十五、下衆の勘ぐり
「それで、話とはなんだ」
紫苑さんは、ベンチに座るなりそう言った。
「あの・・今朝のことなんですけど・・その、紫苑さん、女装したことがあるって言ってましたよね・・」
「そうだが」
「それって・・なんで女装したんですか・・?」
私の質問に美琴と紬は、紫苑さんが何と答えるのか、今か今かと待っていた。
「話というのは、それか」
そこで美琴と紬は、ガクッとこける真似をした。
「おおーい。ちゃんと答えてくれなぁ~」
「それが、そんなに気になるのか」
「気になるでありんすよ~」
「きみたちは、変わっているな」
「いやいや・・女装って・・。変わってるのはあんたやがなっ!」
「それを知ってどうする」
「いやいや・・どうするもこうするも、普通は気になるで」
よーーしっ。この際、はっきり訊こう!
「あのですね、実は私たち、紫苑さんがそっち系の人だと思ってたんですけど、長谷部さんに訊いたら違うっぽくて、それでなんで女装なんてしたのかな~って・・」
「そっち系とは、なんのことだ」
「ホモ・・っていうか・・」
「ホモ!?バカなっ!。僕がホモだと言うのか!」
「いや・・だから、それは私たちの勘違いで・・」
「ったく・・女子は、くだらないことに時間を弄するものだな」
「だからそれはええねんって。女装した意味を知りたいねん」
「どうしてそれを、この僕が君たちに教える必要があるのだ」
「もうええ、はっきり訊くわっ!」
「なんだ」
「時雨王子、和樹王子、翔王子、この三人の関係を知りたいねん」
「関係?」
「特別な関係なんやろ?」
「その通りだが。それがどうかしたのか」
「だーかーらー、もう~~じれったいなっ!」
そこで紬が美琴の腕を引っ張った。
「私たちは、三人王子が「そっち系」だと疑っているのでありんす・・」
「はあ?」
「違うでありんすか」
「いくら僕でも、彼らの全てを知っているわけではないが、僕が見た限りでは彼らはホモではない」
「えっっ!違うんですか!」
私は嬉しさのあまり、思わず大きな声を挙げてしまった。
「違うね」
「じゃあ、なんで紫苑さんは女装なんかしたでありんすか・・」
「だから、どうしてそれを、きみたちに教えなければならないんだ」
「ええやん~、教えてぇな」
「僕のプライベートだぞ。個人情報を教えろと強要するのは法に触れるぞ」
「かあ~~~っ。理屈っぽいなぁ」
「僕の当然の権利だ。きみはそれを侵害しようとするのか」
「まあええわ。女装のことは訊かんわ。んで、三人王子はそっちじゃないんやな」
「だからさっきから、そう言ってるだろう」
「あの・・時雨王子と和樹王子は、一緒に暮らしてますよね・・」
「そうだが」
「えっと・・それはどうしてですか・・」
「きみたちに教える義務はない」
「え・・」
「これも個人情報だ」
「そ・・そうですか・・」
「話というのは、それだけか」
「えぇ・・まあ・・」
「では失礼する」
紫苑さんは機嫌を悪くして、その場を立ち去った。
「なんや、歩く理屈人間みたいな人やな」
「そうでありすんな・・」
「でもっ!これで王子たちはそっちじゃないってことがわかったね!」
私は嬉しくて、飛び上がりそうになった。
「小春・・嬉しそうやな・・」
「そりゃそうよ~~!これで希望が出てきた!」
「でも・・小春・・見たのでありんしょ・・」
「え・・?なにを?」
「電車で時雨王子と和樹王子が手を繋いでたのを、でありんす・・」
「あ・・」
そうだ・・
そういえばそうだった・・
あれは一体、どういうことだったんだろう・・
そして私は次の日から、また美琴と紬と同じの電車に乗ることにした。
ちょっと疑惑は残ってるものの・・紫苑さんは違うって言ってたんだし・・
いいよね・・違うってことで、いいよね~~!
「小春・・嬉しそうでありんすな」
「うん!だって違うってわかったもーん」
「残念やわあ・・」
私たちは朝の電車で、そんな話をしていた。
さて~~・・次の駅よ・・次の駅・・
ほどなくして王子たちが乗ってくる駅に着いた。
きゃあ~~!来たわ~~!
「おはようございます」
私は時雨王子に、挨拶をした。
しかし・・時雨王子は私を無視した。
え・・なんで・・
なんか怒ってる・・?
