あたしが目覚めさせた吸血鬼はオネェになりました。その1
ガラガラッと崩れる音がして、荷物が地面に倒れた。
学校から帰って、早めの夕食をひとりで取ると、タオルと軍手を持ってあたしは実家の裏手にある倉庫の整理をしていた。
あたしが生まれる前から、お母さんがちょくちょく海外に出張に行ってたおみやげやらガラクタやら雑品やらをしまっていた物置小屋と言ってもいい。
「よくまぁ、こんなに貯めこんでたなぁ」
3年前にお母さんが亡くなってから、父さんも手を付けずにそのままにしていた。お母さんがいた頃は、海外から帰ってくるたび、ここに訳の分からないものを嬉しそうに運び込んでいた記憶があって、あたしもこの倉庫をどうにかしようとは思っていなかった。
「せめて掃除くらいしないと、もうぼろぼろのものもあるし」
ほとんどがゴミ以前のものだ。
蜘蛛の足の瓶詰め。気持ち悪いです。
インド謎の部族の魔除け。日本語の値札がついた小指程のガラス玉だ。
漫☆画太郎のサイン色紙。マニアック杉。
セミの交尾中の抜け殻。これお母さんのお手製だよね。となりにタミヤの接着剤あるんだけど。
インド謎の部族の魔除け。気に入ったの?
いらないものだらけだけど、捨て辛いので仕分けだけしてダンボールに詰めていく。
可燃。資源。不燃。
マッキーで書いておく。よし、これで捨てたくなったらすぐ捨てられる。
ガラクタを箱詰めして積み上げていくと、さらに奥に扉があった。ガラクタに埋まって見えなかったけど、片付けが進んでいくうちに見えてくる。
ここまだ、部屋あったんだ。もう遅いから様子だけみて、整理はまた今度にしよう。
そう思って扉を開ける。さっきの部屋と比べたら整然と陳列されていた。といっても、怪しいことに変わりはない。
悪霊が入ったツボと札がついたもの。札はお母さんの書いたものらしい走り書きで書かれているけど、その癖、フタは開いたままで中には何も入ってない。
それぞれにお母さんの走り書きが書いてあった。悪霊退治の刀剣とか、インディア儀式のトーテムポールとか、般若の能面とか、肩こりによく効くインド謎の部族の魔除けとか札に書かれている。
「整理するのにめんどくさそうなものばっかりだなぁ」
一番奥には棺が一つ置いてあった。
「何これ、薄気味悪い」
人が入れるように作られた五角形の洋式棺桶だった。でも、実際に人が入るには二回り小さい。やっぱり札が立ててあって、こう書かれていた。
『吸血鬼』
棺の上にはよく見ると
まぁ、学校から帰ったらお母さんも帰ってきてたってよくあったし、あたし達がいないうちに運び込んだらしかった。
まぁ、サルのミイラくらいは覚悟しておこう。棺に手をかけてみた。
中には、棺半分ほどしかスペースを使っていない、金髪の子供が寝ていた。
「ん、明るいなぁ、電気消してくんない?明るいと眠れないから」
子供は電灯の光を嫌って、もぞもぞと動き出した。…生きてる子供だ。
えーと、吸血鬼?ただの外国人の子供だよね。とりあえず声かけといた方がいいかな。
「ね、君、君。ちょっと起きてお話できるかな」
「今、熱っぽいから。すごい頭痛いから。今日は休むから寝かせといて」
将来、ろくでもない大人に育ちそうな子供だったけど、寝顔は端正でかなり可愛い。
とりあえず棺の蓋を閉めておく。この件は父さんが帰ってくるまで保留ってことで!
頭を抑えて、他も見回してみると、ガササ、と音が擦れた。
棺の中じゃない、あたしはさらに周りを見渡す。
背後は何もない。ガサッとまた音がした。天井を見上げた。
ゴリラ程の体格がある真っ白な毛のないサルがいた。
白目のない大きな黒目と目が合った。
「人間…」
しゃべった!
シュッと下に降りてくる。頬から首筋に向けて熱さを感じて、手で触れると血が流れていた。
目の前に伏せているサルの爪にも、あたしの血がついている。
あたしは痛みとショックでのけぞって壁に手をついていた。
サルがその爪を嬉しそうになめている。
「化物?」
そういえば、さっきの悪霊が入ったツボ、蓋開いてたよね。ここにあるもの、いるもの全部本物?!
