桜の花が舞う頃に
桜の花びらが風に舞い散る姿は、卒業式に想いを打ち明けた乙女の悲しみと決意の涙のようだ。
長い年月をかけて育んだ涙と葛藤の想いだからこそ、散る姿は儚くも美しく見えるのだろう。
そして乙女は新たな春に向けて歩を進めるのだ。
窓から入ってくるこの心地よい風も、乙女を応援する追い風となるのだろう......
うえーい。やっぱ俺って天才? 桜が散ってるのを見ただけで、こんなにも情緒的な物語を思いつくなんて!
しかもこんなつまらない授業中に!
もしかすると、この話が芥川賞を受賞なんかしたりして!? くうぅーー、イケるわ。絶対芥川賞だわ。
父さん、母さん、こんな天才を産んでくれてありがとう。
ふっ、もう自分が天才すぎて逆に罪、だよな?
天才だけに許された罪、だよな?
「イタっ」
頭に突然の激痛が走る。何か固形物が当たったようだった。って、授業中に!? 謎の固形物の正体を探すと、座っているイスの下にNOMOと書かれた消しゴムが落ちているのを発見した。誰だ。せっかく人が新しい小説の構想を練っているというのに。
消しゴムを拾い上げ、『小春日和の妄想タイム』を邪魔した輩を探す。すると、俺の席を挟んで何やらジェスチャーで会話する女共が目に入った。
(バカっ! なんで投げるのミスったのよ!)
(ごめーん! 昨日、逆立ちしたら痩せるってテレビで聞いてずっと逆立ちしてたら、肩がオシャカになっちゃって!)
(なんでオシャカになるまで逆立ちしてんのよっ! もうっ! あの消しゴムにはあんたの好きな......)
ん? なんだ? ジェスチャーでよくわからないが、消しゴムに何か大事な事が書かれているのか?
消しゴムをよく観察してみると、カバーに紙が挟まっている事に気づく。俺はその紙をつまみあげると、開いて中を見てみた。
『キャああああああああ! やばスパイラル! やばスパイラルからのキュン死に緊急地震速報だよっ! 龍崎君とね、目があっちゃったああああああああああああ!』
なんだこの貧相な拙い文章はっ!けしからん! 駄文過ぎて見る気も起こらんわ!
しかし、なんだ。この文章を書いたのは逆立ち女か?龍崎と言うのは、うちのクラスの学級委員の龍崎ってことだよな。という事は、ははーん。この女、龍崎に恋心を寄せているのか。片思い、ってやつか。
ふっ、低能な女共の手紙などこの程度。惚れたはれたで一喜一憂するクソビッチ共には興味はないのだ。
俺はその紙を小さくたたみ消しゴムカバーへ戻すと、肩がオシャカになっている方の女に投げ返した。
「え!?」
驚いた。女は消しゴムを受け取りながら、涙目で俺を見ていたのだ。
何故だ。俺が何か悪い事でもしたのか?
手紙の内容を見てしまったのが悪かったのか?
