第七話 魔法禁止週間
さてさて。
魔女という得体の知れない転校生が二人もやってきてから、それなりの時が経とうとしていた。
ここで少しばかりおさらいしておこう。
俺の名前は早瀬 武人。ごく普通の高校2年生だった。少なくとも半月くらい前までは……
俺の目の前には、透き通る程綺麗な銀髪を腰程まで伸ばした、一見どこぞの社長令嬢かと思う程の厳かな雰囲気を持ち、驚く程に整った顔立ちをしている美少女がいる。少しばかり目つきが鋭いが、まあそれも彼女の凛々しさを際立てているに過ぎない。その瞳が紅いことに気がついたのは割りと最近だ。今まで彼女の目を正面から見ることなど出来なかったのだが、先日とある事情により正面から向かい合うことになった結果、吸い込まれそうな程に深い紅色の瞳をしていることに気がついたのだ。
そんな彼女の名前は、冴倉・アレーリア・南月。信じがたいが、正真正銘の魔女だ。もっとも、彼女曰くまだ見習いとのことだが……
彼女は見習いから一人前の魔女になる為の試験を受ける為に、わざわざイギリスから日本に渡ってきたのだと言う。その課題をいくつかは指定されているらしいが、試験官でもある彼女の師匠はまだ日本にはやってきていないらしい。
そんな彼女の目標は、師匠が来日するまでに最終試験以外の課題をクリアしておくことだそうだ。
んでもって……
その隣りにはもう一人美少女がいる。
金髪碧眼。そしてツインテール。モデル体型な冴倉とは打って変わって、こちらは言っちゃ悪いが幼児体型。一応はクラスメートなわけだが、冴倉から真実を聞かされた俺は思わず納得してしまった。
彼女の名前はアリア・エル・ファージアス。彼女もまた魔女であり、魔女の世界ではかなりの名門と言われるファージアス家の次期当主だそうだ。正規の手続きを踏み転校してきた冴倉とは違い、アリアは違法的な手段でこの学園に滞在している。学園長の記憶を改ざんし、無理矢理転入手続きをしたことにしたのだ。
人の記憶を改ざんするというのはかなり高度な術に入るらしいが、アリアはそれを平然とやってのけたわけだ。ファージアスの名は伊達じゃないと言うべきか。
問題は、アリアが本当はまだ15歳ということだろうか。本来なら中等部3年の歳だが、こうして俺たちと同じ高等部2年に紛れ込んでいる。そりゃあ幼くも見えるさ。実際に年下なんだから……
因みに、エルというのは一流の魔女として認められた者に贈られる称号の様なものらしい。
そんな彼女が何の為に日本にやってきたのかと言えば、平たく言えば冴倉を倒す為。えらく冴倉のことをライバル視しているらしく、わざわざ日本まで追ってきたと言うのだから驚きを通り越していっそ感服する。
んで、俺が普通の高校生じゃなくなった理由が、目の前の二人。というか、冴倉一人でもいいんだけど……
とある事件をきっかけに、俺は冴倉の――魔女の下僕として生きることになった。別に普段から冴倉の命令を聞いたりしなきゃいけないわけじゃないが、結構精神的にはキツイもんがある。だって、下僕ですよ? 下僕。俺にそんな趣味はないんだけどな……
まあそれはさておき。
俺たちがいる場所。ぱっと見、普通の教室。なんだけど……
ここがまた普通の教室とは違う。冴倉の使う魔法――空間歪曲魔術によって造り上げられた異空間である。元々存在する空間をトレースして、〝誰もいない〟ことを条件として再現している空間らしいのだが、まあそんな小難しいことは俺には良く分からないというのが本音。
とりあえず、誰にも気づかれることなく魔女としての会話をすることが出来る便利な場所だと認識している。
ああ、因みに……
二人が魔女であるということは、俺以外には知らない。元々正体がバレてはいけないものらしいのだが、俺はまあ特別な位置にいる。それはただの偶然による産物なのだが、まあ今更そんなことを嘆いても仕方がない。
それよりも、だ――
「二人とも、分かってるよな?」
最初は無闇に俺と冴倉に突っかかってきていたアリアも、今では魔法を介することなく普通に冴倉に突っかかるくらいになっている。一見、姉妹のケンカの様に見えるから問題ない。と言いたいところなんだが……
アリアは、魔法――術としては成り立たせていないものの、魔素を集め小さな爆発を起こすくらいのことは平然とやってのけてくれる。冴倉はそれを防ぐ時にカモフラージュもしてくれてるみたいだが、それも限界がある。
