ツインテ
龍崎栄二、十七才。
学級委員としてクラスをまとめるリーダー的な立ち位置でありながら、クール系の眼鏡イケメンで成績は学年一位。スポーツにおいても弓道部のエースとして活躍し、我が校を初の高校総体へ導いた立役者でもある。いわゆる、三百六十度どこを取っても敵無しのスーパーマンなのだ。
無論、龍崎を狙う女子は多い。毎日の様に下駄箱にラブレターが入っていると言う噂が流れた事もある程だ。しかし龍崎は、女の子からの告白を一度たりとも承諾した事はないようだ。
そんな、モテモテ男子を絵に描いたような男なのだが、実は彼にはどうしても治せないひとつの欠点があった......
*************
「りゅ、龍崎君、おはよう」
「おはよう。望月さんが僕に挨拶するなんて珍しいね。何かクラスで困った事でもあった?」
翌日、俺はカナたんに朝イチで龍崎に声をかけるよう促した。なぜ朝イチかと言うと、龍崎が誰よりも早く登校するのを見越してのことだった。つまり、今教室には俺と龍崎、カナたんの三人しかいないわけだ。
「い、いや別に、なんでもないんだけど......えっとぉ......」
「何?」
カナたんは、チラチラと俺の座っている席を見て不安な表情を送ってきた。
(文月君! 本当にこれで大丈夫なの!? こんな簡単なことで......)
俺は余裕の表情で目線を送る。
(ザッツライト! そのまま打ち合わせ通りにGOだ!)
カナたんはなおも不安な表情を浮かべていたが、ほっぺたをぺちんと叩くと、覚悟が決まった様だった。
「その、髪型変えたらついテンションが上がっちゃって......」
龍崎はかちゃりとメガネの位置を整えた。
「髪型と言うのは、そのズレたツインテールの事かい?」
「............うん」
カナたんには、あらかじめツインテールの位置を左右ズラしておく様に言ってあった。
「望月さん、そんなズレたツインテールではサメ肌男爵は倒せな.....はっ!!! すまない! 今のは忘れてくれ」
「え?」
龍崎は挙動不審に周りを確認する。
「いや、なんでもないんだ。ただ、何というか、僕は左右対象ではないものが許せないタチでね。君のそのツインテールを見ていたら、思わず感極まったと言うか」
「そ、そうなんだ。はは。じゃあ、このツインテール、左右対象にしてこようかな」
そう言って、カナたんは教室を出て行こうとした。
しかし、
「望月さん! ちょ、ちょっと待って! その......望月さんはまだツインテールに不慣れなんじゃないかな? 今は誰もいないし......良かったら......僕がそのツインテールの位置を修正してあげるよ」
フフフ、落ちたな、龍崎。
「え! 本当に?」
「あ、ああ。みんなが来るとアレだから、さっさとやってしまおう」
龍崎はカナたんを対面の席に座らせ、正面を向き合った形で片方のツインテールを解き、櫛で髪をときはじめた。
「ごめんね、望月さん。大きな鏡でもあれば後ろからやってあげれるんだけど」
「............うん」
その姿を見て、俺は何とも言えない歯がゆさを感じた。
なので、ひっそりとカナたんから見える位置に移動し、目線で合図を送る。
(カナたん! 何してんの! 今がチャンスだろ! 色々はなせってば!)
しかし、カナたんには俺の声は届いていないらしい。
数センチ先にある龍崎の目を見つつ、自分の顔を赤らめてポーッとしている。
(近い! 近いよぉぉぉ! それに、りゅ、龍崎君が私の髪を触ってるぅぅぅ! ダメ! ドキドキして何も考えらんない! せっかく話せるチャンスなのにぃぃぃ!)
「なんで僕がツインテを出来るのかって思ってる?」
「え? う、うん。そうそう、なんか手馴れてるなって」
「キモいよね。ごめんね。俺、年が離れた妹がいてさ。そいつがツインテール好きで、いつも俺がやってやってるんだよね」
「へ、へぇー。そうなんだ」
(キモいとか思ってないよぉぉぉ! 優しいよぉ龍崎君。あ〜龍崎君の妹になりたいぃぃぃ)
「俺んちって母子家庭だからさ。母さんがあんまり妹に構ってやれなくて。俺が父親代わりってやつかな。そうそう、昨日も......」
(あ〜なんか龍崎君がすっごい喋ってくれるぅぅぅ! いつもクールな感じなのに! ちょー意外な一面って感じ?)
「で妹が怒っちゃってさ......あ! ごめん! なんか喋りすぎだよな、俺」
「ううん! 全然大丈夫!」
「ほんとに? なんかさ、望月さんの髪触ってたらついついいつもの感覚になっちゃうんだよね。落ち着くっつーか、まあそんなとこ」
「そ、そうなんだあ」
(落ち着く!? 私の髪を触ってたら落ち着くの!?」
「はい、できた。どうかな? 手鏡で見てみてよ」
「う、うん。大丈夫みたい。ありがとう」
「そっか。正面からはやった事なかったから、ちょっと自信なかったんだけど。望月さんがいいなら、やった甲斐があったよ」
龍崎はカナたんに笑いかけた。
俺は、ポーッとしているカナたんに再度合図を送る。
(何してんの!? もう終わっちゃったよ! カナたん、こうなったら作戦Bだ! 作戦Bにうつれえええ!)
俺は両手でBの文字を作り、必死にカナたんにアピールした。
(龍崎君かわいいよぉ。はぁ、一生見ていたい。ん? あれは文月君? なんでそんな所に? って、あれは! 作戦B!? それって......ダメダメ、何を恥ずかしがってんの私! ここまできたら、勇気ださないと!)
「あのっ! 龍崎君?」
「ん? どうしたの?」
(あ〜、ドキドキするぅ)
「えっと、私ね、その、まだツインテに慣れてないから、明日もズレちゃうかもなんだ!」
「え? そうなの?」
「うん! 絶対ズレると思う! だから......」
「だから?」
「明日も私のツインテを手伝ってください!」
よし! よく言ったカナたん! それでこそ、作戦B!
「別に、僕は構わないけど。でも、明日もこの時間に来るとか望月さん大変じゃないかな? 僕は妹の朝飯の支度があるから大丈夫だけど」
「いいの! 大丈夫! 私、早起きが趣味だから!」
「そ、そうなんだ。じゃあ、明日もこの時間に」
よっしゃああああ! 成功だよな! いいや、大成功か!
さすが俺の描いたシナリオだ! やっぱり俺の、登場人物の思考を読みとる力は神がかってるな。
なにせ、昨日までロクに龍崎と会話をした事のなかったカナたんが、ほんの数分でここまで距離を縮められたのだからな。
カナたんを見ると小さくガッツポーズを決めていた。
これで、何もかもが上手くいく。そう俺とカナたんは思っていた。
しかし、龍崎の唯一の欠点はそう甘くはなかった......