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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
131/157

116思惑がわかりません

 スミとマハが暮らす家を訪問した翌日の夜。ラマが作った夕食を食べ終わり、自室でスミやラマ、タセに渡す用のお手紙の魔法陣を作りながら、くつろいでいると窓の外から、手紙の魔法陣が光った気配がしました。

 部屋に入ってきた手紙の差出人を確認すると、そこには紫色のインクでスミの名前が書かれています。昨日あったばかりなのに……。どうしたのかしら、まさか体調が思わしくないのだろうかと心配に思い、息を呑みながら手紙を開けると、そこには“緊急で話したいことがある”と、とめはねのしっかりした文字で書かれていました。


 この手紙の様子を見る限り、体調が悪いわけではなさそうですが……大聖堂で問題でも発生したのでしょうか?


 緊急で、と枕言葉が書かれているところも気になります。時刻は先ほど共有スペースで確認した時は、夕刻を示していましたから、貴族の家に行くのであれば、不敬とされる時間ですが、スミはきっと許してくれるでしょう。一応スミも侯爵位を持っていますが。

 昨日出かけた際はまだ明るい時間だったので、転移陣を使う姿を誰かに見られてしまう恐れがあり使うのは避けていましたが、今は夜ですし、スミの暮らす宿は街灯の少ない街のはずれに位置しています。スミの宿からそう遠くないところに転移できれば、人目にはつかないでしょう。


 手紙の魔法陣で先触れを出したわたくしは寮のみんなに外出したことを知られないように、自室で一人転移陣を描き、スミの元へ急ぎます。






「わわっ!」


 着地に失敗したわたくしはボスンと絨毯らしきものの上に降り立ちます。周りを見渡すと昨日見たばかりの小花柄の壁紙と驚いた顔のマハの顔が目に入ります。


 先生ほど魔法陣の質が洗練されていないわたくしの転移陣は、転移のポイントを定めていない場合十メートルほど、場所がずれることもザラにありますが、今日はピンポイントに降り立つことができたようです。


「うっわ。すご……。転移できたよ……」


 部屋にいきなり現れたわたくしの姿を見たマハは目を見開いていました。スミも少しだけびっくりしています。


「夜分遅くに申し訳ありません」

「い、いえ……。急ぎで、とは言いましたが、まさか今日のうちに転移でいらっしゃるとは思っていなくて……。リジェット様の魔法陣の腕は素晴らしいですね」


 迎えてくれた今日のスミは、体調が良く、起き上がれていました。窓際に置かれた木製の椅子に腰掛けて落ち着いた様子を見せていました。マハもその隣に、スミを守るような位置で座っています。


 スミとマハの座る椅子の前の机にはお茶の準備も整っていて、緊急の話という緊張が走る話題がなければ、さながら真夜中のお茶会というような優雅な雰囲気さえ漂います。


 スミに案内され、わたくしも空いている席に座ります。


「今日はたまたま転移がうまくいったのです。まだまだ、先生には及びませんもの。……で、今日はどうしたのですか? なんだか今日は昨日よりも体調が良さそうですね」


 昨日はベッドで起き上がる体勢を作ることも、苦しそうだったスミの顔色が、今日は嘘のように晴れているのです。顔の黒い染みはそのままでしたが、まるで長年あった疲れが取れているような表情です。


「……そう、その件でお話しなければいけないことがありましてお呼び立ていたしました」

「? 体調がいいのであれば……それはいいことなのでは?」


 わたくしの不思議そうな表情と対比するようにスミはいつもよりも重々しい、難しい顔をしています。


「リジェット様はラザンダルクのオフィーリア姫と面識はありますか?」


 オフィーリア姫? いきなり、思っても見ない人物の名前が出たことにわたくしは驚きます。


「……一度だけ。先生経由でお会いしたことがありますが」

「……やはり、クゥール様はオフィーリア姫と面識があるのですね。今日はお呼びしなくてよかったのかもしれません」


 今日の話題は、オフィーリア姫と面識のある方には話しにくい内容なのかしら? でもスミの口からオフィーリア姫の名前が出るなんて……。

 神出鬼没なオフィーリア姫。考えられるとすれば。


「オフィーリア姫がどうかしたのですか? ……まさか、ここに来たとか?」

「そのまさかなのです。昨日の夜、この宿の情報をどこから仕入れたのかわかりませんが、先触れもなくいらっしゃって、私の体の治療をしてくださったのです」

「え……」


 わたくしは目を大きく見開きます。オフィーリア姫がスミに近づく目的がわたくしにはわからなかったのです。オフィーリア姫という人はわたくしにとっても、考えの底が知れない人ですが、必要な駒を自分のものにするために自ら動くというイメージがある人です。

