二十、お化け屋敷とジェットコースター
お化け屋敷は、日本家屋の廃墟をモチーフとした造りになっていた。
そして庭の先に井戸があり、その傍に置いてある、巻紙を持って外へ出なくてはいけないらしい。
「時雨さん・・平気ですか?」
「っんなもん、どうってことねぇよ」
「そうなんですね・・」
「お前、怖いのか」
「あ・・いや・・まあ・・ほんの少しだけ・・」
「あはは。全部作りもんだろうが。なにが怖ぇんだよ」
「は・・はい・・。頑張ります」
やがて私たちは中へ入った。
ぎゃ~~~・・暗い・・
そりゃそうよね・・お化け屋敷なんだから、暗いのは当たり前よね・・
「お前、歩けるか?」
「は・・はい・・」
私は少し、足がすくんでいた。
すると時雨王子が私の手を引っ張り、歩き出した。
え・・
これって・・まさしく・・彼氏とのデートのシチュエーションそのものじゃない・・
うわあ~~・・お化けより、こっちの方がドキドキする・・
私は時雨王子の手をしっかりと握り返した。
優しいな・・王子・・
ほどなくして土間がある場所を通り過ぎようとした時、座敷から「ひひひ・・」と言う声が聞こえた。
「ぎゃあ~~~!」
私は思わず大声で叫んだ。
「ひっ!お前の声にびっくりしたじゃねぇか!」
「はっ!すみません・・」
そして座敷にある障子が独りでに開き、そこから髪の長い女の幽霊が現れ、ゆっくりとこっちへ歩いてきた。
「きゃ~~~~!こっちに来ないで~~~!」
「おい、落ち着けよ。ほら、先行くぞ」
その幽霊はいきなり走り出し、私たちを追いかけてきた。
「ぎゃあああああ~~~~!」
私は時雨王子の手を離し、先に走った。
「あははは。待てって」
時雨王子は少しも怖がることなく、私の様子を見て爆笑していた。
私が振り向くと、時雨王子の横に、さっきの幽霊が立っていた。
「しっ・・時雨さんっ!よ・・横に幽霊がっっ!」
「あ、どうも。こんにちは」
時雨王子は、幽霊に挨拶をしていた。
「あら・・私が怖くないのね・・。それにしてもイケメンねぇ・・」
幽霊は時雨王子の顔を見て、しみじみとそう言った。
あの幽霊・・女性がやってるんだ・・
いやいや・・そんな私情を挟んじゃダメでしょ・・
「時雨さんっ!は・・早く行きましょう!」
「わかったって」
時雨王子は私の傍まできた。
「時雨さん・・マジで怖くないんですか?」
「ぜっんぜん」
「すごいですね・・」
「所詮は作り物だし、俺は実生活で、もっと怖い目に遭ってるからな」
「え・・」
「さっ、行こうぜ」
その後も幽霊は次から次へと現れたが、時雨王子は落ち着き払っていた。
ほどなくして井戸が見えてきた。
絶対・・あの中から幽霊が出てくるんだわ・・
私は足が止まった。
「おい、行かねぇのかよ」
「ヤダ・・怖い・・」
「大丈夫だって」
「ヤダ・・絶対に出てくる・・」
私はその場に座ってしまった。
「ったく・・しょうがねぇな」
そう言って時雨王子は一人で井戸へ行った。
そしてあろうことか、井戸の中を覗き込んでいた。
げ~~~・・あんなに覗いて・・本当に怖くないのね・・
すると次の瞬間、井戸の上から幽霊の人形が落ちてきた。
ぎゃあ~~~~!
ま・・まさかのっ!フェイントとはっっ!
時雨王子は「おうっ、上かよ」と言っただけで、さほど驚きもしなかった。
時雨王子~~~・・なんで平気なの・・?
強すぎるでしょ・・
そして時雨王子は巻紙を二本手にして、私のところへ戻ってきた。
「ほらよ」
そう言って私に巻紙を渡してくれた。
「あ・・ありがとう・・」
「で、こっから引き返すんだな」
「はい・・」
そして時雨王子は、また私の手を握り歩いてくれた。
「もう怖くねぇだろ」
「いえ・・まだ怖いです・・」
「ほっんと、ビビり過ぎだろ」
「・・・」
「作りもんだっての。なーにが怖いんだか。あははは」
時雨王子は、また笑っていた。
「うわああああ~~~!」
次の瞬間、時雨王子が大声で叫んだ。
えっっ!なにっ・・!?
