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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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113先生の情操教育が足りません


「そんなわけでエドモンド様とマンツーマンで授業を受けているのですよ」

「ふうん?」


 エドモンド様の授業を受けた日の放課後。わたくしは先生の家を訪れて今日の授業内容を報告していました。

 今日は大聖堂で見た魔法陣を忘れないうちに再現しようということで召集がかかったのです。 


 エドモンド様からいただいた魔法陣関連の資料を手に持ち、先生の家に向かうと、いつも通りソファの前のラタンテーブルには美味しいおやつ——先生お手製の焼き立てのパイが用意されていました。ふんわりと焼き立ての香ばしい匂いを漂わせている今日のパイは、カボチャに似たココルルと呼ばれる野菜でできたおかずパイです。うーん、早く食べたい。


 パイは相変わらず美味しそうですし、添えられたハーブティーだって、シュナイザー百貨店でこの秋売り出し始めたタセとニエが太鼓判を押す新商品です。きちんと手順通りに蒸らしているため、カモミールに似たハーブの芳醇でまろやかな香りが上手に出てきます。そんな完璧なティーセットが出来上がっているというのに、先生はどこか不機嫌そうな表情を浮かべてわたくしの顔を凝視しています。


「……なんでそんなに不機嫌なのですか? わたくし、何か先生の機嫌に触るようなこと、しましたっけ」


 わたくしの行動に手落ちはないと思うのですが、万が一がありますので、一応聞いておきます。


「……それで。リジェットにとって、エドモンドの授業は僕の授業よりもわかりやすいってわけか」

「ん?」


 先生の不貞腐れた表情にわたくしは目を見開きます。まさか……これは伝説の……!

 その表情に心当たりがあったわたくしは思い当たった考えをそのままそっくり口にします。


「先生、もしかしてわたくしがエドモンド様に取られたような……弟子を取られたような気がして、嫉妬していたりします?」

「……嫉妬? 馬鹿な。なんで僕がエドモンドになんて嫉妬しなくちゃいけないの?」


 先生は人を小馬鹿にしたような、表情でこちらを見ますが、これはもう決定打でしょう。


「先生はわたくしがエドンモンド様をお褒めになったので、面白くなかったのではないですか?」


 パイを頬張りながら、ニヨニヨとした表情で先生の方を見つめます。先生は、はあ? と顔にそのまま書いてありそうな表情で頭を押さえます。


「そんな子供じみたことは考えないよ……。君じゃないんだから」

「あら。そうでしょうか? じゃあ、わたくしがエドモンド先生の方が教え方がお上手なので、もうこちらには参りませんって言ったら……どうします?」


 先生に弟子であるわたくしが、他の人間に取られるということが、どれだけ衝撃的なことなのか……理解していただくためにも、ちょっと意地悪な言葉を差し向けます。

 しかし、変な表情をした先生から帰ってきた言葉は想像を大きく逸脱した物でした。


「……そうなったら。……とりあえず、なんかムカつくから、エドモンドを消す?」

「物騒!」


 ひゅっと息を呑みますが、先生はサラリと言い放ちます。


「だって……なんだかわからないけれど、もやっとするから、元凶を消した方が精神的にスッキリしそうで」

「多分……その感情のことを、一般的には嫉妬と言うのだと思いますよ」

「違うでしょ」

「あくまでも認めないつもりですか……」


 めんどくさいな、とため息を吐きつつ、先生の顔を覗き込みます。

 やっぱりこの前も思いましたけど、先生って人と深く関わろうとしたり、人に執着を覚えたりするのが、苦手ですよね。こう、無意識に距離をとっている感があります。結構、一緒にいるはずのわたくしにも未だに距離を取りますし……。


 ズズっとハーブティーを口に含みながらわたくしは考えます。

 先生は親元から離れる年齢になる前に、無理やりこの世界に落とされた経歴を持つ人ですから、他人から貰うべきだった感情をもらって育っていないのですよね。大切にされ慣れていない——愛情をもらい慣れていなくて、受け取るべきものを、自ら手放してしまう癖がありますよね。


 ある意味、人間関係がスッキリしているとも言えるのでしょうが、先生がわたくしに感じている親しさを、自分自身で否定されるのはあまりにも悲しいことです。


「先生。実質人生二週目のわたくしですから、先生の気持ちも汲み取って動けますけど、そんなに人に執着しないような言い方をしていると、いつか大事な人に大事だと言えずに後悔しますよ?」

