121シュナイザーに呼び出されます
午前中の選択授業が終わったわたくしは、エナハーンとメラニアと合流し、昼食を取ろうと食堂に向かいます。入り口でトレイを受け取った後、レジに並んでいると、食堂がいつもより騒がしいことに気がつきます。
「カラス?」
「いや、鳥の形をした手紙の魔法陣だろう。……一体誰あてだろう」
「なんだあの手紙の魔法陣! 黒塗りの手紙の魔法陣なんて、初めて見たぞ⁉︎」
生徒たちが話している通り、食堂の中に真っ黒なカラス型の手紙の魔法陣が入ってきたのです。
昼食中の食堂ということもあり、たくさんの生徒たちが、その魔法陣に注目しています。生徒たちにとっても、高貴な黒という色を用いた魔法陣は相当珍しいものに映っているらしく、みんなそちらに釘付けになっています。
禍々しい黒塗りのカラスのような魔法陣は食堂の中を一周くるりと回遊した後、わたくしの持っていたトレイ目掛けて飛んできます。
そのままわたくしの目を覗き込み、届け人に間違いがないか確認するような仕草をした後、しゅるりと音を立てて手紙へと姿を変えました。
「うわあ……。よりによってわたくし宛ですか……」
手に取った瞬間、周りの生徒の刺すような視線がバッとわたくしに集まって来るのがわかります。
一体だけがこんな目立つパフォーマンスを……と思っているとその答えは食堂に座っていた生徒が大声で教えてくれました。
「あの手紙の魔法陣に入っている紋章、見たことがあるぞ! あれは、シュナイザー百貨店が得意先にしか使わない魔法陣だ!」
確か、あの生徒は王都で商会を営む家の子息だったはず……。何を知っているかわからないですが、もうこれ以上余計な情報を周りの生徒に与えないで……と願いますが、その願いはあっけく崩れてしまいます。
彼はこの手紙の魔法陣がどんなものなのか、事細かく隣にいた別の生徒に伝えてしまったのです。それも……引き続き、食堂内に聞こえるくらいの大声で。
「そうなのか?」
「ああ、俺の父親がシュナイザーと取引があるから知っていることなんだが……。シュナイザー百貨店は封筒の色で客と取引先の階位分けをするんだ。黒はもちろん最高位。大口の注文をする太客か、シュナイザーの経営に関わるような取引をする人間にしか使われない」
「と言うことは、オルブライト家は……。シュナイザーの経営に関わるほどの商品を有していると言うことか?」
「そういえば、こないだのリージェ発表で、オルブライト領の特集が組まれていたな……。たちまち体の疲れをとるお茶を作る技術があるだとか……」
「そういえば、魔法陣の大量生産にも着手しているって聞いたぞ!」
「オルブライト家にそれほどの家だったのか……」
みんな、天下のシュナイザーから個人宛に手紙が届く生徒に興味津々なのでしょう……。憶測が憶測を呼び、食堂内がわいわいと盛り上がっています。
シュナイザーからのバカに目立つ手紙のせいで、わたくしがここに居づらくなってしまったではないですか……。もう無駄だとは思いますが、少しでも目立たないように肩をすくめて会計を済ませます。
もう! いくらなんでもこんな目立つ時間に手紙を送ってくることないじゃないですか! レナートは何を考えているのですか!