そんなに恐ろしい幽霊でもいたのっ!?
「なんやの~~、時雨王子」
「そんなに驚くでありんすか」
そう言って美琴と紬が現れた。
し・・時雨王子・・二人を見て・・叫んだのね・・
幽霊より驚くって・・美琴・・怒っちゃうよ・・
ってか!やっぱりここに来てたのね!
「お前らかよっ!」
「めっちゃびっくりしてたな、時雨王子」
「たりめーだろが。ってか、なんでここにいんだよ」
「別にええやん。私らだって遊園地くらい遊びに来るっちゅうねん」
「どうだか。また変な考え起こしてんだろ」
「ほらほら、美琴、行くでありんすよ」
「そやな。ほなな~小春」
そう言って二人は先を歩いて行った。
「ったくよ・・。お前、あいつらに言ったのか」
「いえ・・遊園地に行くとは言ってないです・・」
「会うことは言ったのかよ」
「はい・・」
「ったく。ほら行くぞ」
そして私たちは外へ出た。
ああ~~・・怖かった。
でも・・時雨王子の手・・嬉しかったな・・
それから私たちは、次から次へと乗り物に乗って遊んだ。
いつしか私の緊張もほぐれてきた。
そして美琴と紬と、何度も出くわした。
「さて、いよいよジェットコースターに乗りますか?」
「え・・」
「乗りましょうよ~」
「あ・・ああ・・」
あれ・・どうしたのかな。
急に元気がなくなってきちゃったんだけど・・
「疲れましたか?」
「いや・・そんなことはねぇよ」
ん・・?
もしかして・・時雨王子、ジェットコースター苦手なの・・?
「あの・・もしかして、苦手ですか・・?」
「はあ?っんなわけねぇーっつーの」
「そうですか。じゃ乗りましょう~~」
そして私たちは、ジェットコースター乗り場へ行き、列に並んだ。
「お前・・ほんとは怖いんだろ」
「え・・?怖くないですけど」
「いや・・やせ我慢しなくていいんだぜ・・。嫌ならやめてもいいぜ」
「いいえ~!私、遊園地に来たら、絶対に乗るんですよ?しかも何度も」
「ま・・マジかよ・・」
やがて順番がきて、私たちは乗り込んだ。
ジェットコースターの種類の中でも、比較的古いタイプのものだった。
つまり、宙返りとかはなく、レールが上下になっているだけで、安全バーもなかった。
このタイプは実は、私にとって物足りないものだったのだ。
それでも時雨王子の顔色が冴えない。
大丈夫なのかな・・
ガタン・・ゴトン・・
ゆっくりとコースターは上がり始めた。
時雨王子を見ると、目を瞑っていた。
え・・やっぱり怖いんだ・・
どうしよう・・
「大丈夫ですか・・」
「・・・」
心なしか・・手が震えてるように思えるんだけど・・
「大丈夫ですよ・・」
私はそう言って、時雨王子の手を握った。
「すぐに終わりますからね。私が手を握っててあげますから」
すると時雨王子は、チラッと私の顔を見て不安そうにしていた。
「目を瞑ってていいですよ」
私はそう言って微笑んだ。
「うん・・」
時雨王子はそう言い、下を向いた。
コースターが疾走する間、私は時雨王子の肩も抱いた。
「もう終わりですよ。着きますよ」
私がそう言うと、時雨王子はやっと顔を上げて、ハァ~・・とため息をついた。
私たちはコースターから降り、近くにあるベンチに座った。
「すみません。苦手だったんですね。無理をさせてしまって・・」
「お前・・バカにしてんだろ・・」
「え?どうしてですか?」
「だってよ・・ジェットコースターが怖いなんてよ・・」
「誰にだって苦手なものはありますよ~。バカになんてするものですか~」
「なら・・いいけど・・」
私は落ち込む時雨王子を見て、なんだか親近感を覚えた。
そしてそれが、とても愛おしかった。




