少年は盗み聴く
【登場人物】
有栖院アリス:不老不死世界にやってきた勇者。生前から愛していたセツナと一緒に暮らしている。
セツナ:不老不死。生前、アリスを不老不死に連れてきた治癒力を持った奴隷種。愛おしいアリスと暮らす時間を大切にしている。
アバン:妻に先立たれた不老不死の獣人。子どもを育てるシングルファザー。アリスとセツナの生活をサポートする。
アクアード:王宮の魔術師。世界の真実を知ってる模様。王様に仕える。
???:不老不死世界の王様。アリスと深い関係にあるようだが…?
『ヴィオレット』にアリスは店の手伝いに朝早くにやってきた。村は静かで、街路灯がパチパチと虫を焦がす音をたてながら、橙色に揺らめく。
夜明けが来ても、森に囲まれたこの地はかなり暗く、街はずれに比べれば日の出は遠い。
こんなに早い時間から仕事をしているのだと思うと、アバンのことを当然のように尊敬した。
店の扉に手を伸ばしたとき、ふと人の気配を感じた。ギリギリ聞こえるトーンの低いアバンの声が木製のドア越しから届く。
──「……、そうだったのか。アリスはやはり、本物の『勇者』か」
──「ええ。もうあの人は長くないので」
アバンと話すもう一人の存在、多分、アクアードだろう。世界の真相に繋がるであろう会話に身を潜めて盗み聞く。
セツナといるために、この世界の真実を掴むのは早い方がいい。なにがあるのか分からないのだから。
──「長くないっつってもな…。王様が死んじまったらどうなるんだ?」
──「安心してください。この世界は『アリス』が命をかけて築くものですから」
アリスが命をかけて築く…?
その瞬間、『有栖院』という名前が脳裏に浮かび、短命の理由にこの世界が絡んでいるような直感がした。でも、こんな異世界を創るような能力などない。
有栖院家はファンタジーのような異能力を持った人間など生まれやしないから。
世界にありふれるただの人間の一族が、ゲームのように能力を持つ特殊な一族になるなんて夢のまた夢。非現実的すぎる。
ただ、こうして異世界に来ていることもまた事実。ただ、この世界も単なる夢でしかないのかもしれない。
──「アリスって…。アイツはなにか特別なのか?」
──「特別もなにも彼は一族の主。それに彼は『勇者』ですから」
──「…そう、か。そうだったな。アイツが…、そうか」
意味がわからない。
でもこの世界は『アリス』が命がけで築くもの。それだけはわかった。理解をすることは今すぐには難しいが…。
自分の名前に『アリス』が付けられた理由は450年目だったからだ。十年ごとにつけられる『アリス』という名前。
今年で470年目を迎え、47人目のアリスが生まれたがすぐに亡くなり、45人目のアリス、通称『45代目』が生き残り、当主となっていた。
アリスが生まれたとき、10歳のアリスが原因不明の事故で亡くなり、そしてまたアリスが10歳のときに、生まれたばかりのアリスが心肺停止で死んだ。
それを二十年間繰り返し、生き残ったのが13番目の『アリス』だった。先代にも、後代にも『有栖院アリス』という名前の親族はどこにも存在しない。
まるで二人のアリスが存在してはいけないかのように、一人が生まれると一人はどこかで死んでいる。それは突然、前触れもなく。
それにしてもさすがはアクアードだ。この世界の真実を、有栖院家の事情をよく知っている。
そのとき、ゾワッと背筋に寒気が走った。
不老不死とも違うナニかの存在を近くで感じる。この世に存在してはならないような、最悪の恐怖が迫る気配にガクガクと無意識に身震いしてしまう。
「盗み聞きとは趣味が悪い」
気配の主、その存在が突然、背中にやってきて振り向こうとしたとき、グイッと背後から伸びてきた冷たい手に口をふさがれた。
「静かにしなさい」
「……」
「彼らに気づかれては面倒だろ? アリス」
男にしては高い、老人にしてはハッキリとした口調にフハッ…と息を吐いた。
口をふさぐ手を静かに引きはがし、小さく笑みをこぼす。美しい少年の姿をした老人に振り向いた。
「久しぶりぃ、おじいさぁま?」