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世界は嘘と愛で詰まっている  作者: 鷹夜賢人
3/3

第2話

 もう残り数日で中学最後の夏休みが終わりかけの日、また僕は、図書室にいた。受験まで残り、半年を切っていた。夏最後の追い込みをしている最中、いつものように「不思議ちゃん」が話しかけてきた。

 「ねぇ藤井君?」

 「何。小早川さん」

 「だから彩音ちゃん」

 彼女は、また右手の人差し指を立てて、訂正させた。

 初めて、図書室で話しかけられて以来、僕は彼女のお気に入りに、なったのか知らないが、毎日、話しかけられるようになった。そして今日も。

 特段、嫌という訳ではない。毎日、図書室に受験勉強をしているとイライラが溜まっていたが、彼女と話すと気が落ち着いた。いつも息抜き程度に話していた。

 「で、小早川さん。何?」

 彼女は、ムッとした顔で見てきた。これ以上同じやり取りをするのは、不毛と思ったのか話を続けた。

 「ねぇ。藤井君て、好きな子いるの?」

 「はぁ!?」

 突然のことで大きい声を出してしまい、周りの視線が痛い。

 僕は、顔が赤く、そして熱いことに気が付く。

 彼女は、そんな僕を見て、クスクス笑う。

 「いないよ」

 先ほど話していた声よりも、一段小さくして答えた。

 「つまんない」

 彼女は、またムッとした顔で呟いた。

 「ごめんね。つまんない人で」

 僕は、少し皮肉っぽく言った。

 彼女は、つまんなくない人で、僕は、つまんない人。そういう風ということなのだ。だから彼女には「不思議ちゃん」という名前がある。

 「まぁいいや」

 彼女は、持ってきたバッグの中からガサゴソと何かを探し始めた。

 「何、探してるの?」

 「ワーク」

 「何で?」

 「いや、藤井君に教えてもらおうと思って。あ、あった。」

 「はぁ」

 バッグの中から、数学のワークを取り出した。ページを捲り、人差し指で、問題を指した。

 「これ」

 僕は、教わるのは好きじゃないが、教えるのは好きだ。だから、少しやる気が湧いた。

 「これ、こうすんだよ」

 「あぁ。そういうことね」

 彼女の顔が笑顔で満たされる。

 「藤井君。教えるの上手いね」

 「そうかもね」

 多分、彼女は、教わるのが好きなのかもしれない。そう思った。

 ***

 僕は、待ち合わせの駅前のカフェに十分前に来ていた。この前の墓参りの帰りに、僕と宇野さんと碧で連絡先を交換した。その数日後、塾講師のバイト帰りに、碧から連絡がきた。

 「不思議ちゃん」について、知りたいということで、僕は、碧から提示された日が、ちょうど空いていたので、了承した。

 窓側の席で、スマホで、今日の運勢や、ニュースを見ながら待っていると、手の中でスマホが揺れた。碧からのメールだった。

 『もう中にいますか?』

 僕は素早く返信した。

 『もう中にいます』

 とても、業務的なメールだった。

 返信してから、すぐに、碧は店内に入って来た。僕は、立ち上がり、碧の方に小さく手を振る。碧は、僕に気が付き、ニコッとし、こちらに向かって歩き出した。

 「こんにちは」

 碧は、会釈をしながら、挨拶をした。

 「こんにちは」

 僕と碧は、少しの間、そこに立ち尽くしていた。どのタイミングで座ればいいか分からずにいた。

 僕と碧は、顔を見合わせて笑った。

 「やっぱり私たち、息ぴったりなのかもしれないですね」

 と碧は、言いながら笑っていた。

 「じゃあ座りますか」

 そう碧は、促した。

 碧は、着ていたカーディガンを脱いだ後、アイスコーヒーを頼んだ。

 「碧は、小早川彩音について知りたいということでいいんだよね」

 僕は、早速、話を切り出した。

 「はい」

 碧は、素気なく答えた。

 僕は、一通り「不思議ちゃん」との出会いから少しずつ話した。碧は、頷いたり、アイスコーヒーをストローで飲みながら、聞いていた。何かを質問することは無かった。

 なるべく、丁寧に話した。

 碧のアイスコーヒーが無くなり、ふと僕は、それを見て自分のアイスコーヒーに全然手をつけていないことに気がつく。その証拠に、アイスが溶けかけていて、コップの中の嵩が増えていた。

 窓から外を見るともう、茜色に染まりかけていた。

 「あの、もう帰る?」

 碧に尋ねると

 「そうですね」

 と簡単に答えた。

 僕は、伝票を取ろうとすると、碧が「少し待ってください」と手を僕の伝票を取ろうとする手の下に素早く入れた。

 「どうしたの?ここは、僕が奢るから大丈夫だよ」

 「そう言う訳ではないんです」

 碧の双眸は、僕の顔をしっかり捉えていた。

 僕は、碧の言うことを聞くために、もう一度ソファに深く腰掛ける。

 碧は、少し黙ってから、口を開いた。

 「あの、藤井君、私の質問に答えてくれますか」

 碧の顔が今さっきとは違った。

 「いいけど」

 「ありがとうございます。ただ答えるのは、はい、か、いいえ、で答えてください」

 碧は、選択肢を絞らせた。僕は、別に良かったので、「いいですよ」と軽く答えた。

 「はい。じゃあまず、藤井君は、不思議ちゃんのことが好きでしたか?」

 一瞬、答えることに躊躇したが答えた。

 「いいえ」

 「では、今、好きな人はいますか?」

 「いいえ」

 碧は、少し深呼吸をしてから、次の質問を言った。

 最初、その質問に僕は、耳を疑った。

 「もう一回言ってくれませんか?」

 確認のために訊いた。多分、ルール上は駄目なのだろうが、碧にとっては、その質問が重要であり、多分、今日、僕を呼んだ理由なのか、分からないが碧にとっては、重要だった様だった。

 「私と付き合って、同棲をしませんか?」

 「はい」

 僕の脳みそは整理が付く前に、僕の口に指示を出していた。

 言ってから、少しして、状況が把握できるようになると自分がどれだけ、大変な事を言ったのか分かった。

 だが言ってしまったのは、変えられない。とりあえず理由だけは訊こうと思った。

 「あの、何で?」

 碧は、顔を下げてから、もう一度僕の顔を碧の双眸が捉えて言った。

 「私は、藤井君が特別、好きではないですが、藤井君には、私の持ってないものを持っている気がしたんです。それが何か分からないですけど。でも私たちは、一緒にいなければいけない。そんな気がしたんです」

 今日、初めてこんなにも長く碧の声を聞いた気がする。

 「そういうことか」

 僕は、納得していないのに納得していた。

 心の中でストンと落ちた音がした。その正体が何かは分からない。

 その後、カフェで別れた後。後で連絡すると言われ、僕は。自分の家の方に帰り始めた。

 自宅に着いたころには帰り道の記憶が消えており、どのようにして帰って来たのかすら分からなかった。

 ただ一つ言えるとしたら、自分の財布の中には、一枚のレシートがあり、二人分のアイスコーヒーの値段分のお金が消えていた。


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