白銀に包まれて
深い闇色の空から降る雪が、公園の街頭に照らされながら、桜の花弁のように舞い落ちていく。
時間のせいか、寒さのせいか、地面に敷かれた純白の絨毯を踏みしめる人影は少なく、昼間のざわめきも嘘のように辺りが静まり返っている。
そんな寂しい雰囲気の公園で、街頭の下にある木製ベンチに座る青年が一人。山吹色の光に照らされながら、特に何をするでもなく漠然と目の前の光景を眺めている。
「遅いなぁ……」
白い吐息と共に吐き出された言葉は、凍てつく空気の中へ霧散した。
不意に彼の胸元から、ゆっくりとした旋律が響いてきた。コートの内ポケットに入れてある、彼の携帯電話からである。
緩やかな旋律に合わせるように、緩慢な動作でボタンを押す。
「はい、日暮です」
細い顔つきにはそぐわない、低い声質で言葉を紡ぐ。
「……もしもし?」
返事が無い事に怪訝に思い、携帯電話の画面を確認する。画面に映し出されている数字は、刻々と時間を刻んでいる。
「もしもし……凪だろ? 悪ふざけはいいから、早く来いよ」
おどけた口調で言うが、返事は依然として無い。
今度は少し強い口調で言おうと意気込んだ瞬間、
「ワッ!!」
「ふひゃっ!!」
背後からの大声に大きく肩を震わせ、意気込みの不発で妙な叫びを上げた。
激しく鼓動する心臓を静めようと、胸元を押さえながら振り向く。
そこにいたのは茶味のかった黒髪を背中の中程まで流し、襟元にファーのついた白ジャケットを着込んだ女性だった。
「やっぱり、凪か。心臓に悪いだろ」
「だって、愁の背中が淋しそうだったんだもん」
そう言って整った顔立ちを屈託無く崩して笑う凪。その笑顔に愁もつられて笑った。
「変わらないな、凪は。相変わらずモテるだろ?」
自分の隣に座った凪に、前を向いたまま訪ねる。
「うぅ〜ん、この一年半で十五人ぐらいに誘われたかな? もちろん、全員断ったけどね」
凪は、アハハ、と短く笑う。
「そういう愁は変わったね。何か……カッコ良くなった?」
今度は愁が、何で疑問系なんだよ、と笑った。
「……」
「…………」
久しぶりの再開のためか会話が続かず、その場に重たい空気がのしかかる。
舞い落ちてくる雪を眺めふと相手の方を見る。互いの視線が合うと、無言のままどちらともなく逸らして、また雪を見る。
そんなことを数回繰り返した時、凪が自分の手に吐息を当てている事に気がついた。
「寒いなら言えよ、ホラ」
自分が付けていた手袋を外し、凪へ差し出す。それを遠慮がちに付けた凪がニヤニヤと笑う。
「気持ち悪い笑み浮かべるなよ」
「だって、あったかいんだもん」
ブカブカの手袋を頬に当てて、また屈託無く笑う。
「まぁ、そのためのものだしな」
「……鈍いところは相変わらず」
「あ、何?」
「うぅん、何でもないよ」
凪の呟きが聞こえなかった愁は、怪訝な表情で再び前を向いた。
…………。
またもや訪れた沈黙。しかし、今度の沈黙は長くは続かなかった。
「ねぇ」
「なぁ」
二人ほぼ同時に呼びかける。そのタイミングの良さに、二人は顔を見合わせて笑った。
「一瞬だけど凪が早かった。お先にどうぞ」
愁がご丁寧に手を差し出しながら、権利を譲る。
「海行かない? あの海」
「あの海って……仲間内でよく行ったあの海岸か?」
「そうそう、あの海岸。二人でもよく行ったから久しぶりに、と思って」
そうだったっけ? とわざとらしく忘れた振りをして笑う愁。
「……そうだな、行くか」
「よし!! じゃあ、早速行こう!! の前に……」
肩すかしを食らった愁はその場でこける。
「愁の話は何?」
「あぁ〜、えっとぉ……む、向こうについたら話すよ」
目を逸らしながら言葉を濁すと、それだけを言って逃げるように早足で歩いた。
「あ、待ってよ」
これから海岸で起きる出来事を心配する愁をよそに、追いついた凪は愁の腕に手を絡ませる。
(……どうか成功しますように)
愁はポケットの中にある白銀の指輪を静かに握った。
初の恋愛モノです。(実は初じゃないけど、まぁそれは置いといて……)
心情や雰囲気など難しいですなぁ。やはり自分には向かないジャンルです。
書ける方が凄いと思います。
お読みいただきありがとうございました。