八十六、紫苑さんの彼女
間宮さんのモデルの仕事は順調だった。
というか・・「あの綺麗な女性は誰?」と、早くも高評価を得ていた。
間宮さんは、最初こそ戸惑いの連続だったが、回を重ねるごとに徐々に板についてきた。
それに伴って、日常生活でも明るさを取り戻し、たけさんやお兄さんとの関係もぎこちなさは感じられなくなっていた。
たけさんは、自分がモデルの仕事をすることについては、見送った。
やはり・・性に合わないようだった。
年が明けて、やがて三学期を迎えていた。
あと三ヶ月で・・私はアメリカへ行くんだわ・・
あっという間よね・・
何年帰って来られないんだろう・・
「ちょっと小春、聞いてぇさっ!」
教室で美琴がそう言った。
「なにっ?」
「紫苑さんの彼女・・知ってるか?」
「いや・・知らないけど・・」
「この間、紫苑さんの家へ遊びに行ったんや。ほんで「僕の彼女だ」って紹介されてな・・」
「そ・・そうなんだ・・」
「もうさっ!見るからにお嬢様って感じでさ。ほんで官僚の娘らしいねん。しかも財務官僚やで」
「うわあ~~・・そうなんだ・・」
「見た目も・・かわいかったでありんす・・」
「そうなんだ・・」
「名前、なんていうと思う?琴美やでっ!琴美!」
「げ~~~・・」
「美琴・・惜しかったでありんすな・・」
「逆って!って、私、思わず言うたがなっ!」
「苗字は・・?」
「苗字は普通。田中やねん」
「そうなんだ・・」
美琴と琴美・・ややこしいわ・・
「それで、紫苑さんの様子はどうだったの?」
「まあなんちゅうんか、相変わらず普通やったわ」
「でも・・琴美さんは、恥ずかしそうにしてたでありんすな」
「あれは、そうとう惚れとるな」
「そうなんだ・・」
紫苑さんって・・ほんと、モテモテじゃない?
すごいわ・・
「琴美さんって、大学生なの?」
「そやで。F女子大通ってるって言うとったわ。んで、紫苑さんと同い年やで」
「えええ~~~!F女子大って、超お嬢様学校じゃん!」
「そやねん」
「なんか・・政略結婚っぽくない?」
「そらまあ、親たちが決めたことやから、そうかも知れんけど、田中さんはそんなん関係ないな」
「むしろ・・よくぞこの縁談話を持ってきてくれてありがとうございます、でありんすな」
「そうそう。それや」
「でも紫苑さんって・・モテるよね・・」
「そらそうやがなっ!あんなええ男、いてへんで」
「美琴・・すごいね・・」
「見た目はあんなんやけど、中身は抜群やっ!」
「美琴・・やっぱり諦めきれないの・・?」
「なんでやねんっ!諦めてるっちゅうねん」
「でも・・」
「いや・・紫苑さんが本気で人を好きになったら、どうなるんやろと思てな」
「確かに、そうでありんすな・・」
「田中さんのことも、まだ、好きとまでは行ってない感じやん。紫苑さんの心を掴む女性ってどんな人なんやろな~と思てさ」
「じゃあ・・結婚はダメってことになりそうなの?」
「それは、わからん。今後の田中さん次第や」
「私も、田中さんに会ってみたいわ」
「ほな、今度一緒に遊びに行こうや」
「たけさんも、連れて行こうかな・・」
「そらええんちゃうか。王子だってどんな相手か見たいやろし」
そして私は、たけさんを誘い、紫苑さんちへ行くことになった。
「財務官僚ねぇ・・」
「どうしたんですか?」
私とたけさんは、美琴たちとの待ち合わせ場所で話をしていた。
「財務省っていえば、日本の頭脳のトップが集まってるところだぜ」
「そうなんですか」
「エリート中のエリートだぜ」
「へぇ~」
「そんな親父の娘と紫苑がうまくいくのかねぇ」
「え・・どういうことですか」
「いや・・別に」
「なんですか~」
「紫苑はプライドが高けぇしな」
「あの・・意味がわからないんですけど・・」
「まあ、いいんじゃね」
ほどなくして美琴と紬が現れた。
「王子~~、相変わらずかっこよろしいな~」
「なに言ってんだよ」
「お母さんは、どうでありんすか」
「まあ、それなりに」
そう言ってたけさんは優しく笑った。
「王子の顔を見ると、わかるでありんすな。小春」
「うん、そうね」
「さっ、行こうぜ」
そして私たちは電車を乗り継ぎ、紫苑さんが暮らす最寄り駅に着いた。
その足で、すぐにマンションへ向かった。
ピンポーン
「はい」
紫苑さんがインターホンに出た。
「よう~紫苑、俺」
「時雨くんじゃないか。いきなりどうしたというんだ」
「遊びに来たんだよ」
「ったく・・事前に連絡をすることくらい常識だぞ」
「いいじゃねぇかよ。小春たちもいるんだぜ」
「まあいい、入りたまえ」
そしてたけさんがドアを開け、私たちは中へ入らせてもらった。
すると・・とてもかわいい女性がリビングで座っていた。
この人が・・田中さんね・・
「連絡くらいするものだぞ」
「ごめんごめん。あっ、この子が紫苑の彼女か」
