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白兎令嬢の取捨選択  作者: 菜っぱ
第一章 大領地の守り子
10/157

10魔術師の工房は特別な行き方があるみたいです


 翌朝、少し早く起きてくるようにヨーナスお兄様に指示され、早めに身支度を整えました。今日は噂の魔術師の元へ向かうのです。


 ワクワクする気持ちが止まらず、足取りが軽くなります。思わず廊下をスキップで移動したくなるような気持ちです。


 実際にやると、淑女らしくないって怒られるかもしれませんが。

 自分では表に出していなかったつもりでしたが、どうやら足取りが早歩きになってしまったようで、後ろをついてきていたラマに「お嬢様、淑女らしさが欠けているようですよ」と注意されてしまいました。……失敗、失敗。


 ヨーナスお兄様部屋の前に着き、扉を四回ノックをすると、ヨーナスお兄様が扉を開けてくださいました。執事ではなくお兄様本人が扉を開けたことに驚きつつ、紳士淑女らしい挨拶を交わします。


「ご機嫌よう。ヨーナスお兄様」

「ああ、ご機嫌よう。リジェット。朝早くからすまないな」


 ヨーナスお兄様は今日は紺色の貴族服に身を包んでいました。昨日着ていた騎士学校の制服ももちろん似合いますが、家では貴族服の方が見慣れているので、なんだか視覚的に安心してしまいます。


「いいえ。今日は魔術師の元へ訪れること……わたくし、とっても楽しみにしていたのですよ」

「じゃあ早速行こうか」


 わたくしは魔術師の元へ行く、と言うからには馬車で行くのかと思っていたのですが、ヨーナスお兄様は玄関には向かいません。何故だろうと疑問に思いながら歩いてついたのは、以前わたくしが初級魔術書の本を見つけた資料室でした。


 ……一体なんで、資料室?


 疑問に思い、ヨーナスお兄様の顔を横から覗き込みますが、彼は至って真面目な顔をしています。わたくしをからかっているわけではなさそうです。


 ヨーナスお兄様は、わたくしの後ろをしずしずとついてきていたラマに、申し訳なさそうに声をかけました。


「申し訳ないが、ラマはここから先、連れていくことはできない。オルブライト家の財産に関わってくることだからな」


 オルブライト家の財産? そんな大層なものがこの資料室にあったでしょうか。

 疑問はさらに深まります。


「かしこまりました。ではわたくしはこの屋敷でお待ちしております。何時ごろお戻りになりますでしょうか」

「夕刻には戻る。父上の許可はとっているから心配ない」

「かしこまりました」


 立ち去るラマが見えなくなったことを確認してから、ヨーナスお兄様は資料室の鍵を開けました。

 早く入るよう促されて、わたくしも中に入りますが、中は以前入った時と変わった様子はありません。


 ヨーナスお兄様は資料室に入っても、本棚は見向きもしませんでした。そのかわり、本棚の反対側に積まれるように置いてある荷物をひとつずつ片付け、荷物の山の中から一つ、わたくしが持てるくらいの大きさの茶色い革でできたトランク型の旅行鞄を掘り起こします。

 そんな鞄がそこにあったなんて、と感心しましたが、それは特に変わった印象は持っていません。至って普通の旅行鞄でした。


「それがオルブライト家の財産……ですか?」


 ついつい疑うような声音できいてしまいます。


「外見は特に関係ない。重要なのは中身だ」


 ヨーナスお兄様は旅行鞄を資料室備え付けの机に置くとポケットからの鍵を取り出し、鞄に挿します。カチャリと鈍い音がして鍵が開くと、中には何か折り畳まれた紙のようなものが入っていました。その紙は少し厚くて、繊維が見えるくらい粗めの紙質です。

 ヨーナスお兄様は旅行鞄の中に入れてあった白手袋をつけて、畳まれた紙を慎重な手捌きで広げました。


 紙の中に書いてあるものが一体何かが気になり、すぐさま中を覗き込みます。

 そこにあったのはなんともうつくしい、精巧な作りをした魔法陣でした。


「綺麗……」


 思わず感嘆の言葉が出てしまうくらい美しい魔法陣です。紺のインクで描かれたそれは、目が痛くなってしまいそうなくらい緻密で細かい模様が組み込まれています。あまりの美しさにわたくしは、魔法陣から目を離せなくなりました。


 魔法陣を覚えたてのわたくしが描くものとは雲泥の差があります。線一本一本に迷いがなく、曲線も機械で描いたように滑らかです。

 それでいて、線に強弱があり、一つとして同じものは存在しないだろうという手書き感を残しています。


 これが熟練の魔術師が描いた魔法陣……。そう思うと、ほう、とため息がもれました。

 ……いつかわたくしもこんな魔法陣を描けるようになりたい……けれども、人生の中でこんな魔法陣を描ける域には達さないかもしれない……。そんな憧れを持ってしまう、究極の一品でした。


「これも、今から会う魔術師が描いたものだ。これは父上がこの家とと魔術師の家を繋ぐために欠かせたものらしい」

「どうして転移の間ではなくここに保存されているのでしょうか?」


 我が家には転移の間と呼ばれる、転移の魔法陣が敷かれた部屋が存在します。

 そこにはお父様が国の会合などで王都に行く際に、使う魔法陣があるのです。その魔法陣は、使う回数によって劣化が進むので、あまり大人数で使ったり、荷物を大量に運ぶには向いていないので、お父様だけが使っています。ですので、わたくしやヨーナスお兄様が王都に向かう際には馬車が使われているのです。


