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第三話 犬男注意報

 冴倉・アレーリア・南月。魔女見習いと言う彼女が転校してきてから一週間が経った。最初はお嬢様を装っていた感のある冴倉だったが、すでに多少だがボロが出てきている。というより、転校生が馴染んで地が出てきたっていうのが正解なんだろう。あいつは別にお嬢様を装っていたわけではなく、堅苦しいというか畏まった挨拶なんぞしてたら外見からそんな風に見えるだけなのだ。それだけあいつの見た目はいい! ただ、出会った時からわかってはいたことだがすこぶる口は悪いが……

「早瀬君、ちょっといい?」

 放課後の教室で声をかけてきたのは、くだんの冴倉だ。二人きりだとすでに呼び捨てにされているのだが、一応周囲の目がある時は早瀬君と苗字に君付けで呼んでくる。

「ああ」

 特に用事もない俺は、彼女の言葉に頷いた。

 協力を強要されてから何度かこうして一緒に行動している為か、周囲で少しだけ噂になっている様だ。直接聞いてくる奴も冷やかしてくる奴もまだいないが、雅なんかはしきりに非難の目を向けてくる。俺が何をしたって言うんだか。

「あれ? 今日はどっか行くのか?」

 今日も今日とて誰もいない教室に戻るのかと思っていたが、冴倉の後に続いて教室を出るとそこには普通に彼女の姿があった。

「ちょっとね。今日は実際に協力してもらおうと思って」

 それがどういう意味かはわからないが、どうやらただ普通の教室じゃダメだってのは理解できた。

 説明もなしに歩き始めた冴倉の後を追う様に俺も歩き始める。

 実際に協力してもらう。そんな彼女の言葉の通り、この一週間特に協力と言う協力はしていない。魔女の存在、そして魔法のこと。後は彼女がどうして日本にやってきたのかという理由を少しだけ教えてもらっただけだ。

 やがて辿り着いたのは科学実験室。なんつーか、魔女の実験にもってこいって感じか?

 実験室の鍵は開いていないはずだ。だが、冴倉が扉に手をかけ一呼吸置くと周囲の空気が一瞬歪む。その一瞬を認知するのは普通の人間には難しいらしいのだが、なぜか俺にはそれが視える。そのことを冴倉に話したところ、「才能あるんじゃない? あたしってば良い拾い物したみたいね」なんて言い放った。色々と言いたいことはあったが、俺はその言葉に対して何も言い返さないことにした。だって後が怖いし……

 などと考えている間に、冴倉は実験室の扉を開けていた。本来の実験室の鍵が開いたわけじゃない。空間をイジッたもう一つの実験室の扉を開けたのだ。彼女がそこに入っていくのを見て俺も続く。そこには、俺の知る実験室と全く変わらない空間が広がっていた。

「教室の時も驚いたけど、やっぱりすげーよな」

「何もすごくないわよ。ちゃんと説明したでしょ?」

「まあ、説明はされたけどさ……」

 空気中には魔素と呼ばれるエネルギーが霧散しているらしい。魔女と言うのはその魔素を操り様々な術を使ったり薬を作ったりすることの出来る人種のことだそうだ。その術の総称を魔法と呼び、いくつかの種類に分けたそれらを魔術と呼ぶそうだ。

 空間をイジる。それもその一つで、空間歪曲魔術と呼んでるらしい。空間歪曲なんて言っているが、決して大層なものではないというのは彼女の弁。元々意志のないものに対する術というのは簡単な部類に入るらしい上、空間歪曲というのは制約が多く出来ることが限られているとのことだ。

 そんな感じのことを言われたが、俺に理解できるわけなんてこれっぽっちもない。ただ、冴倉の言葉によると元々存在する空間そのものをイジッているわけではなく、今回なら誰もいない実験室という空間を再現しているというのが正しい表現だと言う。

「あたしが試験の為に日本に来たのは言ったわよね?」

「ああ」

 何でも、冴倉の師匠である凄い魔女に課せられた試験があり、それを受ける為に日本まできたそうだ。その試験は彼女が師匠に一人前の魔女と認めてもらう為の試験で、絶対に落ちるわけにはいかないとのことだ。