壁にかかっていた般若の女型を形どっていた能面がケタケタ笑い始めた。
驚いたあたしは慌てて、壁から離れると、サルもニヤニヤ笑いながらゆっくりあたしに近づいてきた。
出口まで行くにはサルの身体がでかくて通り抜けできそうになかった。
もう一方の壁側に寄って、あたしは棚に収まった抜き身の刀剣と、魔除けのガラス玉を手に取る。
無我夢中だった。あたしの側にあるものは子供が寝てる棺と、刀剣と魔除け。
役に立ちそうなのは…。
迷わず剣の切っ先をサルに向けた。
サルは一瞬、あたしと剣をよく見て…、見てたと思ったら、震える剣先を無造作につまんだ。
指二本で抑えられた剣は、もう押すことも引くこともできない。体格は人と変わらないけどすごい力だった。
「やだ、やだぁ」
あたしが呻くと、さらにサルの力が増して、剣を奪い取られた。サルのような悪霊がもう片方の爪が伸びきった手を伸ばしてくる。能面がひときわ大きく哄笑した。
「うっせーな。おい!」
棺の蓋が蹴り破られて、グワングワンと一番うるさく部屋のなかで響く。部屋の騒ぎで目を覚ましたらしい。むくりと上半身を上げた少年があたしたちの方に目を向ける。
さっきは目をつむっていてただの子供にしか見えなかったけど、今ははっきりとわかる。紅い目と伸びた犬歯が光っている。
こいつも本物の吸血鬼?!
「おい、サル。お前がツボん中狭くて首痛い、ムチウチになるってうるせーから、静かにするって約束でツボから出してやったんだぞ。お前覚えてる?」
開けたの、おまえか。
あたしよりもはるかに小さく、折れそうなほど華奢な子供に睨みつけられて、サルの悪霊が怯んだ。もうあたしのことなんか見てはいない。
サルの悪霊が突然、あたし達というより子供に背を向けて逃げ出した。逃げ出そうとしたんだ。けど、サルは背を向けた瞬間、片腕を子供に掴まれてもがいていた。
さっきまで寝てたよね、この子。
剣を抑えられていたあたしみたいに、動けずもがいているサルの脇腹に、子供が斜め後ろから開いてる拳を突き入れる。鈍い音が聞こえて、サルは声も出さず崩れ落ちた。
サルが倒れると、その無様さをあざけって、般若の面がゲタゲタとまた笑い出す。
「おまえが一番うるさい」
「ですよね、すんまへん」
般若もしゃべった、謝った!
あたりが静かになると、金髪の子供が二度寝するために棺に向かって歩き出した。あたしの目の前を横切って、
「お腹すいた」
と、足を止めてあたしを見た。
タイム、タイム。あたしはおいしくないですよ。
金髪の子供があたしの手をとった、動きは少ないけどやっぱりすごい早い。そしてさっきのサルの乱暴さと違って、万力のような抑えつける力で、あたしの手を掴む。
全然動けない、これってどっちにしてもアウト。こんな化物部屋見つけたばっかりに死んじゃうの?それとも血とか吸われてあたしも化物になっちゃうとか?
するとあたしの逆手が青く光り出した。
「うわっ」
「めっちゃまぶしい」
少年が光に驚き、般若がまた喋り出した。あたしの手の中でさっき掴んでいた魔除けのガラス玉が光りだしていた。
これも本物?
本物だとしても少年は嫌がって顔を手で遮って後ずさるだけで、
「あかんあかん。フラッシュ撮影はお控え下さい」
般若は訳の分からない事を口走ってるだけだ。
でも今のうちなら逃げられそうだ。
あたしは一度、光る魔除けを少年に向けてひるんだ隙に、その子の脇を駆け抜けた。
うつ伏せで倒れているサルの悪霊を飛び越えてドアにまでたどり着いたところで、
「ちょっと待て」
子供に首根っこをワシ掴みにされた。あたしの身体が影になるから、背を向けちゃダメだったんだ。もう一度、光をあいつらに向けないと。
右腕だけ回して、背後にいる子供に光を当てようとして、今度は腕も掴まれた。
今度は抑えるなんて力じゃなくて、うっ血するほど強い掴まれ方だ。
魔除けの光だけ感じていると、少年が後ろから声をかけてくる。
「おまえ、甲山志帆の知り合いか?娘、か?」
死んだお母さんの名前だ。でも喋れるはずもない。
というより、苦しくて死んじゃう。
視界がうっすらと白んでいく。
「お願い、この吸血鬼を」
退治して。魔除けの玉にそう願った。
「おい、答えろよ」
吸血鬼の手がさらに締まる。しゃべれるはずもない。息が詰まった。
「…っ、して」
魔除けの光がひときわ強くなった。
「なんだっ」
「ほんま、かんにん」
少年が拘束を解いて、後ろに下がった。あたしはさっきのサルの悪霊みたいに床に倒れたけど、意識が薄れて痛みなんてなかった。
お願い、あの吸血鬼をなんとかして。
「おねぇ…が…いぃ」
その一言を言った瞬間、青白い光が部屋中を包み、視界が光から闇に包まれた。
甲山 悠 16歳。苦難の日々はここから始まった。人から見れば愉快でしょうけど。