第一話 賽銭便所
蜩が鳴く夕暮れ、私は見知らぬ街で便所を探していた。
竹箒で道端を掃いている和装の男に尋ねると、「ああ、賽銭便所ならあの先だよ」と教えられた。
賽銭便所?ああ、水洗便所の聞き違いか、と教えられた場所へ急ぐと、そこは神社だった。
鳥居をくぐると右手に公衆便所がある。ホッとしながら入口をくぐると、中にあったのは細長い賽銭箱のようなものだけだった。
そこでは一人の和装の男が、背丈ほどもある赤い褌を肩に掛け、その賽銭便所とでもいうものに跨がって用を足していた。
涼しげな蜩の音にリラクゼーション効果を与えられ、刺激された副交感神経に括約筋は弛緩し、もはやまったなしとなったこの時の私の悩ましくもいとおしい便意に、他の便所を探す、などという自殺行為にも似た選択肢があろうはずもなく、私は和装の男の後ろで賽銭便所に跨がると、用を足すことにした。
ふと横を向くと、壁に注意書のような貼り紙がしてある。
【ワンコインでウンコイン!】
はて……?
初めは何のことやら分からなかった私だが、ああ、とズボンのポケットから財布を手に取り十円玉を1枚取り出すと、賽銭便所に放り投げた。
しかし、なんとなく想像はついていたが、男の尻を見ながら用を足すというのも、どうにもいただけないものだ。見られながら用を足す、なんてのは想像するだに恐ろしいが。
しかしこの賽銭便所には、私の後ろにもあと二人分は人が跨がるだけのスペースがある。何故に自分はこのような無防備極まりない位置に腰を下ろしてしまったのかと激しい後悔の念にかられたが、全ては後の祭りだ。
そう、今この瞬間にも見知らぬ男が現れて、私は己れの肛門からブツが出る様を具に観察されながら用を足さなければならなくなるかも知れないのだ。
げんなりした己の気持ちとは裏腹に、時のウンコは出るわ出るわの超軟便、全て出し尽くしたと晴れやかな気持ちで顔を上げた私に、ある一つの事実が待っていた。
か、紙がない!
そう、賽銭便所にはどこを見渡してもトイレットペーパーの類いがなかった。
仕方なく、私は前で用を足す男に尋ねてみた。
「カミで尻を拭くとは何ごとかっ!」
私は男に一喝された。
しかしその時に気がついた。振り向いた男は、さっき私にこの場所を教えてくれた男だった。
圧倒的な臭いを振り撒きつつ用を足すその男はしかし、相当頑固な便秘に襲われているようで、男の肛門よりとびでたままのブツは、いっかな言うことを聞いてくれないようだ。しかしその様を具にここに書き記すのは遠慮しておこう。土用の丑の日にウナギが食えなくなる。ここまで書いておいて、もう遅いか。
せっかく楽しみにしていたのに、しょうがない。まあ今年は、ウナギの代わりにカレーでも食うさと、幾らかくさくさした気分のままズボンを履くと、ああ、それも微妙だと、なおのこと気分は沈んだ。
その時、天井に吊るされた鈴の緒が下りてきた。
ガランガランと鳴らしてみると、今度はどこからともなくやってきた水が賽銭便所を流れていった。賽銭便所は一応、水洗便所でもあったのだ。
表に出ると相変わらず、蜩の涼しげな音。木陰にある手水舎で手を洗い、近くにおみくじがあったので引いてみた。
そこには【ウンがついてます】と書かれていた。
それは、三夜連続で観た、便所夢だった。