 てっきり、魔法陣は全部一箇所に集めてあると思っていたので、こんなところにあるとは思いもしませんでした。


「この魔法陣の存在は家族以外には知らせていないんだ。基本的に転移陣はとても高価なものだから、領主が会議用のものを用意することだけでもかなりのお金がかかる」


 それはそうでしょう。わたくしがどんなに努力してもすぐにこの魔法陣を作ることはできないと思います。このレベルの魔法陣を依頼するにはかなりの金額がかかるでしょう。こんなものを所有できるなんて、オルブライト家って結構すごいのではないでしょうか。


「これから会う魔術師は半分オルブライト家の専属のような立場だからな。詳しくは知らないが……腕は確かだったが、王都でいろいろ揉めたらしい。父上がそれをとりなしたってことだけは私も聞いている。その関係で特別に作らせたものだ」

「そうなんですね……。この魔法陣はなんて美しいんでしょう」


 ヨーナスお兄様も魔法陣をみて、感嘆するように目を細めています。


「ここまで、美しく、かつ精巧に術を組むのは容易いことではない。あの魔術師の腕は一級品だ」


 ヨーナスお兄様の話を聞くうちに、まだ見ぬ魔術師への憧れがどんどん強くなっていきます。


「お前は腕力がないから、魔術師に以来して身体強化の魔法陣を依頼しようかと思ったんだが……。父上から聞いたぞ。お前、もう身体強化の魔法陣自力で描いて使ってるんだって?」


 だからあんなに素早い動きができたのか、とヨーナスお兄様は不貞腐れた顔をしています。

 よほどわたくしに隙を突かれて、持ち上げられたのが悔しかったのですね……。


「あれ、ちゃんと身体強化の魔法陣になっていたんですね。本を見ながらなんとなく描いたものだったので、魔法陣になっているかも謎のもどきだったのですが……。わたくしは重い剣持ち上げられればそれでよかったので」


 私が感心していると、ヨーナスお兄様は呆れた顔をして私を見ます。


「まさかよく確認せずに使っていたのか?」

「だって、わたくしお父様に子供用の剣を隠されてしまって、重い剣しか与えられず必死だったのです。とりあえずなんでもいいから使えることが最優先でした」

「……父上に、リジェットが魔術の才がありそうだから魔術師になるように説得しろと言われたよ」

「まあ、ヨーナス兄様はそれを承諾したのですか!?」


 今日連れてきてくれたのはまさかそんな思惑があったのですか。


「んー、それももちろん考えたんだけど。私はリジェットが騎士になりたいって気持ちもわかるんだよな。リジェットが本気で騎士を目指しているならば、応援するよ。だけど、女性だから体格の差も出てくる」

「体格の差……そうですね」


 生まれ持った、体の大きさだけはどんなに努力しても埋めることはできません。悔しいがヨーナスお兄様の言う通りなのです。


「だから今のうちに魔術を学んでおけば……騎士団に入った時、身を助ける手段になるかもしれない」


 ヨーナスお兄様の意外な言葉にハッとします。この世界では魔法陣を描ける人材は珍しいんですもんね。騎士団にもあまりいらっしゃらないとすれば、それは大きな武器になりますね!


「俺の同期に線は細いが、魔術をうまく使って補ってるやつがいるんだよ。……まあ最近そいつ成長期で俺と同じくらいの身長にになったんだけどな。そいつみたいに魔術をうまく使えばリジェットみたいな女の子でも戦えるかもしれない。今日はそのための魔剣を作成しようと思ってな」

「魔剣ですか?」


 魔剣——新しいワードですね。とても心が踊ります。使いこなせればわたくしの騎士人生を助ける武器になりそうです。


「魔剣は魔法陣が仕込まれている剣だよ。いろんなタイプがあるが、術者の技量によって形を変え威力を強めることができる。魔剣を作ることができる魔術師は少ないが、幸いオルブライト家に仕えている魔術師は魔剣作成に長けた人物だ。ただ。その魔術師がなあ……」


 何故かヨーナスお兄様は歯切れが悪そうです。


「腕はいいんだが、ちょっと変わり者で」


 ——変わり者?

 わたくしが頭に疑問符を浮かべながら首を傾げると、ヨーナスお兄様は詳しく説明してくださいます。


「気に入った人間以外には魔法陣を販売しないんだ。……どんな法外な値段を積まれてもな。実際に腕はいいけど、王族は気に入らないとかで、王族に連なるものには自分が製作した魔法陣を販売しないんだ。そのくせ全然お金を持っていない庶民には、ほとんどタダに近い金額で販売したりするんだから。変わり者だよなあ」

「それは……。なんと言うか変わった人ですね」

「だろう? まあ、うちとは取引してくれてるからありがたいけどな」


 王族に魔法陣を求められるなんてとても名誉なことなのに、それを拒否するなんて。ヨーナスが言うとおり、その人物は変わっているのでしょう。わたくしには魔剣や魔法陣を販売してもらえるでしょうか。

 わたくしは少し、不安になってきました。


「わたくし、大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だろう、リジェットも大概変わってるし」


 失礼な、とムッとしてしまいますが……最近の自分の行動を思い返して見ると……。

 ん? わたくし、魔力が籠っている髪の毛を無断で切ったり、誰に教えられたわけでもなく魔法陣描き始めたり……。ちょっと変なやつなのではありませんか?


 普通、と言うものからは、かけ離れているかもしれません。


 そう思うとヨーナスお兄様の言葉を全て否定することができませんでした。




あれ……魔術師出てきませんでしたね? 次はちゃんと魔術師に会います!

次は 11ちょっと変わった魔術師さんです です。

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