「大丈夫? リジェット?」
「あっちのできるだけ目立たない柱の影の方に席取ろう?」
一緒にご飯を食べる予定だったメラニアとエナハーンわたくしを気遣うように優しく声をかけてくださいます。二人は基本、わたくしのやっている事業関係に対して、すごいなあと感嘆はしますが、口を出したり過干渉はしないスタンスで接してくれるのでとてもありがたいんですよね。
騎士学校って王位継承争いばっかりで、ちっとも勉強に身が入らない場所だと、もやもやしていたこともありましたが、信用ならない人間が多い貴族社会の中で、こんな素晴らしい心根の二人に出会えただけで儲けものなのかもしれません。
手紙の内容が気になりすぎて、昼食に手をつける気にもならないので、恐ろしさはありますが、先に手紙を開いてみることにします。
手紙の色からして送ってきたのはシュナイザー百貨店の代表であるレナートだろうと思い込んで宛先を見ると、そこには予想外の名前が二つ並んでいました。
「えっ……。レナートとクリストフの連名?」
ついうっかり、声に出してしまうと、横に座っていたメラニアが不思議そうな顔をしてこちらを見てきます。
「あれ? リジェットって、シュナイザー商会の代表とも面識があるの?」
商会の代表?
「え……、クリストフはレナートの弟ではありますけど、商会の代表者ではないですよね? わたくしが知り合ったときは宝石部門の統括だったはずなんですけど……」
「最近、商会の方の代表になったんだよ。うちの家にもその連絡が来たらしいから。というか、クリストフはレナートの弟だったの? 兄じゃなくて? ……義理の兄弟かなんか?」
メラニアは混乱した表情をしています。まあ、そうですよね。どう見ても十歳くらいにしか見えない少年姿のレナートと二十代半ばに見えるクリストフを並べたら、どう見てもクリストフの方が兄に見えますもの。……それも年がだいぶ離れた兄弟にしか見えませんし……。
「あの二人は実の兄弟ですよ。しかも双子です。二人とも呪い子ですから」
「っえ? ってことは兄弟で一型と二型で別れているってこと⁉︎」
「……め、珍しいこともあるんですねえ」
エナハーンとメラニアは二人とも目を丸くして驚いていました。それでも、呪い子が二種類いることは二人とも知っているようですね。
もしかして、シュナイザー兄弟って兄弟であること自体があまり知られていないのかしら。
手紙には今後の取引について相談がしたいと書かれていました。二人がそれぞれ別の相談したいという訳ではなく、代表者としてレナート一人が交渉役としてその場に立ち会うので、こちらも他の交渉人を連れてくることなく一人でくるようにと、書かれています。
ようは、先生を連れてこられたくないのでしょう。
一人での交渉は余計なことを言ってしまいそうで心配ですが……。よく考えたら、先生も結構うっかり余計な言質取られがちなので一人で行ってもさほど結果は変わらないような……。
でも、身を守れる装備だけはしっかり整えていかないと。まさかレナートが貴族相手に害を及ぼすような真似をする人間だとは思っていませんが、個人で騎士団並みの軍隊を持っていると噂されるシュナイザーですもの。
警戒して損はありません。当日は最近作った改良版防衛の魔法陣を持っていこう……。
呼び出しをされた聖の日。ハルツエクデンでは八日ある一週間のうち、唯一の休息日だというのに、シュナイザーは店を開けており、たくさんのお客様でにぎわっていました。
今日はお客としてきた訳ではないですし、レナートに直接会うとなると、従業員入り口のようなところから入るのかしら……手紙には入り口で待っていたら、遣いの者がくると書いてあったけれど。
入り口の石材でできた階段部分でキョロキョロと周りを見渡していると、青白いシャツに艶のあるベスト__シュナイザーの制服を着た二十代くらいの男性がわたくしに近づき、軽くお辞儀をします。
「リジェット・オルブライト様。お待ちしておりました。主人がお待ちです。どうぞこちらへ」
