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第八話 心の傷跡

「早瀬君、ちょっと来て」

 朝登校するなり、キョロキョロと教室の中を見渡した後に冴倉がそう言いながら俺の腕を引っ張った。引きずられる様に教室を出ると、今度は再び教室の中に連れ込まれる。

 彼女の魔法によって造られたもう一つの教室へとやってきたとんだと理解した瞬間、冴倉は大きく溜息を吐き口を開いた。

「武人。昨日の子、何とかしなさい」

「いきなり何を命令しやがるんだ」

 下僕化していない今は、冴倉の命令に従う必要はないし従わされる様な強制力もない。

「って言うか、昨日の子って誰だよ?」

「忘れたの? あたしの所に来る前に、あなたの所に行ってたでしょう?」

 ん? ああ!

「もしかして、中津川のことか?」

「そうよ」

「って言われてもなぁ……」

 昨日何を言われたか知らないが、そこで俺が関与していくのはおかしいだろう。

「とにかく誤魔化すしかないんじゃないのか? あの様子からすると、多分一番冴倉たちのことを怪しく思ってるのは中津川みたいだし」

 中津川さえ誤魔化せれば、少なくとも表面的に疑問を口に出す奴はいなくなるかもしれない。

「武人が言い出した解決策でしょう。もう少し真面目に協力しなさいよ」

「俺は至って真面目だぞ。俺は昨日、中津川に何も知らないって言ったんだ。今更間に入るのはおかしいだろ?」

「そんなことは……」

「あるよ。例えなかったとしても、最終的には冴倉たち自身が普通の人間だって思わせないと意味ないんだ。まあ、それとなくフォローはしてみるよ」

「……お願いね」

「ああ」

 冴倉の表情はそこか冴えず、不安そうにしたままだったが……

 それでもこの場の会話は終わり、俺たちは普通の教室へと戻った。



 昼休みも間近という頃、始まりは分からない。だけどどこかの教室から声が上がり、それが次第に広がり今は教室中が大騒ぎになっていた。

「銃を持った人が校内に入ったらしいよ?」

 比較的その騒ぎに乗り遅れたうちのクラスは、イマイチ状況が掴めていなかった。どうやら他のクラスの誰かにメールで聞いたらしく、携帯を見ながら雅がそんなことを言った。

 騒ぎを沈静化させる為にと、さっきまで授業を受け持っていた物理の先生は今はいない。教室の中には生徒だけが残され、絶対に外に出るなと言われている。とは言え、本当に銃を持った人間が校内に侵入してきたのだとしたら、先生たちにだってどうしようもないはずだ。

「怖いね……」

 不安そうに呟く雅。だけど、俺にはその不安を拭ってやることはできない。

 むしろ不安を煽る様な考えばかりが浮かぶ。こうして教室にいた所で、安全かと言えばまったくそんなことはない。とは言え、銃を持った人間がいるかもしれない場所をウロウロと歩き回るのも危険だ。結局は、こうして教室の中で事態が解決するのを待つしかないわけだ。

「どうせ誰かの見間違いだった。で終わるさ」

 そうは言ってみたが、どうしても自分の言葉が現実味を帯びていない様に感じられた。その微妙な雰囲気を感じ取ったらしく、雅も「うん」と頷いたものの表情は晴れない。

 それはそうだろう。これだけの騒ぎになってるんだ。誰か一人が見間違えたとか、そんなレベルじゃない。大勢の人間が見て、それが事実だと認識されたからこそここまで大騒ぎになってるんだ。

「ねえたけちゃん」

「ん?」

「たけちゃんは、覚えてるかな?」

 いつもに増して弱々しい雰囲気の雅が、俺に問いかけてくる。それはきっと、あの時のこと……

「雅」

 それを口に出させてはいけない。アレは、忘れないといけないんだ。俺はともかく、雅は、絶対に。

 だからこそ俺は、雅の名前を呼んで言葉を遮った。

「俺、ちょっと様子見てくるわ」

「え?」

 雅にさっきの言葉を続けさせない様に、俺はそう言うと同時に立ち上がった。

「あ、危ないよ?」

「ここにいたって危険には変わりないだろ。ホントに銃を持った奴がいるんだったらさ。それに、早く状況が分かった方が雅も安心出来るだろ?」

 少しでも雅が安心出来る様に、俺はそう言いながら笑いかけた。だけどそれは、次の瞬間に響き渡った銃声によってかき消された。

 教室の前側の入り口に、青地のジーンズ、黒いジャンパー、黒いサングラスに黒いニット帽という格好の男が立っていた。その手にはライフルを持っており、今まさにそれを発砲したのだと言わんばかりに硝煙が微かに銃口から昇っている。ライフルだけじゃない。腰にはホルスターが取り付けられて、そこには当然拳銃が収められている。

