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即興小説

ぐちゃぐちゃの新卒

作者: 瀬古冬樹

 七月。新卒で採用された会社で三ヶ月の研修を経て、ようやく配属先が決まった。

 運良く滑り込んだ会社は、一部上場の従業員数が五千人とかいるような大きな会社。なんで採用されたのかよくわからないけれど、とりあえずこれで将来安泰だ! と、内定通知をもらった時には、一人暮らしのアパートの部屋で小躍りした。

 三ヶ月、二週間ほど一般的な研修をぎっちり受けた後は、適性のありそうだと会社が決めたいくつかの部署を、二週間から三週間ごとに異動しながら体験した。

 それはそれは興味深く楽しい体験だった。


……なんてことは、全くなかった!!


 大抵の人は四~五の部署を体験しているのに、私だけは二部署のみ。二~三週間ごとに二つの部署を二回ずつ体験。

 こんな新卒は珍しいのだろう。どちらの部署も、二回目に行った時には先輩社員方の表情が微妙だった。もちろん、私の表情も微妙だったに違いない。


 え、ナニコレ、どういうこと? 私、使えなさそうだったの? もしやこれは会社側の密かな嫌がらせで、辞めさせようとしてる?

 そんなことが頭の中を駆け巡ったのだった。


 まぁでも、とりあえずそんなことで辞めるわけはなく。定年までしがみつくつもりでいる。できれば定年後の再雇用にもしがみつきたいところだ。

 私、大学を卒業したばかりのうら若き乙女――自分で言うのは自由だ――でありながら、もうすでに結婚は諦めている。

 別に同性愛者でもなければ、過去に手酷い失恋をしたわけでもない。両親がドロドロの離婚劇を繰り広げたわけでもない。なんなら両親はいまだにラブラブだ。

 なんとなく、恋愛とか結婚って向いてないのだ。


 そんな蛇足はさておき、体験した二部署のうちの一つである総務部へと、私は配属された。ちなみに、体験したもう一つの部署は経理部だった。


 総務部は、各部署や本社以外の各オフィスに離れ小島と呼ばれる配属もある。秘書室なるものがないこの会社で、来客時のお茶出しや各役員のスケジュール調整は総務部の社員の仕事になるらしい。

 新卒の私には秘書っぽい仕事とは無縁で、主な仕事は雑用。本社や各オフィスの間を行ったり来たり。使いっぱしりもいいとこだ。


 本格的に総務部に配属されて一ヶ月。仲良くなった同期数人と社食でランチ中のことだった。全員が別々の部署に配属された私たち四人は、互いの上司の話で盛り上がっていた。

「美和ちゃんとこの総務部長はどんな人?」

 美和ちゃんとは、当然私のことだ。この質問をした、眼力がハンパないショートボブの友代ちゃんは、営業部で営業事務というのをしているらしい。

「総務部長って……えっと、筧部長って名前だっけ?」

 猫毛のふわっふわ、くるっくるした髪の毛と童顔が特徴の聡子ちゃんは、IT部。

「うちの先輩が、将来有望、社内のお婿さんにしたい人ナンバーワンって言ってたよぉ」

 ストレートロングの髪を一つに結わえた和風美人な千香子ちゃんは、人事部。


 それぞれの言葉を聞きながら、うちの部長について思い返した。部長、部長……、筧部長……。

「筧部長って、どんなだっけ?」

 うーん、いくら考えても思い出せない。筧部長なんていたっけ? そもそも部長なんて、いたっけ?


「はあ?」

 心底呆れたような声が三人から同時に漏れた。

「いや、それが、そういえば会った記憶がないんだよね。なんでかな?」

「なんでかな? って、私達が聞きたいわよ?」

 聡子ちゃんが三人を代表するかのように言った。

「そうだよね。あとで誰かに聞いてみる!」

 今まで全く気にしなかった私も私だけど、そろそろ昼休みも終わる頃だし、とりあえず先輩社員に聞いてみようと考えた。いやはや、確かに配属された日から私が顔を合わせていた上司は、名前を早見さんと言って、役職はマネージャーなるものだった。部長さんの下の役職なんだって。名前に役職をつけて呼ぶことがない部署だから、早見さんがマネージャーなこと、すっかり忘れてた。


「赤井さん、赤井さん」

 赤井さんは二年先輩で、私の指導と教育をしてくれている眼鏡の奥の瞳が優しい男性だ。

「ん、何かわからないことでもあった?」

 業務に関係ないことだし、少し声を潜めて隣に座る赤井さんに声をかけたら、赤井さんも声を潜めて返事をしてくれた。眼鏡の奥の目は少したれいて、かわいいとも思う。


「あのですね」

「はいはい?」

「私、筧部長に会ったことありましたっけ? ふと思い返せば、顔も知らない気がしてきまして……」

「うん、そうだね。筧さん、長期で海外出張行ってるから。再来週には戻ってくるから、そしたら紹介するよ」

 なんと! 日本にいないなら、そりゃ会わないわーと、なんだか少しホッとする。なんか避けられてる? とか思い浮かんだりもしちゃったからさ。


 翌日のランチで、同期の三人に部長のことを伝えると「出張なことすら知らなかったのか」と大いに呆れられた。


 日々のルーチンワークをこなしながら、たまに筧部長とはどんな人なのだろうかと考えた。話題に上るまで、存在すら気にしたことなかったというのに。

 そして。

 筧部長と初対面の日がやってきた。


 その日、部署内のお姉様方はいつもより早くに出社してきていた。電車の乗り換えの都合でかなり早く出社している私は、部署内で二番目か三番目くらいに早く出社している。が、その日私が出社すると、お姉様方はみんな既に出社してきていた。ビックリ。

