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第十一話 素直になれない四角関係

 俺とアリアが契約を交わしてから一週間が経った。

 あの日のことをアリアに問い詰めたところ、あの化け物はアリアが魔法を失敗したことで間違えて呼び出してしまったそうだ。

 深淵世界――魔女たちがそう呼ぶ、ありとあらゆる情報が存在する空間があり、そこから勉学に関する知識を手に入れようとし、失敗した。というのが事の顛末。それを聞いた冴倉はかなり本気でアリアのことを叱っていた。何でも、深淵世界への干渉は基本的には禁止されており、どうしても必要な場合は長老会という魔女の里のお偉いさんたちの承認が必要だそうだ。それなのに勝手に深淵世界に干渉したもんだから大激怒。そのせいか俺と契約を交わしたことは伝えていなかった。俺からも伝えてない。何を言われるか分からないしな……

「だからね。冴倉さんはたけちゃんのことをどう思ってるの?」

 そんな雅の声で俺は我に返った。いつもの雅とは雰囲気が違う。精一杯に険しい顔つきで、冴倉に噛み付いている。いや、言葉通りの意味じゃないぞ?

「あたしは別に……」

「だったら、これ以上たけちゃんを振り回さないでっ」

 それは自分を構う時間が少なくなってるから。という理由からくる言葉だろう。決して俺の自由を説いてくれてるわけじゃない。

「武ひ――早瀬君は、自分の意思であたしに付き合ってくれてるのよ。ねえ? 早瀬君」

 ああ、俺に振らないで欲しいんだけどなぁ……

「そんなことないよねっ? たけちゃん」

 何なんだ、この状況は……

「ちょっと! 二人とも、武人が困ってるじゃないっ」

 一瞬救世主が現れたかと思ったその言葉は、アリアから発せられたものだ。何となく嫌な予感がするぞ……

「アリアは関係ないでしょうっ」

「アリアちゃんは関係ないでしょっ?」

 冴倉と雅の声が重なった。流石のアリアもたじろぐかと思ったが、むしろ火が点いたらしい。

「そんなことないわよ! あたしと武人はキ――」

 そこまで言って、アリアは慌てて自分の手で口を塞いだ。

「アリア、今何て言おうとしたの?」

 冴倉が凄みを効かせるが、アリアは首を横に振りながら「何でもないっ」と答えるだけだ。

「まさか、この前の時に……」

 いい勘してるなぁ……

「何だか楽しそうね?」

 そんな風に俺に声をかけてきたのは、我関せずとしていたはずの中津川だった。

「どこが?」

「あの三人の様子が」

「そうか?」

「ええ」

 そうかな……? パッと見修羅場みたいなんだけど……

「ねえ……アリアちゃんって、皆のことフルネームで呼んでたよね?」

「ええ。親しい人はファーストネームで呼ぶけど、それ以外の人はいつもフルネームで呼ぶわね」

「少し前までは、たけちゃんのこともフルネームで呼んでたよね?」

 そういや、あの時以来武人って呼び捨てにされてるな……俺もアリアって呼んでるし、特に気にしてなかったけど。

「そう言えば、あの時からずっと呼び捨てにしてた気がするわ」

「たけちゃんと何があったのっ?」

 冴倉の言葉で、我を失ったかの様にアリアに飛びつく雅。

 って言うか、本当に何でこんな状況になってるんだ?

「ねえ早瀬くん?」

「ん?」

 ワイワイと騒ぎ立てる三人の傍ら、俺に話しかけてくる中津川。

「誰が本命なの?」

 そんな中津川の言葉で、今の今まで騒々しかった三人の声が一瞬でピタリと止んだ。

「何を言ってるんだか……」

 そりゃあ、三人とも女の子としては魅力的だと思うけどな。冴倉と俺とじゃ見た目が既に釣り合ってない。雅はそういう対象に見るわけにはいかない。アリアも……まだ実際は中学生だしなぁ。可愛いのは認めるけどガキみたいなもんだ。

「あ、実はわたしとか?」

 そんな一言で、三人の視線がいっせいに中津川に向いた。かなり敵意のこもった視線だ。

「……ナンデモアリマセン」

 何なんだ、一体……?

