『勇者は願う』
【登場人物】
≪有栖院アリス≫
突然異世界にやってきて、訳も分からずレベルがMAXを迎えた勇者の称号を持つ少年。
奴隷だったジュリア改め、セツナと出会い自分が魔女に召喚されたことを知る。
ぺろぺろきゃんでぃーが大好き。
≪セツナ≫
アリスに声をかけた奴隷種の少女。魔女ジュリアと名乗り、彼へと近づいたが名前を与えられる。
アリスが魔女に召喚されてこの世界に来たことを知っている謎の人物。
有栖院アリス。
世界最高の名家に生まれ、世界最強の頭脳を持ち、世界最大の実業家。
AIですら予測不能の頭脳を持つ彼は世界の脅威とも呼ばれる存在だ。
でもたった一つだけ、彼の弱点があった。
「アリス様! 見てみて!」
それは病弱の幼馴染の女の子。
「×××、ダメじゃないか。外に出たら熱をあげてしまうよ」
「むぅ。今日は体調がよろしいのです。だから、アリス様にお見せしたくて…」
色白でマロン色の髪をする少女は、花冠を手にアリスを見上げる。
小さな白色の花で作られた花冠をアリスは受け取り、それを少女の頭へと乗せた。
「これは…んっ…」
花冠を取ろうとする少女の細い手首をつかんでアリスはキスをする。触れるだけの優しいキスをした後、アリスは少女を抱きかかえた。
「今日はもう家に戻ろう。今夜はずっと一緒にいられるから」
「約束ですよ…?」
「ああ。×××、愛してるよ」
アリスはもう一度、少女にキスをした。
………
──ま
──さま!
──しゃさま!
「……?」
揺さぶられる感覚に瞼をあげた。視界いっぱいにはふわふわの髪を揺らす女の子がいる。
「勇者様! もうお昼ですよ!」
「…セツナ」
「そうですよ。勇者様、お休みになるのはよろしいことです…んっ!?」
ふわふわの髪に手を回し、唇を重ねる。
これが日課になったのは彼女と住み始めてから。
ある村の一軒家でアリスとセツナが暮らし始めて約三か月。不思議なことに毎朝、新婚のような生活を送っていた。
「もう、勇者様。今日はアバンさんのお店のお手伝いの日ですよ」
「そうだっけー?」
「しっかりしてください!」
『アバン』とは。この村に来てからアリスたちが世話になっているおじさんだった。獣人というジャンルの種族らしく、アバンには狼耳と尻尾がついている。一人で子供を四人抱えるシングルファザーだ。
起き上がってあくびをすると、チャリッ…と音をたてながら肩に乗っていた十字架のペンダントが胸元に下がる。
「セツナ?」
「……朝食のご用意ができています。食卓でお待ちしてます」
そそくさと出て行ったセツナに、アリスは頭をかきながら溜息をついた。
居間に出ると、セツナは温かなミルクスープを配膳していて、アリスが来ても気まずそうに目を合わせない。
三か月もの間、二人で生活をしてきたが、セツナがここまで動揺しているのは初めてのことだった。最初こそは感情を表に出さない子だったが、最近では表情がコロコロと変わるから見ていて飽きない。
ということではなく、今日は確実に何かがおかしいのだ。
アリスはテーブル前の椅子に座ると、セツナを目で追い率直に問いかける。
「ペンダント欲しいの?」
数日前からペンダントばっかり見てきて、今日も朝一でペンダントを見つめていた。それはもううるさいくらいに。
セツナは向かいの席に座ると、首を左右に振って無表情に答える。
「そういうわけではありません」
「じゃあ何?」
「いえ。何でも」
「あっそ。いただきまーす」
いくら聞いても答えてもらえそうにないので、アリスは両手を合わせ、スープを口に運んだ。
今日の食卓は一段と静かで重苦しい空気だった。
☆☆☆
酒場『ヴィオレット』
村一番の酒屋で、昼間は子供でも女性でも安心して入店できることで有名な酒場だ。亡くなった奥さんの名前をとってアバンが始めた店である。
「アリスくーん、こっちにも!」
「あ、ずるーい!」
「あたしもあたしも!」
女性の声が店内に響き、アリスは返事をして順番に注文を取る。
そんなアリスを見ながら、カウンターに立つアバンはセツナに料理の乗ったプレートを渡した。
「相変わらず人気だな。セツナちゃんの旦那は」
「…旦那じゃないですよ。奴隷の私じゃ勇者様には不釣り合いです」
「何かあったのか?」
「い、いえ! 運びますね!」
セツナはプレートを手に客の元に運んだ。
この村は比較的平和な場所で、夜に行われる殺し合いも日常的ではなかった。兵士たちの出入りが多く、王国の監視下にあるせいで『殺し合い』という日常は行われにくい。
殺し合いに参加する人たちが来ても勇者が全て消し去るため、村人も安心して生活している。
アリスの噂は村中に広がり、アバンの店で働く日は村の女性たちが集うようになっていた。
「ねえねえアリスくぅん。今日の夜、一緒に遊ぼうよぉ」
「ムーリ。夜もココだから」
「じゃあさ、いつなら遊べる? あたし、勇者様と仲良くしたいな」
「そういうのいいから早く注文して」
「えー。つれなーい」
女性たちの相手をしながら、アリスはチラリとセツナに視線を向けた。
セツナの口角はさがり、気づけば溜息ばかりついていた。朝食時から一度も目が合わずに、こうして今も働いている。
そんな時、扉が勢いよく開かれた。
「邪魔すんぜえ!」
昼からやってきた客は、柄の悪い兵士たち。