「……それでも、どうなっても僕の勝手だ。君に言われなくても好きにするさ」

「まあ、勝手といえば勝手ですけども。もしかしたら、わたくしもこの後戦争が起こったら呆気なく散ってしまうかもしれませんし……」


 ハハッと軽く笑いながらいうと、先生は苦いものを噛みしめたような表情を見せます。

 あ、最低。自分が簡単に死んでしまうかもしれないだなんて簡単に口に出すべきではありませんでした。口から出てしまった言葉に後悔して、顔を顰めると、先生は真面目な顔をして意見を口にします。


「君が僕の管轄外で死ぬのは、許容できないな」

「そうは言っても……騎士として働くことを決めた以上、危険な目に合うのは避けられないでしょう。アルフレッド様が言ったように、王家に嫁いで王城に隠されるようにして暮らすのは絶対に嫌ですし」


 そういうと、アルフレッド様がわたくしを自陣に取り込もうとしているのを知らなかった先生は驚いた表情を見せます。


「やっぱり、アルフレッドは君を自分の伴侶にしようと考えたか……。あいつどう見ても君のこと大好きだもんね」


 先生の斜め上な言葉にキョトンとした顔をしてしまいます。


「え? 好き? アルフレッド様はあくまでも派閥争いの主格としてわたくしを自派閥に取り込みたいだけでしょう?」


 先生はなぜかキョトンとした表情をしていました。


「あいつなんも伝わっていないんだ……かわいそう。それにしてもアルフレッドか……」


 先生はアルフレッド様の顔を思い浮かべたのか、一瞬眉を寄せます。


「僕としては……。所属派閥としては相変わらずオフィーリア姫がおすすめだけど、伴侶として考えるのだったらアルフレッドを君にあてがうのも悪くない……それも案外いいんじゃないかと思っているよ。まあ、その場合は王位継承争いをどうにか収拾できるだけの力と君を娶るだけの甲斐性が必要になるけれど」


 え……。

 その言い方って……。

 一応、今は保留ということになっていて、議論は止まっていますが、好きかもしれないという疑い(言い方がなんだかあれですが)がある方に他の男性を勧められてしまいました。

 なんかこれって……すっごくモヤモヤするんですけど。


「本気で……そう思っているんですか?」

「まあ……。君が望まなければ、阻止した方がいいんだろうけれど。でも意外とお似合いなんじゃないかな?」

「あの……。先生。あの話、忘れたわけじゃないんですよね?」

「あの話?」

「わたくしがちゃんとしたメリットが提示できる立場になったらまた求婚しますねって言った話ですよ。覚えています? わたくし、まだ先生のこと相当な優良株だと思っていて、オルブライト家に迎えること、諦めてなんかいないんですよ?」


 先生は露骨に嫌な顔をし始めます。


「その話は一回寝かしたんじゃないの……」

「それを掘り返したのは、先生でしょう?」

「完全に失敗した。この話、やっぱりなしで」

「……かしこまりました。じゃあ、先生もこの話を掘り起こして、自分の方向に矢印を向けられたくなかったら、わたくしの伴侶関係の話を振らないでください」


 そういうと、先生は遠い目をして呟きます。


「そもそも、人間じゃないってカウントされる僕のことをそこの頭数に入れるのおかしいでしょ?」

「そうでしょうか? わたくしから見て、一番まとも……というとなんだか語弊がありますが、伴侶になることで旨味があるやっぱり先生なのですよ。それがどんな立場の方であっても」