「その一つに、魔女の間で療薬と呼ばれる薬を作れっていうものがあるのよ」

「それで、今日はその薬を作るってことか?」

「ええ。基本的な材料は全てそろえてあるわ。後必要なのは大量の魔素なのよ」

「って言われてもな……結局俺は何をすればいいんだよ?」

「薬が出来るまではそこにいるだけでいいわ」

「は?」

 何を言い出しますかこの人は。いや、何もしなくていいならそれはそれで楽だけどさ……

「この一週間で分かったことがあるの。どうやら、武人の周囲には魔素が集まり易いみたいなのよ」

「は?」

 って、またもや何を言い出しますかこの人は。

「きっとそういう体質なんでしょうね。魔素による歪みを視ることが出来るのもそのおかげかもしれないわ」

 はあ。何と言っていいのやら……

「だから、あなたが近くにいればあたしたち魔女は困らないってわけね」

「それってかなり微妙だな……」

「いいじゃない。別に武人の身体がどうこうなるわけじゃないんだから」

 まあその通りなんだが……

 何となく釈然としないが、まあそれに関してはとやかく言ったところでしょうがないだろう。

 俺の言葉に律儀に返事をしていた冴倉だったが、すでに始めていた作業の手を一度も止めることなく進めている。実に器用な奴だ。

「それで、その療薬ってのはどんな薬なんだ?」

「名前の通りの薬よ。生物の細胞を活性化させて傷を治療する薬なんだけど……飲薬でいいわよね?」

「ああ」

 ……ん?

「ってちょっと待て! それどういう意味だ?」

「どういう意味ってどういう意味よ?」

「何で俺に飲薬でいいとか聞くんだよ? まさか俺に飲ませる気か?」

 魔女が作った薬を? それは結構な危険があるんじゃないのか?

「当たり前じゃない。誰かが飲まないと結果がわからないでしょう? 今日の配合はちゃんと控えてあるから、この結果を記しておかなきゃ。一回で成功するとは限らないんだから」

「それはなおさら危険だろ!」

「大丈夫よ。一応医療薬なんだから」

「そうは言ってもな……」

 何よりも不安なのは、こいつがまだ見習いということだ。

「協力してくれるんでしょう? 男だったら一度交わした約束は破らないでよね?」

「くっ……」

 男じゃなくたって約束は守るもんだって言いたいとこだが、そんなこと言ったらなおのこと俺の立場は悪くなる。

 何とかならないものか……

「覚悟を決めなさい」

「……わかったよ。ったく、ついてねー」

「何か言った?」

「いいえー、何もー」

 とりあえずは出来上がるのを待ってみよう。飲めそうなものだったら飲んでもいいし、そうじゃなかったら……ま、その時考えればいいか。

「それにしても……」

 しばらく沈黙が続いたが、フラスコやらビーカーやらに入った液体を火にかけている冴倉がそんな言葉を漏らした。それは続きのある言葉だと理解できた為、俺は口を挟まずにその続きを待つ。

「本当に凄いわね。これだけの魔素を集めるのに、普通だったら何時間もかかるのに」

 自分だったら。と言わないのはこいつなりのプライド故だろうか。とは言え、その凄さっていうのが俺にはイマイチ分からない。

「さて、出来たわ」

 最終的に一つのフラスコに混ぜられた液体を、そう言って中身の入っていないペットボトルに移す冴倉。ラベルは外されていて何が入っていたものかはわからないが、形とキャップを見てホット用のペットボトルだというのは分かった。

「後は冷やして飲みやすくするだけよ」

 そう言って俺にペットボトルを差し出してくる。とりあえず受け取ってみる。

 ……まあ、色はそんなに変じゃないな。別に臭いも今まで異臭とかはしてこなかったし……これは、一応飲めそうかな?

「帰って冷蔵庫で冷やして、明日持ってきなさい」

「それは別に構わないけど、魔法で冷やしたりとか出来ないのかよ」

「出来ないこともないけど、すでに魔法の影響下にあるものは他の魔法が効きにくいの。だからそこで余計な力を使うより、時間を置いた方が楽でしょう?」

 自分の都合かい。いや、まあ効きにくいってならその方が無難かもしれないけどさ。

「それじゃあ、今日は帰りましょう」

「そうだな」

 使った道具を片付けようともせずに実験室を出ようとする冴倉に少しだけ抵抗を覚えるが、それに関しては教室の時にすでに説明をされている。今俺たちがいるのは本来の実験室とは違う一時的な空間である為、誰もいなくなった時点で消失すると言うのだ。一度出てからもう一度誰もいない実験室を作り出し入り込んだとしても、ここに散乱している道具は全て元通りになっている。元通りと言うか、実際の空間の状況と同じ状況が再現されるというのが正しいらしいが。

