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世界は嘘と愛で詰まっている  作者: 鷹夜賢人
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第1話

 「この世界は、嘘と愛で詰まっている」

 そう彼女は言った。最初、僕はその言葉の意味が分からなかった。

 八月の溶けるような暑さで蝉が唸るような泣き声が聞こえる図書室で、受験勉強するために机に向かっている途中、今まで一回も話したことの無い、クラスメイトでも無い、単なる同じ学年の女子に言われた。

 初めて話す第一声がその言葉だった。

 確かに彼女は「不思議ちゃん」として有名だった。

 髪は透き通った黒髪で肩くらいまでの長さがある。顔は一言で言い表せば、かわいい。その容姿と不思議な発言も相まって、男子女子問わず人気だ。だから、良く僕も彼女の噂や話しはよく聞く。内容はいつも、誰かが「不思議ちゃん」を狙っているだとか、告白してフラれたとか。

 その他にも、初対面の人に変な事を言うのは日常茶飯事で、理科の先生に歴史を教えてくださいと授業中に言ったりなどなど。でも彼女の噂や話は僕からすれば、どうでもいいことで興味が無かった。

 だが今、僕はその不思議ちゃんこと小早川彩音に話しかけられていた。

 「えっと」

 僕は彼女の出会い頭の一言の意味が理解が出来なかった。僕は、困惑する。まぁ相手が不思議ちゃんで、その不思議ちゃんと初めて話すのならなおさらだ。

 彼女は僕が困惑した顔を見て少しニコッとした。

 「藤井君。話すの初めてだよね?」

 彼女は最初の一言に関して、何にも言わずに話題を変えた。ここら辺が「不思議ちゃん」と呼ばれる理由だ。

 「うん。そうだね。小早川さん」

 流石に初めて話す人に「不思議ちゃん」と言うのは、はばかれた。とりあえず、名前で呼ばれているのに対して、名前で返さないのは、初めて話す人に失礼だし、これからどう呼ぶかの確認にもなる。だから僕は、名字に「さん」付けで返すことにした。

 それを聞いた彼女は、少し驚いてから右手の人差し指を立てて、訂正した。

 「小早川さん。じゃなくて彩音ちゃんって呼んでね」

 「えっ?」

 やっぱり彼女は「不思議ちゃん」だった。

 僕は、流石に彩音ちゃんと言うのは憚れた。僕がまた返答に困り、困惑していると。

 「藤井君。早く、彩音ちゃんって呼んで」

 彼女は、僕を上目づかいでこっちを向いてきた。

 僕は自分がたまらず頬が赤くなっていることに気が付く。

 この状況は、かなりまずいので僕は出来るだけ小さい声で言った。

 「あ、彩音ちゃん…」

 僕は、すぐに視線を彼女からずらした。そうすると彼女は、また嬉しそうに僕の顔を覗き込んできた。

 「ありがとう」

 彼女は、そう言い、椅子から立ち上がり、図書室から走って出ていった。

 僕は少しの間、呆然としていた。ハッと気が付き、僕は、もう一度、机に向かって受験勉強を始めた。でも僕は、その後、あまり勉強が出来なかった。

 ***

 ピピピッと僕を夢の世界から現実に引き戻すために今日も、狂うこと無くスマホは仕事をした。

 僕は枕元にあるスマホを手に取り、アラームを止める。僕を無理やり起こし、カーテンを開けるとワンルームなので隅々まで日差しが入る。僕は、まだ目が朝の明るさに慣れていなかったため、目に少しの痛みを覚えた。

 僕は机の上のテレビのリモコンを手に取り、テレビを点ける。

 「もう五年も経つのか」

 テレビには、五年前の事件について流れていた。

 僕には、まだ、つい最近のことの様に感じた。

 「今日は、講義が午後からだったから。…行くか」

 そう呟き、パンを食べ終わってから、服に着替えた。僕は、彼女がいる場所をアプリに打ち込み、ルートを確認した。

 そう、僕は今から彼女のいる場所に向かう。

 テレビを消し、身支度を済ませ、靴を履き、玄関を閉めた。いつもは、何とも思っていない動作が、今日は、やけに重かった。身体が重くて、動くのがだるい。だが風邪では無い。もし、風邪だとしても、僕は必ず、今日は彼女の元へ行くことに決めている。

