第2話 ルビネスの日常
金属の焼ける臭いと目もくらむような火花を上げ、複雑な配線が徐々に形になっていく。ルビネスの無駄のない作業を、サファイはじっと見つめていた。彼女が今作っているのは、通称“マジデン”と呼ばれる生体機械らしい。もっとも、サファイにとって名称はあってないようなものであった。ルビネスは観客がいるのを気にせず、黙々と作業を続けていた。と、玄関が来訪を告げた。サファイは慌てて下におり、来客を迎えた。
現れたのは人の良さそうな、愛想笑いを浮かべた男性だった。この客が人間でないことなど、サファイには十分分かっていた。彼は、マジデンなのだ。定期的にこの家に現れ、ルビネスの作った物を“あの方”に渡す役目を担っている。
「ルビネスー、クシャラが来たぜー。」
クシャラ、というのはこのマジデンの名称である。サファイの声を聞き、ルビネスがなにやら箱を抱えて降りてきた。
「ほら、以前頼まれてた“マジックショット”だ。実験データもここにある。」
そう言って、武器の入った箱をクシャラに渡す。
「いつもありがとうございます、ルビネス様。私めは今、天王寺マコト様からのお手紙を承っております。」
恭しく頭を下げ、クシャラは小さな白い封筒を取り出した。ルビネスはそれを受け取る。
「あの方からの?」
“あの方”こと天王寺マコト。マジデンの開発者であり自身も魔法少女であるらしいが、サファイはそれ以上知らず、会ったことすらない。ルビネスは何度か会ったことがあるらしく、もともと彼女の影響でマジデン含む様々な機器を作り始めたのだ。
封筒を受け取ったルビネスは、一読すると、口の端をつり上げた。
「ふっ、あの方は相変わらず無理難題をおっしゃる。」
その言葉を聞いたクシャラは、少し不安そうな顔をした。
「無理な、要求だったのでしょうか。」
「いや。」
先ほどの不気味な笑顔のままで、ルビネスはクシャラに向き直る。
「不可能を可能にしたがるのは発明家の悲しい性でね。」
「はあ。」
自嘲めいた口調でルビネスはそう言うと、手紙を封筒に戻し、クシャラに渡した。
「あの方に伝えておけ。『おれは性に従って生きる』とな。」
クシャラは頭を下げ、かしこまりました、と帰って行った。
ルビネスは一日の大半を作業場で過ごしていた。そんな彼女を、サファイはいつものように眺めていた。
「お前、そんなややこしいの、よく分かるなあ。」
これも、いつもよく言うセリフだった。ルビネスは返すときもあれば、無言のまま作業を続ける事もある。もちろんサファイも、答えが欲しくて言っているのではない。ただ素直に、感嘆しているのだ。彼女のその技術力に。
「ホントにすげーよ、お前は。なんたって千年以上前に滅びた機械文明を使っているんだからな。」
千年以上前、この世界では機械文明が栄えていたという。だが、魔法文明が急に勢力を伸ばし、大戦で機械文明は魔法文明に敗れ、滅びてしまったと言われている。現在では魔法が当たり前であり、機械という物の存在が忘れられて等しい。
「ふん、そのおかげで周りの連中はおれを狂人呼ばわりするんだがな。」
作業を続けながら、ルビネスは苦々しく言う。つられてサファイも苦笑した。
「しょうがないよ。金属のカタマリが魔力の代わりに雷の力だけで動いてるなんて、信じられないさ。俺もお前が実現するまでは、その一人だったんだから。」
サファイの言うとおり、人々は機械など絵空事だと信じて疑わないのだ。だから、ルビネスは機械文明という空想に取り憑かれた、狂気の者と見られている。
「このままいけば、ルビネスは機械文明を復活させちゃうかもね。」
サファイはいたずらっぽく笑って見せた。だがルビネスは作業の手を止め、サファイを真紅の瞳で見据える。
「それは違うぞ、サファイ。」
その迫力に、サファイの濃紺が一瞬ひるむ。
「おれは古代の機械文明を復活させているのではない。おれは、過去と現在を融合させたいんだ。なんたっておれの夢は」
「機械と魔法の融合した文明を作ること。」
ルビネスの言葉を、サファイは続けた。台詞を取られたルビネスは、分かっているなら言うなよ、とばかりに無言で作業に戻ってしまった。サファイはただ一人、腹を抱えて静かに笑っていた。