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その4

 午後の授業が終わって、放課後になるとシオは尾山先生に連れて行かれた。転校手続きが必要だそうだ。

 二人が教室から出た後、葉子と高美があたしの方にやってくる。

「ねえ、悠ちゃん。あの尾山先生とシオちゃんって知り合い?廊下でなんか話し合ってたけど」

「さぁ?手続きの話じゃないの」

「そーんなかんじでもないんだよなぁ。どっちかというと尾山先生の方がアイツに興味あるみたい。アイツは全く無関心なんだけどなー」

 まあ、あの吸血鬼はあたしにとり憑いてるようなもんだからねぇ。よく知らないけど、吸血鬼のこと、本屋にでも寄って調べようかな。

 そのあと、少し雑談をして、葉子は委員会活動に、高美は部活に行った。

 当然、あたしもひとりで帰った。シオに見つからないようにして。

 自転車もあるし、少し遠くの書店に寄って帰るつもりでいた。

 いつもはバスで行っているので道ははっきり分からないけど、方向は分かる。道路沿いに行けば少し迷っても商店街までたどり着けるだろう。

 

 そして、迷子になりました。

 人通りがほとんどない、住宅街をウロウロしてると、十字路からでかい影が現れて、驚いて自転車を離してしまった。足が付いたのであたし自身は転ばずにすぐ立ち上がる。

「危ないなぁ」

「あぶねーのはそっちだろーが、ネーチャン」

 目の前には、学ランを来たヤンキー風の男と、同じ服装の2メートルはある相撲取りのような大男が立っていた。

「おう、おう」

 大男がこっちを見てすごんできている。また顔がすごい。キューピーみたいなモヒカンに、顔中アザとニキビあとですごい面相をしている。昨日までのあたしだったらショッキングな迫力に泣いてたかもしれない。

「おい、ネーチャン。謝って金出せば許してやっからさっさと、財布置いてどっかいけや」

「はぁ?よそ見しながら道いっぱい使って角から出てきたのはそっちじゃないの。なんであたしが謝らなきゃならないのよ」

 こっちはもうその程度の化物じゃ、びびりませーん。

 あたしが冷や汗ひとつ流さず、堂々と胸を反る姿に、ヤンキーが苛ついた様に凄んできた。

「おぉ!」

「ネーチャン、となりのやすしくんはな、コエーおヒトなんだゾ。

 やかんの水をかければなんでも治る魔法の水だって信じてっくれーイカれてっからよぉ。

 小麦粉が打つと気持ちよくなる魔法の粉だって信じて、

 ホントに小麦粉を動脈注射して以来、ちょっとイカれちまってっからよぉ」

 ちょっと?

「おぅおううぁ」

 きっと最初からイカれてますよ、彼。

 ドン引きの武勇伝に沈黙したあたしを、やすしくんの無邪気でつぶらな瞳が映す。

「おい、ネーチャン。あんまやすしくんを怒らすんじゃねーぞ。やすしくんのブツブツヅラは伊達じゃねーんだぞ。ゴジラ松井とタメ張るハッピーターンヅラは伊達じゃねーんだぞ?!」

「本当だ、もうやすしくんと松井の顔がハッピーターンにしか見えない」

「おう…お…おうわ…」

 やすしくんが突然ブルブル震えだした。あまりの震えに顔から魔法の粉が落ちてきそうに見える。

「おう…おうおぅうううおぅわぁぁ!」

「や、やべー。やすしくん小麦粉ギレだ。おい、てめー小麦粉かなにか持ってねーか?うどん粉でもなんでもいい。うわっ!」

 やすしくんの丸太のような腕が振り回されて、不良に当たった。

「おぅおうぁ!」

 不良が、空気の入った人形のように軽々と壁まで吹き飛ばされた。学ランを着たクマさんのような体格にふさわしく、すごい腕力だった。

 パンダのように愛らしくて凶暴な目があたしを捉える。

「え、ちょっとちょっと!」

 両手を振り上げて、あたしの方に向かってきて…。

 バキッと音がして、やすしくんの方が逆に吹っ飛んだ。

 つむった目をうっすらと開けると、目の前にいたのは、

「あたしの悠ちゃんに何やってんのよ、あんた」

「あたしの、って言うな」

 憎まれ口を叩きながら、あたしは胸をなでおろした。さっきまでやすしくんがいたところには、日傘を差してカバンを抱えた金髪変態っ子が蹴り足を振り上げたまま、片足立ちしている。

「悠ちゃんも悠ちゃんよ、学校にもいないし、家にもいないし、すっご~く探したのよ」

「また尾けてきたんじゃないの」

「今は違うわよ!ほんとあっちこっち探して走り回ったわよ」

「お嬢も悪いで、ここどこや思ってんねん」

 関西弁に言われて、シオの指さした電柱標識を見ると…、あら、県境に近いわ、ずいぶん遠くまで迷い子になったみたいだった。

 見た目だけかもだけど、子供に探される高校生って結構かっこ悪いかも。

 え~っと…。

「そんなことより!あいつ平気なの?結構、吹っ飛んだけど…」

 シオの蹴りで5メートルは吹っ飛んで、ゴミステーションに上半身をツッコんでるやすしくんを見た。あれだけの大男が空飛ぶってコイツの蹴りはダンプ並?

