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第十二話 魔女認定最終試験

 10月28日、日曜日。もう直ぐ日も沈む夕方。冴倉の話では、今日冴倉の師匠が来日しているはずだ。そして、冴倉が一人前の魔女として認めてもらう為の最後の試験が行われる。

「試験は、一人で受けないといけないから」

 冴倉のそんな言葉で、近くにいることすらも拒まれた。細かく教えてはくれなかったが、それだけ危険があるのかもしれない。なら余計に……とも思うけど、近くにもっと頼りになる人物がいるんだから俺がでしゃばるところではないんだろう。

 ……って、俺が気にする様なことか?

 いや、普通するよな。ここまで付き合ってきたんだ。そりゃあ、俺はただ魔素を集める為にいただけってことの方が多かった。でも……

 はぁ……

 俺、何考えてんだろ……

 ベッドに仰向けで寝転がり、見慣れた天井を見上げる。

 今日の冴倉の試験。受かったらこれから先どうする気なんだろうか? それに、落ちたとしても。

 俺はあいつの考えを何も知らない。いや、それだけじゃない。たかだか一ヶ月くらいの関係だ。俺は、冴倉のことを何も知らない。知っているのは、あいつが魔女見習いだっていうこと。そして、魔女になる試験の為に日本にいるということ。それだけだ……

 こうやって自分の部屋で過ごしていても、思い浮かぶのは冴倉のことばかりだ。

 ついこの前までは、こんなことなかったのに……

 それどころか、魔女だ魔法だなんて嫌で、関わり合いになりたくないって思ってて……

 ただ、平穏に過ごしていたい。

 そう、思ってたはずなのに……

「くそっ!」

 イライラする。理由は分からない。でも、胸がモヤモヤとしたモノに包まれてるみたいで、どうしようもなく悪態をつく。

 ……情けない。本気で、そう思う。

 何でもない、いつもと同じ休日。それなのにこんなにも落ち着かない。感情が不安定になる。

 冴倉・アレーリア・南月……あいつの存在が、こんなにも俺をおかしくさせる。

 最近は少し疎遠だった幼なじみがいて、学校には悪友もいて、普通の高校生活を送っていた。それが俺にとっての日常で、冴倉の試験が終わればそんな日常に戻るんだと思っていたのに……そんな日常を、望んでいたはずなのに……

 思考が似たようなものでループする。その中心には、冴倉の存在がある。

 俺は……

「あーあー、何難しそうな顔してんのかね? 青少年」

「え?」

 直ぐ近くから声が聞こえてきて、驚きのあまり素っ頓狂な声を出してしまった。

 声がしたのは窓の方だ。恐る恐る、そっちに視線を向ける……

 いつの間にか窓は開いていて、その縁に足をかけている女がいた。冴倉と同じ様な髪型。でもその色はアリアと良い勝負なキレイなブロンド。シックな黒いローブを着ている。それでもと言うべきか、だからこそと言うべきかは分からないが、雅と同等かそれ以上に豊満な胸だと良く分かる。頭には黒いトンガリ帽子。やけにピンと張った背筋が印象的というか、彼女が自分に多大な自信を持っていることが伺える。

 名前も知らない。当然会ったこともない。だけど、俺にはこの人が誰なのか理解できた。

「はじめまして。私の名前はイリス。イリス・エル・ナートカス。南月の師匠ってことになってる者よ」

 ああ、やっぱり……その砕けた話し方が随分イメージとは違ったけど……

 彼女が放つ圧倒的なまでの存在感が、それを察せさせた。

「は、はじめまして」

 何とかそう返すだけで精一杯だった。

 プレッシャーを感じている。冴倉の師匠――イリスさんは微笑んでいる。口調とはあまり合っていないが、優しい笑顔だ。それにとびきり美人。冴倉が大人になったら、こんな感じになるんじゃないだろうか。なんつーの、大人の魅力ってやつ? いや、そうじゃなく。いやいや、それもある意味プレッシャーあるんだけど。それ以上に、そして笑顔と口調のギャップ以上に、単純に彼女の放つ存在感がプレッシャーを与えてくる。

「さて、いきなりで悪いんだけど……」

「はい? 何でしょう?」

 思わず敬語になる。

「南月がピンチなんだけど、助ける気ある?」

「な!?」

 いきなり何を言い出すんですかこの人は!