 朝一で役職者会議があるようで、始業時間になっても筧部長は現れず、先輩社員のお姉様方は仕事にならないようで、出入り口付近をチラチラ、チラチラ。

 赤井さんが「部長、四月下旬からいなかったんだよ」とこっそり教えてくれた。


 始業から三十分経った頃、役職者会議が終わったようだった。お姉様方はパソコンに向かって仕事をしているふりをして、実は髪型を整えているようだった。

 赤井さんはそれを見て、隣で苦笑い。


 少しして、急に周りが静かになったと思ったら。出入り口から姿を現したスーツ姿の男性。お姉様方みならず、部署内全員の視線がその人に集中してるみたいだった。

 この人が、筧部長。

「あれ?」

 なんかどこかで見たような顔……のような、違うような。

「どうかした?」

 私の小さな呟きを拾ったらしい赤井さんが、こちやに視線を向けた。

「いえ、何でもないです」

 うーむ、気のせいだろうか。


 筧部長が、部長席に座った。そういえば、少し立派なデスク、ずっと空いてたなぁとか。数日前に気付いたばっかりだ。


「赤井、新人連れてきて」

 筧部長が赤井さんに向かって少し声を張り上げた。少し低めの、なかなかいい声をしていらっしゃいます。

 瞬間、お姉様方からガッカリした雰囲気が漂ってきた。話しかけるタイミングを見計らっていたのだろうか。

「坂田さん、ついてきて」

 赤井さんに促されて、私は赤井さんと一緒に筧部長の席の前へ。


「筧さん、新卒の坂田美和さん」

「坂田美和です。よろしくお願いします」

 研修で習ったお辞儀を思い出しながら、挨拶をする。

「筧茂幸です。ちょっと海外出張でいなかったので、顔合わせが遅くなって申し訳ない」

 いい声で謝られた。

「つか、でかくなったな、美和」

 突然の呼び捨てに親しげに頭をぐちゃぐちゃにかき回された。部署内に衝撃が走ったのを背中で感じた。私の脳みそにも衝撃が走った。


「あれ、筧さんと坂田さんて知り合いですか?」

 赤井さんがおっとり筧部長に聞くと、お姉様方の「よくやった、赤井」という心の声が聞こえてきそうだ。あ、私も同じこと思ってます。

 どういう知り合いですか? 私と筧部長。

「や、知り合いというか、プロポーズされた仲?」

「はいいぃぃぃぃ?!」

 私の声なのかお姉様方の声なのか。部署内に驚きの声が響きわたった。少しして驚きが収まると、次に広がったのは静寂。

 私はパニックを起こしてた。私がプロポーズしたってこと? いつ? いつ私がプロポーズなんてした?


「プロポーズされたって言っても、あの時の美和は五歳だったかな。俺が高一の時だから」

 面白そうに私の顔を覗き込みながら、部署内全員に聞こえるように筧部長が言った。

 五歳?

 覚えてねーよ! 何してんだよ、五歳の私!

「で、筧さんと坂田さんはどんな知り合いですか?」

 一人だけ冷静な、ーーいや筧部長も冷静かなーー赤井さんが再び筧部長に問いかけた。


「あぁ、母親同士が幼なじみ。住んでる場所が離れてるから、数回しか会ったことないけどな」

 赤井さんに向けて説明した筧部長は、今度は私に向き合った。

「大きくなったな、美和」

 なんて、親戚のおじさんみたいなことを言いながら再び頭をぐちゃぐちゃにした。

 ちなみに筧部長のことは全然思い出せない。

 仕事終わったらすぐに母に電話して筧部長のことを聞いてみることにして。今は背後のお姉様方が怖い。

「髪、ぐちゃぐちゃになったから、直しておいで」

 筧部長に優しく微笑まれて素直に肯いた。


 化粧直し用のとかが入ったポーチを片手にトイレに入ると、一拍おいてお姉様方が入ってきた。たぶん全員。あの、彼氏さんいるお姉様もいらっしゃいましたよね?

「坂田さん」

 先頭のお姉様が怖い顔で怖い声で言うから、もしやいじめられるのでは? と身構えた。

 瞬間、

「これよ! この髪を筧さんが触ったのよ!!」

 と鬼気迫る様子で、私の髪を撫で回した。一人だけでなく、何人もの手が一度に髪をかき回す。次から次へと。


 髪型を直す為にトイレにきたはずが、お姉様方の気が済む頃には、さらにぐちゃぐちゃになっていた。

 身だしなみ、大事。

 こんなぐちゃぐちゃになっていたな髪の毛じゃ、いくら新卒とは言え、ダメだろう。

 お姉様方がいなくなったトイレで、絡まりまくったぐちゃぐちゃの髪を一生懸命直した。


<了>

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