 可哀想なやすしくんを興味なさそうに一瞥して、シオは興味なさげに一息吐いた。

「あれだけいい体格してんだから平気でしょ」

「おい、ガキィィィィ、勝った気になんのはまだハエーゾォ!」

 さっきやすしくんに殴り飛ばされた不良がゴミステーションまで吠えながら走ってきた。

「やすしくんはここからが本番よ、おめーがどんなに強くてもやすしくんには、かないっこねーんだ。こいつを見な!」

 タンカを切った不良の手には水滴したたるやかんがあった。

 また面白い事するつもりなのかな…こいつら…、はぁ。

 ザバァッ、と不良が、やかんの水をゴミステーションにぶっかける。

「おぅおうおううぁぁ!」

 ゴミの中からむくりと起き上がるやすしくん。少し臭い。

「やすしくんはなぁ、やかんの水をかけられっとホントにケガが治っちまうんだよ。

 以前、電車に跳ねられた時も、こいつで息吹き返したのよ。

 どぉーだ、バカの思い込みってスゲーだろ!」

 バカって言っちゃったよ。

「おぅおうぁぁ!」

 完全復活を果たしたやすしくんが、再びあたし達の方へ向かって猛ダッシュ!

 バキッ!

「だから、なんだってのよ」

 やっぱりシオの前蹴りが炸裂して、再度吹っ飛ぶやすしくん。

「まだだ、やすしくんに敗北はねぇ!」

 ザバァッ、とやかんの水がかけられる。

「おぅぁぁ!」

 バキッ!

「しつっこいわねぇ」

「立てぇっ、立つんだ、やすしくん!」

「おうおぅあ!」

 バキツ!

 …なんだ、これ。

 眼前では、悪臭を立ち上らせた大男が、日傘差した女装吸血鬼に挑んではゴミ山に吹っ飛んで、水をかけられる光景が繰り返されてる。

「は~、しつっこすぎ。悠ちゃん、何、やってんのよ」

 あたしはどこぞの民家の塀に寄りかかってスマホをいじっていた。

「え、もう飽きたから、占い見てる」

「あのねぇ…」「さっきからお嬢の方に向かってきてるから、シオはんがんばっとるのになぁ」

 あ、そうなの?

「そうみたい。悠ちゃん、アイツになんか恨まれる事でもしたの?」

「え?うーん…」

 自転車でぶつかりかけたこと…はないよね。シオにあれだけ蹴り込まれてピンピンしてるんだし。もう一人の不良の方が騒いでるだけで、やすしくんおとなしかったし。

 うぅ~ん。」

 暴れだしたのは、小麦粉ギレ、とか…。

「あ、もしかして…コレ?」

 あたしはカバンから弁当箱を取り出した。シオが作って、結局食べなかったサンドイッチだ。

「ううううぉ~、おうぉうおぁ!」

 サンドイッチを見た途端、今までの3倍速で突進してくるやすしくん。

 あまりの大迫力に、あたしも思わず後ずさった。

「だから、あっちいきなさいって」

 ばこん!

「おおぅあ!」

「がんばれ、やすしくぅ~ん!」

 横腹に蹴りを喰らって、吹っ飛ぶやすしくんに不良が駆け寄る。どんだけ速くなっても、シオには到底及ばないみたい。どっちも化物。

「悠ちゃん、それ、パ~ス」

「はい、はい」

 弁当箱ごと投げられたサンドイッチを、簡単に受け取るシオに、いつの間にか復活したやすしくんが走ってくる。

「これが欲しいの?ほ~れ、ほ~れ」

「おぅっ、おぅっ」

 エサを目の前にして、口をバクンバクンさせるやすしくん。といっても、シオには追いつけるはずもなく、アシカのように宙を噛み付くだけだ。

「ほ~ら、待て待て。お座り!お手!」

「おぅ!おぅお!おぅっ!」

「おぉ、手なづけとる」

 ちらつくエサを目で追いながら、長ランをひらめかせて地べたに座り、手を差し出すやすしくん。瞳にはもうサンドイッチしか入っていない。

「センター、ボール、よっつ」飽きたので、あたしは合いの手を入れてみた。

「中継なし、ヘイ、キャッチ!」ノリノリでユニフォームを着たシオがサンドイッチを投げる。

「ナイ送球!あれ?え?やすしく~ん!」受け取った不良に、ランナーが迫る。

 ドォンと、不良ごとやすしくんがゴミステーションに突っ込んだ。

 哀れ、いたいけなあたしに絡んできたやかんの不良はやすしくんのクロスプレーの餌食となって、ふたりで仲良くゴミの中で気絶したのだった。

 うーん、やすしくん、悪い奴だったのかな?

 

 倒れた二人にやっぱり興味がないのか、シオは見もせず、ため息を付いた。

「…はぁ、帰って、晩ご飯の支度するわ。悠ちゃん、外遊びするならせめてもう少し家の近くでしなさい」

 えーと、はい、ごめんなさい。

 あたしに一言注意したシオが疲れた足取りで、家路に向かって歩き出す。

 あ、帰り道あっちか。

「あ、そうそう、悠ちゃん。ごめんなさい」

「え、なに?」

 落ち込んだ顔つきで振り返るシオに、ちょっとあたしは驚いた。

「あたしのご飯って化物のエサだったのね…。次はもうちょっとうまく作るから許してね」

「あ、ううん。晩ご飯期待してるから、元気出して」

 はじめて日傘を差した吸血鬼がちょっと可哀想だと思って、手を振って見送った。

 幸せそうに眠っているやすしくんの顔を一回だけみて、あたしもその場を離れようとした。

 吸血鬼と一緒に暮らす一日目はこうして終わった。

 とか、思っていたあたしは甘すぎだった。

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