プロローグ
ある惑星の軌道が逸れてしまいました。今から三百年後にはこの星に衝突するでしょう。
この星が終わるときが来たのです。
みんな死んじゃいます。
木も草も。動物も人間も。あの山も、あの海も。
とても残念ですが、決まってしまった事なのです。
それでも死にたくない人々は考えました。
すごく考えました。
海に潜ろうと言った人がいました。
「海が無くなってしまうのに?」
その人は黙ってしまいました。
落ちてくる星を粉々にしてしまおうと言った人がいました。
「世界中の兵器を集めてもあの星に小さな穴を掘るだけですよ」
その人は黙ってしまいました。
空へ逃げようと言った人がいました。
「人の住める星はまだ見つかっていませんよ」
その人は黙ってしまいました。
この星の一か所に集まってみんなでジャンプして動かしてしまおう。
「もっとマシな考えはないの?」
あーだこーだと話しても、どうにもこうにも助かる道はありません。
話しあっていた人たちは怖くなってしまいました。
怖くなると周りの人はみんな信用できなくなりました。
この時に一度世界は死んだのです。
そこからとても、大きな大きな争いは三十年続きます。
星がぶつかる前に人々は死に絶えるのかと思われました。
しかし、意外とそうなりませんでした。
とても強い人たちが、最初に話しあっていた人たちをみんな殺してしまったからです。
様々な理由で戦っていた人たちは争うのをやめました。
まったく意味の無いバカな争いの為に働かされていた人たちは、それぞれの帰りを待っていた人たちのところに戻って行きました。
世界が大変だったのに乗じて暴れまわっていた人たちは、突如の平和に少し困ってしまいました。
誰にも見つからないように隠れていた人たちは、ようやく安心して外を歩けるようになりました。
こうなるまでに更に二十年かかりました。
育てるのが得意な人は食べものを作ってみんなに配りました。
作るのが得意な人は壊れた建物や道路を直しました。
知識のある人は戦争で使われた道具を改良して人々の生活に役立てようとしました。
あきれた事に星が終わるのにまだお金を儲けている人たちもいました。
長かった戦争が終わって、この星の人々の数はかなり減ってしまいました。
それでもまだまだ生きている人は沢山います。
こんな終わりゆく世界でも生きていこうと――
とても大きなクジラが目を細めました。厚い雲が途切れ、暗かった世界に太陽の光の束が空や海に筋を造ります。
しばらくそれを眺めた後、クジラは太陽と反対側、小高い丘に建つ灯台にちらりと視線を向けました。
そして、しばらく目を瞑り、再び暗い海の底へと潜ってゆくのでした。