第6話 独立マジデン
締め切った窓が音を立てているのを聞き、ルビネスは作業の手を止めて顔を上げた。窓の外には、黄色い鳥のような動物と、それに掴まっている白い猫のような小動物がいた。ルビネスは少し眉間にしわを寄せ、窓を開けた。それに伴い、2体の小動物――に見せかけたマジデンたち――はルビネスの作業場に入った。
「どうした?修理でも頼みに来たか?」
彼らはルビネスによって作られたマジデンであり、ときおり修理してもらいに来る事もある。しかし、2体のマジデンは首を横に振った。
「ここに来たのは修理のためではありません。マスター、あなたのお考えを聞きたいのです。」
「…へえ。」
興味がないのか、ルビネスはまた作業に戻る。猫のようなマジデンはまた話を続けた。
「あなたはどうして、あの天王寺マコトに協力するのですか?」
その声には、切実さがこもっていた。しかし、ルビネスは作業をしたまま答えようとしない。今度は鳥のマジデンが言う。
「マスターのお作りになるマジデンは天王寺マコトの支配を受けておりません。それだけでなく、あなたは私のように支配されたマジデンですら解放という救いを差しのべた!にも関わらず、あなたが未だあの人に協力している理由はどこにあるのですか?」
感情的な声が、痛烈に無機質な部屋に響く。それでもルビネスは、しばらく声を発そうとはしなかった。
天王寺マコトの支配から逃れ、独自の進化を遂げたマジデン、“クリア”。その一部はマコトの策略に気付いたルビネスが作った物だった。そしてルビネスは、デリートプログラムなどによりマコトの支配を受けていたマジデンを改造し、彼らを解放していたのだ。
「何も知らずに罪をかぶる事ほど、恐ろしい物はない。だから、お前を助けただけだ。別に、“あの方”に一矢報いようなどとは考えてもいないさ。」
物静かな口調で、ルビネスは言った。知らず知らずのうちにマイナスエネルギーを製造、あるいは吸収し、マコトのもとへ送る。それが、本来持つべきマジデンの“役目”だった。一目見てそれに気づき、ルビネスは“天王寺マコトは膨大なマイナスエネルギーを集めて何かしようとしているのではないか”という結論を導いた。その“何か”がどんな物であるかは分かっていないが、世界の条理を覆すほどのものだとルビネスは睨んでいる。それに覚えず荷担する事になっているマジデンがかわいそうに思えたのだ。
「では、もう一度うかがいます。あなたがマコトに協力する目的は何ですか?」
2体のクリアが、ほとんど同時に言う。一呼吸ほど置いて、ルビネスが嗤った。
「目的…ね。そんな大げさなものでもないさ。」
「え?」
意味が分からず、クリアが首を傾げた。ルビネスは不敵な笑みを浮かべたままだ。
「おれはただ、試したいんだ。研究者として、『魔法と機械の融合した文明』が存在するのかどうかを。マジデンを作った“あの方”に協力していれば、いずれ何かつかめるだろう、とね。」
クリア達は余計に困惑した様子だ。猫のクリアが目を丸くして言う。
「それだけ…ですか?」
「幼稚だと思っているんだろう。いいさ、好きなだけ笑えよ。」
ルビネスはあいかわらず嘲笑している。クリア達は笑わなかった。否、笑えなかったのだ。深紅の瞳が、悲しく光っていたのだから。
「そう、これは確固たる目的なんかじゃない。果たして実体があるかすら分からない、夢にすぎないんだ。」
調子を変えることなく、ルビネスは話し続けた。目線が遙か彼方に向いている。
「マスター、あなたは…たったそれだけのために、今まで?」
震えて消え入りそうな声で、鳥のクリアが尋ねた。ルビネスは少し、穏やかな表情になった。
「ああ、それだけだ。でもな、夢でも見ない限り、研究者なんて務まらねーよ。」
それだけ、挫折と絶望がついてくるのだから。ルビネスはその言葉を呑み込み、苦笑した。2体のクリアにはもう言うべき言葉が見つからない。ただ、悲しく笑う創造主を見守るだけ。
「おっと、そんな顔をするな。おれはこれでも楽しいからな。」
わざとおどけて、ルビネスは言う。
2体のクリアは来た時と同じように帰って行った。