少年は誓う
【登場人物】
有栖院アリス:不老不死世界にやってきたレベルMAXの勇者。セツナと一緒に村で暮らし、アバンの店で働く。現実世界では名家の生まれで当主として暮らす。愛した人を亡くしている。
セツナ:アリスを慕う不老不死。治癒力を持った奴隷種で、魔女『ジュリア』と名乗る。世界にやってきたアリスに様々なことを教えた。
アバン:妻に先立たれた不老不死の獣人。子どもを育てるシングルファザー。アリスとセツナの生活をサポートする。
アクアード:王宮魔術師。世界の真実を知ってる模様。王様に仕える。
???:不老不死世界の王様。アリスと深い関係にあるようだが…?
「セツナが嘘つきってこと?」
「嘘つきとは違う。そういう性質で、そういう役割をしているだけだ」
「アクアードって奴も『存在しない存在』なの?」
「あいつは違う」
「つまり?」
「アクアードはセツナちゃんではなく、アリスと同じだ」
「僕と同じ…?」
アクアードという男は、アリスと一緒でこの世界にやってきた人と言うのだろうか。
現実世界に帰ることもできずに、この世界に留まって役目を持つまでになった。
でも都合が合わない。
王族というのはアリスとは異なる。アリスは突然、やってきたんだ。この世界で生まれも何もない。
「知っていることを教えてやる」
アバンは真面目な表情でアリスを見て、まっすぐに言葉を吐いた。
「この世界には大きく分けて三つの存在がある。一つ目が『存在しない存在』と呼ばれるもの。二つ目は『不老不死』だ」
「おい、待て!」
「…なんだ?」
「この世界は『不老不死』だけじゃないのか? 人間がいることは知った。でも、この世界を占めているのは、『死』すら知らない不老不死だろ」
そう言うとアバンは目を伏せて首を左右に静かに振った。そしてアバンはアリスと同じ人の手で自分の獣耳に振れ、尻尾を大きく揺らす。
「とりあえず最後まで聞いてくれ。……三つ目はお前のような存在を表す『存在表明』だ」
「『存在表明』? 俺やアクアードがなぜそう呼ばれる?」
「いや、これらの名前は俺が勝手につけた」
「じゃあアバンは長いわけ? この世界に来てから」
「…そうだな。もう何百年になるんじゃないか?」
「何を言っているんだよ」
「俺のくくりはセツナちゃんと一緒だ」
「『存在しない存在』って奴か…。なあ、この世界の時間軸はどうなっている?」
「そんなことを聞く奴は初めてだ。腕を失くした時といい驚きが少ない。現実世界では普通とは違った生活を送ってきたようだな」
そうかもしれない。
アリスの生きていた『有栖院家』は普通とは違う家柄だろう。当主の座は呪われた椅子と言われていて、当主になった先代たちはあっさりと死んでしまう。
それに人の命ですら呼吸をするのと同じで、簡単に奪うことができる家系なのだから。
「時間というものは存在しない。月日すら考えることすら無駄だ」
やっぱり、か。
なんとなくわかった。
アリスは口角をあげ、ヴィオレットの肖像画へと視線を向ける。
セツナとアバンは一緒の『存在しない存在』
アリスとアクアードは『存在表明』
だとすると自ずと答えは見えてくる。
セツナの口内に残る硬い異物。セツナのクルクルとした瞳。コロコロと変わる表情。
……ああ、残酷だ。
この世界の創造主は最低のクズ野郎だろう。
天国と地獄。飴と鞭。
セツナと出会った時、アリスは『自分が召喚された』と知った。
そもそもその事実すら違ったのだとすれば。
「…ハハッ! 上等じゃん!」
「アリス…?」
「面白いよ! 面白い! もっと僕を楽しませてよ!」
ようやく面白くなってきた。
この世界は想像以上に面白いかもしれない。
彼女に会えた。
彼女に名前を呼んでもらえる。
そして何より彼女が生きている。
「アリス、お前は本当に変わってるな。レベルをMAXまでした称号『勇者』の持ち主はお前以外にいないぞ」
「僕が思っていた世界とは異なっていたんだよ」