「って言うか、南月は武人のことどうとも思ってないんでしょう? だったらあたしがどう思ってたって関係ないじゃないっ」

「それは……ほら、あたしと武人は契約関係にあるからっ」

 あーあ……冴倉まで熱くなっちゃって……もう早瀬君ですらなくなってるぞ。

「契約って何?」

 雅よ。その疑問はお前にしたらもっともだ。でも冴倉が俺のこと名前で呼んだことはスルーなのな。

「だったらあたしだってそうだもん!」

「やっぱりしたんじゃない!」

 思わず(?)本当のことをバラすアリアと、それに対して激昂する冴倉。

 ……冴倉があんなに感情剥き出しにするのも珍しいな。ホント、何か今日はおかしいぞ?

「だから契約って何?」

 雅が話に置いてかれてる……まあ無理もないけど。何たって魔女に関する話だし。

「早瀬くん」

「何だよ?」

 いつの間に立ち直ったのか、再び中津川が声をかけてきた。

「契約って、何?」

「それ、さっき雅が使ったネタだぞ?」

「いや、ネタとかじゃなくて……」

「なら、詳しいことは言えない。この前アリアと約束してただろ? アレに触発するぞ」

「……そう」

 俺の言葉に心底悲しそうな表情を浮かべる中津川。何だか可哀相になってきたな……

 まあ教えないけど。

 だってなあ……あの二人とキスしたなんて言えないだろ。マジで。

「とりあえず、現状をまとめてみようと思うんだけど、いい?」

「なぜそんなことを俺に聞く?」

「……何となく?」

 いや、聞かれても……

「藤野さんは、誰がどう見たって早瀬くんのことが好き」

「そんなことないだろ」

 少なくとも嫌われてはいないのは確かだ。だけど、あの日のこともあるしな……

「そんなことあります。はい次。ちびっ子だけど、多分早瀬くんに好意を持ってる」

「何でまた?」

「理由なんて知らないわ。でも、あれは間違いなく恋する乙女の目よ」

 ホントかよ……

「まあ、わたしは恋をしたことないから確証はないけど」

「おいおい……」

「そして冴倉さんだけど……」

 ゴクリ――って、何で俺唾なんて呑み込んでんだ? 冴倉が俺のことどう思ってたって関係ないだろ。つーかむしろ今言ってるのはあくまでも中津川の考えに過ぎないわけで、冴倉の本心というわけじゃない。って、そんな風に考えてること自体がおかしいだろ。俺、やっぱり冴倉のこと意識してるのかな……

「多分、早瀬くんのことが気になってはいるんだと思う。でも、その気持ちが何なのか自分でも分かってない感じ」

「それは占いか何かなのか?」

「うぅん。わたしの勘みたいなものよ。でも、人間観察は得意だから」

 得意ってもな……

 まあ、何か信憑性なさそうだし、あんまり気にしない方がいいか。

「それで、早瀬くんの本命は?」

「だから、そういうんじゃないって」

 今の俺には、そんな返事しか出来なかった……



 昼休みに何だか分からない展開になった後、俺は放課後の廊下を一人で歩いていた。

 冴倉は来る最終試験に向けての準備で、今日は先に帰った。と言うか、夜に外で実験するからその時に手伝えとのこと。雅は職員室に呼ばれたとか何とかで、俺は暇を持て余してる状態だ。いや、先に帰ったっていいんだけさ……

 何だか最近は誰かしらと一緒にいることが多くて、それが当たり前の様になっている。そのせいか、何となく一人でいると空しく感じる。

「あ、武人」

 廊下を曲がった先に、見慣れた金髪ツインテールが――もとい。アリアがいた。

「何してんだよ、こんなところで」

「それはこっちのセリフよ」

「……お互い様だな」

「……そうね」

 と、何となく空しくなり溜息を吐く俺とアリア。

「もしかして、手空いてる?」

「もしかしなくても空いてる」

「なら――」

「却下だ」

「ちょっと! まだ何も言ってないじゃないっ」

「言わなくても分かる。どうせ魔法の実験を手伝えとか言うんだろ?」

 俺の存在は魔女にとっては都合が良い。いつの間にかそのことを冴倉から聞いたらしく、たまにこうして俺に協力を要請してくる。まったく、迷惑な話だ。

「分かってるなら話が早いわ」

「だから却下だ」

「何でよ? 手空いてるんでしょう?」

「空いてるけど却下。俺はあんまりお前らの実験に付き合いたくないんだよ」

 何が起こるか分からないからな……

「あたしはファージアスの次期当主にしてエルの称号を持ってるのよ? そう簡単に失敗なんかしないから大丈夫よ」

 俺の心配を察したのか、そんな風に言ってきた。でも、その言葉を鵜呑みには出来ない。

「この前大失敗してたのはどこのどいつだ?」

「うっ……あれはほら、禁忌と言われるくらいに難易度が高いものだったから……」

「って言うか、そもそもその称号を貰ってる奴ってのは一人前なんだろ? そんな実験とかする必要あるのか?」

 冴倉の場合は、試験の為に色々やってるみたいだしな。

「大アリよ! むしろまだ見習いの南月よりも、あたしの方が多く実験とかしてるんだから」

「そうなのか?」

「そうよ。あたしたちの責務と言っても過言じゃないわ。日々常々、あたしたちは新しい術や秘薬の開発に力を注いでいるの。あの時の化け物みたいに、今自分に出来る術では対処出来ないモノが深淵世界から出てきても困らない様にね」

