十六、葵さん
「あ~~あ。もう完全に冷めてしもたわ」
美琴は、うんざりした風にそう言った。
「特に時雨王子。あの人、イケメンなだけで、なんやの、あの態度。で、あの言葉遣い。クソ女とかさ」
「いや・・美琴、それは違うでありんすよ」
「なんでやの」
「そもそも、私たちが勘違いしたのが始まりでありんす」
「だから、なんなん?」
「ホモでもないのに、勝手に勘違いして、挙句には紫苑さんに訊いたでありんしょ。そりゃ気分が悪いでありんすよ」
「そやけどさぁ・・。翔王子も翔王子やわ。下衆の勘ぐりとか言うてさ」
「そうも言いたくなるでありんしょ」
「そうだよ・・悪いのは私たちよ・・。家を突き止めたり、バードウォッチングとか嘘ついたこともあったし・・」
「うん。わかった。もう私はあの人らには関わらん。興味も失せた」
美琴は「下衆の勘ぐり」と言われたことが、ショックだったのね・・
でもそれは、仕方がないよ・・
それより・・私も完全に嫌われちゃったな・・
もう二度と、あの人たちに会うことはないよね・・
はあ~~・・短い片思いだったけど、でも憧れの王子と少しでも話せたし・・ちゃんと告ったし・・
でも・・嫌われて終わりなんて、やっぱり辛いな・・
その後、私たちは電車の時間も以前に戻し、王子たちと会うことはなかった。
「あら~、久しぶりね。薄柿さん」
それから一か月後、私は偶然、街で葵さんに出会った。
「あ・・葵さん・・」
「一人で買い物?」
「あ・・えぇ・・まあ・・」
「そっか~、私もなのよ」
「そうなんですね・・」
「あ!よかったら、一緒に買い物しない?」
「え・・」
「あのね、明日ね。彼の誕生日なのよ。それでプレゼント買わなくちゃと思ってね」
「そうだったんですか・・」
はぁ~~・・いいなぁ・・
真人王子のためにプレゼントかぁ・・
「付き合ってくれる?」
「あ・・はい・・」
そして私たちは、大型ショッピングモールに入り、男性洋服店へ行った。
「どれがいいかなぁ~」
葵さんは、とても幸せそうに服を選んでいた。
「彼ね、あまりお洒落とかしないのよ」
「えぇ~~・・あんなにイケメンなのに、もったいないですね」
「お洒落より、健人くんの学費や生活費に全部使っちゃうからね」
「あの・・健人さんと真人さんって・・どういう関係なんですか?」
「兄弟よ」
「そ・・そうだったんですか・・」
「二人にはご両親がいなくてね。ずっと彼が働いて健人くんの面倒見てきたの」
「え・・」
両親がいないって・・
そうだったんだ・・
「だから、お洒落なんてしないのよ」
「東雲さんって・・一緒に住んでますよね・・?」
「うん、そうよ」
「それは・・どういう・・」
「和樹くんも色々あってね。あの子も一人なの」
「え・・それって・・両親もいないってことですか・・」
「うん。行くあてがなくて、健人くんが連れてきたのよ」
「そ・・そうだったんですか・・」
「あのね、健人くん、あなたたちのこと、怒ってたわよ」
そう言って葵さんは笑った。
「あ・・はい・・」
「私ね、あなたたちの勘違いが、可笑しくって。話を聞いた時、思わず笑っちゃったわ」
「え・・」
「あなた、健人くんのこと好きなのよね?」
「えっっ!」
「大勢の人の前で告ったんでしょ?」
「ああ~~・・はい・・」
うわあ~~・・葵さん、全部知ってるんだぁぁ・・
「でも・・私、もう諦めたんです・・」
「あら、そうなの?」
「だって、すごく怒られちゃったし・・もう二度と話しかけてくるなって言われました・・」
「あはは。そりゃま、怒るわよね。彼らはみな若いし」
葵さんって、なんか大人っていうか・・余裕ある感じ・・
「健人くんね、とてもいい子よ。和樹くんも。だからあまり心配しなくていいわよ」