そう言った、従業員について行くと、裏手にある入り口に案内されました。さほど華美ではない落ち着いた入り口から、中へ向かっていくと、引きさげられたアクセサリーのショーケースがずらりと並んでいました。ここはバックヤードか何かなのでしょう。
「うわあ……」
色盗みの女が作った宝石たちは売り場のライトが当たらない場所でも眩い光を放っていました。
大聖堂で見た、あの気色が悪いくらい圧力を感じる量の宝石たちも力強い光を放っていたけれど、ここにある宝石も一つ一つが一級品の風格があり、見ているだけで目が潰れそうになります。
今、国内で色盗みの女が少なくなっていると聞いたけど、宝石の価値も上がっているのかしら。
市場価格を知りたくなったわたくしは、興味本位でショーケース内の値段を覗き見ます。
「えっ! 何この金額⁉︎」
ゼ、ゼロがろ……六個⁉︎ そこにはありえない金額の数字が並んでいました。
一番大きな宝石には、下手をしたら、騎士団にかけられる一年の予算くらいの値段がつけられています。いくら、色盗みの女の作る宝石が高いものだと言っても、以前はこのような法外にも思える金額はついていなかったはずです。だって、わたくしのお母様がご自分の資産で買えるくらいの金額だったもの……。
「今は時勢的に色盗みの女が少なくなっているからねえ〜。値段も比例して高くなるんだよね」
高めの、楽しそうな少年の声。振り向くと、そこには予想通りレナートがいました。
レナートはわたくしをここまで連れてきてくれた従業員に下がるように伝えると、にっこりと意味ありげな笑顔でわたくしの顔を覗き込みます。
「いやあ。ボクも今、宝石の値段を変更してあるか確認しにきたところだったんですよ。偶然ですねえ」
「本当に偶然ですか?」
疑いの目を向けると、レナートはわざとらしくしおらしい声を出します。
「ええ! リジェットさん、ボクのこと信じてくれないの
〜? ひどーい! ……まあ、いいや。ボクも今日は忙しいから早く用事済ませたいしね。じゃ、リジェットさんをボクの執務室に案内しちゃおー!」
急なテンションの乱高下についていけなくなりながらも、立ち並ぶショーケースの間をすり抜け、レナートの後ろをついて行くと、壁にあっち側が透けて見える鉄格子のような扉がつけられた謎の物体の前まで連れてこられました。
鉄格子の向こう側は、上下とも穴のような床と天井のない空間が広がっています。なんのために作られた空間かは全く検討がつきませんが、この深さ、落ちたら確実に死にますね。
「なんですか、ここ? まさかここに落とされる……?」
「まっさか〜! 大事な取引先相手にそんなことするわけないでしょう? ちょっと待ってて、もうすぐ来るはずだから……あ、来た!」
チン、とどこかで聞いたことのある音が響いたと思ったら、鉄格子の奥の何もなかった空間に人が四人ほど入れそうな箱状の空間が現れます。……まさかこれは。
「エレベーター⁉︎」
それは前歴のわたくしが当たり前のように使っていた、エレベーターそのものでした。
「あ。スミもそう呼んでた。リジェットさんにも馴染みのあるものなんだねえ。一応この国にはここにしかない最新の設備なんだけど。ボクの執務室にはこれがないといけないようになっているんだあ」
中に入ると、人を選別する類の魔法陣が貼られています。なるほど。これを貼ることで、ここに乗れる人を選ぶ仕組みになっているのですね。
レナートの執務室ということは実質社長室になる部屋ですから、イメージ的に最上階に向かうのかと思いきや、エレベーターは地下へと向かって動きます。
「レナートの執務室は地下にあるのですか?」
「うん。前の戦争で、上階の一部が焼けちゃって、資料がなくなりかけて大変な目にあったことがあったからさ〜。シェルターを兼ねて大切なものは地下に入れてるの。窓がなくて暗くても、灯りをともす魔法陣があれば、特に問題はないからね」
チンと音を立ててエレベーターが地下階に止まります。そのまま案内された、レナートの執務室は社長室とは思えないくらい質素なものでした。以前クリストフと会った時に使われた、ミームのシュナイザー商会の応接間より質素な空間であることにわたくしは驚いてしまいます。
