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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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114スミの目的を知ります


「スミは……。自分が生き残ると思っていないということですか……?」


 先生の言葉を聞いたわたくしは声を震わせてしまいます。

 だって……。以前あった時はまだ生きることを諦めずにもがく意思が感じられていたじゃないですか。


「うん。僕もびっくりしたけれど……。スミ、少し前かガクンと体調が悪くなったみたいなんだ」

「それは……マハから伺ったのですか?」


 最近知ったのですが、わたくしの知らないところで、マハと先生は独自に情報を交換しているようです。

 ちなみに現在大聖堂内部で働くマハは最近では、大聖堂中枢の人間に気に入られ、グランドマザーの世話人に呼び出さられるまでになったとか。


「そうだね……。色盗みの女は己の死期を悟ると妙に清くなる。そもそも自分の寿命に対して、どこかドライというか……。自分よりも他人を優先する傾向があるよね。君も……そういうところがあるし。僕はさあ、自分勝手で、自分自身が損なわれることが許せない人間だから、理解ができないけどなあ」


 きっと先生の頭の中には、スミやわたくしだけではなく、以前王城で関わりがあった色盗みの女のことも思い浮かんでいるのでしょう。


「わたくしだって、自分勝手ですから自分のことが一番大切ですけど。……でもまあ、スミの気持ちもわかりますよ。一度人生を歩んだ経験があると、この人生そのものが、余分というか……。何かの因果で幸運にも手に入ってしまったエクストラステージのように感じてしまうところはありますよね。だからこそ、自分の命に執着を持ちにくい部分はあるでしょう。でも、それにしたって諦めが早すぎるような気がしますけど。まだグランドマザーの様子をこの目で確認したわけでもないのに」


 視線を落とすと自然にため息が出てしまいます。おいしかったはずのパイも衝撃の事実を受けて味がしなくなってしまいます。


「とりあえずわたくし、明日あたりにスミのところに行ってきます。ちょうどスミに聞きたいこともありましたし」

「一人でいくつもり? 危ないでしょう?」

「……今回は一人でいかせてください。先生が一緒に行ったら、ただでさえ体調の悪いスミの体調がもっと悪くなりそうです」

「君なら、その心配はないと? その自信はどこからくるのかな……?」


 ちょっと訝しげな先生の目をじっと見つめます。


「……なんというかスミは、大人の男性があまり得意ではない感じがするんですよね。先生がいるとなんとなく緊張して張り詰めた感じが出ますから」

「そう? 気がつかなかったな」


 先生は目を微かに見開きます。


「……わたくしの勘違いかもしれませんけど。でも、今スミは以前より体調を崩しているんでしょう? そんな状態で、先生のような見目麗しい男性に会いたい女性は少ないのではないでしょうか? だから、今回はわたくし一人で行きます」

「……それが関係あるかはわからないけれど。じゃあ、終わった後に迎えにいくよ。いくらなんでも君を一人で歩かせるのは心配だから」


 そこは譲らないんですね……。先生は放任なのか過保護なのか、本当にわからない人ですね。

 その後すぐにスミに手紙の魔法陣を送ると、明日のちょうど騎士学校の授業が終わったあたりの時間に来て欲しいという返信がきます。

 体調を大きく崩しているということだったので、心配でしたがわたくしに会えるくらいであることに少し安心します。

 この訪問で、少しでもスミが前向きになるための糸口が掴めればいいのだけれど。



 翌日、騎士学校の授業終わりに、スミが暮らす宿に着いたわたくしは、フロントの従業員に挨拶をしたのち、一直線にスミ暮らす部屋へと向かいます。以前はマハが部屋まで案内してくれましたが、そこから何回か部屋を訪れる機会はあったので、部屋の場所はわかっていました。一階の東の角部屋は日当たりがよく、療養に適した部屋です。部屋の前に着いたわたくしは木製の扉を優しくノックします。


 どうぞ、という少ししゃがれた声が聞こえたので中に入ると、以前嗅いだことのある、甘苦い痛み止めの香りが鼻腔へと届きます。以前、亡くなる寸前のおばあさまの部屋でも嗅いだことのある、痛み止め薬特有の香りです。