 ということは、オフィーリア姫の中でスミは何か役割のある人物だということでしょうか。自分の思惑に必要だから、スミに近づいた?


「オフィーリア姫は先読みなんですよ。スミ」


 そう告げると、スミは目を一瞬瞬かせますが、すぐに表情を引き締めます。


「先読み……? ラザンダルクの方に多い未来を見通すことができる固有魔術ですね? 私も旅の中で何人か先読みにあったことはありますけど……。先読みであることと、私の住居が特定できることは別の能力なのでは?」

「それが、オフィーリア姫はほとんどの未来を正確に見通すことができる精度の持ち主なのですよ。わたくしも、街の中のカフェにいるところを見つけられてしまったことがあります」

「そんなに精度が高いのですか⁉︎ じゃあ、あの従者の核継は彼女の手に余ることなく、管理できている状態なのかしら……」

「核継?」


 初めて聞く単語にわたくしは眉根を寄せます。


「ああ、リジェット様はご存知ではないでしょう。シハンクージャの固有魔術です。詳しく説明すると__」


 スミは核継について説明をしてくださいます。

 核継はシハンクージャの王族の血を濃く受け継ぐ、または先祖返りをしたものに現れる固有魔術だということ。

 術者は瞳に美しい極彩色の虹彩を持つこと。そして他人の魔術を自分の一部に継ぐことで、魔術を溜める術者であること。

 シハンクージャの王族は幼い頃に市井に出される風習があるので、核継を持っている人間が割と近い日常に潜んでいること。

 そして多くの場合、魔術を取られた人間は亡くなってしまうということ。

 その説明を聞いて、わたくしは震え上がります。


「シハンクージャにはそんな特殊な術を使える人たちがうじゃうじゃいるのですか⁉︎」

「うじゃうじゃ……というほどでもありませんが……でも百人に一人くらいはいますよ。その術の使える回数は人によりますが。ほとんどの人間は一人二人しか自分の魔術として取り込むことはできません。何百人も取り込める人間は稀です。それこそ、その代の王になるものくらいですよ」


 下克上文化のあるシハンクージャでは、その代で一番多くの魔術を集め、最後に王を喰らったものが、その代の王になるとか。

 ……ということは、最近シハンクージャの王が変わったということは、王は新王にく、喰われたということでしょうか……。ブルリと震え上がります。


「いや、それでも結構な割合ですよ? それで……ああ、あのオフィーリア姫様の従者……確か、名前はニーシェでしたっけ? あの方はその核継なのですね? でも、どうしてわたくしたちはそんな危険な術者を知らないのでしょう。もし周りにいたら、いやでも注意喚起が行われますよね?」

「そこが、今回リジェット様をお呼びして話さなければいけないと思った理由なのです。核継を持った術者はシハンクージャ国内から出ることができないはずなのですよ」

「出られない? 鎖国状態だからですか? でもシハンクージャの兵がハルツエクデンのスタンフォーツ領まで攻め込んでいましたよね?」

「ええ。シハンクージャの民がみな、国外に出られないわけではありません。出られないのは核継に限ります。シハンクージャとハルツエクデンの国境沿いには、核継だけに作用する結界が張られているのですよ。シハンクージャから核継が出られないように」