 彼女の元へ、向かっている道中、駅構内にある売店で彼女のために、板チョコを買っていくことにした。

 彼女は昔、暇さえあれば、チョコを食べていた。僕が板チョコを勧める前は、色々な形状のチョコを食べていた。彼女は、チョコを食べる度に、このチョコは、おいしいだとか、不味いだのと評価をつけていた。

 ある時、彼女は、僕に一番おいしいチョコについて尋ねてきた。その時、僕は、元はすべて同じだからと理由で、板チョコと答えた。それ以来、彼女は板チョコを食べるようになった。

 よく彼女は、人の意見を参考にするというよりも、その通りにした。その部分が「不思議ちゃん」と異名を取っていた理由でもあった。

 でも今、思えば、そんなの「不思議ちゃん」を取り巻く人の勝手な妄想だったのかもしれない。彼女を「不思議ちゃん」にするために勝手なお題目を付けていたのかもしれない。

 ただ彼女は、人に言われたことをしただけだった。けれども僕らがそれを壊すかのように、勝手にレッテルを付けた。お題目を付けた。

 僕は、目的の駅で降り、近くの花屋でユリを買い、目的地まで歩いた。

 桜並木が続く道で、道には、散った桜が踏みつぶされて黒ずんでいた。

 彼女はよく「何で、桜は綺麗なんだろう?」と言っていた。

 僕には、その言葉の意味が分からなかった。桜はそういうものだと認識していたからだ。春に咲き、人に愛され、最後には忘れ去られ、また愛される。そのことを不思議に思う彼女はつくづく「不思議ちゃん」だと、その時、思っていた。

 桜並木の道を抜けると、目の前に僕の目的地があった。

 「また今年も来たのか」

 僕は、やっぱりここに来てしまった。深い意味なんて無い。ただ彼女がいるから来た。僕は、そうお題目を付けて、霊園の中に入ることにした。

 水を汲みに行き、彼女がいる場所に向かう。いや、正確には、彼女が眠っている場所だ。

 彼女が眠っている墓を目の前にすると、彼女の死というのに対して、実感がわかない。でも彼女はいない。そう、割り切る。

 二人の僕が、いる。

 どちらが本心なのかは分からない。

 彼女にまだ生きていると信じている僕と。もう彼女は死んでいると割り切る僕と。

 そんな事を考えても意味が無いので、早速、僕は家から持ってきた軍手をバッグから取り出し、手に着け、黙々と草むしりを始めた。

 彼女は、色んな人に好かれていたが、それは、生きている時のことであって、今は違っていたようだった。僕が、墓の周りの草は、伸びきっており、手入れされていないことが良く分かる。

 最初の一年は、綺麗な状態で保たれていた。毎日、入れ違いで、たくさんの人が来ているみたいだったが、五年も経つと、「不思議ちゃん」の墓参りは敬遠されていった。

 僕は、毎年、この時間帯に来る。他の人達は、昼過ぎくらいから来る。それでも、最初より数は減った。

 草むしりを終え、墓石に水をかけ、ユリと板チョコをそえ、線香をたき、墓の前でしゃがみ込み、手を合わせる。

 手を会わせている間、僕は何かを彼女に伝えようとはしなかった。死んだ相手に昔の思いを伝えたところで惨めになるだけだったし、まだどこかで生きていると信じている僕が邪魔をする。

 僕は、線香の独特な香りが消えたのを感じ、目を開けると、もう線香からは、煙が出ていなかった。僕は立ち上がり、少し固まった筋肉をほぐす為に、伸びをしていると、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。その声は懐かしい声だった。