 ああ、この薬がこんなに香るほど、スミの体調は芳しくないのだわ。

 そのことが、スミの病状を何よりも鮮明に伝えているような気がして、胸が苦しくなります。


 部屋の中には、ベッドで起き上がっているスミが一人きりでいます。どうやらマハは席を外しているようでした。

以前よりも痩せた腕は枯れ枝のよう。病状は芳しく内容で、まだ二十代のはずなのに、老年の女性のような雰囲気が漂っています。


「あら、今日はお一人ですか? リジェット様。シェナン・クゥール様は今日一緒には来ていないのですね」


 スミに話しかけられ、はっとしたわたくしは、なんとか取り繕った笑みを浮かべます。


「ええ。スミは先生がいると緊張してしまうようだったので」

「……気付かれてしまっていましたか。そうですね。シェナン__聖女の存在は、大聖堂では神格化されたものとして扱われていましたから……。信仰の中心地で育てられたものとしては、どうしても存在が恐れ多くて。なんとなく緊張してしまいますよね」


 その言葉にスミも、エドモンド様と同じように先生のことを一線引いたものとして考えていたことを感じとります。仕方のないことなのかもしれませんが、なぜかそのことが、胸の中に何かがつかえるような感覚をもたらします。


「……そうですか。じゃあ、わたくし一人で来てよかったのかもしれませんね。ところで、体調は大丈夫でしょうか。いきなりきてしまいましたから……」

「今日は比較的。以前より体は動かなくなってしまいましたけれど、もうここまでくると良くても悪くてもあまり大差は感じないような気がいたしますね」

「そう……」


 痛々しい現状に、どうしても視線が下がってしまいます。


「今日、リジェット様はわたくしがクゥール様に送ったお手紙を見て、いらっしゃったのでしょう?」

「あ……。はい。そうです。わたくしたちの準備が遅かったがために、もう体が持たないのではないですか?」

「いいえ。それはもう、最初から折り込み済みだったでしょう? 一年ほど、私の寿命が持つギリギリまで準備をして、準備ができたところで、大聖堂へと潜入する計画でしたもの。リジェット様もクゥール様も、そのために内部の魔法陣や潜入のための魔法陣研究に励んでくださったと聞いています。計画を変更しようと思ったのは私の判断です」

「どうして……」

「見込みがないということがわかってしまったからです。……初めは大聖堂に行って初石を取り返すと啖呵を切っておきながら、諦めようとするなんて、意気地がないとお思いでしょう?」


 スミは、あくまでも優しく、たおやかという表現が似合うような笑みでわたくしに語りかけます。

 正直、そういう思いが少しもないとはいえなかったわたくしは言葉に詰まってしまいます。


「でもね。リジェット様。わたくしは大聖堂に潜入しないとは言っておりません」

「え?」

「大聖堂の中を……少し掃除しようと思っていまして。そちらに関してリジェット様、クゥール様のお力を貸していただけないかと思っています」

「そ、掃除……?」


 思ってもいない提案にわたくしは目を身開いてしまいます。

 本来、大聖堂という場所は、湖の女神を崇め、信仰する信者たちをまとめるとともに、信仰の頂点により近い位置にいるとされる、無の要素や聖の要素を持つ子供たちを守り、養育する機関です。

 しかし、今の現状は全ての権限を持ったグランドマザーが大聖堂を私物化し、我が物顔で占領しているというところでしょうか。


 その状態を大聖堂で生まれたスミはもちろんよく思っていないでしょうけど……。


「掃除——ということはグランドマザーを排斥したいということですか」

「どちらかというと、大聖堂の環境を整えたいんですよ。マハがこれから過ごしていく場所でしょうから」

「マハは……大聖堂で今後暮らすのですか?」

「ええ。それがいいのではないかと。マハは今、情報収集という名目で大聖堂に通っていますけど、なかなかあちらでも重宝されているみたいなんです。もともと、私との旅の中でも、経理関係は全てあの子に教え込んで、最後の方は任せていましたから——大聖堂って意外と地味な事務的能力が有難がれらるんですよ。このまま働きが認められれば、中枢に据えられる未来もそう遠くはないでしょう」


 え……どういうこと?