 この仮想空間では何をしても現実の空間に影響を及ぼさない。と同時に、現実空間からの影響も作り出された瞬間以外には受けない。そういうものだそうだ。

 さて。そんなわけで実験室を出たわけだが……

「そういや。冴倉はどこに住んでるんだ?」

 この一週間、一度も一緒に帰ったことなどなかったが、特に示し合わせたわけでもなく一緒に外に向かう俺と冴倉。

 ちょうど校門に差し掛かった辺りで、俺はふと気になってそんな質問をした。

「瑞ノ葉公園の直ぐ近くよ。知らなかった?」

「そりゃあ知らないさ。初めて聞いたしな」

「そう? いろんな子に聞かれたから、武人にも聞かれてたかと思ったわ」

「まあ、その辺は転校生特権って奴だな」

「何よそれ?」

 言ってる俺もちょっと意味がわからなかったが、苦笑する冴倉を見て俺も苦笑を漏らした。

「何にせよ、あの公園の近くってことは方向同じみたいだな」

「武人もあっちの方なの? って、公園で会ったんだから考えてみたら家近そうなものよね」

「そうだな」

 まるで普通のクラスメートとの会話をしながら帰路を歩く俺と冴倉。いや、実際にクラスメートではあるんだけど。

 とりとめもない会話をしながら歩くうちに、俺と冴倉が初めて会った公園――瑞ノ葉公園に差し掛かった。

 その時――

 公園の中から、一匹の犬が飛び出してきた。見た目は柴犬の様だが、少し体が大きい。雑種かもしれない。首輪をしていないし、野良犬なんだろう。犬はどうやら興奮状態にあるらしく、まるで俺たちを敵視しているかの様に唸っている。

「どうかしたのかね?」

 冴倉の意見を聞こうと思い振り返ると、そこにはガタガタを肩を震わせる冴倉の姿があった。

「おいおい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫に決まってるじゃないっ。あたしが、あんな犬如き怖がるわけないでしょっ」

 ……どうやら怖いらしいな。これ程わかり易い奴はそうはいないぞ。

「きゃっ!」

 犬が俺たちに向かって吼えたかと思うと、冴倉は驚いたのか俺に抱きついてきた。

 なんつーか、これは恥ずかしいというか役得というか……ほら、だって、なあ? 柔らかいものが腕に当たってるわけですよ。

「ちょっと武人! アレ何とかしなさい!」

 そんな束の間の幸せは一瞬で消え去り、俺の首を掴んでグラグラと揺らす冴倉。

「ぐっ、ぐるじぃ……」

 ついには俺の身体全体が揺れ、その勢いで鞄から何かが落ちてしまった。

 あれは……ペットボトル?

 見覚えのある、しかし何かがおかしいソレは、よく見れば紛れもなく冴倉に渡されたペットボトルだった。だが、その容器は半端なく膨張している。まるで飲み終わったペットボトルに蓋をして、何ヶ月も部屋に放置しておいたかの様な膨張っぷりだ。言うなれば、爆発寸前?

 そう思った次の瞬間、目の前の犬がまるで標的は最初からソレだったかの様に、ペットボトルに飛び掛った。刹那、ペットボトルは破裂し、中の液体が犬にかかった。いや、かかっただけじゃない。ペットボトルを咥えようとしていた犬の口の中に、間違いなくその液体は入っていった。それでも爆発の勢いでその身を仰け反らせた犬だったが、直ぐに起き上がりこちらを睨む。

 いや、悪いのは俺たちじゃないだろうに……

 あれ? そう言えばいつの間にか俺の首を絞める力が弱まっている。って言うよりまったくない。ふと視線をずらすと、俺の身体にもたれかかる様な形で冴倉は気を失っていた。さっき犬が飛び掛ってきたのが原因だろうか? いや、そんな分析はどうでもいい。それよりもあの犬だ。冴倉の造った薬を飲んだわけだけど……一体、どうなるんだ?