 僕を呼ぶ声の方を向くと、そこには、二人の女性が立っていた。一人は、髪型は長髪でユリを持って、もう一人は、髪型はショートカットで水桶を持っていた。

 「藤井君だよね?」

 ユリを持っている女性が訊いてきた。

 「もしかして、宇野さん?」

 「そうだよ。久しぶり」

 宇野さんは、中学の時の同級生で、一度だけ、二年生の時に同じクラスだった。「不思議ちゃん」とは、幼馴染でよく二人で登下校をしていた。

 中学の時は、ショートカットだったが、髪を長くした宇野さんは、何処か「不思議ちゃん」と似ていた。けれど、それは、髪だけだった。

 「そちらの方は?」

 僕は、宇野さんの隣にいる水桶を持っている女性について訊いた。

 「この子はね。大学の友達だよ。」

 「初めまして柊碧です。碧って呼んでください。」

 「初めまして、藤井です。」

 僕は軽く会釈した。それと同時に、碧と名乗った女性も、同じく会釈をした。それを見た宇野さんは、クスッと笑いだした。

「二人とも、息ぴったりだね。」

 「そうかもね。」

碧は、そう答えた。何故か、僕も同感だった。

何故かは分からないが、碧という女性から、何か僕と同じもの溢れ出ている気がした。そして、何処となく、あの「不思議ちゃん」と同じものを持っている様な気がした。

 「ところでさ、藤井君。毎年来ているの?」

 「そうだね。毎年、この時間帯に」

 「だから、私が来る時は、いつも綺麗なのは。」

 宇野さんは、僕の汚れたジーパンと手に持っていた軍手を見て納得した。

 「あ。これ」

 宇野さんは、お墓に僕が供えた板チョコを指差した。

 「もしかして、藤井君が?」

 「そうだけど」

 「彩音に板チョコ勧めたのって、藤井君だったね」

 僕は、宇野さんが彼女のことを「不思議ちゃん」と呼ばないことを思い出した。そして、宇野さんだけが、彼女のことを、ちゃんとした名前で、呼んでいたことも思い出した。

 「あのさ、桜ちゃん。ちょっと時間無いよ」

 碧は、宇野さんを桜ちゃんと呼んだ。「不思議ちゃん」と全く同じ呼び方だった。

 「あ。ごめんね。碧」

 宇野さんと、碧を見ていると、あの頃の、宇野さんと「不思議ちゃん」を見ているようだった。でも、あの頃の二人に似ているだけだと、僕は思い直した。

 そうでなければ、僕と宇野さんは、一歩もあの頃から踏み出せていない様な気がした。

 宇野さんと碧は、僕の板チョコの隣にユリを、置いて、墓石に水をかけ、手を会わせて目を閉じた。僕も、二人と一緒にもう一度、目を閉じた。僕は、やっぱり、一回目と同じように、彼女に何も思わなかった。

 「可哀そうに」

 そう隣から聞こえた。僕は瞼を開き、隣を見る。言ったのは、碧だった。碧が言った事に、宇野さんは気が付いていなかった。

 僕は、碧が言った言葉を僕に言っているように聞こえた。もちろん、「不思議ちゃん」に言っている。

 「じゃあ、行こうか」

 宇野さんは、そう言って、歩き始めた。僕も葵も宇野さんの後ろから歩き始める。

 宇野さんは、何を思ったんだろう。碧は、可哀そうだと言った。それは、間接的にしか関わっていないからだと思う。でも、小さい頃から、一緒でずっと関わって来た宇野さんは、どう思ったのだろう。碧と同じなのか、それとも、僕と同じで何も思わなかったのか、僕は知りたくなった。訊こうとしたが止めた。

 もし、訊いて、答えを聞いたとしたら、この世界に嘘しか詰まっていないことになってしまうかもしれない。どうして、僕は、この期に及んで、「不思議ちゃん」の言葉が出てきたのか分からなかった。


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