に取り込まれるんでしょう? スミはそれを取り除こうとしているんじゃないか?」


 それは……自らの腕を硬化し、体内から石を抉りとろうということでしょうか?


 その映像と想像したわたくしは眉間を寄せてしまいます。


「わたくしから初石を取るときは簡単に取れたのに……」

「人から奪い取ったものだもの。元々自分のものでないものを体に馴染ませているんだから、取り除くのは容易ではないだろうね」


 スミは左手でグランドマザーの二の腕をガッチリと掴み、胸の中心に手を伸ばします。

 わたくしはその映像に耐えられず、瞬間的に、目をぎゅっと閉じてしまいました。


「ぎゃああああ!」


 叫ぶグランドマザーの耳元でスミが何かを呟くのが見えました。すると叫んでいたグランドマザーはぴたりと動きをとめ大人しくなってしまいます。


 最初に大きな石が彼女の体内から抜かれました。するとグランドマザーは石像のように、ぴたりと動かなくなります。


 最初に見た、蔑んだ笑みを浮かべる妖艶な美女という印象はもはやなく、そこには諦めてしまったかのような、どうでも良くなってしまったかのような、表情を欠いてしまった幼児の如く、どこか清廉さすら漂う、表情が浮かんでいました。


 まるで、石を抜かれるたび、本当の自分に戻っていくよう。


 ぐちゃり、と肉が裂ける耳障りな音が連続して聞こえます。


 スミは次々と彼女の体から石を抜き取っていき、抵抗しないグランドマザーはそれを受け入れているように見えました。

 もしかしたら、今の彼女は生きながらえたくないと言ったスミの見解は正しかったのかもしれません。


 グランドマザーは訳もわからず他人に刃を向けてしまう自分自身を、第三者に止めて欲しかったか。


 きっと、それをするのはスミでなければいけなかったんだわ。


「私があなたにできる最後の処置があなたを殺すことだなんて……悲しいけれど、それがあなたの運命みたいです。グランドマザー」

「あ……ああ……」


スミは感傷を見せずに、淡々と作業をするように、グランドマザーから石を抜き取っていきました。

 コツリ、コツリと独特の白みがある様々な色をした丸い石たちが山のように積まれていきます。


 最後の石に手を伸ばしたその時、スミはふわりと優しく微笑みました。


「さようなら、グランドマザー」


 スミの腕はグランドマザーの胸元へと伸び、その中にずぶりとめり込ませました。



 スミは最後に引き抜いた石をじっと見つめていました。


 ああ、きっと最後の石は、スミの石だったんだわ。

 星あかりに照らされた石は見たこともないくらい複雑な紫色の輝きを放っています。


 わたくしは何も言わないまま、その行為の顛末を見守っていました。最後の石を抜かれたグランドマザーは、そのまま糸が切れたように床に崩れ落ちます。

 スミがその体を支え、静かに床に寝かせました。グランドマザーは目を瞑ったまま、ピクリとも動きません。


 他人の石でその命を保っていたグランドマザーは全ての石を抜かれたことで、本来の寿命を終えたのかもしれません。


 スミはグランドマザーの体内から引き抜いた紫色の石にこびりついた血を袖口で拭い、色を確かめるように星明かりにかざします。


 そして、スミは、何かを感じ取った後眉を下げながら、微笑みました。


「スミ……? 石を取り戻せたんだから、早く体内に取り込まないと……」


 急かすように言ったマハも、スミの持つ宝石を見て、目を見開きます。


「見て、マハ。これが私の持っていた石よ」

「嘘……」


 スミは清々しさを滲ませて楽しそうに、マハはそれをみて苦しげに笑います。


 石はスミがわたくしからとった石のように、半分がスミの瞳の色である、紫を帯びていました。しかしその上半分は、かすかに伸びる白い線が一本入っているだけでその他の部分は全て黒く染まっていたのです。


 わたくしの石は半分が白かったはず……。


 それを思い出してハッとします。色盗みの髪は濁れば濁るほど術者の寿命が短いことを表す——と、いうことは。


 白さが残っていない石にはそれほど寿命が含まれていないのでは。


 悲壮に顔を歪めるわたくしたちとは反対に、スミは全てを受け入れたような清々しい表情で石をうっとりと見つめていました。


「残念なくらい余白がないわね」


 わたくしは言葉を失います。

 どうして? スミにとって延命の最後の砦であった、石に余白がないと言うことは、スミの命はこれ以上伸ばせないと言うことではないですか。


 あまりにも残酷な事実にわたくしは声も出ません。


「あんなに……。待ち望んだ自分の色石が……。こんなに残りが少ないなんて……。何でだよ。何でだよっ‼︎」


 マハが悲痛な叫びを響かせます。

 先生は、それを予測していたかのように、落ち着いていました。こんな時だというのに、いつものようなマイペースな口ぶりでスミに問いかけます。


「スミ、この余白だとどのくらい寿命として使えるの?」

「そうですね……。ひと月保ったらいい方でしょうね」


 ひと月? 一年間準備して、やっとの思いで取り返した寿命がひと月分だなんて。

 どうして運命は非情なのでしょう。


 マハは大きく目を見開き脱力して、蹲ります。そして、目に溢れんばかりの涙を浮かべ、どこにも発散できぬ怒りをあらわに、握った拳を床に叩きつけます。


「そんなっ! なんでだよ……。石を取り返した後のスミの平穏な幸せはどこに行ったんだよ! そりゃ、長くはないだろうとは思ってたけどさ……。なんでそんなに残酷なくらい残り期間が少ないんだよ!」

「やめて。それ以上言わないで」


 マハの怒りを聞いたスミはなぜか、怒っているような顔をしています。

 それはまるで、自分の非情な運命よりもマハの言葉に見えます。


「あなたの基準で幸せを語らないで」


 ハッとするほど強い口調でスミはマハの言葉を否定しました。しかしその表情は柔らかく変化し、マハのことを心から慈しんでいるように見えます。

 スミは震える手でマハの頬を撫でました。


「私はね……。私は幸せだったわ。見たかった色をこんなに見て回れたんだもの。見たことのない植物、朝焼けの湖の美しさ、季節によって表情を変える森……。それを見られて私は幸せだった。

 最初から長生きをすることが目的ならば、もっとうまくやるわよ。自分から命を縮めるようなことしないわ。私は望んで……。色を盗んでいたの。己の欲望のために」

「は……」


 マハが震えながら、声を漏らします。スミは満ちた表情で彼を見つめていました。


「この運命が一番、私の幕引きに相応しい。」




長らくお待たせいたしました。

今日から週一回金曜日に更新を再開します。


自分の力不足で、読者様にお叱りのお声をいただいたこともあり、この物語を力不足の今の状態で描き続けるか悩んだのですが、私はどんなにカッコ悪くても、うまく書き綴れなくとも、完結まで走り抜くことを決めました。

とは言ってもこの物語、折り返し地点にも差し掛かっていません。完結は三年後くらいになりますので、ゆっくりペースでこれからもお付き合いいただけると幸いです。

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