「そ・・そうなんですか・・」
「さ~て、どれにしようかな~」
葵さんはセーターとか、ジャケットなんかを見ていた。
「あっ!これいいわよね?薄柿さん、どう思う?」
葵さんは白のセーターと、ブルーのジャケットを手に取ってそう言った。
「はい・・いいと思います・・」
「そう?じゃ、これにしよう~」
そう言って葵さんは、レジへ行った。
いいなぁ~~・・葵さんが羨ましいな・・
時雨王子なら・・どれが似合うかな・・
「お待たせ~」
「あ・・いえ・・」
「お茶でも行く?」
「あ・・はい・・」
私は葵さんに誘われ、店内にあるカフェに入った。
「ごめんね~。私のために時間を使わせちゃったね」
葵さんは椅子に座り、そう言った。
「いいえ、とんでもないです・・」
「薄柿さん、元気出しなさいね」
「え・・」
「健人くんなら大丈夫だから。いつまでも根に持つ子じゃないからね」
「はい・・」
葵さんって、優しいなぁ・・
「私・・どうしたらいいでしょうか・・」
「どうしたらって?」
「その・・また健人・・さんと・・話がしたいんですけど・・」
「そうね~。やっぱり一度はきちんと謝って、それで改めて気持ちを伝えればいいんじゃないかな」
「そ・・そうですか・・」
「あまり思いつめない方がいいよ」
「あの・・その時に・・何かプレゼントとか渡した方がいいんでしょうか・・」
「それは必要ないわね。まずは薄柿さんの誠意を見せることが大事ね」
「はい・・」
「それとっ!もっと明るく!やっぱり女の子は笑ってなくちゃ!」
「はい・・」
葵さんと真人王子は・・なんで付き合ったのかな・・なにがきっかけだったのかな・・
訊いてもいいのかな・・
「あの・・」
「なに?」
「その・・付き合ったきっかけって、なんだったんですか・・」
「ああ~~・・それね・・」
「はい・・」
「真人くんと私、同じ職場なのよ」
「そうなんですか・・」
「私が事務員としてバイトで入ったの。で、それで出遭ったのよ」
「へぇ~・・。それで・・どちらから告ったのですか・・」
「真人くんよ」
えっっ!真人王子から・・告ったんだ・・
でも・・なんで・・?
だって・・葵さん・・ブスだし・・
「そ・・そうなんですか・・」
「あはは。意外だった?」
「あ・・いえっ・・そんな・・」
「私のどこを気に入ってくれたのかはわからないけど、なんか、私の笑ってる顔が好きなんだって」
「そ・・そうですか・・」
「あ・・私、これでも面食いじゃないのよ」
「えっっ!」
「だから、真人くんを初めて見た時も、あまり何も感じなかったのよ」
「ええええ~~~!」
私はあまりのことに大声を挙げた。
あんな・・山崎賢人似のイケメンなのに~~~!
「こらこら・・しーーっ・・」
「あ・・すみません・・」
「でもね、一緒に仕事していくうちに、いい人だな~って思ってね」
「なるほどぉ・・」
「ちなみに、真人くんも面食いじゃないよ?あはは」
葵さんはそう言って、あっけらかんと笑った。
「いえっ・・そんな・・」
「私、自分がブスだってこと、よくわかってるけど、でもそんな見た目のことなんてどうでもよくない?」
「はあ・・」
「やっぱりね、男も女もハートよ」
「・・・」
「だから、薄柿さん。もっと自分に自信を持ちなさい」
「はい・・」
「とにかく笑って。明るく。それが一番大切よ」
「はい」
それからほどなくして、私は葵さんと別れた。
そっか・・
明るく笑って・・
そういえば以前、時雨王子は「お前、普通にしてろよ」って言ってたっけ・・
普通って・・自分自身、そのままってことだよね・・
よーーーしっ!
決めたっ!
時雨王子にもう一度会って、まず、ちゃんと謝ろう。
その先のことは、考えない。
とにかく、誠心誠意、謝ろう!