119頼れる仲間がたくさんいます
スミの家を訪れた日から三日後の聖の日。わたくしは貴重なお休みを効率よく使うために寮の部屋にある共有スペースで、手帳に書き込みをしながら、うんうん唸なりながら予定を立てていました。
ええっと……。スミの体調を確認するために手紙を送らなければいけませんし、タセ達にも追加事業について、連絡を進めなければなりません。先生から課題で出されていた魔法陣の研究もしなくてはなりませんし、落第しないように勉強も進めないと……はあ。やることが盛り沢山です。
二学年の授業が始まってからまだ一ヶ月しか経っていないのに、最近のわたくしはどうしてこんなにも忙しいのでしょう。
オーバースケジュールな状態に頭を抱えていると、横からタセとニエご自慢の新作、トロピカルハーブティーの入ったティーカップがスッと差し出されます。
「あ……ラマ。ありがとうございます」
「ええよろしいのですよ。お嬢様は最近、随分とお忙しいようですから」
つんとすました言い方なのに、どこか含みを感じます。……まさか全てを見透かされている? そういえば、ラマって偵察も得意なタイプの侍女なんでしたっけ。わたくしはそんなことも忘れて、王都を動き回ってしまったことに、ひゅっと息を呑みます。
「ラ……ラマ……? わたくしが何も言わずに動き回っていたことに……お、怒っていますか?」
「正直、怒るより悲しい気持ちの方が大きいですよ。リジェット様はわたくしには何も相談して下さらないんですもの。わたくしは、役に立ちませんか?」
目を伏せ気味にいったラマの言葉を、わたくしは首をぶんぶん横に振って否定します。
「いいえ! そんなことはありませんっ! そもそもわたくしの王都での基本的な生活を支えてくれているのは、ラマですもの。ラマの協力がなければ、わたくしだって、こんなに忙しく動き回っている中、学業と自分のやりたいことを両立できていません。……こんなわがまま放題に動いているわたくしのことを支えてくれているラマには、頭が上がりませんよ……」
「それでも、リジェット様は生活以外のことに、わたくしを使ってくれませんから」
「でも……それは……。ラマの職務は侍女としてわたくしを支えることですもの。侍女以外の職務を頼むのは、不当労働でしょう?」
「いいえ。わたくしの主人はリジェット様、あなたなのですよ。あなたのためなら、なんだっていたします! わたくしはあなたを守るためなら、命を捨てる覚悟であなたに仕えているんですから」
「そ、そんな重い覚悟を……?」
ラマの座った目を見るに、冗談ではなく本気で言っていることが伝わってきます。
あんまりにも重い覚悟にわたくしは少しだけ、怯んでしまいます。
「ええ。アーノルド家で教育を受けた従者であれば当然の覚悟です」
「アーノルド家、一体どんな教育が……? 凄すぎですよ……」
さすが、名の通った貴族であれば、一家に一人アーノルド家の従者が必要、と言われるだけあるなあと納得をしたらいいのか、もはや逆らえない……と慄けばいいのかわかりません。
「ええ。アーノルド家の教育は素晴らしいのです。素晴らしいところは教育だけではないのですがね……」
ラマはどこか含み笑いを浮かべています。
「アーノルド家出身の従者は、勤める屋敷が決まった後も、情報交換を盛んにおこなっているのですよ」
「えっ! アーノルド家出身の従者って、今では有力な貴族家にはどの家にも必ず一人はいますよね。後は最近、魔術省でも重宝されていると聞きますが……」
「ええ。ですから……。この国の貴族や国家にとって重要な機関の情報は、ほとんど集められているんですよ」
え、ということは……。
「もちろん、大聖堂に派遣されている従者だっているのです……ちなみに彼女はグランドマザーと呼ばれる、大聖堂の責任者付きの従者ですよ?」
ラマの言葉に目を見張ります。
ってことは、ラマに聞いてその方に情報をいただければ、わざわざ大聖堂に出向く必要もなかったのでは……。
ラマはにっこりと微笑みを深めます。
「だから、リジェット様。ご自分で動き回る前に、最初から素直に手近のわたくしに頼ってくださればよかったのに……」
ラマは自室から持ってきた茶色い皮製の封筒状の袋をわたくしに手渡してきます。恐る恐る中を覗いてみると、今のグランドマザーの様子が事細かに記録された報告書がぎっしりと詰まっています。
え。これがあったら、大聖堂の状況が簡単にわかるではないですか!
