少年は考える
【登場人物】
有栖院アリス:不老不死世界にやってきた勇者。生前から愛していたセツナと一緒に暮らしている。
セツナ:不老不死。生前、アリスを不老不死に連れてきた治癒力を持った奴隷種。愛おしいアリスと暮らす時間を大切にしている。
アバン:妻に先立たれた不老不死の獣人。子どもを育てるシングルファザー。アリスとセツナの生活をサポートする。
アクアード:王宮の魔術師。世界の真実を知ってる模様。王様に仕える。
???:不老不死世界の王様。アリスと深い関係にあるようだが…?
ふわふわの髪の毛を揺らしながら彼女は草原を駆ける。いつものようにかわいらしい笑顔で、彼女はアリスの名を呼んだ。
「アリス様、こっちですよ!」
「こーら、走ったら危ないだろ?」
「むぅ…。アリス様、私はそんなに弱くありません」
「また体調崩して寝込んでしまうだろ。そしたら俺が悲しいじゃないか」
そういうと彼女の足は止まり、ゆっくりと顔をあげて笑いかける。
「もう私は子どもじゃありませんよ」
「セツナの体を心配しているんだ」
「どうしてですか?」
どうして。どうして、心配するのかを問いかける少女。
いや、女性の姿に成長した彼女は首をかたむける。
頭から血液を流し、頬にはナイフが突き刺さり、体中には銃弾が埋め込まれた姿で。
「私はもう死んでいるのに。アリス様だって、ほら…」
彼女が指さすのは軽くなった右腕。
瞳を紫色に輝かせ、彼女の姿をした『誰か』は卑しく口角をあげた。
「有栖院アリス。お前はなぜここにいる?」
その瞬間、青白い光が空間を包んだ。草原だった世界は一瞬で見慣れた景色へと変わる。
「ここは…」
「ほら見なさい」
有栖院家、鳳凰の間。この部屋は当主が代々過ごしてきた執務室。
俺の椅子の上に座っている女性は涙を流していた。
『アリス、早く戻ってきて。私を一人にしないで、アリス』
「………」
「大切な人がいるのに、なぜアリスはここにいるの?」
紫色の瞳の女性に問いかけられ、アリスはぎゅっと唇を結ぶ。
大切な人。
あぁ、それは間違いない。彼女は大切だ。誰よりも、何よりも。
「アリス、なぜ──」
「それをあんたが知る意味はないよねぇ?」
短剣を取り出し、紫眼の彼女へと突き刺す。
「気づいているのか?! この世界はお前のいていい場所じゃ…ああっ!」
灰と化して空間ごと消える紫色の瞳の女性。
空想の魔女と似たような容姿をした彼女に、アリスはふっと笑みを浮かべた。
「やーっぱりねぇ」
ぺろぺろキャンディーを手に、崩壊する世界で思う。
ガラスの破片に映る存在に笑顔を浮かべた。俺の衣服を抱き、俺の椅子に座り、涙を流す彼女、いや妻というべきかな。
「君は大切だ。でもこの世界に俺が来た時点でわかるだろ?」
俺が心の底から愛しているのは、セツナだけだってことだよ。
───
「アリス様、おはようございます」
朝食を並べるセツナは陽だまりのように優しい笑顔をアリスへと向ける。
「おはよう、セツナ」
駆け寄ってきたセツナはアリスの頬を撫で小さな首を傾げる。
ふわふわの栗色の髪の毛、くりっとした緑色の瞳。
あぁ、僕の愛おしいセツナだ。
「どうかされましたか? 顔色がとても…んっ」
唇にちゅっと音をたててキスをして、左腕で彼女を抱きしめる。
「おはよ」
「さっきも言いましたよぉ。おはようございます、アリス様」
「うん」
可愛いセツナ、俺の大切なセツナ、セツナ、セツナ、セツナ。
「絶対に許さないッ…!」
「ぇ…? アリス、さま?」
「ごめん、君が死んじゃう夢を見たんだ」
「…アリス様」
「んー?」
セツナは悲しそうに微笑む。
「私が死んだ日のことを覚えてらっしゃいますか?」
「あぁ、よーく覚えてるよー」
「例えば、どんな? 私が死んだとき…誰がいた、とか」
何を言わせたいんだ…?
セツナの体は小さく震えていて、瞳を潤ませながら必死に涙をこらえる。いつものように強がって。
あぁ、これは以前と変わらない癖だなぁ。
「アリス様は私が死んだ姿を見てませんよね…? 私が病気で死んだって…、思ってらっしゃいますよね…?」
「俺に知らせが入ったのはセツナが死んで数日後だったよ。出張で家を離れていたし、病気が悪化して君は死んでしまったと。俺が出張から帰って来るまでは伝えるなって言ったんだろ?」
アリスは拳をぎゅっと握り、セツナへと微笑む。
するとセツナは安心して微笑んだ。
「はい、アリス様の邪魔にはなりたくなかったんです。ナイショにしてごめんなさい」
セツナは優しい。そして残酷だ。
もしここで「すべてを見ていた」と教えたらどんな顔をするだろう。ぐちゃぐちゃの顔で泣いて、ひきつった顔で俺から逃げるかもしれない。
頬に突き刺した果物ナイフ。奴らは抜き取れば傷ができ、再び出血する。そうすれば俺が不信に思い、病死を信用しない。
だから彼らはナイフを折った。セツナの頬にある異物はそのせいだ。
セツナを含め、俺が死に目に会っていないと信じているものは大勢いる。『彼』以外は俺があの時、あの場にいたことを誰も知らない。
「アリス様、お食事にしませんか?」
「んー、もう少しだけ」
「はい、いくらでも」
そのとき、ふと気づいてしまった。
アクアード。彼がこの世界にやってきたのは、『あの人』の愛おしい存在だったからだ。誰よりも何よりも愛して、愛して、愛していた。だからあの人は死んだんだ。
嬉しそうに目の前で自身の頭を撃ちぬいた。
誰かといたいと願えば、死者は皆、不老不死のこの世界にやってこれるのか?
それはない。
そしたらこの世界は数多の不老不死であふれている。
殺し合いなんて馬鹿な真似だってしないし、レベルだって関係ない。勇者と称えられる理由だってないはずだ。
(ならば、なぜ…?)
勇者には何ができる? 勇者とはなんだ?
レベルがあがる仕組みも、殺し合いをする理由も、『愛した存在と過ごすため』なら不必要なもののはずだ。
それからセツナの言う『奴隷』や『魔女』意味もいまだに不明。
(あー。ダメだ…)
簡単なゲームだと思っていたけれど全くの逆だ。
この世界の仕組みが全くと言っていいほどわからない。