少年は笑う
【登場人物】
有栖院アリス:突如、不老不死世界にやってきた人間。勇者の称号を得た唯一の存在。セツナと村で暮らし、アバンの店で働く。
セツナ:アリスを慕う少女。栗色の髪が特徴で、隣国から逃げたらしい奴隷種。アリス曰く、頬に何かが埋め込まれてるらしい。
アバン:子供を男手一人で育てる獣人。アリスセツナの面倒を見る。奥さんに先立たれたらしい。
──ドサッ…。
切断された腕が床に落ち、アリスはその腕を眺めながら高笑いをする。
「ははっ…あはは!」
「勇者様!」
「うるさいなああ!」
「ッ!」
床に座り込むセツナを、アリスは睨むように見下ろした。
「二度と僕の前に立つな! 僕を庇うなど絶対に許さない!」
「勇者、様…」
「二度と! 二度と、僕の前からいなくならないでくれ」
「ッ…?」
それは切実な少年の願い。
それは少年にとって絶対の存在。
「話は終わりか? 勇者様ァ?」
「こーんな細い腕で勇者とかふざけるなっつうの!」
ぐしゃり、と潰された右腕に、セツナからは小さな悲鳴が零れる。
「ただの勇者が偉そうに、俺様たちに逆らうからこうなるんだよ!」
「だよなあ?」
「王様に盾突くも同然だろ!」
ゲラゲラと響く兵士たちの声に、アリスだけは不適に笑みを浮かべた。
彼らの後ろで兵士の一人が動き、黒い武器を味方に向けるのが目に入る。そんな兵士と目が合い、アリスが左腕を横に伸ばすと、それに答えるように彼は動きを止める。
そしてアリスの左手に無数の光が集まり形を成した。タブーとされてる武器が三日月も出ていない昼に形成されて、兵士の顔がみるみるうちに歪んでいく。
「な、んだと…!?」
「城に連絡だ! 違反行為を報告──ッグッワアアア!」
それはたった一瞬のこと。
力をくれた兵士の両足を容赦なく切断し、報告に向かおうとした兵士の首を黒い長剣で跳ねる。
「貴様! 違法行為の上、兵士に刃を向けるとはどういうことだ!」
「まさかの奴等の関係者か!?」
「なわけあるか! あいつらはこんなところに──」
「ごちゃごちゃうるさいよ」
残りの兵士の首も容赦なく跳ね、両足を無くした兵士を除き、セツナとアバン以外の存在が息の根を止めた。
兵士の残骸は光にならず、血なまぐさい匂いをまき散らした死体となる。
不老不死世界のはずなのに、屍となった兵士はアリスと同じ人間ということを主張していた。
長剣を持つ手を下ろし、真っ黒な剣を足を無くした兵士へと投げつける。
「これ、返すから」
「皆と同様に私の命は取らないのですか?」
「先にあいつら切ろうとしたの君じゃん。それに君だけは不老不死だろ」
「おやおや、ばれてましたか」
へらへらとする糸目の兵士が、指先を剣に触れると光へとなり剣は消えた。
「勇者、様…?」
「アリス! 早く手当をしろ!」
セツナとアバンが駆け寄ってくるが、それらを遮ってアリスは兵士へと問いかける。
「この世界には不老不死以外にもいんの?」
「ええ、いますよ」
「不老不死の世界なのに、なぜ死ぬ存在が?」
糸目の男は笑みを深めて、太ももより先に手のひらを翳す。スライドされた手のひらから光があふれ、切られたはずの両足が姿を現した。
「それは貴方と同じ理由ですよ。有栖院アリス殿」
同じ。それは何を意味するのか。
そもそもこの世界はいったい何なのか。
兵士は立ち上がり、アリスへと手を伸ばした。
「申し遅れました。私はアクアードと言います。王の遣いで勇者殿にお目にかかるために参りました」
「それであんな茶番を」
「いいえ。まさか奴等がこのような醜態を晒しているなど思いもしない。下品極まりないうえ、うっかり殺してしまうところでした」
「殺しちゃったけど」
「構いません。どちらにしろゴミ箱行きでしたから」
アクアードと名乗る男は、アリスの背後の二人にも挨拶をする。
「アバンさん、セツナさん、大変申し訳ない。この店の修理は翌日、修理に参らせます」
「…いや、構わん。今後も贔屓に頼む」
「ええ、もちろんです」
親し気に話す二人から視線をそらし、アリスはセツナを向いた。
セツナは震えながら、アリスの腕を見つめていて苦しそうに唇を噛んでいる。
「アリス、今日はもう帰れ。明日また頼む」
「ああ、悪いな」
「謝ることはねえよ。お前のおかげで助かったんだ」
アバンの言葉に甘え、アリスはセツナを連れて家に帰った。