第1話 魔導工学者ルビネス
黒いもやから派生した異形の者に、一人の魔法少女は苦戦していた。彼女のマジデンが生み出す魔力と、敵の魔力はほぼ互角。長期にわたる戦闘に、少女は疲弊していた。ふいに、人ならざる者の腕が少女に襲いかかる。だが痛みが走るかと思われたその刹那、目の前に深紅の業火が現れ、黒きもやを灼く。少女があっけにとられていると、何者かの声が飛んだ。
「そいつを使え!」
言葉と同時に、ずっしりとした重みのある機銃を渡された。訳も分からぬまま、少女は自分のマジデンから魔力をもらい、敵に照準を合わせて引き金を引いた。魔力が光の波動となり、異形の者を貫いて消滅させた。少女はそこでふう、と息をついた。改めて恩人の姿を見る。
「あの、助けていただいて、ありがとうございます。」
お礼を言いながら、少女はこの人物に違和感を覚えた。長い茶髪に真っ赤な瞳。所々くすんだ淡青色のオーバーオール。それはまだいいとして、もっとも奇妙なのはマジデンを連れていないことだ。通常、電力を魔力に変換するマジデンがいなければ、人間が魔法を使うことなどあり得ない。だが、確かにこの人は魔法を使っていた。少女はあきらめた。考えたところで、分かるような話ではない。少女は努めて明るい声で言った。
「本当に助かりました。これ、お返ししますね。」
渡された機銃を返そうとするが、相手はそれを受け取らなかった。
「そいつは、おれが使っても意味がない。あんたに預けとくぜ。」
そう言って、現れたとき同様ふいに消えてしまった。
深紅の瞳が、記号と図式の羅列された紙を映す。その茶髪の髪を掻き上げ、彼女はペンを置いた。金属と油の臭いが充満した静かな部屋に、ノックの音が響いた。
「ルビネス、いるか?」
聞こえてきたのは男の声。ルビネスと呼ばれた紅玉色の瞳の女性は、椅子から腰を上げて返答した。
「サファイか。今行く。」
ルビネスはドアを開け、男の姿を確認する。サファイと呼ばれた男性は、真っ黒な髪と濃紺の瞳をしていた。
「悪いな。ひょっとして邪魔したか?」
サファイはいたずらっぽく苦笑した。それに答えるルビネスは少し肩をすくませるだけ。
「別に。ちょうどまとめ終わったところだ。」
ならよかった、とサファイが笑う。仕事の中断が一番不愉快だと知っている彼は、あえてそう尋ねたのだ。
「そうか。ちょうどお前の好きな卵とじができあがったんだが、食うか?」
返ってくる答えが分かりきっていても、サファイは疑問調にそう言う。
「ああ、もらうとするよ。」
対するルビネスも、自分が同意を示すはずだと分かっているが、返答した。二人は1階のダイニングに降り、サファイの作った卵とじを食べる。
「そういえば、以前言ってたなんとかって武器は完成したのか?」
食べながら、サファイは切り出した。
「ああ、マジックショットなら完成したよ。100人分の魔法少女の実験データと共に明日“あの方”に送る予定だ。」
ルビネスも淡々と答える。マジックショットというのは魔法少女用に作られた機銃型武器のことで、魔力の波動を打ち込むことで黒いもやを浄化する。もちろん、もやから派生した怪物も同様だ。その後もたわいもない話が続き、二人は食べ終わった。
「毎度悪いな、サファイ。卵とじ、おいしかったぜ。」
深紅の瞳がサファイを捕らえる。サファイはくすくすと笑うだけ。
「気にすんなって。俺はキカイってのには疎いから、こういうことでしか手伝えねーんでな。」
笑顔のうちに、サファイは自分の家へと帰っていった。