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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第二章 王都の尋ね者(騎士学校二年生編)
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103対価と代償 前編

子供が死ぬ描写があります。苦手な方はそっと閉じてください。

マハ視点です。


 どこにも行かないで。消えてしまわないで。


 王都の宿屋の自室で、寝台の上で眠るスミのしゃがれた腕を、俺は優しく撫でる。

 生成色のシーツはスミが奪った色の滲みを引き立たせる。

 少し前までは肉付きがあったのに、今では枝のようになったスミの腕。


 それが、彼女の残り少ない命数をありありと表しているように思えて、心臓を鷲掴みにされるような痛みを覚える。


 俺たちは必死に共に生きる道を探した。白纏の子を白に戻す方法が、どこかにあるのでは。誰かの命を犠牲にしなくとも、もっと人道的な方法が。

 そんな、あるのかも定かではない、一縷の望みに全てを賭けて、僕たちは国中の情報を探り求めた。

 しかし、この世は非情だ。そんなものはない。色盗みの寿命は、色盗みから盗むしかない。それが僕たちの導き出した答えだった。


 スミは他の人間から寿命を取ることだけは自分の流儀に反するのだという。綺麗事だ、と俺は正直思った。

 だけど、それがスミなのだから仕方がない。そんなスミだから、俺は一緒に旅を続けていたのだろう。


 その限られた状況下で、スミの命を延命するためには、大聖堂で数々の聖女を食い物にする、グランドマザーから初石と呼ばれる、寿命が詰まった石を取り返すしかない。


 でも、果たしてそんなことは可能なのだろうか。俺たちだってリジェットという名を持つ、あの貴族と出会ってからの間に、何もしていなかったわけじゃない。スミはもう大聖堂の人間に素性が割れてしまっているので、大聖堂に入ることはできないが、俺は潜入できる。


 歳を重ねるスピードが遅い呪い子の性質はこんなに時に役立つ。俺は奉公にでる、子供のふりをして、大聖堂に入り込んだのだ。


 一年間、潜入を続けていると大体の大聖堂内の人間とのつながりは作ることができたが、それでもグランドマザーと邂逅したことはない。


 その女はまるで大事なお姫様のように、大聖堂内の奥の間に隠されている。

 謁見が叶うのは、限られた権力者のみ。奉公人の子供なんか、一生会えないような、奥の奥に仕舞い込まれている。

 このまま、グランドマザーとの糸口も掴めないようじゃ、スミの命は途絶えてしまう。

 気がついたら、俺の瞳からは涙がつうっと溢れていた。シーツに涙が落ち、丸いシミができる。


 泣くな。辛いのは俺じゃなくて、スミなのに。そう思って、目頭に力を入れるが、うまく水分がおさまらない。


「マハ……?」


 黒に染まったまつ毛が動く。俺が泣いて空気が揺れたのが、スミに伝わってしまったようた。スミはゆっくりと瞼を開ける。自分の体の方が何十倍も辛いはずなのに、心配そうに俺の顔を覗き込む。


 どうして、彼女はずっとここにいてくれないんだろう。気を抜くとそんな暗い未来のことばかり考えてしまう。

 

「こんな思い……したくなかった……」


 まずい、まずい、まずい! 口に出すつもりなんて全くなかったのに、心の中で思っていたことがそのまま、口へとこぼれ出してしまった。あわあわと取り繕うがもう、その言葉を口に戻すことはできない。

 溢れた言葉を聞いたスミは申し訳なさそうに眉を寄せた。


「ごめんね。私が勝手にあなたをあの塔から出してしまったから……。あなたに一番辛い思いをさせてしまった」


 ハッとする。そんな言葉を言わせたいわけでは、絶対になかった。俺は焦りながら、取り繕うように、言葉を羅列する。


「それは違う。俺はスミに出会って、自分に感情があったことを知ったんだ。それは素晴らしいことだったから……。後悔なんて全くしてない。スミのおかげで今の俺がある。だから、だからっ!」


 スミと旅をしていて、後悔を感じた事なんか一度もなかった。心からの感謝しかない。


 大地を覆う、素晴らしい色、色、色。

 それは俺が閉じ込められていた、ジメジメとして暗い、格子のついた塔の一室で見ていた景色とは全く異なっていた。

 あの塔から連れ出してくれたスミに、感謝の気持ちはあっても責め立てるような気持ちはないのに。信じて欲しい。俺は……。


 俺の必死な表情をみて、スミは眉を下げて弱々しく微笑んだ。


「私も同じよ、マハ。私が色盗みの女でなければ、あなたに出会うことはできなかったでしょう。命を対価にしても、あなたに会えたこと。それは私にとってかけがえのない幸せだったの」