 混乱しているわたくしを置いてけぼりにして、スミはペラペラと話始めます。


「あの子は元々頭もいいし、魔力にも恵まれています。そもそも、マハとの旅の目的は、マハが根を張れる場所を見つけることだったんです。いろんな場所をともに周りましたが……彼にとって居心地のいい場所はなかなか見つからなくて。ハルツエクデン中を探しましたし、シハンクージャにも行きましたけど、彼の黒を異質なものとして扱わない場所は見つかりませんでした。そんなマハが唯一居心地良さそうにしたのが、大聖堂だったのです。あそこは、黒髪は尊ばれますし、マハのように要素が偏っていることはむしろ尊ばれるので、疎まれることもありません。権力者による横領がなければ、彼の居場所としては最適です。私はシュナイザー百貨店と取引がありますから、そちらに任せてもよかったのですが、あちらは能力があるものは商材として扱われますからね」

「あの……それは……マハと相談した上で、決めたことですか?」

「いいえ。でも、これが最善かと」


 スミの口から語られた今後の展開には彼女自身が全く登場していませんでした。スミは本当に、自分がいなくなることを想像して、行動していたんだわ。


「もしかしてスミは……最初から、初石を取り返すことが目的なのではなく、大聖堂の組織自体を分解することが目的だったのですか?」


 まさかと思い、それを口にすると、スミは困ったように眉を八の字に寄せて、口を噤みます。


「初めはもちろん、初石が取り返せればいいと思っていましたよ? でももう私の初石——寿命は残っていないでしょうから」

「そんなことっ! まだそうと決まりきったわけじゃ……」

「いいえ。残念ですけど、私の予想は当たっていると思いますよ。以前報告が上がっていた内容と、マハが新しく得た情報を総合して考えると、私の初石は使い果たされている可能性が高いのですよ」


 スミの表情に悲壮感はなく、さらりとした口調を貫いていました。


「……だからといって、諦めてしまうのですか? マハはほんの小さな希望のために奔走しているじゃないですか!」

「もうここまで来るとね、私が本当に望むのは自分が永らえることではないのですよ、リジェット様」


 スミは一呼吸を置き、強調するように言葉を並べます。


「私が望むのは、マハができる限り穏やかに生きて行ける環境を与えることだけ」

「マハは本当にそんなこと望んでいますか? マハは……あなたに恋をしているでしょう? そんな彼が望むのは……そんなことじゃっ……」


 あまりにもスミが決めつけたような言い方をするので反射的に、言葉を出してしまいます。


「あの子の熱情はリジェット様にも悟られてしまう質のものでしたか」


 その言葉に、眉を寄せて苦笑するスミ。どうやら、スミもマハの視線の熱の意味にとっくに気がついていたようです。だったらなんで……。


「……スミはマハの気持ちを受け入れてはいないのですか?」


 わたくしの言葉に、スミは曖昧な笑みを浮かべます。


「私がマハに向ける感情は、男女のそれではないのかもしれません。何を対価に求めることもなく、無条件に愛情を与えて、養育の真似事をして、共に暮らしていく……。これが私にとって過不足なく、負担のない関係性なんですよ。要は私はずるいんです」

「ずるい?」

「誰かの愛情を……。命を投げ出してでも自分を守りたいと思ってくれる人の愛情を受け止められるだけの器がないんです」


 あまりにも悲しい言葉にわたくしの目は潤んでしまいます。

 わたくしはスミではないので、スミの考えを全部丸ごと理解することはできません。

 でも、少しだけ。他人に迷惑をかけるのが苦手だ、というところは……わたくしも先生に迷惑ばかり無意識にかけてしまっているなあ、と申し訳なく感じることが度々あるので、わかるのです。

 でも、マハにとってスミは、きっと自分にとっての全てで。

 何を失ってでも、スミのために力を尽くしたいと考えているはずのマハの手を振り払って、頼りにもしないのは……彼に対して不敬なのではないでしょうか。


「あなたとクゥール様の間にも似たような関係性があるでしょう?」

「師弟愛……ということですか」


 スミは同意をした様子で、優しく瞼を閉じます。


「私はね、リジェット様。何も恋情だけで成り立つ関係性だけが一番尊いものだとは思わないのですよ。関係性は、関わる人間の数だけ無限にあります。そういうものを得られなかった私だからこそ、紡ぎ、繋げられるものがあるのではないか……そう思うのです。だから、マハのために私はできる限りのことをしたいと思っていますよ」


 スミのしっかりとした口ぶりの中に、強い意思を感じたわたくしは何もいえないまま、口を閉ざします。二人にとってこれが本当に最善の——後悔のない選択なのかしら。


 どうしても納得がいかない気持ちを持ちながらも、スミにかけられる言葉が思いつかないわたくしは、そのまま何もいえず、立ち尽くすことしかできませんでした。





ここもややこしいぞ……! そう思ったあなた、正解です!

次は水曜日あたりに……。

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