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その3

 まだ早い時間の登校だったから、朝もやが視界を遮る。いつもはバスを使っていたけど、今日は自転車で走って学校に向かった。とにかく体を動かしたかった。

 息を切らして昇降口に入る。腕時計を見なくても周りの生徒達の談笑と足音を聞けば、いつもどおりの登校時間だとわかった。

 いつもどおりの学校、いつもどおりの日常。昨日の晩から続いた非現実が幻みたいだ。

 「尾山先生、昨日かっこよかったね」とか

 「数学の宿題忘れたー」とか

 「次の体育やりたくねー」とか

 当たり前になっていた、たわいもない会話が聞こえてくる。つまらない安心感が時間を進めて、いつの間にか午前が終わっていた。

「おー、悠。なんか疲れてるなー」

 ショートカットの背の低い子が、弁当をぶら下げながら嬉しそうに寄ってきた。中学からの付き合いになる澤井高美だ。引き締まった小柄なかんじがスポーツ少女ってかんじがする。

「そう?そうかも」

 お昼になると、いつもの友人が二人やってきた。

「うんうん、お昼になったらすごいダッシュで売店買い占めに行くのにねー」

 もう一人の子が空いてる男子の机を動かして、あたしの方に詰めてきた。この子も中学から一緒に上がってきた友達で、三好葉子。マイペースな子で高美と同じで中学校から3人一緒にいる。

 あたしは、はーと溜息をついた。

「失礼だな。でも今日はなんか食欲ないかも」

 昨日の晩の出来事を聞いてもらおうかな、言っても夢だとか笑われるだけかな。

 と、思ったらガラっと窓が空いた。

「だめよ、悠ちゃん。ちゃんと三食食べないとっ。病気なの?お医者さんにも治せない病気なの?それともお医者さんに診せるのが恥ずかしい病気なの?」

「ゆうたらあかんて。お嬢も年頃やねんから、ダイエットっちゅうもんに挑戦しとるんとちゃうんか」

「今、すっごいハンストしたい気分です!」

 ダンと机を頭で叩いた。

 どっから現れたこいつぅ!

 「うお、こいつ」「なに、この子」。二階の窓から入ってきた金髪碧眼女装の子、たぶん女の子に見えているだろう、が入ってきて、二人共驚いて席から立ち上がった。

 まずいよ、どっから入ってくるのよ、なんて説明すればいいのよ。

「あ、あのね、こいつね。ちょっと色々あったんだけど…」

「こいつ、ちっちぇー。あたしよりちっちぇー」

「外国の子供?お人形みたい。うちのブレザー着てるから、うちの子?でもぶかぶかな冬服着てるところがまたいい!」

 …ウケてた。てか、おまえまたあたしの服着てるし。

 あたしの冬用の制服を着た吸血鬼は、たしかに子役の女の子が大人の服を着ているみたいで微笑ましくて、可愛い。男の子だって知ってなければ、だけど。

 抱きつこうとしてくる二人をすり抜けてシオがあたしの前に来る。葉子はともかく高美のタックルまでなんなくかわすところが、やっぱり人間離れ。

「ゆっうっちゃ~ん。お弁当作ってきたわよ~。寂しかった?午前中寂しかった?」

「うるっさいわよ。つーか、なんであんたここに来てんのよ。どっから入ってきてんのよ。どうしてここにいんの」

 突っ込みどころ満載のオネェっ子は、あたしの前でふわっと前髪を描き上げた。絵になる子なんだけど、

「ふっ、甘いわね。ヴァンパイアこそ本家本元本場の肉食系ストーカーよ。

 おはようからおやすみまであなたの暮らしを見つめ続けるライオンなのよ。

 愛しい子を見かけたら窓だろうが、千尋の谷だろうが駆け上がってみせるわ」

 しゃべると、オネェ系、しかもゲスだ。

 と、思いつつ沈黙したあたしの前でランチケースを広げ出すシオ。中身は全部ジャムの入ったサンドイッチだった。切り分けされてはいるけど、火の通ったものは出せないらしい。

「あはは、暇だったから来ちゃった」

 お弁当のフタを開けると、凄まじいスピードでエプロンを着ていた。相変わらず素早い。

 気がつけば、ざわざわとあたし達が衆目を集めている。まぁ、そうだよね。みんな暇だし。

「あれ、どこの子だ。誰かの妹?な、わけねーか」

「甲山さんの隠し子なんじゃねーか」

「つか、使用人?あんなちっちゃい子立たせて、自分はメシ食ってるわよ」

 食えるわけないですよ。

 シオとか手振ってるし。

「はぁい♪」「自分ら見世モンちゃうで」

 やっぱり般若もいるよぉ。

「悠ちゃん、どしたの?食べないの?ホントに病気?」

 シオが、心配そうな面持ちであたしの手を掴んだ。白い手は見た目同様に陶磁器のような冷たさで、驚いたあたしは逃げ出すこともできなかった。

「うあ」

「熱はなさそうね。お弁当が気に入らなかった?」

 額をぴったり付けられて熱を計られた。

 言動がアレだから忘れそうになるけど、こうして肌が触れると、有無を言わせない力と体温の無さが、こいつが本当に人間じゃないってよく教えてくれる。

 あたしを襲う寒気とは対照的に、教室が熱気に湧いた。

「おい、すげーぞ。あれ」

「俺、今日は眠れそうもねーわ」

「つか、あの子、時々腹から声出てねーか?」

「あたしですら悠ちゃんにあんなことしたこと無いのにっ。悔しいっ」

 ちょっと困った事になったな。友人二人に目で助けを求めると、高美はニヤニヤして黙ってるだけだし、葉子はハンカチを噛んで泣いていた。なんで?