昼間から酒に酔っているのか、店にいた客たちも不安そうに身を縮ませた。
「お、良い姉ちゃんじゃねえか!」
「いらっしゃいませ。お客様は五名様ですか?」
扉前にいたセツナは絡まれながらも、笑顔を見せて兵士たちを席に案内する。彼女の肝の据わりようにみんなが安堵するが、アリスだけは鋭い視線を向け続けた。
「姉ちゃん、良い体してんな」
「っ……お客様、ここはそういうお店では」
「そういうってなんだ? いひひっ」
気持ち悪い声を響かせ、明るい雰囲気をぶち壊す。
「あーあ、可哀そう…」
「アリスくんを独り占めするからよ。奴隷種のくせにね」
「ほんと、自分の立場をわかっていないんだから」
女性の悪口や、兵士たちのげらげらとした笑い声が明るい店の雰囲気を壊した。
ただ一人、昼間から殺気を表す少年と店のオーナーを除いて皆が奴隷種をあざ笑う。
それをいいことに兵士たちはセツナの腰を引き寄せた。奴隷種はこの世界の何よりも価値がなく、逆らうことは決して許されない存在。奴隷種に生まれ、奴隷として生き、奴隷として死ぬ。
そんな彼女がここに存在できるのも全ては『勇者』のおかげ。そんな勇者でも『奴隷』のために一国の兵士たちを相手にするわけがない。
そう皆が思っていた。彼女を含め。
ダンッ…と大きな音が響き、蹴とばされた椅子が扉に当たり砕けた。
「従業員に手を出さないでほしいんだけど」
セツナと兵士の合間に入ったのはアリスで、自分の何倍もの太さの腕をつかみ上げる。
「なんだてめえは!」
「ただの店員ですよー」
「俺を誰だと思ってやがる! 王国兵士様だぞ!」
鎧を身に着ける男たちは席を立ちあがり、テーブルに拳を落とした。たったの一撃でテーブルは粉々になり、倍の高さからアリスを見下ろす。
それに臆さないアリスは、セツナを背に兵士たちに笑顔を向けた。
「たかが兵士が僕に逆らうとか馬鹿じゃないの?」
「ゆ、勇者様! ダメです!」
セツナはアリスの腕を引いて挑発を止めようとするけど、もう遅い。
この世界のことが分からないアリスにとって、兵士だろうが王様だろうが関係ない。自分の敵は自分で片付ける。それは異世界だろうが現実世界だろうが変わらない。
「ほお…。お前が噂の勇者か」
「どうでもいいけど、迷惑だから帰ってよ」
「貴様、店員の分際でそんな口の利き方してると思ってんのか」
「じゃああそこの女性たち連れてけば?」
あそこ、と親指でさすのはアリスに猛烈なアタックをしていた女性客。
「アリスくん!?」
「な、なんで私たちが…」
悪くはない見た目の女性たちで、兵士たちは下から上まで舐めるように見る。
「ほお? ここは客を客に紹介するのか」
「そんなわけないじゃん。面倒くさいものは一緒に出てってもらいたいだ─っ!」
振り下ろされた剣にアリスはセツナを抱えて地面をける。
客たちは悲鳴をあげ、多くの人が店を出て行った。『無銭飲食』とのんきに思いながら、アリスは兵士たちと距離をとる。
昼間から『殺し合い』は許可されていなく、武器をふるうことができるのは兵士や騎士などの位を持つ人のみ。
称号だけの勇者が武器をふるうのは認められず、三日月が出ていないと超人的な力も発揮されない。
「逃げるだけかあ? 勇者ともあろう者がなさけねえなあ」
「昼間から酒に呑まれる兵士に言われたくないよ」
「はっ! 国の兵士様だよ! 小僧が!」
勇者アリスは、奴隷種セツナを抱えながら、王国兵士たちの攻撃交わす。
抵抗ができないままアリスは壊れていく店を眺めた。
異世界に召喚され、レベルMAXを迎え、勇者としての称号をいただき、奴隷種セツナに出会った。魔女なんて嘘っぱちの奴隷と暮らし、アバンという男と出会い平和な生活を送ってきたこの三か月。
そんな平和がいとも簡単に壊され、世話になった大事な店まで壊される。変なルールに従うせいで、武器すら取り出せず力も出ない。
そしてアリスは足を止めた。
アバンが奥さんの絵画を背に、防犯用の盾を持って兵士からの攻撃を受けている。
店では兵士が暴れ、物も粉砕しているというのにアリスの脳内はその光景に疑問を持っていた。
不老不死世界なのに、彼の奥さんは死んでいる。
なぜ気が付かなかったのか。そもそもこの世界の不老不死に死ぬという概念はない。それなのにアバンの奥さんは死んでいて、戻ってくることもない。
こんな時に考えることではないが、アリスの脳内はそのことばかりで埋め尽くされた。
「勇者様!!」
セツナの声にハッとした。
腕の中にいたセツナはアリスの頭を抱えるように抱きしめ、押し倒すように兵士の攻撃をかばう。
それがあの時の姿そっくりで──、
「やめ、ろ…」
目の前の彼らは容赦なく、『また』彼女に刃をふるった。
──バシュッ…!
目の前に広がる真っ赤な鮮血。
宙に浮くのは無様に切られた右腕。
セツナを腕に抱えたまま、アリスは壁へと転がり激突した。
「ゆう、しゃ…さま…?」
ズキズキ、ジンジン。
そんなものじゃない鋭い痛みが右肩に響く。血が止めどなく流れる肩をぎゅっと抑えながら、アリスは立ち上がる。
──ドサッ…。
切断された腕が床に落ち、アリスはその腕を眺めながら高笑いをする。
「ははっ…あはは!」
「勇者様!」
「うるさいなああ!」
「ッ!」
床に座り込むセツナを、アリスは睨むように見下ろした。