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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
120/157

106いらない校則です


 新学期の初日。わたくしたちはいつもの同寮三人組で揃って始業式に向かうために、講堂へ向かいます。

 中に入るとなんだかいつもよりも幼さが残る、賑やかな声が聞こえてきました。


「お、今年も新入生は元気だねえ」


 メラニアがいうとおり、講堂の中には手元に届いたばかりのピカピカな制服に袖を通した新入生たちが、きゃっきゃと楽しそうに話しながら並んでいました。


「すごい……みんな目がキラキラしていますね」


 一年前まではわたくしたちもあんな感じだったんだなあ、と思うと感慨深くなりついつい目を細めて見つめてしまいます。


 でも、今はこんなにフレッシュな彼らも、そのうち派閥争いに巻き込まれながら、己の保身のために、多くの選択を求められるようになるのですよね……。そう思うとなんだか世知辛く思えてきてしまい、悲壮感で目が線のように細くなってしまいます。


「わたくしたちっていつ頃から戦戦とした雰囲気になってしまったんでしたっけ?」

「入学して一週間目にはもう派閥争いはスタートしていたよね?」

「ではこの目の輝きも、一週間の命ですか。今のうちに目に焼き付けておきましょう」


 なんとくたびれた会話なのか。


 一年という密度の濃い時間で、騎士団というミニ社交界の中で揉まれたわたくしたちは、持ち合わせていたはずのキラキラとした清純さを失ってしまったようです。

 この世界での一年は四百日以上あるので、以前の世界よりも実年齢が上であるということを加味したとしても、年齢に釣り合わぬ殺伐とした会話にため息が出てしまいます。それはまるで疲れ切ったOLのようでした。


 一応、今のところわたくしたちはどこの派閥にも入らずに済んでいます。しかし、アルフレッド様率いる革新派は騎士団でのシンパを増やそうと、今まで以上に勧誘に力を入れているようです。

 その結果、残念ながら中立を保っていた三男のヨーナスお兄様もそちらに取り込まれてしまいました。革新派のリーダー、第二王子であるアルフレッド様は“次はお前だ”と言わんばかりの圧力を日々、わたくしにかけてきます。

 最近のわたくしは彼らから逃れようと必死です。






 講堂奥に進んだわたくしは、新入生の顔ぶれを見渡します。しかし、女子生徒は一人も見当たりません。


「こっ今年は残念だけど、新入生はいないみたいですね」


 エナハーンが悲しそうな声で呟きます。


「そうですねえ。入学試験の手伝いをしていたヨーナスお兄様も今年は女子の志願者はいなかったと言っていましたし……。やはり王が薨去してからは情勢の変化もありますし、どんな立ち位置にいる令嬢も揃って安全な場所に隠されてしまっているのかもしれませんね」

「そうだね……」


 今年は変革の年になる予兆があちらこちらから出ているので、騎士団を志望する学生の数も、ガクッと減ったと教官から伺っています。

 その分、倍率が低く、学生の質がいつもより低い、とぼやいている教官もいました。


 講堂の入り口から右側の列に身長が一回り高い、二学年の生徒たちが集まっています。生徒たちを並べる号令をかけているのは、わたくしたちの学年の首席を務めるカーデリアでした。


「あら、カーデリアが寮長になったのかしら? サイン寮、クゥール寮どちらの寮の寮長になったのでしょう?」

「まあ、彼が仕えている第二王子がサイン寮の寮長だったからね。彼もサイン寮の方じゃないか?」


 前に出て号令をかけているカーデリアは優等生らしく、皆を導いているように見えます。

 ちなみにわたくしは、この一年間成績はずっと次席でした。自分的に頑張っては見たものの、やはり魔力量の少なさと性差による力のなさが、結果に響いてしまいましたね……。


 けれども、落ち込んでいるかというと、実はそうでもありません。今のところ騎士学校内の余計な功績で、悪目立ちをしてしまうことは避けたいので、大人しくしておいた方がいいというのがオルブライト家の総意です。


 少し前のわたくしであれば反論をしていたかもしれませんが、今のわたくしならその重要性が嫌でもわかります。ただでさえ、第一王子と第二王子に目をつけられ……求婚まがいのことをされてしまっているのに、


