確かに其処に在る物
見えなくても其処に在る世界というのが小説全体のテーマになってます。
それは疑心暗鬼によって作られた偽者の世界かもしれないし、見えてないだけで実在する世界かも知れない。
また、一度作られた世界はお話が終わっても其処に在り続けるという持論があります。
目まぐるしく世界が過ぎ去り、僕だけが世界から少しずつ剥がれ落ちていくような錯覚を覚える。
「気持ち悪い……」
そう呟いた僕の声は刹那、遥か後方へ消し飛ばされた。
僕は走っていたのだ。F1マシンのような速度でどことも知れない街を疾走していた。ものすごい速度で過ぎ去っていくから、街を歩く人々の顔がよく見えない。よく見えないのだけど、彼らは僕を見て、僕の価値を測って、余りの滑稽さに嘲笑っているような気がした。
「あいつは精精あんなもんだ」
「才能の無い奴が何をやったって時間を浪費するだけなのに、何故わからないの?」
「馬鹿だから分からないんだよ。かわいそうにね」
聞こえるはずの無い声が聞こえる。なんだか泣きそうになってきた。僕の行動に一体何の意味があるんだろう。それでも、最後までこの疾走を終えたとき、何か素晴らしい事が始まるような予感が僕にはあった。根拠はないけれど。
___不気味な程の浮遊感が気持ち悪い。
****
ふと気が付くと見覚えの無い山道の真ん中に立ち尽くしていた。あたりはシンと静まり返って人の気配はない。少し寒いが、澄んだ空気が肌を掠めると心地が良かった。今までの焦燥感や嫌悪感はもうない。空を見上げてみたら、そこには雲ひとつない満天の星空があった。僕もあんな風になれたらなぁ……空に向かって手を伸ばしてみるとそれが余りにも遠い物に感じられて涙が止まらなく溢れてきた。
「下を向いているから涙は零れるんだよ。上を向いて歩いてみな。涙は止まるから。」
幼い時に誰かがそう教えてくれたのを思い出して、星空を見ながら山道を歩いた。視界の端に映る木々を頼りに。どれくらい歩いただろう、視界の端に映っていた木々が見えなくなった。バシャッ!
「うわぁああ!」
慌てて後ずさる。どうも水の中に足を突っ込んだらしい。突然の出来事に動転しながら状況を確認してみる。池だ。小学生の時に見た二十五メートルプール六つ分くらいの大きさの池がそこにはあった。びっしょり濡れた足を振りながらその池を観察する。池の中央には大きな満月と満点の星空が映っている。暗くてよく見えないがかなり深く澄んだ池のようだ。って……あれ……月?空に月は出ていなかったはずだ。慌てて空を確認する。うん。空に月はない。今日は新月のようだ。
「__え?」
視線を戻すと池の上に巨大な社が建っていた。ちょうど満月が映っていたあたりに。いよいよ何がなんだかわからなくなってきたが、不思議と思考は澄んでいた。落ち着いて観察すると、社の扉は開かれており、目を凝らすと奥に人がいる事がわかった。
「入ってきなよ」
気がつくと足元に社まで続く階段が伸びていた。なんなんだ一体。ゆっくりと階段を上り、社の中に足を踏み入れる。
「失礼します」
なんだか神聖な雰囲気を感じる。幼少の頃、獅子舞の祭りに連れて行ってもらった時に感じたのと同じような匂いがした。声の主は美しい金色の長髪に可愛らしい狐耳をピンと立て紅白の着物を着た巫女だった。狐のような尻尾を緩やかに振りながら大きな皿に酒のようなものを入れてしみじみと飲んでいる。人じゃない。
「初めてのお客さんだ。嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうに目を細めながらお酒を飲み干す巫女。どうしたものかと思案して目の前で立ち尽くしていると声をかけられた。
「ごめんごめん。つい嬉しくって自分の世界に入っちゃったよ。そこに座って話をしよう。君、悩みがあるんだろ?」
「ありがとうございます」
言われたとおり向かい側に座ろうとするとクッションが現れた。多分、巫女さんの神様的パワーが働いてクッションが現れたんだろう。うん。とりあえずそういうことにしとこう。
