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校舎は大海に向かって胸を張り、太陽に照りつけられている校庭では陽炎が揺れている。
校庭にぽつんとある朝礼台では腰に手を当て、校舎に負けんとばかりに胸を張っている小柄な金髪サイドテールの少女。高ヶ峰 イツカが。
そのすぐ足元には、朝礼台の下にしゃがみこんでいる、白亜の流線ボディを持つアンドロイド。一片 レイが。
「ちょっと遅いんだけど! アホキョウ! 水バカ! おしゃべりマヌケ! 作業全然できなかったじゃん」
「堪忍やでー。でもちっとばかしキツすぎちゃうんそれ」
手を挙げて降参のポーズを取っているが、京は無論、全く反省をしている様子はない。へらへらと笑っている。
そしてイツカの顔色をちらりちらりとうかがっているレイの肩に手を置いた。
「また俺のとばっちりうけたんか? 毎日毎日スマンな! イツカの相手は疲れるやろー。こんなまな板なんざな、適当にあしらったってもええねんで?」
京の言葉に驚いたレイは手と首をぶんぶんと振った。
「そ、そんなことないです! 確かに京さんがあまりにも遅いのでイライラしていたイツカさんの理不尽極まりない八つ当たりで少し蹴られたりはしましたが、その度イツカさんが足を痛めて涙目になっていたので、ボクはそれを慰めていただけですよ」
「イツカの顔見ながらオロオロしてたやん」
「次またいつ泣きだすかと心配しててイツカさんの顔色を窺っていた次第ですよ」
やれやれと言わんばかりにレイは両手を挙げた。
「ホンマにレイは正直者やなー」
京は大きく頷いてレイの肩をぽんぽんと軽く叩き、ニヤニヤとイツカの顔を見上げた。
「泣いてたんか自分」
それまでイツカの中でピンと張っていた線が京のその一言でぷっつりと切れ、小さな口を震わせていたイツカはキッと京を睨みつけた。
「うるせー! 死ね!」
イツカの猛烈な蹴りの連打が繰り出される。
「させへんわ! レイガード!!」
その蹴りの全てを京がレイの硬質な部分でそれはそれは受け止める受け止める。
「ガガガ、ピー。ガガガ」
レイは顔のディスプレーを白黒させて、されるがままになっている。
一向に止まない強烈な蹴りの連打と、大笑いしながらレイでそれをガードする京。
そんなところに、大口を開けて笑っていた京の側頭部に革製のカバンがぶち当たった。
「はい、そこまで」
それは見かねた廻流が不毛なやりとりを止める為の会心の一撃であった。
京は無言でカバンの当たった側の頭を抱え込んで地面に突っ伏す。掴まれていたレイもそれにつられてバランスを崩し、京の隣に倒れ込んだ。
「あーあ。ばっちいなあもう」
廻流はカバンの京の頭が触れた側を叩いてから、レイに手を差し出す。
「ア。ありがトウございまス」
「いいのいいの。なんか声がバグってるよ。大丈夫?」
「あしいたいー!」
イツカも足をおさえてその場に蹲っている。
「アー、あーアー。イツカさんのケりは素晴らしいキレがありまスね。音声デバイスがクラッシュ寸前でしタ」
「レイ! 褒め言葉になってない!」
足をさすりながらイツカは抗議する。
「ヒィ! すみマせン」
レイは肩を跳ねあげて顔を手のひらで隠した。
そして廻流の手をとって起き上がった。
「レイはやっぱり重いね。さすがロボ。でも喉はどうせそのうち治るんでしょ?」
「はイ、授業中にハ修復されルと思いまス」
丁度その時、校門の方から一人の人物が煙草をふかしながらノロノロと歩いてくるのが廻流達の視界に入った。
「オワセンー。また遅刻?」
この学校のただ一人の教師、尾張 遊宴は頭をボリボリと掻いて煙草の煙をため息とともに吐き出した。まだまだ若いはずなのに、無精髭とよれよれのシャツに擦り切れた下駄という格好のせいでふた回りほど老けて見える。
「うるせー。俺はお前らみたいに毎日バカ元気にはしゃげるような体力なんざねーんだよ」
「それはタバコが原因だ! やめてしまえばいい!」
イツカは尾張に駆けよって、くわえているタバコをひったくろうとするが、身長差もあり、ひょいひょいとかわされてしまう。
「おいおい、あぶねーよ。タバコの先端は超高温だってことしらねーのか」
イツカは尾張に頭を押さえつけられて手も足もでない状況になっている。
「無駄だよイツカ。オワセン何が何でもタバコ辞める気ないから」
「おーう。その通りだ廻流。よくできましたっと」
尾張はイツカに向かってふーっと煙を吐く。
「うがー! ヤニ臭い! 教師やめろオワセン!」
タバコの煙を振り払う様に手をばたばたさせながら、イツカは校舎の中へと逃げていく。
「おう、お前らもさっさと教室いけな。京もいつまでも寝てんじゃねーぞ」
いまだに地面に突っ伏している京はひらひらと片手を振っている。それにを見て、レイは「了解でス」と言い、イツカを追いかけて校舎へと入っていく。
京を一瞥して肩をすくめて廻流もそれに続いた。
尾張は下駄のかかとでタバコの火をもみ消すと、携帯灰皿を取り出し、吸殻をそれに締まった。
「あー……。もうすぐ祭りだな」
そう京に声をかけて再びノロノロと歩き出す尾張に対して、京は振っていた手の握りこんで、親指を下に向けた。