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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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104対価と代償 後編

 その後も俺は暗く、湿り気のある塔の中で何も変化がない生活を何年か続けていた。何年経ったのかはわからない。ただその間に、村長が死に、新しい人間になったらしい。


 村長が代わり、体制が新しくなった後も、濃い髪色の子供を焼く風習は変わらなかった。


 新しい村長は俺を見るたびに寂しそうな表情を見せた。もしかしたら、本当は髪色の濃い子供を次々と殺ろしていく、不可解な村の風習に疑問を持っていたのかもしれない。俺が閉じ込められている現状を憐れむような感情を持っても不思議ではない。


 けれど、新しい村長も悪しき風習を変えようとはしなかった。何かを変えるということを成し遂げるには、対価を支払わないとならないのだろう。


 そんなある日、急に騒がしい日が訪れた。

 

 いつもは感情の起伏が少なく、まったりと空気が止まったような村なのに、今日は湧き上がるような歓声が多く聞こえる。


 声を上げているのは主に女だ。

 口々に綺麗だとか、見たこともない、だとか驚きの声をあげる。旅芸人でもきたのだろうか。だけど、そんなもの、塔の中から出られない俺には関係がない。その時はそう思っていた。


 しかし、予想は裏切られることになる。


「どうか足を止めてください! その中の黒は見てはいけません!」


 見張り番の男が叫ぶ。なんだ? この塔の関係者以外のものが入り込もうとしたのだろうか。確かに塔の中に人間が閉じ込められている、と聞くとどんな重要な人物がいるのだろうと興味を引かれるかもしれない。でも、この登るのも一苦労であるはずの階段を登ってくるなんて、よほど酔狂な旅芸人らしい。だけど、ここにいるのは髪が黒いだけの、特に変哲もないただの子供だ。きっとこの凡庸さに呆れて踵を返すに違いない。

 そう思っているうちにも、とん、とん、と階段を上がる足音が徐々に近づいてくる。


「この塔の中に誰かいるの?」


 艶のある、年若い女の声が塔最上部の部屋まで響く。馴染みの見張り番や、食事を持ってくる飯炊婆の声とは違う、いつまでも聞いていたいような不思議な声だ。


「はあ……あら、ここには最上の黒があるって村の方々が騒いでいたから、どんな色かと思ってきてみたら、人間の子供だったのね」


 女は階段を登ったことで息が上がってしまったようだ。


 俺は女の髪色を見て、目を見開く。

 黒だ……! この少女は黒い髪をしている!


 自分以外で黒い髪の人間を見たことがなかった俺はスミの髪色を見て、目を瞬かせた。


 多分この人は村外からきた人間だろう。村の住民たちとは装束が異なる。

 この村の村民たちは、布切れを繋いだようなボロ布をつなぎ合わせて作られた簡易ズボンの上に、四角い布を首と腕が通るように縫い合わせただけの、味気のない格好をしている。布を染めるという文化もないため、色も素材そのものの色である白や生成り色ばかりだ。


 それに比べてこの人は、これ以上何色にも染まることができないような、深い深い黒の布をガウンのように緩やかに重ねた、ワンピース型の装束を身に纏っていた。

 耳と肩には、見たことのない紫色の宝石がついていた。耳はピアスで、肩についていたのは、ガウンを止めるブローチだろうか。


 つい、魅入ってしまいそうな、鮮やかな色彩は簡素な家具しか置かれていないこの塔にはひどく不釣り合いだ。


 ピアスとブローチの二つだけでも過剰装備気味だが、さらに首にはさまざまな色合いが艶かしい、瞳大の宝石が無骨とも言えるほど大胆に繋がれたネックレスをかけていた。


 後から階段を駆け抜けてこの女の人を追いかけてきた塔の番人の男は。そのネックレスの仰々しさに目が釘付けになっている。


 しかし、俺は不思議とそちらには目を惹かれない。

 そちらのアクセサリーが一番ついている宝石の量は多いが、不思議と目はピアスとブローチの方にしか行かない。ピアスとブローチの紫は、うまくは言えないが、こちらに語りかけてくるような色鮮やかさがある。


 まあ、どちらにせよ、いかにも価値が高そうな品物を惜しげもなく、普段使いをしている様子を見ると、この人間は相当高位の人間なのだろう。


 それになんと言っても、この村に住む人々の淡い髪色の中に混じる、この人の様々な色を塗り重ねたような黒は異質だ。

 __俺と同じように。


 初めてみる、自分以外の黒に感動していると、ドダドタと品のない足音が聞こえてきた。


「色盗み様! おやめください! その子供は身に多くの汚れを持って生まれた、罪深い子供なのです! あなたの身に何かあったと王都の者に知られてしまったら、私たちはひとたまりもありません!」