 息が止まる。

 俺に会うための対価。そう言ってしまえば、こんな有様もまるで、物語の決め手となる大事な障害のように聞こえる。


 だけども……それにしては代償が大きすぎる。


 スミは毎日、毎日、衰弱していく。

 火が少しずつ小さくなっていくみたいに、スミの体は弱くなっていった。


 ……スミと出会ったのも、こんな秋の初めの日だった。

 

 汗ばむ夏は終わった。部屋の窓を開けると湿気の少ない軽さのある風が、窓から入り込んでくる。

 徐々に色づき始める草木を見ると、スミと初めて出会ったあの日のことを思い出すのだ。






 俺はハルツエクデンの中でも最北東に位置するエクアアルタ領に属する、閉塞的な小さな村に生まれた。その村はまるで、均一化されたみたいに、同じ魔力量の子供しか生まないという特性を持った村で、国の中でも重要視されていなかった。


 スミと旅をする中で、俺の出身地を聞く連中もいたが、村の名をいうと、どんなに地理に詳しいやつでも、ん? と最初考えるような顔をする。

 あの、国中を知り尽くしているシュナイザー商会のクリストフでも思い出すのに、二、三秒要するような、国民に忘れ去られた土地だ。


 本当にそういうしかないくらい、個性がなく、特産品もなく、つまらない村だった。


 そんな村に生まれた俺はなぜか、村の中心に聳え建つ塔の中で生まれた頃から暮らしていた。

 生まれた頃からそこで暮らしていると、自分がなぜそこで暮らしているのか、ということには疑問を持たなくなる。それが当たり前のことで、それ以外の選択肢があることに、幼い頃の俺は気がついていなかったのだ。


 塔の中での俺の生活は、酷くつまらないものだった。その時は、生きるとはこういうことだ、とも思い込んでいたので、平気だったが、今思うと考えられないくらい退屈な日々だった。


 塔の中には基本的に俺一人が住んでいる。俺に与えられた部屋は塔の螺旋階段を二百五十段ほど上ったところにある。人と接触する時間は食事だけだ。

 大体、日がてっぺんまで上と、村民の中で多くを占める、水色の髪色の女が、へいこらへいこら荒い息をしながら、食事を運んでくる。銀色のトレイにはいつも人間が死なない程度の量の食事が並んでいた。味付けはひどく淡白で、いつだっておいしくなんかない。


 それを食べ終わったのか、確認されると、女は一言二言、今日の体調を確認したのち、去っていく。


 幸いなことに、最低限の言葉は教えられていたため、僕は人と会話することはできた。でも、それは最低限なので、今でも語彙がたらなかったり、丁寧な言葉が使えなかったりしてスミに怒られる。


 摩訶不思議な生活だ。

 成長が他の人間よりも遅い、呪い子の俺だって成長はする。大きくなるにつれ、自分はなぜここに閉じ込められているのか疑問に思うようになっていた。


 何人かの人間が、俺を指して“魔物”と口に出して言った。その時の発言者は、皆同じように卑下た顔を見せる。多分、その様子から考えるに俺は異常なのだということはわかった。

 塔の窓から、小さく見える子供たちは皆淡い色の髪をしていた。みんな、おんなじようにニコニコ、柔らかな笑みを浮かべ、幸福を体現しているように見えた。それに比べて俺の髪は黒く、あんなに無邪気に笑うことなんてできない。


 きっと、俺は恐れられてここに入れられているんじゃないか。


 そう思えば、自分を納得させることができた。

 きっと、自分はこんな小さな村に生まれるはずのない、イレギュラーな人間なんだろう。でも長く生きていたら、こんなチンケな村にだって、もう一人くらいイレギュラーな存在が生まれるだろう。そうしたら、その人間とは気が合うかもしれない。