「そうだ。田中琴美くんだ」
田中さんは、いきなり大勢で押し掛けた私たちに圧倒されている様子だった。
「俺、紫苑のダチで時雨健人。よろしくな」
「あ・・わたくし、田中琴美と申します。よろしくお願いします・・」
「なんか邪魔したみてぇで、悪かったな」
「いいえ・・そんなことはございません・・」
「琴美くん、時雨くんは僕の同級生なんだ。無礼なやつだが大目に見てやってくれ」
「紫苑、てめぇ、それはこっちのセリフだっつーの」
「ほらな、こんなやつなんだ」
「あはは。楽しいじゃございませんか」
なんか・・田中さんって・・かわいいわ・・
いや・・顔がかわいいのもあるけど・・とても気さくで良さそうな人だわ・・
「きみたち、適当に掛けてくれたまえ」
私たちは、それぞれ空いているところに座った。
「いや、紫苑の彼女って、どんな子なんだろうと思ってさ。会いに来たんだよ」
たけさんが田中さんにそう言った。
「そうでございますか。わざわざ恐縮でございます・・」
「なんか・・クソ丁寧だな・・」
「クソ・・あはは。時雨さんはおもしろい方ですわね」
「そうかー?紫苑の方がよっぽど面白れぇよ」
紫苑さんはキッチンで、お茶の用意をしていた。
「紫苑さん、私、手伝うで」
美琴がキッチンへ行き、そう言った。
「いや、気にしないでくれ」
「ええからええから。指示してくれたまえ」
「なにを言ってるんだ。僕の真似などしなくていい」
「あはは。ほんなら私の真似、してみて」
「僕がきみの真似をする必要性を述べたまえ」
「笑うためや」
「笑うため?」
「人間には笑いが必要や。笑うってことは人体にもいい影響を及ぼすこと、ご存じない?」
「心外だな。それくらい知っている」
「ほな、笑わしてぇな」
「なんでやねん、なんでやねん」
「あっはっは!こりゃええわ~」
「きみだけ笑っているじゃないか」
「紫苑さんを笑わすのって、難しいねん~」
「それくらい考えたまえ」
美琴と紫苑さん・・なんか・・いい感じじゃない・・?
これって・・大丈夫なのかな・・
「紬・・」
私は小声で話しかけた。
「なんでありんすか・・」
「紫苑さんと美琴って・・いつもあんな感じなの・・?」
「そうでありんすよ・・」
「げっ・・そうだったんだ・・」
「なんでありんすか・・」
「いや・・別にいいんだけど・・」
「まあ・・美琴がからかってる感じでありんすよ・・」
「そうなんだ・・」
美琴って・・ほんとはまだ諦めてないんじゃないの・・?
田中さんとたけさんは、割と気が合う風で、楽しそうに会話をしていた。
「ほらほら、私がやりますよって」
「だから、いいと言ってるだろう」
二人はまだ、キッチンでやり合っていた。
「もう~強情やなっ!いっぺん脳みそにストロー突っ込んでチューチュー言わせたろか!」
「僕は、ストローカックンの方がいいと思うぞ」
「ええ~~紫苑さん、そっち系?」
「脳みそにストローを突っ込むというのは非現実的だ。チューチュー吸う前に死亡しているし、そもそも殺人罪だ。カックンの方は大したケガにもなりはしないし、やられた方の様子を想像すると、滑稽で笑えるぞ」
「あははは、確かにそうやな~」
「きみで試してみるか?」
「えええ~~勘弁ですわ~」
「実は僕な、先日やってみたんだ」
「ええええ~~~!」
「これは、かなり痛いぞ」
「あははは、やったんかいな~すごいな~」
「きみも実験したらどうだ?」
「嫌やって!」
「僕がやってあげてもいいぞ」
「だから~~!嫌やって!」
「意外と気が弱いのだな」
「なによ~~!」
「ちょっと待ってくれ」
そう言って紫苑さんは、引き出しの中を探し始めた。
「ああ、あったあった」
そしてストローを取り出した。
げ~~・・紫苑さん・・マジで美琴にストローカックンやるつもり・・?
「ほら、やってみたまえ」
「え・・マジで・・?」
「そうだ」
「ええ~~・・マジかいな・・」
そして美琴はストローを鼻に突っ込み、カックンとやって見せた。
「痛っっ!ううう~~痛い~~」
「あはは、きつくやり過ぎだ」
「もう~~紫苑さん、人が悪いわ~~」
紫苑さん・・笑ってる・・
私は紬と顔を見合わせて、言葉を失っていた。
「あのさ・・お前ら、なにやってんだよ・・」
「時雨くん、今の見たかい?」
「見たけど・・お前、美琴になにやらせてんだよ・・」
「うう・・痛ぁぁ~~・・」
美琴は手で鼻を押さえていた。
「きみもやったのだから、僕もやって見せよう」
そう言って紫苑さんは、美琴と同じようにストローカックンをやって見せた。
「うっ・・やはり・・痛いな・・」
「あははは、紫苑、バカじゃねぇのか」
「笑ったな。時雨くんもやってみたまえ」
「あはは、紫苑さん、楽しい方ですわ~」
そう言って田中さんも笑っていた。
美琴も爆笑していた。
私と紬も仕方なく、笑った。