「てめーら全員窓際に立て!」

 ライフルを俺たちに向けて構えながら、男はそんな風に叫んだ。誰一人として反抗も反論もせずに、男の言う通りに窓際へと向かう。最初の銃声で全員が萎縮してしまっているみたいだから当然か。ああ、それがあの発砲の理由だったのかもしれないな。

 こんな非日常な中でこんなにも冷静でいられるのは、きっと冴倉たちとの出会いがあったからんだろうな……

 ん? 待てよ……冴倉たちがあんなものにビビるとは思えないな。と言うことは、様子でも伺ってるのかもしれない。

 そんな風に考えていると、俺の右手を誰かがぎゅっと握ってきた。

 って、さっきから俺の隣りにいるのは雅なんだけど。因みに逆側にいるのは俺の前の席の岡島だ。

「どうした?」

 小声でそう聞いてみるが、わざわざ聞くまでもなく雅が怖がっているんだと俺は気づいていた。

 俺の手を握る手が震えていたし、そもそもこんな状況で怖がらない様な度胸を持ち合わせた奴じゃない。それに、今の状況はあの時のことを彷彿させる……

 俺の声が聞こえなかったのか、雅からは返事がこなかった。俯き、じっとしている。だけど、俺の手を握る雅の手に、さっきよりも力が込められた。痛くはない。雅もあの時のことを思い出しているんだろう。そう思うと、胸は痛んだ。

 ――俺たちが初等部に上がってしばらく経った頃、当時俺が住んでいた家(この時は当然家族全員で住んでた)の居間で、俺と雅は二人きりで遊んでいた。俺たちの両親はどちらも共働きだった為、初等部に上がってからはそういった状況が多くなっていた。因みに初等部に入る前までは、どちらの母親も仕事を休んでいたそうだ。

 雅のこと、お願いね。そう雅の母親に言われていた俺は、雅のことを守る騎士気取りでいたんだと思う。ちょうど、当時はそんなアニメが流行っていたし余計に。

 だけどそれは、子供ながらに自己満足の為にそう思っていただけであって、実際には雅のことを守るどころか軽くイジメていた節があった。それでも雅は俺と一緒にいることを嫌がらなかったから、俺も調子に乗ってたんだと思う。その日も、そんな日常と何ら変わらないものだと、信じ切っていた……

 いつもの様に少しからかってやるつもりで、俺はトイレに行くと言って部屋を出た。別にトイレに行くつもりなんてこれっぽっちもなくて、俺はわざと少しだけ開けておいた扉の隙間から雅の様子を伺っていた。気の小さい雅は、一人でいることをひどく嫌う。直ぐに俺が戻ってくると思っていた雅は、だんだんと心細くなってきたのかそわそわとし始めた。キョロキョロと部屋の中を見回し、その場所が普段と変わらない安全な場所だと思おうとする。泣きはしない。だけど必死に泣き出しそうになるのを我慢している表情で。そんな様子を見るのが楽しいと、当時の俺は思っていたんだろう。

 本当に泣き出すと面倒だから、その寸前を見計らって出て行こうと思っていた。だけど、異変はそんな時に起こった。

 俺の視線の先――庭に黒い影が見えて、扉を開こうとしていた手が止まった。その影が黒い服を着た人間の姿だと気がつくのには時間を要さず、俺の身体は固まった。

 黒い野球帽を深々と被り、サングラスをかけて顔を隠している。体型から察するに男。まだそんなに歳はいってなさそうだった。そんな男が庭から部屋へ繋がるガラスの扉に手をかけると、スゥーッとその扉が開いた。いつもは鍵がかかっていたと思う。だけどその日はたまたま、鍵がかかっていなかったのだろう。