「聖女であっても?」

「聖女であっても」


 言い切ると、先生は気が抜けたようなため息をつきます。

 先生ってどうしてこんなに自分を卑下するような言い方をするんでしょう。十二分に魅力的な能力の持ち主だと思うのですけども。

 やっぱり情操教育が足りていないのでしょうか。ここまで来ると先生を育てた王城関係者を引き摺り出して小一時間問い詰めたい気分になってしまいます。


「……君は本当に物好きだよねえ。僕が散々王城で化け物扱いされているの、聞いているでしょう? 王子連中だとか……あとはエドモンドも僕のこと怖がっているし」

「うーん、わたくしは先生のことをあまり怖いとは思いませんからね」

「どうして?」


 純粋にわからなそうな、不思議そうな表情を見せる先生。


「そういえば……なんででしょうね。うーん。わたくしにとって、自分の選択で自分の命を失うことは恐ろしいことではないからでしょうか」


 言葉を口にすると、先生は目を見開きます。


「わたくしの前歴者は、自らの意思で自分の人生を選べなかったことで惨めにも生き残った人間ですからね。長い人生を生きることと、充実した人生を生きることは、似ているように思えますが、全く異なるということを本質的に理解してしまっているんでしょう」

「異なる?」

「ええ。わたくしにとっては、自分で先生の元に通うと決めたのは自分自身の決定ですから。それを選んだ先の未来で、万が一先生に殺されたとしても、それはそれで、前歴者よりもいい最後を迎えられたと考えてしまうでしょうね。……それは自分で決めたことによる結果ですから」

「君は本当に……なんというか妙なところで思い切りがいいよね」

「ええ。それにわたくしは先生はわたくしを殺せないと過信しているのですよ。……だから先生。もし、わたくしに嫌気がさしたら、切り捨ててくれて構わないんですよ?」

「は?」


 にっこりと完璧な笑顔を携えていうと、先生は表情を強張らせます。


「皆さんが心配するように、わたくしが先生の逆鱗に触れる真似をして、あわいに放り込まれるようなことになっても、わたくしは……仕方がないなと思ってしまいますもの。いらなくなったら、切り捨ててくださいね」


 先生はわたくしがいなくなっても、どうでもさほど悲しんでくれないんですもんね? というニュアンスを含めて、笑うと、先生は困った顔をして首を傾げます。


「……僕は君を怒らせたみたいだね。悪かったよ。君は僕にとって大事な弟子で、今では生活の中の比重も重い。急に消えられると……痛みを感じると思う。ちゃんと自分の命を大切にしてよ。君は自分の命を蔑ろにしすぎる」


 先生は泣きそうな顔をしていました。

 先生はわたくしが消えることを怖いと思っていることに薄々気がつきながら、わざと試すようなことを言ったこと——それに先生は傷ついたのでしょう。


「わたくしこそ……ごめんなさい。先生を傷つけるような卑怯な言い方をして、自分の優位性を確かめるような真似をしてしまいました」

「君がいなくなったら、僕はまたつまらなくなるじゃないか……」


 消えそうな語尾に、良心がくすぐられます。


「先生って、たまに……なんというか。守りたくなってしまう時がありますよね」

「はあ?」

「なんでしょう……。わたくし一度、老年まで生きた経歴があるからでしょうか。母性というか……誰かを守りたい欲が他の方よりもある気がするんですよね」

「僕は……君から母性らしいものを感じたことは一切ないよ……」

「まあ、それはそうでしょうけど。わたくしにだって、あるんですよ。そういう気持ちが、多少は。わたくし、先生に助けられてばっかりですから、先生が困ったことになったら、真っ先に助けにいきますからね!」

「馬鹿なことを言ってないで、君はやるべきことをしなさい」


 先生は呆れた表情を見せていましたが、内心少しだけ嬉しそうに見えます。

 わたくしが色々、執着するような態度を取ったのでめんどくさいと思われてしまったかな、と思いましたが、先生だって誰かに執着されたい気持ちが少なからずあったのでしょう。


「わかっていますよ。今やること……スミの……初石を奪い返すための手立てを考えることに集中しなくてはですものね」

「いいや、それよりも君の身を守るための手段を考えた方がいいかもしれない」

「え?」

「こんな手紙が今朝、届いてね」


 先生から見せられたスミからのお手紙の魔法陣を見たわたくしは目をまんまるにしてしまいます。


 そこには

“心の整理がつきましたので今後はわたくしの初石奪還ではなく、お二人にはマハの行先を相談したいと考えています”

 という内容が書かれていました。


「どういう……ことなのですか?」

「そう言うことでしょう」


 先生の言葉が理解できないわたくしは、眉を顰めます。


「スミは最初から、自分が助かる気なんてサラサラなかったのさ」





この二人、めんどくせー! と思ったあなた。正解です。次は日曜日に更新したいです……。

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