少年は知る
【登場人物】
有栖院アリス:不老不死世界にやってきたレベルMAXの勇者。奴隷種のセツナと暮らし、アバンの店でバイトをする。現実世界では世界的に有名な名家の生まれで当主につく。
セツナ:アリスを慕う奴隷種の少女。異世界にやってきたアリスに世界のことを教える。
アバン:妻に先立たれ子どもを育てるシングルファザー。アリスとセツナを店で雇い、村で暮らす二人をサポートする。アクアードとは古い知り合い。
アクアード:王宮魔術師。世界の真実を知っている模様。
???:不老不死世界の王。アリスと深い関わりがあるようだが…?
どんなに最強で最悪な人間にも必ず弱点がある。それは物理的な攻撃を受けずとも、相手を無力にさせるほどの力さえ…。
その一人が有栖院アリスだ。
有力な家に生まれ、有能な存在に育ち、容姿は端麗。
そんな彼の弱点はただ一つ。
幼い頃より付き合いのある病弱の少女。
後に彼の生涯の伴侶となる少女は、彼の弱点となり、目の前で殺される。
───
─【ヴィオレット】─
仕事へと出向いたアリスはアバンの奥さんの肖像画を見上げた。
誰から見ても美人の括りになるほど、彼女の姿は美しい。人間である彼女がこの世界に来て、獣人のアバンと添い遂げた。
そもそもなぜ、この奥さん『ヴィオレット』は不老不死世界に来ることになったのか。
「おいアリス! 手が止まってんぞ!」
「あーごめん。こっちの掃除は終わったからつい」
先日、襲われた店の掃除をアバンとアリスの二人でしていた。
セツナはアバンの子どもたちの世話をアリスたちの家でしていて、今日は店に来ていない。
「片腕じゃ不便だから私が行きます」とセツナに言われたけど、世話の方が何十倍も難しいだ
ろう。それにあの子供たちはセツナに懐いていて、末っ子なんかは特に母親として慕っている。
壊れた椅子や内装の修理は前日に王宮の人が来たらしく、あのアクアードの指示とかで直してもらったとか。
そのテーブルにアバンは、果物を絞ったフルーツジュースを二つ並べた。向かい合わせで椅子に座りジュースを飲む。すると突然にアバンが言葉を発した。
「アリスは大切な人がいるのか?」
「いるよ」
あっさりと答えてテーブルにカップを置くと、アバンは驚いたようにアリスを見ていた。自分で問いかけておいて、勝手に答えを決めつけていたらしい。
それが表情でよくわかる。てか失礼。
「…そうか。じゃあお前もそれでここに来たのか」
アバンはこの世界の法則を知っているのか、ヴィオレットの肖像画へと視線を向けて言った。
「この世界は何かあるの?」
「俺も詳しくは知らんが、アクアードもその一人だ」
「アクアードって…あの魔術師の? セツナから聞いたけど、王族なんでしょ?」
「…そうだな。セツナちゃんがそう言ってたか」
どういうことだ。
魔術師であるアクアードは王族から生まれる存在。
魔女であるセツナは奴隷から生まれる存在。
いや、待て。
奴隷種というだけであって、奴隷はどうやって存在するんだ……?
「気づいたか。アクアードの言っていた通り、頭のキレが良いようだな。奴隷種であるセツナは『存在しない存在』だ」
「『存在しない存在』…?」
「存在するはずのない存在。それが奴隷種と呼ばれ、魔女と呼ばれる理由だ」
「奴隷種の中で治癒能力があるから魔女と呼ばれるのではなく?」
「セツナちゃんはそうなんだろうな」
「は? どういうことだよ」
理解が追い付かない。それはアリスの頭脳が足りないわけではないだろう。
誰がどう聞いてもめちゃくちゃなことを言っているのだ。
ただ視点を変えれば答えは簡単。
「セツナが嘘つきってこと?」
「嘘つきとは違う。そういう性質で、そういう役割をしているだけだ」
「アクアードって奴も『存在しない存在』なの?」
「あいつは違う」
「つまり?」
「アクアードはセツナちゃんではなく、アリスと同じだ」