「誰が……なんのために? それに……そんなことってできるのですか?」


 わたくしが聞いたこともない魔術に困惑していると、横で静か聞いていたマハが説明を加えてくれます。


「……多分、リジェット様には前言ったことがあると思うんだけど、俺、スミと一緒に白纏と黒髪の人間が集まって暮らす領地に行ったことがあるって話、覚えてる?」

「覚えてます。その時はなんでそんな集落が存在するのだろうと不思議に思っていたのですが、国内にそんな術者がいるのであれば、その存在も頷けます。……特定の魔力を持った珍しい人間は、核継に襲われやすいでしょうから」


 他人の魔力を取り込む、ということを考えると、高い魔力量を保有する黒髪の人間が真っ先に狙われるでしょうが、第二に白髪である白纏の子も狙われるでしょう。

 核継が固有魔術まで取り込むことができるかは謎ですが、取り込めるとしたら色盗みの能力を得ることになります。

 人からではなく、周りの色から魔力をコピーする色盗みの能力は、考えようによっては大変有用な能力でしょう。


「ええ。シハンクージャの北部に位置する、エレメリアという地域なのですが、別名“最後の楽園”と呼ばれています」


 そう言ったスミの言葉に、追加するようにマハが言葉をつけ加えます。


「エレメリアはただの珍しい髪色持ちの集落ってだけじゃなくて、シハンクージャとハルツエクデンの国境を分断するように張ってある、核継が国外からでないようにするための結界を作る職人たちの住処なんだ」


 核継を他の国に移動させないための結界?

 マハの説明を聞いていると疑問点が湧いてきます。


「その結界は魔法陣でできているのですか?」

「あれは……魔法陣と魔法と魔術具と呪いを掛け合わせて作ったものだと思う。俺も詳しいことが全部わかってるわけじゃないんだけど」


 魔術具と魔法陣、それに呪いはなんだかわかりますが……。


「……魔法?」


 ハルツエクデンで使われている魔法陣は、魔法という呼び方はしません。ということはわたくしが知っている魔法陣とは違う代物なのでしょう。わたくしが不思議な顔をしていると、スミがおや? という顔をして説明を加えてくれます。


「リジェット様はご存知ではないですか? シハンクージャは術式が必要になる魔法陣ももちろん使われていますが、それよりも頭の中で魔法陣の術式を思い浮かべて魔術を発動させる魔法の研究が盛んに行われているのですよ」

「えっ! 頭の中で思い浮かべるだけで使えるってことは魔法陣、太刀打ちできないじゃないですか⁉︎」


 そんな便利なものがあったら、いくら魔法陣を学んでも意味がないのでは、と絶望した顔をしていると、スミが説明を足します。


「……いいえ。そうでもないんですよ。いくら魔法が便利でも、頭の中だけの想像では、細部まで魔法陣を想像することはできませんので、魔術の中でも簡単なものしか使えないんですよ。ですので、大きな魔術を動かすときは魔法陣が必要なのです。例えていうなら、魔法は計算でいうところの暗算のようなものなのです。暗算で計算するっていくら得意な人でも限界があるでしょう? ……それに比べて魔法陣は方程式に近いですかね。やはり、手で書いた方が再現率の高い術式が作り上げられます。新しい魔法が作られるときも、元になる魔法陣がないと作れませんし」


 前歴の記憶があるからこそできるスミの例え方にわたくしはほほう、と唸ります。


「そうなると、魔術具は電卓のようなものでしょうか。魔法陣を使いやすくするために加工されたものですからね」

「そうですね! 電卓! 誰でも計算を簡単にできるようにしたものが電卓ですから……魔術具はまさにそれですね! この世界には電卓はありませんから、久しぶりに電卓という言葉を聞きました……」


 わたくしとスミが二人だけでわかり合っていると、マハが変な顔をしてこちらを見ます。「二人だけしかわからない会話しないでよ」というので、電卓がなんなのかを説明すると「そんな便利なものがあるの⁉︎」と、目を丸くして驚いていました。



「そう考えると、シハンクージャって独特の文化がある国ですね……」


 わたくしがそういうと、スミも同意します。


「シハンクージャでは、魔法が使えないと核継に狙われたとき、逃げられませんからね。そのために瞬間的に発動させられる魔法が発展せざるをえなかった、と聞いています。……どうしてかわからないのですが、核継から逃げ延びた経験がある人は魔法や魔法陣を描いたり使える人が多いんです」


