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第二話 転校生は魔女

 私立セントフレアス学園。

 この街で――いや、日本中でも最大級の規模を誇るマンモス校。初等部、中等部、高等部、大学部から成る学園で、俺はその高等部の2年生だ。

 特に進学校というわけでも、部活動が極端に盛んというわけでもない。どちらも公立校の上の下くらいのレベルだろう。それでもこの規模を維持し続けているのは、自由な校風と何よりも学園の設備の良さだろう。細かく語るときりがないから、その辺は割愛ってことで。

 因みに……

 敷地の問題から、初等部と中等部、高等部と大学部といった感じに学園の場所は別れている。

 俺の通う高等部は、街のほぼ中心にあると言っても過言ではない。しかも建物が目立つものだから、はっきり言って名物みたいな扱いを受けている。まあ、決して悪いことではないんだろうけど。

 ともあれ。

 今日も今日とて、俺は学園までやってきた。時刻はまだ朝の5時半。早朝と言える時間だろう。因みに、普段の俺の登校時間は8時頃だ。ならなぜこんな時間に学園まで来たかと言うと……

 全然眠れなかったから。

 昨晩出会った魔女みたいな女の子のことを考えていたら、気がついた時には日が昇っていた。それから寝たところで大した時間は寝れない。つーか絶対に起きれない自信があった為、そのまま準備をして学園までやってきたというわけだ。

「あっれー? 早瀬じゃねーか。珍しく早いな?」

 背後から声をかけられちょっと驚きながらも、何とかそれを隠して振り返る。

 そこに立っていたのは、クラスメートの赤木 英太だった。

「ああ、ちょっとな。そういう赤木こそ早いじゃないか」

「オレは朝練だよ。水曜と土日以外が6時から朝練があるんだ」

 そう言えば、赤木はサッカー部だったな。

「そうだったのか……意外と頑張ってるんだな、サッカー部」

「まあな。て言うか、早瀬もどうだ? お前だったらいつでも入部大歓迎だぞ?」

「サッカーは好きだけど、俺は朝は弱い。つーわけで遠慮しておく」

 赤木とは高等部に入ってからの付き合いだが、体育の授業で何度もサッカーをしている。元々運動は得意な方だし、特にサッカーが好きな俺はそれなりに頑張って授業を受けていた。その時にサッカー部員でもないのに部員並に動ける男として赤木に認定されたらしい。

 赤木はかなり上手いと思う。部でもレギュラーらしいし。そんな赤木曰く、俺はちゃんと練習すればかなり良い選手になれるんじゃないかと言うことだ。とは言え、しょせんは高校レベルの話。しかも同級生の言葉だ。そんなものを鵜呑みにする程俺はバカじゃない。

「そうか。まあ、別に無理に入れとは言わないからいいんだけどな。おっと。そろそろ時間だ。じゃあまた後でな」

「ああ」

 俺の返事を聞くよりも早く赤木は駆け出し、部室棟のある方へと去って行った。

 特にすることがない俺は、のんびりと校舎へと向かう。

 正直言って眠いし、教室で寝てるかな。

 そんな風に考えながら、俺は自分の教室へと向かった……



「転校生を紹介するぞ」

 教室で完全に熟睡していた俺だったが、担任のそんな声で目を覚ました。

「転校生だって、どんな奴だろうな?」

「女の子だといいなー」

「可愛い子限定でな」

 野郎共が好き勝手に言葉を交わし合っている。普段なら俺もあの中に加わるんだろうけど、生憎と寝起きの俺にそんな余裕はない。いや、結構意識はっきりとしてるけどさ。

「男子ってやーねぇ」

「でもさー、やっぱ格好良い男の子だったら嬉しいよね」

「うんうん。期待しちゃうなー」

 なんてはしゃぐ数人の女子もいる。

 どっちも大して変わらない反応だ。まあ、それが普通ってことか……

「ねぇねぇ、たけちゃん」

 などと考えていると、右隣りから聞き慣れた声が聞こえてきた。視線を向けると、そこには肩口くらいまで伸ばした黒髪、一見ぼぉ~っとしてそうな瞳、それでいて無駄に姿勢良く席に座っている女子――俺の幼なじみである藤野 雅の姿があった。当たり前だ。俺の右隣りの席は雅の席なんだから。

 因みに、「たけちゃん」って言うのは俺のことだ。この歳になってその呼び方は恥ずかしいから止めろって何度も言ってるんだけど、まったく止めてくれる様子はないのが現状だ。