 それに騎士学校で生活しているうちにわたくしが目指しているものが、騎士団で優秀な成績を取ることではないということがやっとわかったのです。反対を押し切って騎士団に入ってしまったわたくしにできることは、領民を守るための力をつけることであって、学園で一番になることではないのです。


 男子生徒たちが並ぶ列の中へ、ふと視線をやると、何やら見覚えのある人を見つけます。


「あ、あれえ? あの方“ぶっちょ”さんではないですか?」


 エナハーンの声を聞いたわたくしは顔をあげ、目を細めます。視線の先にはやたらとわたくしたちに絡んできていた、成金の男子生徒、ぶっちょが並んでいました。

 わたくしとエナハーンは一瞬、誰だかわからずに、目を瞬かせました。ぶっちょは一学年前半のふくよかな姿ではなく、げっそりと痩せていました。


「ぶっちょ……なんだか見る影もなく、すらっとしていますね……。この一年でしごかれたからかしら……」


 ぶっちょとは途中でクラスが分かれてしまったので、半年ほど会っていなかったので、てっきりもう退学しているものかと思っていました。

 一年生の後半の授業は……。なんというか、ひたすら正しい剣の型を体に染み込ませる練習と持久力をつけるために死ぬほど走り込みを強要されたり……と体力勝負なカリキュラムになっていたので、商家で甘やかされたお坊ちゃんにこなせるものではないだろう、と失礼ですが、思い込んでいたのです。(実際、同じクラスにいたぶっちょに似た生い立ちの生徒は全員やめてしまっていたので)

 我ながら、ぶっちょへの偏見が酷すぎますね。あの過酷な授業と進級試験を無事突破してここにいるのですから、きっとわたくしたちが知らない間に努力をしたのでしょう。彼に対する認識を改めねばなりません。


「と……というか、あの方、二学年に進級できたのですね……。だっ脱落組なのではないかとタカを括っていたのですが」


 エナハーンも同じように思っていたのか……と苦笑いしていると、ぶっちょはこちらの視線に気がついたような表情をしました。

 一応顔見知りなので、ぺこりと頭を下げた途端、ぶっちょは“やっべえ”とそのまま顔に書いてありそうな、気まずそうな表情を作ります。そのまま目がそのままそらされてしまいました。なぜかその顔は青ざめているようにも見えます。あら……。この感じだといつもみたいに突っかかってくると思っていたのですが、彼も大人になってしまったのでしょうか。

 なんだかその反応が寂しく感じてしまいます。


 そんなことを考えていると、誰かに肩をポンと叩かれます。


「久しぶりだな、リジェット」


 うっ、この妙に凛々しく威厳を感じる声音の持ち主は……。


「アルフレッド様……。なぜこんなところにいらっしゃるのですか……」


 そこには第二王子であるアルフレッド様がいらっしゃいました。

 王位継承争いに王城が揺れる今、面倒なことに巻き込まれたくないわたくしとしては金輪際関わり合いたくないと思っていたのですが、容易く近づいできましたね。


 一応、王城の自室に連れ込まれた時に、わたくしと婚姻を結ぶのは無理ですと、はっきりお断りしたのを覚えていないのかしら? 都合の悪いことは全て忘れてしまうたちなのかもしれませんが……。その王族らしい太々しさにわたくしはため息をつくことしかできません。