「そういや、中津川に説明する時にも命を賭けないとどうとか言ってたな。深淵世界ってのは、そもそも何なんだよ?」

「深淵世界……あたしたちにも、その全てが分かっているわけじゃないわ。分かっているのは、そこにはありとあらゆる事象が情報として存在しているということ。そして、あたしたちが使う魔法も深淵世界が存在するからこそ成り立っているということ。そして……ごく稀に、深淵世界からこの現実世界に何かしらの情報が漏れることがあるということ。それくらいしか分かっていないわ」

 情報が漏れる? さっきあの時の化け物が出てきたらとか言ってのと関係あるのか?

「あたちたち魔女の役目は、漏洩した危険な情報を捕縛、あるいは抹消すること。その為に日々研究に打ち込んでるのよ」

 それって、様はあの時の化け物みたいなのが出てきた時に対処するのが役目ってことか? だとしたら――

「偉いんだな」

「え?」

 人間を……いや、そうじゃないか。この現実の世界を守る為に、魔女たちはその力を使っている。今のアリアを見ていても実感は湧かないけど……

「な、何よ急に?」

「いや、ただそう思っただけだ」

 わたわたとするアリアに、俺は少しだけ恥ずかしい気持ちを感じながらそう答えた。

「褒めても何も出ないからねっ」

 アリアを褒めたわけじゃないんだけどな……まあ、似た様なもんか。

「分かってるよ」

 それからくだらない話を少しして、俺はこれから一人で実験をするというアリアと別れて帰ることにした……



「たけちゃん!」

 校門を出ようとしたところで、後ろから聞き慣れた雅の声が俺を呼んだ。足を止めて振り返ると、パタパタと足音が聞こえてきそうな小走りをしながら雅が駆け寄ってきた。

「よぉ」

 軽く右手を上げ挨拶をする。が、ちょっとばかし校庭を走っただけで息を切らす雅には届いてないっぽい。

「はぁ……たけちゃん、今帰りなんだ?」

「そういう雅こそ」

「うん。先生にお手伝い頼まれちゃって」

 あー、そういや職員室に呼ばれてたっけ。

「先生に頼られるなんて、雅は生徒の鏡だなぁ」

「な、何言ってるのたけちゃんっ。私、全然そんなんじゃないよっ」

 何を慌ててますかこの子は。褒め言葉じゃないんだけどな……

「で、でもっ。たけちゃんは何かしてたの? もう帰ってると思ってたんだけど」

「ああ……ちょっとアリアと話してた」

「アリアちゃんと? そう、なんだ……」

 ん? 俺何かおかしなこと言ったか?

