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狂気の魔導工学者  作者: 風白狼
番外編
12/14

バレンタイン短編

本編をこちらに掲載したので、短編を再掲します

 広いリビングに、甘い香りがあふれる。そこでは一人の男性がお茶とお菓子を準備していた。よし、と意気込んで、2階へ上がる。静まり返った部屋の戸をノックする。が、相変わらず静かなままだった。再びノックするが、やはり返事はない。


「ルビネス?」


 恐る恐る戸を開け、彼女の名を呼ぶ。この部屋の主は愛用の椅子にほとんど身を預けていた。腕は力なく下がり、茶髪はとりとめもなく流れている。胸はゆっくりと上下していた。どうやら眠っているらしい。その顔を覗き込んだところで、彼女の深紅の瞳と目が合った。その双眸はまだいくらかまどろんでいた。が、突如きらりと光が灯り、すぐさま体を起こす。そして、ぐっと伸びをした。瞬きする間の行動に、思わず一歩後ずさる。


「悪い、起こしたか?」

「いや、いい」


 男性が謝ると、先程まで眠っていた女性――ルビネスはぶっきらぼうに答えた。そのまま散らかった机を整理し始める。


「ところで、サファイ。何か用か?」


 思い立ったように、ルビネスが尋ねた。サファイと呼ばれた男性はためらいがちに答える。


「お茶の準備ができたんだ。よければ休憩しないか?」


 そうは言ったものの、サファイは少し心配していた。ルビネスは作業を途中で遮られたり、機嫌が悪かったりすると受けてくれないとよく知っていたからだ。ちらと盗み見ると、当の本人は顎に手を当てて何やら思案していた。


「実験データの集計は完了した。せっかくだからもらうとしよう」


 承諾の言葉を聞き、サファイの表情は輝いた。そんな彼を、ルビネスは少し眩しそうに見つめていた。


 1階に下り、ルビネスはソファーに腰掛ける。サファイが紅茶を注ぐと、リビングに芳香が立った。ルビネスは紅茶を飲み、用意されたお菓子を食べる。甘いミルクティーとチョコレートは疲れた体に心地好い。


「お茶請けにしては豪華だな」


 何個目かを手に取ったとき、ルビネスはふとそんなことをつぶやいた。彼女にとっては何とはない言葉だったのかも知れない。しかしサファイは何と答えるべきか分からず、言葉に詰まる。その頬はほんの少し紅潮していた。痛いほどの沈黙に、ルビネスが焼き菓子をかみ砕く音ばかりが響く。と、不意にルビネスは笑い出した。訳が分からず、サファイは何が可笑しいのかと尋ねた。が、ルビネスはすぐには答えなかった。分からない。彼女の心の動きはいつも読めない。風向きのようにころころと変わってしまうのだから。少し落ち着いたのか、ルビネスはサファイに向き直る。


「そうか、今日はバレンタインだったな」


 含みのある言い方だった。サファイは少し気に食わなくて、口を尖らせた。


「あ、今俺の事女々しいって思っただろ」


 サファイはふて腐れて席から離れた。ルビネスは笑みを浮かべながら彼を見遣る。


「いや、お前らしいと思っただけだ。それに――」


 静かにこぼれた言葉は、サファイにはよく聞き取れなかった。聞き返しても、何でもないと誤魔化されるだけ。そんな彼女の言葉が少し悲しくて。サファイは窓の外を見つめた。

 彼が離れたその時に。ルビネスは自分にささやくようにつぶやいた。


「――今のままのお前が、好きだ」


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