 男は雅の存在に気づいていなかったらしく、その姿を視認した途端表情を変えた様に見えた。怖さのあまり言葉を失っていた雅へと近づき、隠し持っていたサバイバルナイフを取り出し雅の頬に押し付ける。

「お嬢ちゃん、痛い目にあいたくなかったらそこで黙ってジッとしてな?」

 そんな風に言ったと思う。

 泥棒だ。そう理解してからも、俺は動くことが出来なかった。居間の中を荒らし回り、金目の物を探す泥棒。居間を探し終えたら、他の部屋を探す為にこっちに来る。そう考えて、ようやく動くことが出来た。無謀にも立ち向かおうと思ったわけじゃない。誰か呼ばなきゃ。そんな一心で、俺はそこから離れようとしたんだ。だけど、緊張した足は言うことを聞かず、忍び足とは到底思えない足音が廊下に響いた。たった一歩。その一歩で、助けを呼ぶチャンスを失ったんだと、子供心に理解した。

 足音に気づいた泥棒が、廊下へと向かってきた。移動したことで部屋の様子は見えなかったけど、何となく気配でそう分かった。向こうからも、こっちは見えてない。それだけが、俺に残された希望だった。

 ほんの一握りの勇気を奮い立たせ、俺は泥棒へと立ち向かう決断をした。相手が見えなくなったことで、少しだけ恐怖が和らいだんだと思う。もちろんそれは無謀以外のなにものでもなくて、廊下に出てくると同時に泥棒に目を瞑ったまま体当たりをしようとした俺は、牽制のつもりで出していたであろうナイフに自らぶつかりにいく形になった。右腕を突き出す形でタックルをしていたその腕にナイフが刺さり、俺は痛みと同時に目を見開いた。その瞬間、俺は声を上げることすら出来ず――

 その様子を見た雅が大声を上げたことで、痛みから逃れる為の自己防衛が働いたのか、俺は倒れてそのまま意識を失った……

 後から聞いた話だと、雅の絶叫が外まで響き渡ったのが幸いし、泥棒は周囲に気づかれたこと悟り逃げ出した。

 近所の人が駆けつけ、病院に連絡してくれたおかげで、俺の右腕は後遺症を残すことなく回復した。もっとも、傷跡は今でも残っているが……

 一度、雅が傷跡を見てその時のことを思い出し、泣き叫んだことがある。それはまだ俺たちが中等部に上がる前、あんなことがあっても変わりなく俺に懐いてくれていた雅に対して、俺が好意を抱いた時のことだ。あれは夏。俺は雅に告白して、雅もそれを受け入れてくれた。だけど、俺の腕の傷跡を見た途端、急に何かを思い出したかの様に泣き出した。

 結局、次の日には何事もなかったかの様に俺に接してきた。だから、俺も忘れようと思った。告白したことも。あの日のことも……

 雅があの時の恐怖を思い出さない様に、それからの俺は雅と一定の距離を置く様になった。

 近すぎず、遠すぎず……ただ仲が良い、幼なじみとしての距離……

 今、右手に感じる雅の手のぬくもり。いつの日か、守ろうと誓ったモノ……

 雅は今、あの日のことを思い出しているんだろうか? いや、もしかしたらずっと覚えてるのかもしれない。毎日、ずっと、あの日の悪夢と戦って生きているのかもしれない。それは俺には分からないけど……

 俺は、強く握られた手をぎゅっと握り返した。

「大丈夫だから」

 俺が何とかする。とは言わない。魔女の下僕としての力を使えばどうとでもなるんだろうけど、そんなことを言えば雅は余計に怖がるに違いない。それでも、このまま無事に事態が解決されるとは思えない。

 俺が――俺たちが何とかする為には、警察の介入は逆に邪魔になる。冴倉たちの存在を隠したまま、事態を解決させる為には。

『武人』

 ん? 今冴倉の声が聞こえた様な……

『武人。聞こえてる?』

 間違いない。これは冴倉の声だ。だけど、耳から聞こえてくるんじゃなくて、頭の中に直接流れ込んできている様な感じだ。これも魔法だろうか?