 何の起こらなければいい。そんな淡い期待を抱きながらも、俺の予感は悪い方向にばかり良く働く。

「グルルゥゥ」

 犬の唸り声にしては、やけに野太い。だがそれは間違いなく目の前の犬から発せられた声だ。恐る恐る、顔を上げる――

「な!?」

 その犬を――いや、犬だったものを見て俺は思わず言葉を失った。

 目の前には、俺よりもふた回りくらいの巨体を誇る大男がいた。ただし、顔は犬。人間の様に二足で立ってはいるが、その全身は体毛に覆われている。そうだな。一言で表すなら、狼男――もとい。犬男と言ったところか。

 なんて冷静に分析していると、どうやら冴倉が目を覚ましたらしく俺に寄りかかっていた身体を起こした。そして視線を正面へと向け……

「ちょっと! 何よあれ!? あんた何したの?」

 今度は気を失わなかった。

「じゃなくて……俺は何もしてない。冴倉の造った薬のせいだよ」

「どういうこと……?」

「ペットボトルが破裂したんだよ。んで、拍子にさっきの犬が薬を飲んじまったんだけど……」

「その結果が、アレ?」

 そう言って犬男を指差す冴倉。俺は黙ったまま頷き、もう一度犬男を見据える。すると……

「あ、目が合った」

 さっきまでは虚ろだった犬男の目が、はっきりと危険なものへと変わった瞬間に目が合った。口が半開きになり涎を垂れ流している犬男だが、その目の鋭さ故に余計に怖い。

「つーか、俺たちもしかして狙われてる?」

「……多分ね」

「魔女さん、どうにかなりませんか?」

「あたし、犬だけはダメなのよ」

「あ、そう」

「…………」

「…………」

 一瞬無言になる俺たちだったが、直ぐに同じ意見が口に出る。

「逃げるぞ!」

「逃げるわよ!」

 と同時に頷き合い、俺たちは踵を返し走り出した。それを待ってくれていたわけじゃないだろうが、犬男もそんな俺たちの後を追う様に駆け出した。

「って、速っ!」

 駆け出した俺たちのスピードとは比べ物にならない。そのあまりの身体能力で、犬男はいっきに俺たちの前方まで飛び出てしまった。が、直ぐに足を止めこちらに顔を向ける。

「ホントどうにかならないのか?」

「……一つだけ、手があるわ」

「ホントか!? なら頼む!」

「……本当にいいの?」

 何を言ってるんだ、こいつは? アレを何とか出来る手があるなら迷う必要なんてないだろ。

 などと思っているうちに、犬男が再び地面を蹴った。

「迷ってる暇なんてねー!」

「わかったわよ! でも、あたしは本当は嫌なんだからね!」

 そう叫んだ次の瞬間、何が起こったのか理解出来なかった。目の前に、冴倉の顔がある。目は閉じられているし、心なしか頬が赤い。それはいい。いや、良くはない。近すぎる! って、違う! そうじゃなくて……

 俺の唇と冴倉の唇が触れ合っている。それだけじゃなくて……

「だあぁぁ!!」

 思わず固まってしまったが、犬男の接近とほぼ同時に羞恥に耐えられなくなり、俺は冴倉を突き放して叫び声を上げた。

「ちょっと、何するのよ?」

「それは俺の台詞だ! いきなり何しやがる!?」

「何って……き、キ――って、そのことについては後で話しましょう? 今はアレを何とかしないと」

 それはまあ、正論だ。だけど、冴倉が何とかしてくれるんじゃなかったのか?

 なんて思いながらも視線を犬男に向ける。そこには、ゆっくりとこちらに近づいてくる犬男の姿が――

 ん? 何であんなにノロいんだ? いや、それだけじゃない。冴倉の声も遠いというか、動きが緩慢に見える。だが、かろうじて冴倉の言葉を理解出来た。

 ――武人が、アレを倒すのよ――

 そんな無茶な……普通なら、そう思うはずだ。なのに不思議と、今の俺はそんな風に思わなかった。その風貌は変わらない。だけど、さっきまで凶暴で危険に見えた犬男が元々の野良犬くらいにしか思えない。

 自分の変化に戸惑うよりも早く、俺の身体が意に反して動いていた。考えながらも、俺の身体は自然と動く。まるで冴倉の言葉に従う様に。

 ……決着は当然と思える程呆気なくついた。何発か犬男の腹に拳を叩き込むと、犬男は気を失ったのかその身体を地に伏せた。すると薬の効果が切れたのか、犬男は元の野良犬の姿へと戻っていった……

「武人、おつかれさま」

「ああ」

 冴倉の労いの言葉は耳を抜けていった

 そんな言葉も、現状の説明もいい。

 それよりも今は、ただ休みたい。そう思った……

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