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少年は出逢う

【登場人物紹介】


有栖院アリス:突如、異世界に召喚された少年。ぺろぺろキャンディーを片手に短剣で不老不死を倒す。

来て早々レベルをMAXにして、「勇者」と呼ばれる程には臨機応変に対応する超人。


『不老不死』

 倒されると空に浮かぶ星になる存在。星の数だけ不老不死が存在し、永遠に滅びることがない。星になってもタイミングを見て好きな時に戻ってこれる。




 太陽が昇り、眩しさに目を細めた。


 不老不死世界に召喚されてからというもの、血なまぐさい日々を過ごしている。アリスはぐんっと背伸びをすると、体を起こしてあたりを見渡す。


 小さな紫色の花が絨毯を作り、夜とは打って変わって平和な世界を彩る。


 アリスは背中から倒れ、花の絨毯に体を埋もれた。真っ青な空は雲一つなく、つまらなそうに太陽の白い光を受けるだけ。


 それが世界のあるべき姿。空があり、雲があり、太陽があり、雨が降り、雪が降り、暑かったり寒かったり。


 だけどそれはつまらない。


 誰かが決めたレールを歩くのはとてもつまらない。でも人間はそれしかできない。


「ここも一緒だけどさー」


 異世界に来たからって何かが変わったわけじゃない。突然呼び出されてやってくれば、召喚したであろう主はいないし、不老不死には襲われるし、なんかレベルが存在するし。


 短剣一つでここまで倒せるんだから不老不死というものは弱いものなのだろう。勇者と呼ばれる理由すらわかっていないのに、アリスはこの世界で人気者で有名人だった。


 瞼を閉じた時、女性のゆったりとした声が届いた。


「勇者様じゃないですか?」


 その声に瞼をあげると、ふわふわのマロン色の髪をツインテールにした女の子が自分をのぞき込んでいた。


 くりっとした瞳は緑色で、首には重そうな首輪がついている。

 よくよく見れば着ているシャツは小汚く、それしか身に着けていないようだった。


「え…なんで?」


 いろいろ考えた結果、アリスが声にしたのはその一言。


 体を起こして女の子と向き合えば、驚いたことに彼女の足は血だらけで、無理矢理に足枷を壊した痕がある。


「すみません、つい見かけたのでお声をかけてしまって…」


 見かけたという割には、こちらにまっすぐ来たのが足跡でわかる。血の付いた道がここまでまっすぐ。おそらく森を抜けた何キロも先からまっすぐ来ている。


 この世界の生態は未だに把握していないが、女の子を見る限り、奴隷文化は存在しているらしい。毎晩必ず『殺し合い』をすること以外、アリスは何も知らなかった。


「君はここの生まれなの?」


「へ…? あ、えっと…。私はこの隣の国の生まれです」


「隣の国とかあるんだー」


「はい。勇者様は異世界から来たんですよね。魔女の召喚術で…」


「へえ、魔女に召喚されてたんだー」


 それは知らなかった。とアリスは胡坐をかいた。

 女の子はアリスの隣に腰を下ろし、アリスへと問いかける。


「魔女に会われていないんですか?」


「会うも何も、突然来て、突然襲われ、なぜかレベルがMAXだからね」


「それは凄い! 勇者様の称号を手にされた方は勇者様だけなのですよ」


 称号なんてものをもらったところで、ゲームに参加した覚えも、クリアした覚えもない。そんなもの与える前に、この状況を説明してほしいというのがアリスの本音だ。


 というか、ここでようやく気付いた。


 アリスは隣の女の子を見て、さっきから勝手にいろいろ教えてくれてることを思い出す。


「君は奴隷なの?」


「そうです。って言っても逃げてきちゃいましたけど」


 てへっ…と笑顔を浮かべるけれど、彼女の足からは血が流れ続け花畑の色を変えている。

 不老不死なだけあって、どんなに血が流れようとも関係ないのかもしれない。


「勇者様は勇者になって王様にお仕えするんですか? それとも王子様でしょうか?」


「ちょっと待って。意味不明。僕、お仕えすんの? されるんじゃなく?」


「どちらも可能です。『勇者』という称号はちょうど真ん中くらいの位ですが、その立場と力をどのように使っていただいても大丈夫です」


「どのようにって例えば?」


「そうですね…。騎士団を作るのも可能ですし、勇者として国を支えるのも、王族に仕えるのも可能です。ただ勇者様は『魔女』に召喚されたお方ですので、ちょっとした特殊体質が付いてきちゃってます」



 特殊体質どころか召喚された時点で普通じゃないし、人間離れした身体能力を持ってる時点で、その特殊体質とか言われても驚きようがない。全てが特殊で、全てが普通じゃないからだ。