「多分、クラスに気づいてる奴がいる。いや、気づいてるって程じゃないかもしれない。だけど確実に怪しく思ってるはずだ」
そう。そんな度重なるアリアの暴走で、おそらくクラスの何人かは二人が普通じゃないことに気づき始めている。それは、二人にとって良いことなんかではなくむしろ大問題なわけで……
「大丈夫よ。いざとなったら物質操作魔術使うから」
とは冴倉の弁。物質操作魔術というのは、その名の通り物質として存在するものに魔素を流し込み操作する術らしい。その中には人間の記憶の改ざんなども含まれている。
「確か、冴倉は苦手って言ってたよな?」
「うっ……」
俺の的確なツッコミに、思わずたじろぐ冴倉。
ったく、誰の為にこんな話してると思ってるんだか……
「あたしは得意だけどねー」
とはアリアの弁。それはそうだろう。そもそも学園長の記憶を改ざんしてここにいるのだから。だけど……
「一度に何人もの記憶は改ざん出来ないんだろ?」
それはアリアのキャパシティの問題というより、記憶の改ざんに必要なルールに問題があるそうだ。記憶の改ざんを確実に行う為には、今回の様なケースの場合はかなり難しくなるらしい。それは、二人のことを魔女だと気がついた人間の記憶を同時に改ざんしなければならないからだ。記憶を改ざんする場合、そこに矛盾が生じてはいけない。少しでも矛盾が生じる場合は上手く作用しない。そういうものだと説明された。つまり、気がついた人間を一ヶ所に集め術を全員いっぺんにかけなければ、気がついた者がいるという事実を捻じ曲げられない。よって、改ざんを試みた者も気がついた者としてその記憶を有することになる。
まあ、そんなとこだったか。それに、かなりの魔素を必要とするらしいしな。結構難しいだろう。
だからこそ!
「こうして対策を練ろうとしてるんだ!」
それなのにこいつらときたら……
「大丈夫よ」
「何とかなるって。武人は心配性なんだから」
冴倉とアリアは、それぞれが適当にそんなことを言う。
ったく、魔女っていうのはこんなんばっかなのか?
「ともかくだ!」
近くにあった机をバンッと勢い良く叩く。
……ちょっと痛かったけど我慢しておく。
「とりあえず一週間、二人とも一切魔法は使うなよ?」
「えー?」
「それじゃあ試験課題出来ないじゃない」
「うるさい! そもそもお前らが魔女だってバレたら試験所じゃないだろうが! 何なら一ヶ月だって一年だっていいんだぞ?」
「えー?」
「横暴よ武人」
……いや、いっぺん殴っていいかな? こいつら……
「そもそも、あたしには試験なんて関係ないもの」
「魔女の掟はどうした?」
自分勝手なことを言い出すアリアにすかさずツッコミを入れる。
「うっ」
ったく、ホントにダメな魔女だ……
「で、どうなんだ? 俺の提案を呑むのか呑まないのか」
「まあしょうがないわね」
小さく溜息を吐いてから俺の言葉に応える冴倉。いや、溜息を吐きたいのはこっちなんだけど……
「で、アリアは?」
「わかりましたー。一週間、一切魔法は使いません」
「分かればいいんだよ、分かれば。んでまあ、そういうわけだから無駄にいざこざは起こすなよ?」
「でも、いきなりケンカしなくなったらおかしいんじゃない?」
俺の言葉に、的確な意見を出してくる冴倉。確かに、一理ある。だが……
「アリアが本気でケンカ始めて魔法使わずにいられるとは思えないんだよ」
「ちょっ。そんなことないわよ!」
「ほら、そうやって直ぐにムキになるところが信用出来ないっての」
「うっ……」
俺の言葉に何も言い返せないアリア。まあそうだろうな。
「俺も出来る限りフォローするから、二人とも我慢してくれよな」
俺のそんな言葉で、この場は解散となった。
「早瀬くん」
放課後になったと殆ど同時に、聞きなれない声が背後から聞こえてきた。座ったまま振り返ると、そこには見慣れない女子が一人。俺が座ってるから余計にそう感じるのか、かなり背が高い様に思える。少なくとも男子の平均身長くらいはありそうだ。染めているのか脱色しているのかは分からないが、やや茶色がかったショートの髪。その髪と背のせいでパッと見男子に見えなくもない。まあ、さすがに制服着てるから勘違いすることもないだろうが。いや、スイマセン嘘です。調子乗りました。こう、見上げた感じ身体のラインが十分女の子です。ハイ。
「えっと……ゴメン、誰だっけ?」
「中津川 彩。君のクラスメート」
クラスメート? 中津川……ああ!