 友達になれるかもしれない。

 塔の外の世界で、はしゃぎ、笑う子供たちと何も変わらないような、普通の幸福を享受できるかもしれない。

 いつか。そう遠くない未来には。

 幼い俺はそう信じ込んでいたのだ。





 ある日、俺は夜中に女の叫び声で目を覚ました。


「おやめください! その子を生かしてください!」


 声の主は若い女性だった。

 なんだ? のどかな村に不釣り合いな、切羽詰まった叫び声。疑問に思った俺は塔に設けられた小さな窓から顔を出し、外の様子を覗く。


 外にはなぜか、焚き火とは言えないレベルの火が焚かれていた。燃える櫓を円状に松明が囲んでいる。それはまるで何かの儀式のような配置だった。


 火はごうごうと燃え盛っている。火の灯りのせいで真夜中なのに、陰影が地面に鮮やかに浮き上がる。

 声をあげたであろう若い女は地面に這いつくばり、この村の村長である男のズボンの裾を掴んで、泣きながら懇願していた。


 村長の腕には生まれたばかりの子供が抱かれている。

 子供の髪色は黒に近い灰色だった。


 __自分に似ている。俺は反射的に思う。


 泣き叫ぶ女を無視し、村長は裾を掴んだ女性の腕を蹴り上げるようにして振り解く。


「この子供は、魔力を多く孕み過ぎている。よって、討伐対象となる」


 討伐? まるで魔獣をさすような言い方に眉を寄せる。俺は塔から出たことはないが、魔獣の存在は知っていた。あれが出ると、村の中から何人か青年が討伐に行かなければならないのだと、飯炊婆が言っていた。量が多いと死人が出て、村の収益に影響が出るため、たまに俺の食事の品数がいつも以上に減って、寂しくなってしまうことがあった。

 その魔獣とやらと髪色が濃い子供を同じように扱うとはどういうことだろう。

 俺は眉を顰める。


 そんな俺が上から見ているとは知らない村長は、そのまま赤子を抱えて燃える櫓へとまっすぐ進んでいく。村長は供物のように、生まれたこともを真上に掲げた。村長は生まれたばかりの子供を燃える日の中へと投げ入れた。


 __投げ入れたのだ。


 あんまりな仕打ちだ。女は__投げ入れられた赤子の母親だったのだろう__ずっと、ずっと泣き叫んでいた。


 俺は口を両手で押さえて声が漏れ出さないように細心の注意を払いながら、じっとそれを見ていた。


 ……この村は均一の魔力量の人間しか生まれないんじゃない。

 それ以外の人間を殺して……排除しているだけなんだ……。


 恐ろしいものを見ると、人は心を凍らせるらしい。

 俺は何も見なかったと自分に暗示をかけて、シーツを被り眠ろうとした。案の定、眠れやしなかったけれど。


 翌日目が覚めても、食欲がちっとも湧かなかった。


 減らない食事を見つめながら、考える。

 なぜ俺は殺されなかったのだろう。


 俺は昨日投げ入れられた赤ん坊の髪色を思い出した。あの赤子の髪は濃いめの灰色だった。黒一色の自分とは違う、灰色。


 黒は高貴な色だと、この塔の世話係の誰かが話していたのを聞いたことがある。王族に並ぶほどの黒は珍しく、価値があると。

 その黒を殺すことによって祟りが起こると、恐れを抱く者や、はたまた希少さを尊ぶ者が出現したのだろう。彼らの意見を汲んだ村長は俺を殺すことはせず、塔へ幽閉する、という選択肢を生んだのだ、と推測ができた。


 俺の持つ完璧な黒という際立った異質さが、人から遠ざけられる材料になったと同時に、俺自身の命を守る材料になったのだ。


 俺は自分の黒を恨んでいた。髪色さえ薄ければ、外で遊ぶ子供達のように無邪気に野原を駆け回れていたのではないかと。


 ……神様なんていないんじゃないか? そんなことを毎日思った。もしいたとしたら、俺はこんな目にはあっていないはずだ。


 誰を憎めばいいのかもわからないまま、焦燥だけがつのっていく。

 塞ぎ込むようになった俺は、いつしか聞こえぬはずの声を聞くようになった。 


「あなたの人生って……希望なんて、どこにもないのね。それ、とっても面白いわ」


 耳元で囁くような声。狂気を感じるのに、美しく楽しげな、若くて、しゃがれていて、淫靡で、清廉。


 今思えば、あれは湖の女神の声だったのかもしれない。

 その時の俺にとっては、自分を狂わすためには十分な幻聴だった。






わー……。初っ端から重……。

でもごめんなさい。これこういう話なので……。この村では何年かに一度、魔獣の被害が出るようですね。なぜでしょう? 理由はありますが、それはもう少し経ってから。

次は火曜日に。

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