『どうやら聞こえてるみたいね。さっきからずっと呼びかけてたのに、全然反応しないんだもの』

 そんなこと言われてもな……

『残念ながら武人の声はこっちには届かないみたいだけど……まあ、それもそのうちちゃんと会話出来る様になるでしょう。って、今はそれはいいのよ』

 何を一人で漫才してるんだ? この非常時に元気な奴だな。

『今何か失礼なこと考えなかった?』

 ……鋭いな。本当に聞こえてないんだよな? って言うか、俺の思考が垂れ流しだとすごく困るけどさ。

『こほんっ。まあ冗談はさておき』

 冗談だったのかよ。っと、思わず声に出しそうになったぞ……

『先に言っておくけど、これも主と下僕の間だけで出来る魔法だからアリアの協力は期待しないでね? いい? 多分武人も考えたと思うんだけど、この場であいつを何とか出来るのはあたしたちしかいないわ。もちろん、手を出す必要はないんだけど……いつまでもこんな状態でいたくないから、警察なんか頼らずにあたしたちで何とかするわよ。とは言っても、皆の前で魔法を使うわけにはいかないから、戦うのは武人ってことになるわね。あたしが渡した魔素のアメ、ちゃんと持ってるわよね?』

 あ……

『あたしが奴の気を引くから、その間に魔素を取り込みなさい。そうすればクラスの皆に気づかれるまでもなく奴をどうにか出来るでしょう?』

 待て。あのアメはもうない。アリアに襲われた日に使ったきりだ。どうにかしてそのことを伝えないと……

「ねえ」

 なんて考えているうちに、冴倉はもう行動に移していた。ヤバイ。ヤバイ……どうする? このままじゃどうしようもないぞ……

「あん? 何だ?」

「お手洗いに行きたいんだけど?」

 物怖じしない冴倉の態度に、銃を持った男もどこか感心した様に冴倉のことを見据える。

「気が強い女は嫌いじゃないが、立場ってもんをわきまえてくんねーかな? 今お前は人質なんだよ」

「別に逃げるつもりなんてないけど?」

 おいおい。そんな挑発する様な物言いして大丈夫か? って、冴倉の心配してる場合じゃないな。どうする? どうすればいい……?

「……ふんっ。いいだろう。だが……もしお前が戻ってこなかったら、その時は誰か一人の命がなくなると思え」

「……わかったわ」

 そう言って頷き、冴倉は教室から出て行った。男はその様子を見送った後、こちらへと視線を戻す――



「あ、れ?」

 ここは……教室? ああ、誰もいない教室だ。どうやら冴倉に呼び出されたらしい。

「あれ? じゃないわよ。魔素のアメはどうしたわけ?」

「前に言っただろ。アリアに襲われた時に使ったって」

「あ……そう言えば新しいのあげてなかったわね」

「そうだよ。ったく、ないってどうやって伝えようか悩んでる間に行動に移すんだもんな……」

「しょうがないじゃない。持ってると思い込んでたんだから」

「へいへい。そんなことより、いきなり俺が教室からいなくなって大丈夫か?」

「分からないけど、間違いなく悠長に話してる時間はないわね」

「なら、どうするんだよ?」

「こうするのよ」

 そんな言葉を放つと同時に、冴倉は俺の元へと近寄り――

 俺の唇を奪った……

「今から武人を教室に戻すわ。信じてるからね、武人」

 少しだけ照れた様な表情を浮かべながら、冴倉――マスターはそう言って、俺を教室へと戻した。

「お前っ、いつの間に!」

 いきなり教室の入り口付近に現れた俺に、男はおろか、教室内にいる全員が驚いたことだろう。だが、そんなことはどうでもいい。俺は突き向けられたライフルの銃口を見据えながら、その引き金が引かれるよりも早く男との距離を詰めた。ライフルを叩き落し、腰にある拳銃も預かっておく。

「雅、ごめんな」

 その言葉だけは、言わなくちゃいけない。そう思って口にした言葉を不思議に思いながらも、俺はホルスターから既にそこにない拳銃を抜こうとしている男へと拳を放った……

 一瞬で姿を消し、再び現れた俺を見たアリアが事態を察したらしく、認識障害の魔法を教室全体にかけておいてくれたらしい。そのおかげで人間離れした俺の動きは問題にならず、いつの間にか武道を嗜んでいることになった俺が男の隙を突いてやっつけた。ということになっていた。

 それで事件は解決したんだと、そう思った。だけど……

 その場には二人、アリアの魔法にきちんとかからなかった人物がいることに、俺たちは気付かなかった……

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