「それより、もう用事終わったんなら帰ろうぜ?」

「え? あ、うん。そうだね」

 何か様子が変だな……そういや昼も何か変だったけど。

「最近、一緒に帰ることが増えてきたよね?」

 並んで帰路を歩く中、ふと雅がそんな言葉を口にした。

「そうか?」

「うん。まるで、昔に戻ったみたい」

 昔に戻ったみたいで嬉しい。そんな風に聞こえた。何となく今の雰囲気がむず痒くて、慌てて話をはぐらかそうとする。

「そういやさ、先生に何頼まれたんだよ?」

「えっと、教材の整理とか」

 とかって何だよ……

「それって、重いものとかあったんじゃないか? そういうのを女子――それも雅に頼むなんてバカな先生だな。誰だよ?」

「えっとね、あんまり先生をバカとか言わない方がいいと思うな?」

 いや、自分がバカにされたことに怒ろうぜ? まあ事実だから何も言い返せないのかもしれないが。

「いいから誰なんだよ? 今度文句言ってやるから」

「え? それって、私のこと……うぅん。えっと、大丈夫だから。そんなに重いものなかったし」

 ? 何だ? 何か言いかけたみたいだけど……

「雅がそう言うんならいいけどな。もし無理なこと頼まれたらちゃんと断れよ?」

 人が良いからな、こいつは。

「うん。心配してくれてありがとう」

「別に心配なんか……」

 ――してなくもないか。

「あ……ここでお別れだね」

 いつの間にか別れ道までやってきていた。どことなく寂しそうな雅の言葉を聞くまで、俺はそのことに気がつきもしなかった……

「そうだな」

「それじゃあ、また来週ね」

「ああ」

 何となくお互いに気まずい思いをしながらも、俺たちはそれぞれ自分の家へと向かって別れた……



「で、何をするつもりなんだ?」

 夜の8時。場所は瑞ノ葉公園。俺は冴倉との約束通りこの場所に来ていた。目の前には当然冴倉もいる。

 実験に付き合う。そうは言っても、俺に出来ることなんて何一つない。強いて言えば、俺がいるだけで効率が良くなるというくらいだ。

「もうじき、あたしの師匠が来日するのは知ってる?」

「ああ。一応は」

 中津川と話してた時にそういう会話をしてたはずだ。

「実はね。それまでにどうしてもクリアしておかないといけない課題があるの」

 なら今までのは何だったんだ? と聞きたくなったが、あまりに真剣な表情の冴倉にそんなツッコミは入れられなかった。

「秘薬の類いは、師匠が来てからでも成功させれば問題ないのよ」

 心でも読まれたかの様な冴倉の言葉に、少しばかり驚いた。

「でも、これだけは師匠が来日する前に成功させないといけないの。言うなれば、最終試験をする為の条件みたいなものね」

「それをこれからやろうってのか?」

「そういうこと」

 なんか割りと簡単に言ってくれるな。それって、結構大変な内容なんじゃないのか?

「今から、深淵世界に干渉するわ」

「は!?」

 何だって? それって、禁じられてるんじゃないのか?

「長老会の承認は得てるわ。今日、日本時刻にして20時から21時の間。魔法を使って師匠と連絡を取ること。それが最終試験の条件なの」

「それと深淵世界との干渉と何の関係があるんだよ?」

「……あたしたちの使う魔法には、情報伝達をする為の術がないのよ」

「なら、どうやって……」

「だから、深淵世界への干渉を行うのよ。深淵世界は、時間や場所という概念を持たないわ。その性質を利用して、あたしと師匠が同時に深淵世界に干渉をすることで連絡を取るの」

「そんなこと、可能なのか?」

「可能よ。簡単なことじゃないわ。だけど、出来ないことじゃない」

 そう言う冴倉の表情は今も真剣そのものだ。つまり、今から行うことがそれだけ大変だということなんだろう。

「武人に来てもらったのは、失敗した時の保険よ」

「は?」

「今、この公園には結界が張ってあるわ」

「んで?」

「あたしが失敗して、深淵世界から危険なモノが出てくる可能性があるでしょう? その時に、もしかしたら武人の力を借りるかもしれないから」

 それはつまり、アリアの時の様な化け物が出てくるかもしれないってことか?

「これ、渡しておくわ」

 そう言いながら冴倉が差し出してきたのは、いつぞやのアメ玉。

「いきなりあたしがやられちゃう可能性もあるから」

「……そんなこと言うなよ」

 一応は魔素でできたアメ玉を受け取りながらも、俺はそんな言葉を口にしていた。特に意識して言った言葉じゃない。だけど、これは俺の本心で――

「絶対に、何かあっても冴倉のことは守る」

「武人……ありがとう」

 どこか照れくさそうにしながら、冴倉はそう言った。今更ながら、俺も恥ずかしくなってきた……

「それじゃあ、始めましょう」

「ああ」

 そんな言葉を交わし、儀式へと入る冴倉。俺はその姿を後ろから見つめることしか出来ずにいた……



 ――俺は有事に備えて気を張ったものの、結果から言えば冴倉の魔法は成功に終わった。

 じっと目を閉じたままだった冴倉がその目を開いたのは、多分10分くらい経ってからだろうか。もしかしたら、俺には初めて向けるんじゃないかと思うくらいとびきりの笑顔で、冴倉は口を開いた。

「ありがとう」

 成功したのは、俺のおかげだと。まるで、そんな風に言われた気がして……

 顔が熱い。多分、俺の顔は真っ赤なんだろう。変にドキドキしてる。

 そんな気持ちを誤魔化すかの様に、「良かったな」とだけ何とか答え、それ以上言葉を交わすことなく、俺たちはそれぞれの帰路へと着いた……

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