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夢百景   作者: 魚屋ボーフラ
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第二話 夢の絶叫マシン

 その時私は、一人で遊園地の絶叫マシン乗り場に並んでいた。学生時代まで住んでいた実家からほど近く、子供の頃は5月5日の子供の日になると、毎年のように遊びに行った遊園地だ。

 その当時、その遊園地は大変な人気で、話題のアトラクションに乗るためには一時間、二時間待ちなんてことは当たり前だった。

 その遊園地の人気が下火になり始めたのは、やはり東京ディズニーランドがオープンした、あの頃からだろう。

 夢の国の夢のようなアトラクションに慣れてしまった目の肥えた若者たちは、昭和という時代の、アトラクションというよりは乗り物と言った方が相応しい、代わり映えのしない遊具ばかりが並ぶ遊園地を敬遠するようになっていった。そして、ひとたび人気の傾き始めた遊園地を立て直すのは至難の技のようで、今度はその広い敷地を維持管理していくのも負担となり、敷地の一部は売却され、近いうちに遊園地も閉鎖されるという噂が囁かれるようになっていった。

 その遊園地が乾坤一擲(けんこんいってき)、大逆転を狙った大博打に出た。なんと、何百億もの大金をつぎ込んで、人類未体験となる最新の絶叫マシンをオープンさせてしまったというのだ。

 いきなりの超加速で発車したその絶叫マシンは、天空にひねりを加えた大きなループを描くと、高さ100メートルを超える上空まで登りつめる。しかしこのマシンが人類未体験たる所以はまだまだこれから。なんとここからこのマシンは、ほぼ垂直にスピンをしながら地上へと降下していくのだ。そして最後にこのマシンは、地上に設置されたプールの中へザブーンと激しい水しぶきを立てながら飛び込んでいく。さらにこの最新絶叫マシンの名前がまたすごい。「夢のサイクロコークシャトル、メイプル超合金もダッフンダウォータースライダーだめだこりゃ!」というのだ。

 私はその人類未体験という絶叫マシンを体験するために、単身、遊園地へと乗り込んだ。だがそのアトラクション乗り場へと続く階段には、すでに三時間以上の待ち時間となる長蛇の列が出来上がっていた。

 はぁ……、三時間待ちか。

 うんざりしながら列の最後尾に並び、ため息をついた。しかし子供の頃は、その間の一時間、二時間が永遠ともとれる永い時間に感じたものだが、スマホという相棒がある現在では、そこまで退屈することなく自分の順番がやってきた。

 シートベルトをきつく締め、上から降りてきた安全バーを両脇にがっちりと掛ける。準備が整ったところでリリリリリーンと発車を告げるベルが鳴った。

 果たしてどのような人類未体験の感覚が待っているのか、いやが上にも気分は昂ぶる。

 超加速で発車するという衝撃に備えて、私は首をすくめてその瞬間を待った。

 動いた、そう思った瞬間、自分の身体が瞬間移動したのではないかと錯覚した。いきなりの時速300キロで発車したマシンは、あっという間に搭乗口のあるステーションを置き去りにして、外の世界へと飛び出していた。

 うわあああ!

 安全バーでがっちり固められた両脇が、それでもがくがくするほどのド迫力だ。これほどの迫力は確かに、今まで体験したどんなアトラクションにもないものだった。

 気付いたときにはもう、私の身体は天空高く舞い上がっていた。シートに腰掛けたお尻が持ち上がり、内蔵がふわっと浮き上がるような感覚に、私の全身はゾクゾクと震え、鳥肌が立った。これからこのマシンと一体となり、あの人類未体験のループへと飛び込んでいくのだ。

 まるで暴れ馬のような「夢のサイクロコークシャトル、メイプル超合金もダッフンダウォータースライダーだめだこりゃ!」だが、今は一旦、落ち着きを取り戻し、カタカタカタとゆっくり、二本のレールの上を登っていた。ふと下に目をやれば、地上を歩く人は蟻のように小さく見える。はるか彼方、都心の高層ビル群のその奥には、山頂に雪を被った富士山の姿も見える。日常の雑事や些末なできごとはすべて忘れ、心の中がからっぽになる。そして二本のレールのその先には、さらに高く舞い上がる巨大なループが見えてきた。

 私の乗ったマシンは、いよいよその高みに達しようとしていた。そう、ここからがまさに、この「夢のサイクロコークシャトル、メイプル超合金もダッフンダウォータースライダーだめだこりゃ!」の真骨頂でありメインイベントとなる。

 マシンは天空にひねりを加えた巨大なループを一回りすると、その勢いのまま一気に地上100メートルの高さまでまで登りつめる。マシンはそこでグニャリと息絶えるように勢いをなくし、まるで自由落下でもするみたいにきりもみスピンで降下していき、最後には地上に設置されたプールの中へと、Gを加えた鬼のような勢いのまま飛び込んでいくのだ。

 決して若くはない私のこの肉体が、果たして、そんな無茶苦茶な乗り物に耐えられるのかと恐れ(おのの)くところだが、不思議なほどこの時の私に恐怖心はなかった。まるでランナーズハイのような、言わば絶叫マシンハイとでもいうものに、身も心も支配されていたようである。

 さあ、くるぞ、くるぞ、くるぞ……。

 もったいをつけるような焦れったい速度でレールの高みを目指したマシンは、最後には停まるほどの速度でその(いただき)に達した。

 カタン――。

 そして「夢のサイクロコークシャトル、メイプル超合金もダッフンダウォータースライダーだめだこりゃ!」は、ついにその先頭車両の鼻先を下に向けた。

 期待に胸を膨らませた私は、思わず右手を天に突き上げるポーズまで決めて雄叫びを上げていた。

「ひゃっほうーーっ!」


 ……その雄叫びで、目が覚めた。

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