「なあ、今第二王子が話しかけているのは、オルブライト家の御令嬢だよな」

「まさか、王子はあの戦乱狂を手元におこうとしているのか?」

「オルブライト家の御令嬢は魔獣だけでなく王子も狩るのか……」


 ボソボソと呟かれる憶測の声が聞こえてきます。

 というかなぜ、わたくしが狩った側なのですか! こんなにも関わりたくないオーラを出しているのに、関わってくるのはアルフレッド様の方ですよ⁉︎


「アルフレッド様。わたくしのような未婚の女性と関わると、あらぬ噂が立ってしまいますよ? すぐさま持ち場にお戻りください」


 あっちにいけ。そんな気持ちをこめ、にっこりと微笑んだのに、


「大丈夫だ。私は今日、噂を自らたてにきたのだからな。持ち場はここだ」


 と、アルフレッド様は涼しい顔をして言い放ちます。

 ぬぬぬ……。誰かお付きの人がひきづって帰らせてくれないですかね……。 


「というか、あなたはもう学生ではないでしょう? なんでこんなところにいるのですか?」

「王族の代表として、新入生に歓迎の言葉を、と学長から直々に頼まれてな。祝辞を述べにきた」


 ああ、新入生たちを自派閥に取り込むためのパフォーマンスをしにきたのですね。ご苦労様です〜。


「それに、お前に虫がついてないか確認しておかねばならないからな。ついていたら、駆除の手が必要になるだろう?」

「……あの。余計なことはやめていただけますか?」

「感謝されるべきだろう?」

「感謝?」


 はて、アルフレッド様の行動を迷惑に思うことはあっても、ありがたく思うことなんてなかったと思うのですが……。わたくしはいつ恩を売りつけられる隙を作ってしまったのでしょう。


「騎士団内は派閥争いだけでなく、数少ない女子生徒への求婚をするものも多いと聞く。お前は騎士団に勉強をしにきているのだから、そう言った輩がいると気が散ってならないだろう?

 だから、騎士学校内でお前に話しかけるものは退学にするよう、校則を変更しておいたからな」

「はああ?」


 驚いたわたくしは王族に対して、不敬極まりない言葉を口から出してしまいます。でもまあ、最近アルフレッド様はこのくらいのことじゃ怒らないということがわかってきましたので、あまり気にしなくても大丈夫そうですが。


 あ、それでさっきぶっちょがわたくしから目を逸らしたのですね。

 なんでこんなにも急に彼の態度が変わったのかを、急速に理解しました。


「当たり前の措置だろう。お前は私の婚約者候補なのだから」

「婚約の魔法陣も結んでいないのに? そもそもわたくしは……」

「クゥールがお前に結んだ魔法陣なら、時期を見て私が解こう。心配しなくとも良い」

「……あの。心配なんかちっともしていないんですけど」


 というか、わたくしは先生との間に結ばれてしまった魔法陣をそのまま家の繁栄のために使わせていただきたいと考えているので、ぜひ余計な手出しはしないでいただきたいのですが……。


「こんなことを言われると、照れてしまうのか?」


 怪訝な顔をしているとアルフレッド様は斜め上なことを言ってきます。どう見たら照れているように見えるのですか。これは、迷惑している表情ですよ!


「……ちょっと。話を聞いてください」

「ああ、こんなふうに一学生と話せるのはいいな。騎士学校の生徒たちはどうも身分を気にして、話しかけるのを避ける傾向がある。これからも私は第二王子という身分を利用してお前に話しかけるからな」

「来ないでください」


 猫のようにシャー! と威嚇をし、アルフレッド様を遠ざけます。


 そんなやりとりを新入生たちは物珍しそうに見ていました。その視線を受けてわたくしは、はっと我に返ります。


 __は、はめられた! アルフレッド様にはめられました!


 何も知らない新入生たちは絶対仲がいいと思ったでしょう……。あんな人とわたくし、仲良くなんかありませんから!


 目的を無事に実行したアルフレッド様は「またくる」と一言言い残して、来賓出席者の控え室へと戻って行きました。


 つ、疲れる……。

 一連の犯行を受けて、わたくしはがっくりと肩を落とします。


「どうしてあの方はわたくしに絡んでくるのでしょう。わたくしが自分の派閥の足場を固めることに役立つ存在だから、というのは分かるのですが、オルブライト家を取り込む、という位置付けであればもうヨーナスお兄様がいるではないですか。わざわざわたくしに話しかけなくとも良いのに! 変な誤解を生みたくないです……ってなんで二人はそんなに変な顔をしているのですか」


 二人は揃ったように同じ、死んだ目をした魚のような薄目でわたくしの顔を凝視していました。

 

「……なんていうか、本当にリジェットって鈍いんだね」

「わ、わたくしあの王子のことはあまり好きではありませんが、流石に同情しました」

「な、なんでですか! わたくし、何か至らない点があったでしょうか?」

「強いていうなら、情緒不足」

「で、ですね」


 はっきりと言い切るように言われてしまったわたくしは小さく「解せぬ」と呟くことしかできませんでした。




好きな子に話しかけたいだけのアルフレッド王子と自分に話しかけるのは百%派閥の強化のためだと思い込んでいるリジェット。

交わらない……。

次は水曜日に更新しますー!

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