いいや、それはない。どちらかというと消しゴムを当てられた俺の方が被害者だ。ちょっとぐらい内容を読んだからといってバチは当たらないだろう。それに、あの女の好きな人がわかったくらいで俺は嬉しくもなんともない。
そう思った。しかし、ことは次の休み時間に起こった。
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「ちょっとお! 文月君! あんた、カナの手紙読んだでしょ!」
消しゴムを投げ合っていたもう一人の女が俺に詰め寄ってきた。
「ああ。読んだとも」
「ああ、じゃないでしょ! あんた自分がやった事がどういう事が分かってんの!?」
全く、若い女という生き物はなんでこんなにも血気盛んなのだろうか。
「別に。そのカナさんですか? その方が想いを寄せている相手を知ったぐらいで、世界が大きく動く事はないと思いますけれど?」
ガタッ
女は俺の胸倉を掴み強引に立ち上がらせる。その時の勢いで俺の座っていた椅子が音を立てて倒れた。
「JKの恋愛ナメんじゃねえっ! キモオタのくせに! カナに謝りなさいよっ!」
「謝る? なんで? 僕が何か悪い事でも? それに、僕はキモオタではありません。文学が好きなロマンチストとでも言ってもらいましょうか?」
「あ、ん、た、ねえええええええ!」
胸倉を掴む力が強まる。首が絞められてだいぶ苦しいが、俺の非力な力では振りほどく事はできない。そう、俺は文学青年。そこらへんの筋肉バカとは違うのだ。
「エミ、やめて! もういいから! 離してあげて!」
「で、でも! カナはいいの? こいつに謝らせないで!」
「いい! 大丈夫だから! 離してあげて!」
すると、胸倉を掴んでいた力がスッと抜けるのがわかった。俺はその反動で後ろへひっくり返り、なんとも滑稽な格好で女を見上げる形になってしまった。
「一つだけ約束しなさい! カナの好きな人バラしたりしたら、次は殺すから」
そう言うと、エミと呼ばれた女は立ち去っていった。
「ご、ごめんね。でも、約束は守って!」
後に続いて、カナと呼ばれる女も行ってしまった。
後に残されたのは、掴まれていた学ランのボタンが外れ少しヤンキーチックになった文学青年のあられもない姿だけだった......
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「全く、盛りのついた節操のないメスと言うのはこれだから......」
帰宅後、なんとも理不尽な展開に怒りのおさまらない俺は、原稿用紙へと思いの丈を書き殴っていた。
『クソビッチ! マザフ○ッキンメーン! 消しゴムの角に頭をブツけて、小説家みたいな波乱万丈な人生を送りやがれってんだ! そもそもお前らが言うJKの恋愛なんざクソくらえだ! なんだっけ? カナだっけ? お前が誰に片思いしてようがなあ、どうでもいーんだコラ!』
次々と怒りの文章が湧き出てきた。
しかし、一通り書き終えると今度は自責の念に駆られる。
『ああ、なんで読んじゃったのかなー。カナちゃんに悪い事しちゃったなー。片思いってなんだろうなあ。そんなに泣くほどなのかなあ』
感情が落ち着いてきた所で改めて考えてみると、なんだか取り返しのつかない悪い事をしてしまった気がする。しかし、リアルな異性に対して何の恋愛感情も抱いた事のない俺には、カナちゃんの気持ちがわかる事はなかった。
「いかん、こんな事では芥川賞を取れる作家にはなれない」
片思いの恋愛感情を書けない作家など、ただの自己満童貞野郎だ! まあ、俺は童貞だけども......とにかく、俺は女性がどんな恋愛感情を抱くのか研究することにした。しかし、何をすればいいのやら。試しにテレビをつけてみると、巷で話題になっているという恋愛バラエティ番組が始まった。な、ナイスタイミング!
普段は小説の執筆活動に忙しくテレビなぞ全く見ない。ましてや、なんだか浮ついた恋愛バラエティなど見る気も起きないのだ。
しかし、今日は違った。
「モエたん、アキヒロはな、モエたんの事が好きなんだよおおおおおお! 気づけよおおおおお!」
その番組は、同じ部屋で男女が共同生活をすると言う内容だった。
「ミチルぅ、アキヒロはダメなんだ。一緒に料理作ってるけどな、アキヒロはモエたんの事が好きなんだよおおお!」
お、おもしろくね? これ、バリおもしろくね?
「アキヒロおおおお! ミチルの気持ちを考えやがれ! おデコとか触ってんじゃねえぞおおおお!」
番組が終わる頃には、ミチルの気持ちを汲めないアキヒロの行動に、俺のメンタルはボロボロになっていた。ううっ、ミチルがどんだけ純粋な気持ちで恋をしているのかお前にはわからないのか! アキヒロ! しかし、曇り空に一点の眩い光が差し込むように、これからの俺の道筋がハッキリと見えた気がした。と言うか、当初の恋愛感情を勉強するという目的からかけ離れたことを考え始めていたのだった。
「そうだ。カナちゃんを応援しよう」