「って、冴倉がピンチ!? どういうことですか!?」

「あらあら。思ってたより良い食いつきね」

「それはいいですから、詳しく教えて下さい! いや、それよりもそれなら何であなたはここにいるんですかっ?」

「それはほら、今は試験中だからね。私は手出し出来ないわけよ」

「俺なら出来るって言うんですか?」

 冴倉は、試験は一人で受けないといけないって言っていたはずだ。

「出来るわよ?」

「え?」

 またもや素っ頓狂な声をあげてしまった。いや、お恥ずかしい。って、俺意外と余裕あるな……

「いやー、君のこと聞いておいて良かったわ。このままじゃ、あの子失格確定だから」

「なっ――」

「でも、君がいるなら何とかなると思う」

「……どういうことですか?」

「魔女の試験――って言うか内容自体は私が考えたやつだけど、まあ南月に課した試験ね。要はあの子が魔女としてある契約を交わさないといけないってものなんだけど、あの子の力に基づくものなら手を出しても問題ないのよ。つまり――」

「冴倉の下僕である俺なら、冴倉を助けられるってことですか?」

「その通り。飲み込み早くて助かるわ。私もこれでもあの子のことを心配してるからね。出来れば、合格して欲しいじゃない?」

 いや、じゃないとか言われても……って言うか、判断するのはあなたではないんでしょうか?

「で、助けに行く気はあるわけ?」

「当然!」

「なら、ちゃんと説明しておかないとダメか……」

 この人、何で面倒そうなんだろう……

「あんまり時間ないから手っ取り早く言うけど……試験の内容は、私と同じ土台に立つこと。それだけ」

「いや、全然手っ取り早くないですけど……?」

 全然理解出来ん。

「そっか。じゃあもう少し詳しく言うと、試験の内容は深淵世界に簡易干渉する術を得ること。あ、深淵世界は分かるよね?」

「一応……って! それってかなり危険なんじゃないんですか!?」

 簡易干渉っていうのがどれ程のことなのかは分からないが、深淵世界への干渉が危険なものだっていうのは重々理解しているつもりだ。

「もちろんそれなりに危険よ。今それが出来るのは、うちの里じゃ私だけね。だけど、それが出来ないなら私に弟子入りした意味がないのよ。いいえ。あの子にはそれが出来る。だからこそ私はあの子を弟子にしたんだから」

 だけど、それが今とは限らない。現状を考えれば、そういうことなんだろう。そして〝今〟失敗を犯すということは、冴倉が命を落とすということにも繋がる可能性がある。

「瑞ノ葉公園っていったっけ? 今、あの場所には結界が張ってあるの。あの子と同じ魔力の波長を持つ者しか入れない。そういう結界が」

「分かりました。瑞ノ葉公園ですね!」

 これ以上は何の説明も要らない。今俺に出来ること。それは、冴倉を助けることだ。

 だったらやらなきゃいけないだろ。俺にしか出来ないことがあるんだったらさ!

「行ってらっしゃーい」

 そんなイリスさんの軽い言葉を背中に受けながら、俺は慌てて部屋を出て瑞ノ葉公園へと向かった……



 瑞ノ葉公園へと辿り着いた俺を待っていたのは、それこそ信じられない様な光景だった。

 地面と、冴倉以外の全てのものが燃えている。赤い、風景……空気さえも燃えいるかの様に、俺の視界に映る全てのものが赤く見える。

「何だよ、コレ……」

「た、武人……?」

「冴倉!」

 普段からは想像出来ない様な弱々しい冴倉の声が聞こえて、俺は近くにうずくまっている冴倉の元に駆け寄った。

「おか、しいな……何で、武人が、こんなところにいるんだろう……」

 そうか。冴倉は下僕ならここに来れるっていうことを知らないんだな。

「ああ……幻かぁ……どうやら、もうダメみたいね……」

「何言ってるんだよ!? まだ終わっちゃいないだろ!」

「なん、で……幻の、武人は……こんなに、優しいんだろう……?」

 切れ切れに、そんな言葉を呟く冴倉。

 目立つ外傷はない。だけど、間違いなく冴倉は傷ついている。

「そう言えば、この前の夜も優しかったか……あたし、迷惑しかかけて、ないのにね」

 そう言って、自嘲気味に苦笑する冴倉。

「そんなことない! 迷惑とか、最初の頃は思ってたけど……でも今は、冴倉の力になりたい。力になれることが嬉しいんだ!」

「たけ、ひと……?」

「少し待っててくれ。アレ、何とかすればいいんだろ?」

 最初は気づかなかった。でも、冴倉と話してる内にナニと戦っていたのかが理解出来た。

 それは、炎。深紅に燃え上がる炎が、中空で揺らめいている。アレに意志があるのかどうかは分からないが、少なくとも今敵対しているのがアレだということは分かった。

 いつぞやの様に冴倉から貰ったアメ玉を取り出し、封を開け口に放る。ボリボリとアメを噛み砕くと、冴倉がアメに練り込んだ魔素が俺の体内に流れ込む。

 擬似的な下僕化。直接冴倉から魔素を貰う時とどれ程の差があるのかは分からないが、少なくとも今までに得た能力は発現出来た。なら……

「あいつを倒すことだって出来るかもしれない……いや、倒す!」

 全身に魔素が巡り、簡単な身体強化がなされ、また周囲の時の流れから逸脱する。深紅の炎が魔素によって形成されているのは想像出来たし、実際にそうなのだと下僕化したことで確認出来た。だからこそ、俺は勝利を確信した。アレを回帰させれば、それで終わり。それは確実に直ぐに訪れる未来なのだと、そう思ったのに……