「何だよ?」

 と、我ながら不機嫌そうな声で返す俺。意識して不機嫌そうにしたわけじゃない。寝起きだから当然の声音だろう。だからそんな涙目で見るな、頼むから。

「あ、あのね。そのぉ……」

 俺の声音にビクビクとしながら、言葉を濁らせる雅。

 相変わらずの小心者だな……

「怖がってんじゃねーよ。いいから早く言えって」

 極力優しく言う――なんて真似はしない。なぜならこいつは優しくすると直ぐ調子に乗るからだ。

「う、うん。ごめんね。えっと……」

 これはこれでちょっとイラつくぞ。

「転校生、どんな子だろうね?」

「知らねーよ」

「うっ」

 俺の素っ気ない返事に、またもや肩をビクつかせる雅。

 ……はぁ。

「何でお前はいつもそんななんだ……って、まあ今はそれはいいか。正直なところ、別に転校生なんかに興味はない」

 むしろ気になるのは、昨日のあの子のことだ。

「そうなんだ。良かったぁ」

 なんて安堵の言葉を漏らす雅。なぜか嬉しそうに胸を撫で下ろしている。

「お前ら、もう少し静かにしろー。転校生が入ってきにくいだろ」

 教卓を叩きながらそんなことを言う我らが担任。31歳独身男性、恋人いない歴ン十年。

「よし。入ってきれいいぞ」

 教室内が静まり返ったのを見計らって言った担任の言葉の直後、教室の前側の扉が開かれた。そこから入ってきたのは、一言で表すなら美人の女の子だった。

 腰よりも少し高い位置まで伸びた、透き通る程に綺麗な銀髪。歩き方はまるでモデル。全体的に清楚な雰囲気を醸し出している。今時と表現出来る丈の短いスカートから伸びるスラッとした脚はまさに美脚。と言うか隠して下さいと言いたくなる程眩しく映る。そして何よりも、驚く程に整った顔立ちをしている。少し棘がありそうなキツイ感じのする瞳がまた刺激的で――

 って、俺は何を言ってるんだ……

「それじゃあ、自己紹介をしてくれ」

「はい」

 教卓の横まで来た転校生は、担任に言葉に頷き正面を向く。俺たちとはちょうど向かい合う格好だ。

「冴倉・アレーリア・南月です。先週まではイギリスで暮らしていました。日本は久し振りなので、色々と皆さんにはご迷惑をおかけすると思いますがよろしくお願いします」

 そう言って一礼する転校生。

 礼をした後に顔を上げた転校生と、偶然に目が合った。なぜか向こうは驚いた顔をしている。

 ん……?

 俺の顔に何かついてるのか?

 なんて思った次の瞬間には、慌てた様子で視線を外す転校生。いきなり嫌われたか……?

「むぅ~」

 なぜか隣りでむくれている雅。

 まったく、今日はついてないな……いや、今日というより昨日からか。変な女に会うわ、幼なじみは急に不機嫌になるし、転校生にはいきなり嫌われたっぽいし……

 ってちょっと待て! あの転校生、どこかで見たことある気がするぞ。そんなに前じゃない。最近のことだ。

 違う。そんな曖昧なものじゃなくて――

「あー!」

「どうした早瀬?」

 急に立ち上がり大声を上げた俺に、担任が心配そうに声をかけてきた。

「いや、何でもないです。すいません」

 そう言って座り直し、転校生に目を向ける。

 そうだよ。何で直ぐに気づかなかったんだ? あの転校生、昨日の魔女みたいな格好の女じゃないか……

 あんな綺麗な子、そう簡単に忘れるわけないのに……

 昨日起こった出来事は覚えてる。なのに、彼女の顔だけはスッパリと忘れてた。そんなバカな。もしかして、これもあの子の魔法ってやつなのか?

「そうだな。それじゃあ冴倉は、窓際の一番後ろの席に座ってくれ。あそこは今空いてる席だからな」

「わかりました」

 俺を見た時の驚きなんてなかったかの様に、教室に入ってきた時と同じ様に優雅に指定された席へと歩いていく転校生。

 後で問い詰めるべきか。でも、一応昨日のことは忘れるって約束だしな。うーん……

 まあ、なるようになるか。そのうち話す機会もできるだろ。

 そんな風に楽観し、俺は再び眠りに着くことにした。

 もう直ぐ授業も始まるわけだが……

 しょうがないんだ。俺はまだ眠いんだから。

 と、軽く現実逃避することで今日の学校生活が始まった……



「早瀬君、でしたよね?」

 転校生――もとい。昨夜の魔女風女がそうやって声をかけてきたのは、俺の眠気がようやく全快して昼飯を食いに行こうと立ち上がった矢先のことだった。

「なぜ俺の名前を知っている?」

「皆さんが教えてくれましたので。藤野さんと仲が良いことで有名だと」

 まあ間違ってはいないが……

 ああそう言えば、休み時間の度にクラスの皆に囲まれてたっけ。俺はほとんど寝てたから参加してないけど。その時にでも聞いたのかな。

「で、何かようか? 転校生」

「いえ、特別ようというわけではないんですけど……あとクラスでお話してないのはあなただけですので」

「ふーん」

 多分、真意は別のとこにあるんだろうけど……まあ、そこはお互い様か?