中津川って言うと、確か留年して同じクラスになった先輩か。
「思い出してくれた?」
「ああ。で、その中津川先輩が俺に何の用だ?」
「……先輩はいい」
どことなく恥ずかしそうに、そんな風に答えてきた。
やっぱり留年が恥ずかしかったってことか?
「じゃあ、中津川さん?」
「呼び捨てでいいよ。何なら名前だって構わない」
いや、さすがにそれは抵抗が……
「なら、中津川って呼ばせてもらうよ。んで、何か用か?」
「一つ聞きたいんだけど……?」
最後まで言葉は紡がれなかったが、おそらくそれは聞きたいんだけどいいか。という問いかけなのだろう。多分、その内容は俺が危惧するもので――
「冴倉さんとちびっ子って、一体何者?」
俺が答えるよりも早く、中津川はそう聞いてきた。やっぱり、そういう内容か……
「何でそんなこと俺に聞くんだよ?」
「だって、二人と仲良さそうだから」
「それなりに話はするけど……そんなに仲良さそうに見えるか?」
俺がそう尋ねると、中津川は全く考える間もなく頷いた。
「最近、早瀬くんは転校生と浮気してるって、もっぱらの評判」
「なっ……」
何だそれ?
「中津川」
「うん?」
「それ、どういう意味だ?」
そんな変な噂が流れてるんだとしたら、色んな意味で厄介だ。主に俺の尊厳が。
「早瀬くんには藤野さんがいるのに、最近は転校生にべったりー。みたいな内容だけど?」
「…………」
はあ……なるほど。そういや周りの連中は、俺と雅のことをそんな目で見てるんだっけか。そもそもそれが間違いだって言うのに……
「とりあえず、そのことについては皆の勘違いだから」
「そう?」
「そうです」
中津川自身はあまり気にしてない様だが、とりあえず強く断言しておく。これで、少なくとも中津川から変な噂が広まることはないだろう。その点に関しては。
「で、あの二人のことなんだけど」
「ああ……何者って聞かれたって、俺だって中津川や皆と同じだけの付き合いしかないんだぜ?」
「それもそっか……とは言え、あの二人が正直に話すとも思えないし……早瀬くん、本当に何も知らない?」
「案外しつこいな。何も知らないって」
本当は知ってるけど。って言うより、俺より本人たちの方が簡単に口割りそうな気がするんだけどな……
「じゃあ、今度は本人に聞いてみるから。じゃあね」
って、諦めないんかい。まあ、あれだけちゃんと言い聞かせたんだ。二人ともちゃんと誤魔化すだろう。
「ねえ、冴倉さん」
窓際の自分の席に座る冴倉の元へ向かった中津川が、ちょうど立ち上がろうとしていた冴倉にそんな風に声をかけたのが聞こえた。
「たけちゃん」
が、そちらに視線を向けようとした瞬間に逆方向から声をかけられ、反射的にそちらに振り返る。
「何だよ雅?」
「たけちゃんって、中津川さんとも仲良かったの?」
「お前は隣りにいて何を聞いてたんだよ」
「えっと、ちょっと考え事してたから」
そうですか。
「中津川とは、さっき初めて話したくらいだよ。何か冴倉たちのことを聞かれたんだけどな。そんなこと俺に聞かれたって困るっての」
「しょうがないよ。たけちゃん、あの二人と仲良いんだもん」
「だから、そんな特別良くはないって言ってるだろ」
「そうかなぁ……」
「そうなのっ。大体、それなら雅との方が仲は良いだろ。幼なじみなんだから」
「え? あ、うん。そうだね」
あれ? 何でこいつ顔赤くしてるんだ? 軽く俯くし……
それよりも、今は冴倉だな。いくらなんでも普通に会話しててバラす様なバカはしないと思うんだけど……
「……気になるんだね、冴倉さんのこと」
「ん? 何か言ったか?」
「うぅん。それより、たけちゃんもう帰るの?」
「ああ……そう、だな」
冴倉は中津川と話してるし、そもそも魔法の実験も禁止したんだ。あいつを待つ必要ないんだよな。
「それじゃあ、一緒に帰ろう?」
「ああ。わかった」
少し不安もあり、後ろ髪を引かれる思いではあったものの――
何も知らない。と答えた以上、二人の会話に関与するのはかえって怪しい。そう思い、俺は雅と一緒に帰ることにした……