「何もなくてびっくりした? ボクはみんなが見て楽しむ部分にはお金をかけたいけれど、自分の空間にはお金かけたくないんだよね〜。無駄だから。リジェットさんをお招きするには不敬かもしれないけど、今日は我慢してくれる?」
見た目の華やかさを求める人間を招くのであれば、以前オフィーリア姫とお会いした時に使ったカフェの特別室で、事足りるのだとレナートは付け加えます。
レナートはお金に特別な執着があるように思っていたのですが、使うこと自体には興味がないのでしょうか。
お金持ちはケチだ、と何かで聞いたことがありますが、レナートもそうなの? でもいつもは仕立てのいい服を着ているけれど……。
わたくしの中のレナート像がよくわからなくなったところで、レナートが部屋の扉に近い部分に置かれた深い緑色の革張りのソファに座るように促してきます。
「さ、今日の話し合いを進めていこうか」
どしりと向かいに座ったレナートは自分のペースで、話を始めてしまいました。完全に向こうのペースではないですか。
「あの……。今回の話し合いがおこなわれること自体に文句は何もないのですが、今回のような呼び出し方は今後控えていただいてもよろしいでしょうか。あんな風に多くの生徒たちの目に触れる場で黒い手紙の魔法陣を贈られると、あらぬ噂を呼ぶことになってしまいます」
「あれ? 授業中だった? おかしいなあ。昼休憩の時間に送ったつもりだったんだけど」
「いいえ、昼休憩の時間でしたが……」
そういうとレナートは先ほどまでと打って変わって、目を鋭く光らせてわたくしの顔を見てきます。
「だったら、君の責任だ。そんなところで昼食をとっている方が悪いよ」
「そんなこと言ったって……。食堂で昼食を取らなければ……」
「でも、食堂で昼食をとることが義務になっているわけじゃないんでしょ?」
レナートは唇をつんと尖らせます。
確かに、昼食を食堂で取ることは義務になっている訳ではありません。平民出身の生徒の中には昼食代を節約するために、寮へ戻って自炊する生徒もいますが。
「そ……それはそうですけれど……」
「だったら、これからは不特定多数の目に触れる場所で、食事を取らない方がいいね。何も王位継承争いに熱心な連中がうじゃうじゃいる場所に好き好んで向かうこともない。まさかまだ、そんな場所にいるとは思わなかったけれど……。まあ、今回の手紙で君の背後にはシュナイザー百貨店があるってことが知られちゃったから、君に近づきたい人たちがわんさかやって来るだろうねえ。これからはそんな目立つ場所で昼食を取ろうなんて思わないだろうけど」
その言葉で、あの行動がレナートなりのテストだったことに気がつきます。
「それを狙ってですか……」
「やだなあ。ボクたち兄弟は、リジェット様の身を心配して行動を起こしているだけだようっ! 君ってほら、そんなに真っ白なくせに、妙に迂闊なところがあるから!」
わたくしの髪を指さしたレナートは、ぷっくりと頬を膨らませながら言います。
「ご心配いただきありがとうございます……」
レナートは騎士団内で今どれだけ、派閥争いが過激になっているのか知っているようでした。この感じだと、騎士団内にもシュナイザーの手のものが在籍しているのではないでしょうか。
「あんまり心配させないでね? 君は貴重な人材なんだから……」
それは色盗みの女としての能力のことを言っているのか、わたくしの事業を導く能力を買ってくれているのか。どちらかはわかりませんが、シュナイザーに助けられるような真似だけは避けたいですね。なんなら先生に助けを求めるよりもずっと高くついてしまいそうです。
「で、そんな目立つ呼び出しまでして、何を欲しているのですか、レナートは?」
振り回され気味なこの流れに嫌気がさして怪訝な表情を見せながらいうと、レナートはニヤリと片口を上げます。
「うん。ボクねえ、リジェットさんに相談したいことがあったんだ!
……ねえ。リジェットさんって国をひっくり返すほどの金稼ぎに興味あるタイプ?」