「んで、話したかったことは名前の確認だけか?」

 この言葉は、ある種の確認。俺が隠した言葉の真意を受け取ってくれるかどうかはわからないが……

 ふと、彼女の目つきが一瞬険しくなった。おそらく気がついたんだろう。

「やっぱり、覚えているみたいね」

 さっきまでのかしこまった口調とは違い、多少だが砕けた口調になった。昨日もそうだったが、こっちが彼女の地なんだろう。っても、まだまだ昨日に比べたら堅い喋り方だけどな。

「実力行使にでも出るつもりか? 俺はあくまでも努力はするって言っただけだぜ? いや、それよりも……」

 俺が彼女の顔を忘れていたことについてだ。せっかくこうして向こうから声をかけてきたんだ。確認する絶好のチャンス。なんだけど……

「ちょっと待ちなさい。ここでこれ以上そんな会話をしたら目立つわ。着いて来て」

 俺の言葉を遮ったかと思うと直ぐに教室を出て行く転校生。彼女の言う通り、周りの奴らがこっちの様子を伺っている。そりゃあ、話題の転校生といきなりヒソヒソと話してる奴がいたら気になるわな。

 軽く頭をかきながら、俺は彼女の後を追う様に教室を出た。ほんの少し足を止めていただけなのに、もう彼女の姿は近くにはない。

「こっちよ」

 そんな声が聞こえてきたのは、背後――俺が今出てきた教室の中からだった。

 驚きながらも振り返ると、やはり教室の中に彼女がいる。しかし、ついさっきまでいたはずのクラスメートの姿が全くない。

「一体どういうことだ?」

「ちょっと空間をイジッただけよ。いいから入ってきなさい。今あなたがいる場所はどちらにも属さない空間になってるんだから」

 その言葉の意味はよく分からなかったが、とりあえず危険があるということだけは察することができた。

 それにしても、空間をイジッただって? こいつは何でもありか?

 なんて考えながら、彼女の呼ばれた通り誰もいない教室に入ろうとする。

 は!

 待て。人気のない所で二人きりになったら、それこそ実力行使に出られるんじゃ……

「何もしないよな……?」

「男のくせに意気地なしね……何もしないから早くこっち来なさいよ」

 と、ちょっと苛ついた声を上げる転校生。俺は覚悟を決めて、今度こそその教室に足を踏み入れた。

「さて。改めて自己紹介でもしましょうか。あたしの名前は冴倉・アレーリア・南月。よろしくね」

「俺は早瀬 武人だ。よろしく」

 転校生――冴倉が手を出してきたので、それを取って握手を交わす。

「多分あなたが一番気にしてることから説明しておくわ。多分、あたしのことを完全に覚えてたわけじゃないんでしょう?」

「ああ」

「やっぱり……あたしが変に驚かなければちゃんと効いてたっぽいわね。ああ、とりあえず言っておくけど、別にあなたの頭をイジッたとかそういうことじゃないから。あれはただのお呪いみたいなものよ。催眠術に近いかしら?」

「あの時……目があった瞬間か?」

「ええ。結構冴えてるのね」

 褒められても嬉しくない。

 まあ、そんな間があったならあの時しかなかっただろうしな。

「参考までにどんな感じだったの?」

「ん? ああ、そうだな。昨日の出来事はちゃんと覚えてたんだけど、冴倉の顔だけがすっぽり記憶から抜けてたみたいだ。最初教室に入ってきた時に気づかなかったからな」

「やっぱりそんなもんか……まあ、魔素を用いない術じゃそんなもんよね」

「勝手に納得してるのは別にいいんだけどさ。結局、あんたは一体何者なんだ?」

 まさか、本当に魔女なわけないよな? でも、さっきから魔素とか術とかマンガに出てきそうなこと言ってけど……

「多分、あなたが想像してる通りの存在よ」

 っていうことはまさか……

「魔女。って言っても、まだ見習いだけどね」

 ああ、やっぱり……

 もはや、悪い予感しかしてこない。

「昨日も言ったけど、あたし物質操作系の魔法って苦手なのよ。だから――」

 ああ、その先は出来れば聞きたくないな。今度は身の危険じゃない。ただ単に俺の予感が告げてくる。関わっちゃいけない、と。

「あなた、あたしに協力しなさい」

 でも、そう簡単に逃げられるわけがない。だって相手は魔女なんだから。


 これは、俺の不幸の始まりだった……

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