その2
目が覚めると自分の部屋のベッドの中だった。
むくっと起きると、もう7時。頭が少し痛む。
うーん、夢かな、鏡台の前に立って見ると、首にアザがあった。
思考が固まった瞬間、バタン、と勢い良くドアが開いた。
「おっはよ~う、悠ちゃん。やん、着替え中だった?」
金髪碧眼の女の子が、スカート姿にエプロンを付けていた。よく知っている姿だった。
だってあたしの服だし。
「も~朝ごはん作ったから降りてきてね♪はじめてのご飯作りだったから、ちょっと不安だったけど、頑張ったから」
綺麗な髪を後ろで束ねた吸血鬼の子は手を腰下で組んで恥ずかしそうにしている。女の子だと思えば可愛いのかもしれないけど。
「えーと君、昨日の晩、地下にいた子だよね。吸血鬼…なんだよね」
「そうよ~。もう忘れちゃった?一晩寝たら男の顔なんてもう忘れちゃったわ、的な?」
下品な事言うな。
「え?なんで?」
「や~ね~。悠ちゃん、姉妹が欲しかったんでしょ。だからわざわざ、魔除けにあーんなお願いしたんでしょ~☆」
…え?あたしのせいなんですか。
「じゃ、あたし、お父さん起こして来るね。まったあっとでっ」
後ろ髪をぴょこぴょこ動かして、吸血鬼の子は出ていった。あたしの服返せ。
…とりあえず昨日の晩あった事は事実らしい。
地下倉庫の隠れ部屋でサルの悪霊のようなものに襲われて、その悪霊を吸血鬼の子がどつき倒して、今度はその吸血鬼の子に襲われかけて。あと能面がうざかった。
そうだ、魔除けも本当に効果があった。死なないですんだのは魔除けのおかげかもしれない。
その魔除けに最後、何をお願いしたっけ。
「お願い、この吸血鬼を」そう、あの吸血鬼を。
「…っ、して」ちゃんと言えなかったんだ。もう一回お願い言おうとして。
「おねぇ…が…いぃ」…言い切れずに気絶した。
「…アレ?オ願イ、シテ、オネェ、ガ、イイ?」
もしかして、もしかすると…あの吸血鬼をオネェにしてって、叶われた?
「でかした、悠。お父さん、前々から可愛い娘が欲しかったんだ。お父さん、プリンセスメーカー並に、娘作り直したかったんだ」
昨日の出来事を説明された父の第一声がそれでした。
「今日から家族の一員になっちゃいま~す。甲山シオです。」
例の吸血鬼が無意味にくるっと回って、お辞儀をした。
「うんうん、可愛い可愛い」
「お父さんもだらしないネクタイがとってもやらし~」
なんだろう、この疎外感。
この場に居づらくてあたしは、耳付きの食パンにトマトとハムが乗っているだけの朝食をかじった。料理とは言えない。
「あ、悠ちゃん、あたしの作ったごはんどう?」
「いまいち」
あたしはそっけなく正直に答えた。食べれないことはないから食べるけど。
「そっか~、ごめんね」
シオは気にした様子もなく舌を出した。
「ごちそうさま。じゃ、行ってきます」
「あ、どこ行くの?ついてってもい~い?」
「学校だから、あんた行けないでしょ」
変ななつっこさがうるさい。
「学校?!男と女が一部屋に軟禁されて、大人になるための様々な事を教わる、あの学校?時には激しい運動で汗を流し、時にはもよおしたものを展覧したり売ったりする祭りがあるというあの学校!」
あってます。あってますよ。
シオが、お父さんの方を見た。むかつく小動物ムードを出している。
「お父さん…」
「学校に行きたいのか」
「うん」
「お父さんに任せろ。お父さん、仕事は出来ないけど、友達作ることと友達の弱みを握ることは得意だったから」
うちのお父さんは間違いなくぼっちです。
「お父さんは何もしないけど、お父さんの友達が学籍から国籍まで全部偽造してやる。今日中になんとかするから心配するな」
「お父さん頼もしい…」
父と養子の小芝居を横目に見ながら、あたしはパンをかじった。
イライラするのは、あたしが思春期だからですか、あたしが反抗期だからですか?
「学校行ってきます」
「あ、悠ちゃん。大丈夫?」
シオに引き止められた。
「何が?」
「何がって、外出て危ない目にあったら、あたしの名前を大声で呼んでね。あたし、どこからでも駆けつけて、クワガタのオスみたいにガチガチ抱きしめてあげるから」
…クワガタ?
「学校までどんだけあると思ってるのよ。聞こえやしないわよ」
「大丈夫、コイツもってけばいいのよ」
すると、シオはエプロンのポケットに手をつっこんで…。
例の能面出てきた!
「ひっさしぶりのシャバやでー」
「本気で騒いだらあたしと犬にしか聞こえない超音波と100デシベルの騒音が出るから、これなら聞こえるよね」
飛行場並?鳴った瞬間、鼓膜破れると思います。
「そんな気味悪い、気持ち悪い、汚い、お面いらないわよ!」
差し出された3Kお面をぶん投げると、シオが心配そうにこっちを見た。
「でもでも、昨日の晩みたいに襲われることがあるかも~」
襲ってきたのお前らだろ。
「そうだぞ、悠。男は一歩外に出たら7人の敵がいるって言ってだな」
「誰が男だ、おっさん」
お父さんまでノッてくると、あたしじゃ抑えきれそうもなかった。
「とにかく、行ってくるから!」
テーブルを叩いて、あたしはひとりでダイニングから出ていった。