__こんなことなら、早くラマに相談しておけばよかった……。
ラマにいただいた資料を先生とも共有するためにわたくしはその日のうちに連絡を取ります。
その日の午後は空いているという連絡を受け、午前中は予習復習に時間を使い、ラマ手作りの昼ごはんを食べてから先生の家に向かいます。
「先生! ラマからすごいものをもらってしまいました! 本当にすごいんですよ!」
リビングに入った瞬間、両手で封筒を掲げながら入室してきたわたくしを見て、レトロなロッキングチェアに深く腰かけながら本を読んでいた先生はこめかみを押さえながら、何事かと言わんばかりに美しい顔を歪めてわたくしに視線をやります。
「どうしたの? 今日は一段と騒がしいね。それに、すごいしか言ってないし……。あまりにも語彙力がなさすぎじゃない?」
「でも、これをみたらすごいとしか言えなくなってしまうに違いありません!」
そう言っても先生はわたくしの言葉を信用していないことがバレバレなちょっと訝るような顔をしていますが……。先生の目の前に置かれたテーブルに、資料をバラりと広げます。
目を通した瞬間、先生の表情が変わるのがわかります。
「これは……すごいね。グランドマザーの住居部の見取り図から、最近シュナイザー百貨店の外商から買い取ったものまで……。ありとあらゆることが、記入されているじゃないか。これ、君の侍女はどこから入手したの?」
「アーノルド家出身の従者内の情報共有らしいです」
わたくしがそう言った瞬間、先生の顔が引き攣ります。
「アーノルド家……。本当に敵に回したくない人間の集まりだな……」
「ん? 先生はアーノルド家の方と面識があるのですか? あの事業をまとめているのはご当主の長女であられる、ロザンヌ様ですよね」
先生はオフィーリア姫と面識があったようですし、わたくしが知らない繋がりがあってもおかしくないですよね。
「いや、僕は事業主と直接面識があるわけではないよ。ただ……。事業主に仕えている直属の従者にあったことがあるだけで……いや、あいつは……」
「? あまり気が合わなかったんですか?」
「んー……。よく言えば主人至上主義の仕事人ってところかな。具体的にいうと、素行のいいニーシェみたいな感じ?」
「ニーシェって……。あの初対面でわたくしの首元掴んできた人ですよね……。オフィーリア姫のいうことしか聞かない感じの」
あの、迸るような殺気を出してくるような人間がもう一人いるってことですか……? この国って、意外と表舞台にでていないだけで、とんでもない戦力を持った人が隠れていすぎやしませんか?
わたくしが何も考えたくない気持ちで天を仰いでいると、資料を淡々と読み進めていた先生が、感心したようにうーんと唸ります。
「それにしてもこの資料、本当によくできているよ。これがあれば、グランドマザーの元に行くのも容易いんじゃないか?」
「本当にすごいですよね……。わたくしたちが大聖堂に行った意味、あったのでしょうか」
「……まあ、一応大聖堂内の魔法陣の解読ができただけよかったんじゃないかな?」
資料を読み進めながら、グランドマザーとの接触方法や奇襲をかける日時などを話し合っていると、窓がピカリと光ります。
「え? 手紙の魔法陣?」
「あ、多分わたくし宛の手紙でしょう。スミから連絡がくる予定だったのです」
「ここに? どうやって?」
ん? 先生は何を不思議に思っているのでしょう。先生の家にわたくし宛の魔法陣が届くって、普通のことではないのでしょうか。
「わたくし宛の手紙の魔法陣だから、あわいにある先生の家でも届くんじゃないですか?」
「……本当にそうなのかな。僕の居住地は人間の出入りは許可しているけれど、手紙の出入りは許可していないはずなんだけど……」
「え? そうなんですか?」
驚くわたくしに先生も不思議そうな表情を浮かべています。
「リジェットはここによく来るから、あわいが客人として存在を承認したのかな? ここに人がくることはそう多くないから検証の仕様がないけど」
その言葉にわたくしはおや、と首を傾げます。
「先生の承認ではなく、あわいの承認なのですか?」
「うん。空間のあわいって不思議なところで、空間を使用する人間を選定する性質があるんだ。見つけられる人間も聖女に限られているし……」
「以前、ここは空間のあわいに立っているんですよ、って言われた時はへえ、で受け流してしまったのですが、そもそも空間のあわいってなんなのですか?」
「わからない」
「え?」
まさかの答えにわたくしはポカンと口を開けることしかできません。
「歴代の……。と言っても僕と前の聖女しかいないけど、聖女はこの空間を使えるらしいね。この家が建っている空間のあわいって、まだその存在の全てがわかりきっている場所ではないんだ。この空間の存在に気がつくきっかけはあったんだけど……。この空間は多分、好き嫌いが激しいんだ」
「好き嫌い? ……ですか?」
「うん。僕がこの空間を住居空間として使おうとした時、ここはまるで意思のある生き物のように従順に空間を切り開いて分けてくれたけれど、以前、勝手に入り込んだアルフレッドが同じことをしようとした時、拒むように彼を追い出したんだ。何もこちらに取り寄せられなかったようだし……。多分、ここをある程度自由に使うにはなんらかの資格がいるんだ」
先生の表面をさらった程度の説明を聞いたわたくしは頭が混乱してもう、倒れそうでした。
「え? 待ってください。ここって、ようは……、先生だけに使用権がある、現世ではないどこかってことですか?」
「うーん。今のところは……。そういう説明しかできないよね」
「……そんなところに家を建てて大丈夫なのですか?」
「なんだかその質問も今更のような気がするけどなあ。でもまあ、建つんだから。大丈夫でしょう。」
「あ、相変わらず……。せ、先生にしか許されない力技すぎる……」
もう二年もこちらに通っているので、先生には親しみを覚えていましたが、今行われた一連の発言で、また心の距離が離れたような気がいたします……。
「そういえば、スミから何が届いたの?」
「ああ、芋ですよ」
「い、芋……? またなんで……」
あら。なんでも知り尽くしているように見える先生もスミと同じような質問をするのですね。
「なぜ、今芋が必要かと言いますとね……」
わたくしはスミにした説明をもう一度先生にするところから話を始めたのです。
8000字くらいの長いお話を出そうかと思ったのですが、あまりにも長すぎたのでふたつに分けました。なので次は明日か明後日に出るはず。