「なっ!?」

 気がつけば、俺の右腕が燃えていた。今の今まで痛みも熱さも感じていなかったのに、激しく燃え上がる炎を見た瞬間に思い出したかの様に熱さを感じた。いや、それすらも一瞬のことだった。熱いと思った次の瞬間には燃え上がっていた炎は消え、俺の右腕は一切力を入れることが出来ずダラリと垂れ下がった。外傷はない。にも関わらず、まるで神経がなくなったかの様に痛みも何も感じない。

「武人……」

 少しは回復したらしく、よろよろとした足つきで俺に近寄ってくる冴倉。

「大丈夫か?」

「それはこっちのセリフよ……大丈夫?」

「まあ、一応はな。動かないけど、痛みはないし。冴倉は?」

「おかげさまで。元々外傷があるわけじゃないから、少しでも休めたおかげで動ける様になったわ」

 口調もしっかりしてるみたいだしな。これなら安心かもしれない。

「って言うか、こんなまったり会話してて平気なのか……?」

 恐る恐る、中空に揺らめく炎に視線を向ける。何かしてくる気配はない。どういうことだ?

「大丈夫よ。こっちから手を出さなければ――いいえ、敵意を持たなければ何もしてこないわ」

 そうなんだ。まあ、ならこうしてる間は安心か?

「でも、どうやって――うぅん。どうしてここに?」

「いや、突然冴倉の師匠――イリスさんだっけ? あの人がうちに来てさ、冴倉がピンチって教えてくれたんだよ」

「そういうことじゃなくて……」

「助ける気はあるかって、そう聞かれたんだ。さっきも言ったけど、俺は冴倉の力になりたいんだ。冴倉の下僕である俺なら、この試験にも力を貸せるって聞いてさ、居ても立ってもいられなくなった」

「そ、そう」

 そんな風に答える冴倉の表情はどこか嬉しそうで、それを見て俺も心なしか嬉しくなる。

 でも今は、冴倉の試験のことを考えないとな。

「で、アレは一体何なんだ?」

「何って聞かれても……見たままのモノよ」

 炎ってことか?

「アレは何かを燃やすという現象そのものよ。その性質上見た目は炎になってるけど、元々は形あるものではないわ」

 見たままでもなくないか? まあいいや。

「で、何でまたそんなもんと戦ってるんだよ?」

「アレと契約を交わす為よ」

 契約……そういや、イリスさんがそんなこと言ってた気もする。

「深淵世界への簡易干渉――自分の力の性質に最も近いモノ限定で、深淵世界に干渉する術。それを得ることが試験の内容なの。魔素に熱を持たせる力に長けたあたしの性質上、呼び出せたのがアレっていうわけ」

「契約を交わすとどうなるんだ?」

「あたし自身がどうなるというものではないわ。ただ、契約を交わしたモノのみだったら、簡単に深淵世界に干渉することが出来る様になるの」

 つまりは、アレを自在に操れる様になるってことだろうか?

「契約を交わす為には、あたしの力が上回っていると認めさせるしかない。アレそのものに意識があるわけじゃないから、単純に力量の勝負になるわけだけど……」

「なるほどね」

 理屈は分からない。だけど、やるべきことは分かった。

「それじゃあ、俺たちの第二ラウンドといきますか?」

「作戦会議とかはなし?」

「そんなもんあっても役に立たないだろ?」

「……それもそうね」

 俺の言葉に頷く冴倉の表情はどこか清々しく、それでいて柔らかな笑みを浮かべていた。

「武人」

「ん?」

 名前を呼ばれ、冴倉の方に振り返った瞬間――

 俺の唇に、冴倉の唇が触れていた。

 一瞬、頭の中が真っ白になった。だけど、今までみたいに慌てたりしないし、逃げもしない。

 嬉しい。そんな風に感じている俺がいる。出来ることなら、ずっとこうしていたいとさえ思う。

 俺の唇をノックする、冴倉の舌。俺はそれに応える。それは下僕としての本能なんかじゃなくて、俺自身の気持ち……

 そんな気分とは関係なしに、魔素が――力が流れ込んでくる。無くなっていた腕の感覚も戻ってきた。

 そっと、間近にあった冴倉の顔が――身体が離れた。

「行くわよ、武人」

「おぅ!」

 俺たちは同時に揺らめく炎に視線を向け、頷き合った。

 もう、負ける気はしなかった……

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