 それは死にかけて女神に人間を選別する白い部屋へと招かれた経験があるからなのでは? と思いましたが、話が逸れてしまうのであえて言いません。


「エレメリアの人たちは、核継に襲われたり、核継が治める地域に生まれて故郷を追われたり……、核継に恨みを持った人たちがたくさん住んでいるから、せめて宿敵が国外に出て力をつけすぎるのを防ぐためにと、国境に結界を張っているんだ。国外の同士を守るためにね」

「じゃあ、わたくしはその方々に気が付かないうちに守られていたのですね……。でも、その結界があるなら、なぜオフィーリア姫の従者はハルツエクデンにいるのですか?」


 わたくしがそういうと、マハはバンと机を叩いて興奮した様子で捲し立てます。


「それ! そこなんだよ! 今日の論点。俺もアイツが核継だって、スミに言われてから気が付いたんだけど……。アイツがこの国にいるのはどう考えてもおかしいんだっ! あの結界はシハンクージャの王にだって破れないんだから」

「そうですよね? もし核継なんて人たちがハルツエクデンに侵攻していたら、とっくにこの国滅んでいますよね?」


 わたくしの言葉にスミが深く頷きます。


「以前、マハとエメレリアの国を訪れた際に、集落の長から、伺ったのですが……。十年ほど前に、結界の一部が破壊されたことがあるそうなのです。子供一人がやっと通ることのできるようなほんのわずかな隙間だったそうですが……」

「結界は破る方法がある……ということですか?」

「まさか! そんなのがわかってたら、ハルツエクデンの王族はとうの昔に核継の一部になってるよ!」


 興奮気味のマハが否定します。


「その穴はすぐに補強されたそうなので、ハルツエクデン国内で、核継が現れたという報告は上がっていません。ですが……私の推測では、その時にシハンクージャを逃れた人物が、あのオフィーリア姫の従者なのではないかと思いまして。見た目は十代後半に見えましたから、ちょうど結界に異変が出た頃は子供でしょう」

「それって……」


 ニーシェという方は、破れないはずの結界を破った……?


「その仮説が正しければ、あの人物は結界の壊し方を知っているということに他なりません」

「今まで、ハルツエクデンがシハンクージャからの侵略に耐えられていたのは、核継が戦場にでていなかったからでしょう。もし、核継が戦線に現れたら……。ハルツエクデンはひとたまりもありません」

「そうですよね……。わたくしはその核継をこの目で見たことがありませんけど、聞いているだけでも、恐ろしい術者ですよね?」


 ええ、と低い声で言ったスミが言いにくそうに次の言葉を口にします。


「それに加えて、オフィーリア姫は高精度の先読みを有した術者ということは……。未来を予測し、自分の思うがままに動かせるということではないですか。オフィーリア姫は私にはこなすべき大役があると言っていました。それがなんなのかはわかりませんが……きっとシハンクージャとの戦いがらみの何かだと思うんです」

「大役……ですか」


 オフィーリア姫には一体何が見えていて、何を成し遂げようとしているのでしょうか。

 そしてスミに何をさせようとしているのでしょう……。

 想像もできない未来に、息をゴクリと呑みます。


「あの方々は、戦争コーディネートするように操っているのではないですか?」


 スミの言葉にわたくしは瞠目し、言葉を失ってしまいました。




いろんな人の思惑が見えてきます。


この辺から、いろんなことがわかって来るのですが、この世界で起きる全ての事柄をリジェットの視点で私が描き切れるかが不安になってくるゾーンに入ります。

こんな長い話を書くのは人生で初めてなもんで……。私にもう少し文章力があれば……ああ……。

もし作中で、これはどういうこと? とわからない点がありましたら、感想で気軽に質問していただければ幸いです。あとからわかる部分でなくただわかりにくい部分でしたら、説明を書き足します。

あと、矛盾があったら指摘してください……。誤字報告もありがたいですっ!

この物語をなんとか思い描いている結末で完結させたいとなんとか必死にやっておりますので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

それと、ブックマーク・評価は死ぬほど嬉しいです。いつもありがとうございます!


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