「まず、自己紹介からしようか。あたしは終々雪。この森の神様だよ。雪ちゃんって呼んでね」
握りこぶしを前に突き出して猫みたいなポーズをとりながら巫女、雪ちゃんはそう言った。眉間に指を当てて思考を整理する。この狐巫女さんは森の神様で雪ちゃんというらしい。今までの不思議現象はやはり神様パワーによって引き起こされていたものらしい。考え込んでいると雪ちゃんが声をかけてきた。
「あれ?あんまり驚かないんだね」
意外そうにこちらを見てくる。
「人間って驚きすぎると逆に落ち着くみたいですよ」
「なるほどねー」
にやにやしながら雪ちゃんがこっちを見てくる。楽しそうだ。
「僕は佐々木信。大学生をやってます。僕の事は信と呼んでください」
精一杯の笑顔を作って投げてみる。
「あはは、信は作り笑顔が下手だねー。君は素直に振舞う方が似合ってるよ」
「ははは、雪ちゃんには適わないなぁ」
愛想笑いを一瞬で看破されてなんだか笑ってしまった。交友関係を築く上で僕の得意技の一つだったんだけど、皆にもバレてたのかな。
「そうそう、その笑顔。じゃ、自己紹介も済んだ所で君の悩みについてなんだけど。実は私にも解決はできないんだ」
少し悲しそうに雪ちゃんはそう言った。悩みについても看破されてしまっているらしい。
「信の悩みは『自分が何をしたいか分からない』。そうだよね?」
「うん」
「信は苦手な事や嫌な事に直面すると、別の事を始める事で自分を守ろうとする人間だ。だから何がしたいじゃなくて何がしたくないで動いてるんだよ。つまり、そもそも、信には『したいこと』なんて存在してないんだ。だから何をしたいかなんて、わかるわけがない。無いものは___分からない」
衝撃だった。図星をザクザクと言い当てられて言い返す言葉はなかった。結局、僕は目的がないという現実からも目を背ける為に「自分が何をしたいか分からない」なんて、体の良い言い訳を使っていたのだ。自分はなんて空虚な人間なんだ……そう思うと、また涙が溢れる。そうやって泣けば誰かが助けてくれるとでも思っているんだろうか、僕は。僕の頬に涙が落ちる。気付けば雪ちゃんはその小さな身体で僕を抱きしめて泣いていた。僕の涙を着物で拭ってくれている雪ちゃんは僕よりもっと泣いていた。心から泣いてたんだ。
「だからね、あたしには何もできないの。ひぐっ。それでもねっ!信がねっ、例え何かから逃げる為だとしても。この世界を、ひぐっ、作ってくれたから、私はここにいるし、信と会う事もできたんだよ。だからねっ、もし信が少しでもまた私に会いたいと思ってくれたなら、またこの世界を作って!あたし、待ってるからね!」
雪ちゃんは涙でぐしょぐしょになりながら笑っていた。
「ありがとう」
僕は雪ちゃんの震える唇にそっとキスをした。
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目が覚めると見慣れた天井があった。寝ぼけ眼を擦りながら状況を確認する。現在は、日曜日の昼さがり。朝までゲームをしてそこから昼まで寝ていたらしい。寝ながら泣いていたのか?枕が濡れていた。何か大事な夢を見ていた気がするが、いまいち思い出せない。夏休みが終わり、新しい大学生活が始まり忙しい日々が続いていたので疲れていたのかもしれない。うーん。本来なら一週間のスケジュールを夜までに決めたいところだが……あ! そういえば最近、小説を全く書いてなかったな。サボりはいけないし、今日は小説を書いてからスケジュールを決める事にしよう。決して、スケジュールを決めるのが面倒くさいから後回しにしたわけじゃないよ!雪ちゃん!ん?雪ちゃん?誰だっけそれ。ま、いいや。とりあえず小説書くべ!勝手に自分で納得すると僕はnami2000を開き、ノリノリで小説を書き始めた。タイトルは「雪ちゃんと愉快な仲間達が神様な件について」