 とりあえずごまかせ、あたし!

 あたしは額を離して、まだ心配そうにしているシオの袖を引くと耳打ちした。

「ちょっとあんた。あんま変なことするんじゃないわよ。ここは人間の学校なの。あんたが変なことするとあたしが迷惑で、ご飯も喉を通らないの」

「あ…ごめんね。わかった、気をつける」「せやな、うちに任せとってや」

 シオはちょっと申し訳なさそうな顔をした。あたしが本当に病気だと思っていたらしい。

 とりあえず、これでうまくごまかせればいいんだ。あたしは席から立ち上がった。

「えーと、みんな。なんか誤解してるみたいだけど!この子はうちの従兄弟の子なのよ。ハーフの子で今まで外国にいたんだけど、うちで弟として預かることになった子なの」

「「「「「おとうと?!」」」」」

 しまったぁ!

 どよどよっ。教室が騒然とし始める。あたしはもう二の句が出てこない。

「シャラーップ!」「おまえら、エエかげんにしいや!」

 英語とドスの効いた関西弁が周囲を制した。気がつくと、というより目にも留まらぬ高速で教壇にシオが立っていた。

「えーっと、日本のみなさん、はじめまして。先日より甲山悠の弟になりました、甲山シオです」

 すらっと、シオが喋り出した。オネェモード外すとソプラノがよく効いて気持ちいい。

 いいぞ、シオ。あんたの強引さと人を惑わす魔力があればうまくごまかせるかも。

「悠ちゃんの言うとおり、ついこの間まではノンケの男の子でした。けどもっ」

 あれ?いや、いいのか?

「悠ちゃんのやり込み過ぎが、あたしの隠しジョブを開いてオニョニョニョコにクラチェンさせられました!」

 ばちこーん、とあたしにウィンクするシオ。おいぃぃぃぃ。

「うえぇえええ」

「こんな子供にいったい何教えたのっ、鬼畜!」

「俺はアリかも…、斜め上から一周回って頭上に来ちゃった感じで」

「悠ちゃん…、あたしに言ってくれれば応えたのに」

 教室を大混乱に陥れて、金髪のオニョニョニョコは相変わらずニコニコしていた。


「なんだ、ずいぶんうるさいな。なぁ、君たち。ここに金髪の子が来てないか?」

 ガラッと教室のドアを開けて、先生が入ってきた。頭を抱えているうちに午後の授業の時間になっていたらしい。

「なんだ、いるな」

 かなり容姿の整った長髪の先生で、きびきびと教壇に上がってシオに近づくと、一部の女子達から黄色い声が聞こえた。

 この入ってきた尾山先生、女子達からすごく人気のある方なんだけど、結構女子に冷たい。男子には普通に接しているから、別にそっち系ってワケじゃないんだけど。その分、すべての女子が好意を持ってるってわけじゃないんだけど、クールな感じがいいって子もいるみたい。

「ふーん、君が話にあった子か」

「あら、あなた…」「エェ男やぁ、オバちゃんあと十年若かったらほっとかんわぁ」

 クール美青年と変態美少年が、並び立つと絵になるのか、女子たちの視線が集まった。身長差約40センチで二人が視線を合わせた。

「ま、どうでもいっか。ゆっうっちゃ~ん」

 シオの方から目を切ると、あたしの方に飛んできた。まだ広がっていた弁当箱をあたしのカバンの中に片付け始める。シオの背中を見ながら尾山先生がしゃべり始めた。

「あー、そちらの金髪の子。甲山さんの家の子で、今日から転校生として、うちのクラスで一緒に学ぶことになった。みんな仲良くするように」

 おおおっ、とクラスから歓声が上がった。

 ええぇえ、お父さんの可哀想なお友達仕事はえぇ。

 え?しかもここ?小中学校とかじゃなくて?

「せんせー。ほんとにうちの高校に入ってくるんですか?どう考えても年が違いますけど」

 高美が手を上げてくれた。そうだよね、普通の疑問だよね。

「本当だ。まぁ、海外には飛び級制度とかあるからおかしくもないだろう」

 我慢が出来ず、あたしも立ち上がった。

「でもっ、身内のあたしが言うのもなんですけど、こいつすごいバカですよ!」

「悠ちゃん、バカって…」

 あたしの抗議も尾山先生のクールな美貌と言葉に跳ね返された。

「関係ない。文部省から直接通達が来てるんだ。私に言われても困る」

 お父さんの友達ってどんなお方ですか?どんな弱みを握られてるんですか?

「自己紹介は…。済んでるんだな。もう時間だ、みんな席につけ、授業をはじめるぞ。シオ君の席は…、甲山の隣でいいだろう。少し席空けて座らせてやれ」

「え?そんな勝手な…」

 高圧的な先生の物言いにちょっと反感がそそられた。

「駄目だ。問題児なのは見ればわかる。甲山が面倒を見てやれ」

 先生の指差した向こうでは、学ランスカート姿の金髪がビン底メガネを首を傾けながら直していた。こいつ…、いつの間に着替えやがった。

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