心なしか、和樹王子も翔王子も不機嫌そうな顔をしていた。
どうしたんだろう・・
「どうしたのでありんしょか・・」
「わかんない・・なんか怒ってるように見えるんだけど・・」
「小春・・翔王子に声をかけたらどうでありんすか・・」
あ・・そっか・・
翔王子って優しいし・・翔王子なら無視はしないかも・・
「おはようございます・・」
私は翔王子に挨拶をした。
すると翔王子は、チラッと私の顔を見ただけで、知らんふりをした。
げっ・・ど・・どういうこと・・?
「ねぇ・・紬・・これってどういうことかな・・」
「うーん・・わからないでありんすね・・」
「和樹王子は・・どうなんだろう・・」
「声をかけてみるでありんすか・・」
「うん・・」
そして私は和樹王子にも挨拶をした。
しかし・・和樹王子も聞こえないふりをしていた。
ガ・・ガーーン!
「おい」
そこで時雨王子が私に話しかけてきた。
げっ・・すごく怖い顔してるんだけど・・
「お前ら、もう声かけてくんな」
「え・・」
「俺たちはな、お前らみたいな、人の詮索をするやつって、大っ嫌いなんだよ」
「・・・」
「僕も怒ってるんだよ」
翔王子がそう言った。
「僕たちのこと、なんか勘違いしてるみたいだけど、そういうのって下衆の勘ぐりって言うんだよ」
「え・・そ・・そんな・・」
下衆の勘ぐり・・って・・
あ・・ひょっとして・・紫苑さんが話したのかも・・
「僕たちのこと何も知らないくせに、勝手な想像して人に訊いて回ったりするのやめてくれないかな」
あの優しい翔王子とは思えないほど、翔王子は怒っていた。
「ちょっと、下衆の勘ぐりってなんなん」
美琴が口を開いた。
「美琴・・やめようよ・・他の人たちに迷惑だし・・」
私はそう言って、美琴の服を引っ張った。
「わかった。お前ら、次の駅で降りろよ」
時雨王子がそう言った。
げげ~~~・・これって、とんでもない展開になるんじゃ・・
「ああ、わかった!顔貸せっちゅうことやな」
「そうだよ!」
もう降りる前からケンカ腰になっていた。
そして次の駅に到着し、私たち六人はホームに降りた。
それから私たちは、人の少ないホームの端の方へ行った。
「下衆の勘ぐりってなんなん!?」
「ああっ?そのままだろうがよ!このクソがっ!」
時雨王子は、相手が女子ということも関係ないと思えるほど、怒っていた。
「僕たち、紫苑くんに聞いたんだよ。そう言えばわかるよね」
翔王子がそう言った。
「だからなんなん?」
「ちょっと・・美琴・・やめて・・」
「なによ、小春。あんた下衆の勘ぐりって言われて平気なん?」
「そりゃ・・気分は良くないけど・・」
「はあ?気分がわりぃのは、こっちだっての!ハイエナみてぇに嗅ぎまわりやがって、バカかっ!」
「きみたちさ、そんなに僕たちのこと知りたいの?」
そこで和樹王子が口を開いた。
「え・・あの・・その・・」
「なんなら教えてあげるけど。聞く?」
「おい、和樹、こんなクソ女たちに言うことねぇよ」
「そうだよ、和樹くん。勝手に想像させたらいいんじゃない?」
「僕たちのこと知りたいのなら、こんな場所で話せる内容じゃないんだよ。すごく時間もかかるし」
「やめようぜ、和樹。時間の無駄だって」
「うん、そうだよ、和樹くん」
「どうするの、きみたち。聞くの聞かないの?」
和樹王子の言葉は柔らかかったが、表情からは優しさが消え去っていた。
「あの・・ごめんなさい・・聞かないです・・」
私は弱々しくそう言った。
「私も・・申し訳なかったでありんす・・」
紬もそう言って詫びた。
しかし、美琴だけは黙っていた。
「きみはどうなの」
和樹王子が美琴にそう言った。
「せやけどさ、時雨王子と和樹王子さ、電車の中で手を繋いでたんとちゃうの!?」
「ったく・・まだわかんねぇのかよ」
「なによっ」
「お前らが、そっちに興味があると知って、わざとそうしたんだよ」
「なんでそんなことする必要があったんよ」
「だから!俺たちが女に興味がないそぶりを見せたら、もう言い寄って来ねぇだろが!そのためだよ!」
「っな・・」
「これでわかったか!もう二度と言い寄って来るな。声かけてくんなよ!」
そして王子たちは、ホームの中央あたりへ歩いて行った。