「ちなみに聞くけど、特殊体質って何?」


 驚きはしないけれど、アリスはとりあえず聞いてみた。そしてあっさりと女の子は答える。


「死にます」



 にっこり。キラキララーン。



 みたいな効果音が聞こえるように、彼女は可愛くだけど残酷に言った。


 もちろん自分が不老不死になったとは思っていない。この世界に来る前は普通の人間だからもちろん死ぬ。


 でもこの世界の不老不死と違って、現実から来たらしいアリスはちゃんと死ぬらしい。



「でも大丈夫です! 勇者様は勇者様ですから」


「あっはっはー。勇者だけど死んじゃうからねー。君の言った通り、死にますからね」


「勇者様は死にません」



 確かにアリスの腕前なら簡単には死なないだろう。最強最悪の敵が来ない限り、この世界でアリスは今のところ最強だ。


 ふと、アリスはあることに気づいた。



「僕はこの世界で何をすればいいの? 勇者って言われてるけどただの称号でしょ?」

「それはもちろん、勇者です」


「うん、わかった。なんてならないからね」


「勇者なので、最悪が訪れるこの世界を救っていただきます」


 そしてアリスはため息をついた。


「まんまの異世界じゃん」


「そうですよ! この世界は勇者様が住んでいた世界とは異なりますから」



 ふわふわの女の子はほほ笑んだ。

 アリスはぺろぺろキャンディーを両手に出すと、ピンク色のキャンディーをふわふわの女の子へと渡した。



「僕の名前は有栖院アリス。君の名前は?」


 ゆるふわの女の子はキャンディーを片手に柔らかな笑みを浮かべる。


「勇者様、私に名前を付けていただけませんか?」


「それは勇者様の仕事でしょうか」


「無理にとは言いません。私は奴隷の身、名前など持つことは許されません」


「持つこと許されないのに欲しいの?」



 ぺろぺろと、キャンディーを舐めながら問いかける。


 晴天の下、どこまでも広がる紫色の花畑で二人。


 女心が分からずに正論を言った勇者に、ふわふわの女の子はこらえきれずに笑いだした。



「ふふっ…ふふっ!」


「ナニ」


「いいえ! さすが勇者様だなーっと思いました。もう勇者様はご存知なのでしょ?」



 そう言ったふわふわの女の子の足元に水色の魔法陣が現れる。


 それを前にしてもアリスはぺろぺろと大好物のキャンディーを舐め続けた。


「我が名は魔女ジュリア。正体をあらわ」


「そうやって僕のことも呼び出したの?」


「あらわせ…」


「魔女見つかっちゃった。物語終了?」


「…あの勇者様」


「へえ、こうやって何か出てくるんだね。魔法陣に血液とか垂らすんでしょ?」


「あのアリス様…」


「あ、足から出てるから魔法陣に反応が起きるんだね」


「あの! 私は確かに魔女ですが、アナタを呼び出した魔女ではありません!」


「奴隷じゃないなら名前を付けてあげていいんだよね」


「はあ!? あなたバカですか? 話を…んっ!」



 一瞬で世界は暗闇に包まれた。大きな三日月が世界を照らし、紫色の花は真っ赤な色に変わる。


 アリスはふわふわの女の子の顎をあげ、唇を重ねながら魔法陣に足を踏み入れた。


 二人に襲いかかるのはいくつもの不老不死の存在。



「んんんっ! んんん!」



 彼女の視界にはその影がいくつも見え、涙を浮かばせながらアリスの体を叩く。頭を押さえつけられ、深く舌が絡み合い、少女はぎゅっと瞼を閉じた。


 その瞬間、唇が離れ、アリスはニヤリと笑う。


「見つけた」


 少女の体を突き放し、少年は愛用の短剣を腰から抜き取る。

 切られた不老不死たちは赤い光をまき散らし、空へと昇っていく。


 アリスは呼吸を整えながら、座り込む少女に振り向いた。


「きゅ、急に何をするんですか!」


「え? ああ、探し物」


「さが…。わ、私とキスしてもさが、探し物なんて…」


「見つかったよ。って…あれ? 知らないの?」


「な、何がですか?」



 少年はペロリと口元を舐め、少女へと手を伸ばす。



「魔女とキスをすれば、新しい力を手に入れれるっていう素晴らしい力」


「し、知りませんよ! そんな概念ありません!」


「そりゃあ嘘だし」


「そうですよ! 嘘で…ええ! 嘘なんですか!?」



 そんな便利な機能があるなら、アリスは全員とキスをして元の世界に帰る力を得る。そもそも魔女の基準もわからなければ、この世界の概念も、自分を呼び出した存在すら知らない。



 ここに来て十日と一日。


 こんなに会話をして、情報を与えてくれたのは彼女が初めてだ。



「幼い顔してやることはえげつないです。初めてだったのにぃ」


 むぅ…と膨れる彼女は、勇者の手を取り立ち上がる。


 立ち上がった少女の体を勇者は抱きしめ、呪文を唱える。



「我が名はアリス。汝、我と血の契約を結ぶもの」


「ちょ、ちょっ…まさか見つけたって…みつけ、見つけたって!?」


 離れようとした少女を力強く抱きしめ、アリスは覚えたてほやほやの初めての呪文を唱える。


「魔女ジュリア、改め『セツナ』」



 足元に魔法陣が広がり、ボワーッと真っ赤な炎が上がる。

 二人を包み込む炎に世界は照らされた。


 炎が消えるとアリスはセツナから離れ、花の絨毯を歩き出す。


「さて、行くか」


「い、行くかじゃないですよおおおお!」


「は? 行かないの?」


「行きます! の前に! どうしてそんなやり方知ってるんですか!」



 足を浮かせたアリスの腕をぎゅっと引き留め、セツナは瞳を潤ませながらアリスを見上げる。

 そんなセツナをアリスはただ見下ろし、クスッと笑みを浮かべた。



「お子様には教えてあげなーい」


「なっ…勇者様より子供じゃないです!」



 勇者、有栖院アリスは異世界に来ても死ぬ人間。それはつまり、超人的な頭脳も記憶も、一緒に引き継がれたも同然。



「そりゃあ『不老不死』にもなるよねぇ…」


 アリスは口元を覆い、ボソッとつぶやいた。


「勇者様? 何かおっしゃいました?」


「んー、なんでもなーい」


「そうですか? 何かあったら教えてくださいね」



 少女の純粋な笑顔から少年は視線を逸らした。


 少女の口の中にあった異物を思い出し、少年はぎゅっと拳を握る。


(絶対に魔女とやらを見つけてやる)


 その意思をこめ、手から伝わる温もりに今度こそ『誓い』をたてた。




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