「思っていた世界?」
そして僕も彼女と過ごしていたときの姿、年齢に戻っている。きっとこれも彼女が望んだ『俺』といたい姿だろう。
「大切な人が死に、遺された人が妄想してできた世界だと思っていたんだ。僕が実際にそうだからね。だから死んだ状態のままの彼女がでてきた。それも不老不死になって」
でもそれは獣人である不老不死のアバンと出会い、先日の事件や今の話で納得した。
「地獄だと思ったよ。彼女が名前を呼んでくれたんだ。また僕に笑いかけてくれたんだ。それを地獄と言わずになんて言う? 目の前で死んだ彼女が俺の前に不老不死となっているんだよ。現実ではない僕の想像の世界。そう思っただけで地獄だ」
「……アリス」
「不老不死、いや『存在しない存在』は不老不死になりこの世界で永遠に生きて行く。大切な人間との時間を保証されて、自分の『存在表明』となる人間を呼ぶ。人間が寿命を迎えるその時まで──」
「そこまで分かっているなら、早くセツナちゃんを解放してくれ!」
アバンの怒鳴り声にアリスは笑みを浮かべた。
席を立ちあがり、左腕を広げながらアリスはクルクルと回る。
「彼女が望んだんなら僕は彼女のそばにいる」
「だからそれは!」
「アバン、君のことも一人にはしない」
「お前は死ぬ! ヴィオレットだってあっさりいなくなってしまったんだ!」
アバンは肩を震わせて泣き出した。
拳を握りふさふさの尻尾を逆立てる。
しかしアリスには現実世界に帰るよりも、この世界に留まる理由ができた。
だから絶対に決めたことは実行する。
カタンッ…と奥から物音がして、アリスとアバンは振り向いた。するとそこにはいるはずのないセツナがいた。
その瞳は震えて、眉を下げて、彼女は体を小さくする。
「…アリス様」
現実世界で一緒にいた彼女と違って表情が豊か。そして何よりも。
「おいで、セツナ」
「アリス様…!」
左腕を広げれば、セツナは涙を浮かべながら胸の中へと飛び込んできた。
小さな体、柔らかい髪、包み込む感覚が全て彼女のままだ。
「ごめんなさい! ごめんなさい! こんなことに巻き込んで、本当に本当に…」
「んー? 何がだい?」
「だってアリス様に嘘をつきました。アリス様と離れたくなくて、ずっと一緒にいたいって願ってしまったんです。だから、こんなことにこんな…」
「いいじゃないか。こんな世界でも君と一緒にいられるんだ。それとも君は俺と一緒にいるのが嫌なのか?」
「ッ…そんなことあるはずありません! アリス様に会えて私は幸せです。幸せなんです!」
アリスはセツナの体を離し、そっと額に口づけた。
「ま、俺は十五歳に戻ってるっぽいけど。セツナは小さい俺がお好みかな?」
「そんなんじゃありません。それに十五歳なら『僕』って呼ばないといけませんよ」
むぅ…とセツナは頬を膨らませる。あの頃のままかわいらしい。
「セツナはかっこいい俺の方が好きだと思ってた。でも同じような目線じゃ恰好も付かないよねぇ。しょうがないから『僕』ってこれからも…」
「アリス様はいつだってかっこいいです! 俺でも僕でも関係ありませんっ! …こんな状況でも、私を受け入れてくれました。寿命まで一緒にいれるだけで私は幸せです」
「寿命なんて迎えないよ。ずっーと、セツナとアバンと一緒にいるんだ。そのためにはこの世界の実態を探らないといけないけど」
異世界の創造主を探し出す。
でもこれはきっと、『有栖院家』と関わっているだろう。
アクアード。名前も上手に考えたものだ。
彼は有栖院家に仕えていた従者だ。
そしてある日、突然消えていなくなった。もし俺と同じなら、誰かに呼ばれたってことになるだろう。
俺がセツナに呼ばれたように、アクアードもまた、誰かに。
その人物こそが、この世界の王。きっと大きな城で生前通りに優雅に過ごしているんだろう。
生前通り、彼を騙して、彼を道具にして。
セツナと一緒で、彼を縛るための嘘を吐いて──。