 色盗み。まだ若さが残る声で村長は、確かにそういった。色盗みってなんだろう。初めて聞く名称に俺は困惑する。


 女は村長の言葉がなんのことだかわからなかったようで、一瞬キョトンとした表情を見せた。

 

「穢れ? ああ、魔力のことを言っているの? 魔力が多い事は何も穢れていることではありませんよ?」


 女は言い切る。その言葉を受けた村長は一瞬怯んだような仕草を見せた。黒に穢れはない、という言葉を受けて動揺を見せたということは、この男は俺に同情の視線を向けながらも、あの悍ましい儀式に正当性を見出していたのだろう。

 そのことに気がついて、少しがっかりする。


「穢れは穢れなのです! あなたはご存知でないだけで、黒に近い髪の子供が現れると、凶暴な魔獣が発生するのですよ!」

「……そうですか。でも、だからと言ってそれを穢れというのはいかがなものかと思いますけどね。予兆と言った方が正しいのでは?」

「しかし!」


 まだ何か反論したげな表情を見せる村長を見て、女性はうんざりとした表情を見せた。

 そして村長を無視し、くるりとこちらを向いた。


「……もしかして、あなた。ずっとここにいるの?」


 そう言った言葉に、不思議と同情は感じなかった。ただ単に、あなたはこの役割を与えられているのね? と確認するように、純粋な気持ちで発せられたように聞こえる。


「そうだけど……あなた、誰?」


 恐る恐る答えると、女はふわりと口角を上げて笑う。


「私は色盗みの女のスミよ」


 その色盗みがなんたるかが全くわからない俺はますます困惑した。“色盗みの女”を名乗った女__スミは、俺の髪色をまじまじと見たあと、光悦のため息をついた。


「はあ、珍しいものを見たわ。でも……人間から色をとることは魔術的な意味が発生してしまうから……。避けなければならないけれど、本当に綺麗な髪色ね。うーん、色を盗みたくて心がざわつくわ」


 そう歌うように言う女の仕草は、弧を描くように緩やかで、粗さがなく美しい。

 その日の食い扶持を稼ぐために、朝から晩までかけ釣り回る村民たちの粗野な仕草とは大違いだった。


 この美しい人はどこからきたのだろう。


 俺はいつの間にか美しい“色盗みの女”に目を奪われていた。

 先ほど、村長の口から出た“王都”という言葉から考えると、もしかしたら国の重要な機関に属する人間なのかもしれない。


「それにしても、髪が黒いからってこんな子供を塔に閉じ込めるなんて……。酷い風習だわ。一応聞くけれど、あなた、悪いことでもしたの?」


 俺は慌てて首を横に振る。すると、スミは困ったように目尻を下げた。


「こんなに美しいのに、塔の中にいたらもったいないわね」


 スミは無邪気に笑った。


「色盗み様……。あなたのような高貴な方が私どもの生活を気にかける必要はありません。どうか、この男__子供のことは放置してこの村から、出ていってくださいませ」 


 緊張を孕んだ声で、絞り出すように言った村長。その言葉を聞いたスミは、眉を八の字に下げて首を横にふりふりと振った。


「ごめんなさいね。それはできないわ。私、昨日の儀式を見てしまったの。……外回り担当の色盗みの主な仕事は、大聖堂の運営費を賄うための宝石を作り外貨を稼ぐこと。だけど、それ以外に国内の人間に危険な動きがあったら報告することになっているの……」


 スミはカバンの中から古びた紙を取り出す。それは精密な魔術が詰まった魔法陣だった。スミがすうっと魔法陣を指で撫でると、光を帯びる。


 村長が目を見開いた時、塔の外からうおー! と湧き上がるような声が聞こえてきた。


 なんだ⁉︎ 慌てて、村長たちと共に窓の外を覗き込むと、外には大勢の騎士__“王家の剣”たちが武装した服装で、待ち構えている。


 足元には大きな魔法陣が描かれていた。どうやら、彼らは目の前のスミが展開した、転移陣を使ってこの村に来たらしい。


「ごめんなさい。これも仕事なの」






 断罪はあっという間だった。何人もの黒に近い髪の子供を殺した罪を認めた村長は騎士団に引き取られ、殺しはされないが、危うい存在だと判断され、塔以外の村が所有する建物に、拘束をされていた何人かの子供たちが解放された。


 俺も一緒に解放された。が、どうしていいかもわからない。長いこと塔の中に閉じ込められていたのだ。


 生家に帰るという選択肢が思いついたが、村民によると塔にいる間に産みの親は亡くなってしまったらしい。

 しかも自分には親類もいないと伝えられる。


 途方に暮れていると、女は俺の顔を覗き込んでいった。


「あなた、この村に身を寄せるところがないのかしら?」

「ない……な」


 流石に同情したのか、と思って顔を覗くと、スミは不思議な表情をしていた。ほとんど、無表情に近いのに、瞳だけがキラキラと輝いていて、どういう感情なのかが全く読み取れない。


「なんなら、一緒にくる?」

「え?」


 急な提案に俺は目を瞠る。


「なんとなくだけれど、あなたとは気が合いそうだなって私の直感が訴えているの。私は旅をしながらその中で出会った色を、宝石に仕立てて回っているのだけれど、あなたも一緒に行かない?」

「……本当にいいの?」

「ええ、もちろん。最近、一人で旅をするのにも飽きてきたところだったの」


 スミはいたずらっ子のように微笑んだ。







 そんな経緯で突然始まったスミとの旅は、発見でいっぱいだった。


 旅の途中、ひょんなことから実は俺が年上だったとわかってからも、スミは態度を変えることはなかった。

 俺自身、塔に何年も閉じ込められていたし、呪い子と呼ばれる、成長が著しく遅く長命な種類の子供だったこともあり、年齢が定かではなかったのだ。

 しかし、何年か前にあった(と自分では思っていたが、実際はだいぶ前)大地震のことをスミが知らなかったことで、俺は老人と言ってもおかしくない年齢だということを知った。

 それならば、家族が死んでいてもおかしくはない。


 俺はスミにとって自分より年上なのに無知で、子供の見た目を持つという特殊な境遇の人間だ。……なんでそんなに面倒な要素が上掛けになってしまっているんだろう。自分の状況には呆れるしかない。

 それなのにスミはいつだって俺にいろんなことを丁寧に一つずつ教えてくれた。慈しみ深く、思慮深いスミと旅をするのはいつだって楽しかった。


 初めて草の匂いを知った。森の中で、生き物が生まれ朽ちていく姿を見た。人が行き交う街の鮮やかさを知った。


 線画に色がついたように、視界が明るくなっていく。塔の中のいつも影が付き纏うような生活とは違う。それは俺が心の底から求めていた、柔らかい憧れの日々だった。


「ねえ、スミ。なんで俺をあの村から連れていこうとしたの」


 ベッドに寝転ぶ、スミに俺は聞く。スミは嬉しそうに笑って言った。


「声が聞こえたの」

「声?」

「そう。声。この人間と旅をすれば、きっとあなたの人生は楽しくなるって」


 そうこぼした後、スミは微かに心配そうな表情を変化させた。


「本当はね。私はちっともいい人じゃないの。あの日は自分の状況を少しだけ変えたい気分で、なんとなく声をかけただけだったの。……私が打算的で、自分のことしか考えていない人間でがっかりした?」

「……ううん。安心した。スミが綺麗すぎて、自分が汚く見えることがあったから」

「私、ちっとも綺麗なんかじゃないけれどね」


 微かに笑うスミは、どんな女性よりも美しく俺の瞳に写り込む。あまりの美しさに眩暈がした。


 旅をするうちに俺はスミに恋心を抱くようになっていた。至極当然の流れだ。

 自分を大切に扱ってくれる美人と同行しながら旅をして、恋に落ちないようにしろという方が難しいのではないだろうか。


 スミは新しい色を見つけると嬉しそうに微笑む。その花が綻ぶような笑みを見るたびに、俺はその表情をもっと見ていたくて、瞳を三日月型に細めるのだ。


「誰がスミに話しかけたんだろうね」

「もしかしたら、湖の女神様なのかもしれないわ」


 スミは俺の髪をすくうように撫でる。俺の変わらぬ黒い髪色を見て、目を細める。スミは俺の髪色が大のお気に入りらしい。

 こういう甘やかな時間の中で、きっと母親の温かさはこういう温度をしているのだろう、と俺は疑似体験をしているように思ってしまう。

 年下の女に母親としての役割を求めるなんて、あまりにも子供染みているし、愚かしさに反吐がでる。


 けれども、そうとしか説明できない。


 俺にとって、スミは母であり、姉であり、妹であり、家族であり、神様であり、恋い慕う女性であり__全てだった。


 俺は信仰してもいない、湖の女神に柄もなく、毎朝、祈るのだ。

 

 __どうか、もう少しだけ、俺とスミに時間をください。


 

 そのためだったら、どんなものを対価にしたって構わないから……と。




マハは結構年。シュナイザー百貨店のレナートといい勝負です。

次は二日お時間いただいて、金曜日に更新します。

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