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第十話 小さな魔女の大失敗

 中津川や他のクラスメートを気にせずに魔法の実験を行える様になった。中津川が一応は協力者となった為、俺の提案した措置を行う必要がなくなったからだ。冴倉やアリアにしてみればそれは嬉しいことなんだろうが、俺にとってはあまり良いこととは言えない。せっかく前の様に普通の暮らしが出来ると思ってたのに、直ぐに元通り。今日から俺は冴倉の魔法実験の手伝いに逆戻りだ。

 そんな憂鬱さを感じながら、俺はいつも通りに登校した。

「おはよう、たけちゃん」

 席に着くと、隣りから雅が笑顔で挨拶をしてきた。教室に入ったときは何やら鞄の中を漁ってたみたいだったから気がつかなかったのかもしれない。何せ天然だし。

「おはよう」

 そう返事をしながら、鞄の中から昨日の宿題を取り出す。

「あ、ちゃんとやってきたんだ?」

「当然だろ」

 何の為にわざわざ教室まで取りに戻ったと思ってるんだ。

「そうだよねぇ。数学一限目だもんね」

 そうなんだよ。一限じゃなかったら、最悪今日来てからやるっていう手もあったのにな……

 それから他愛もない話をしている内に、担任が来てホームルームが始まった……



「勝負は期末テスト。全教科の合計点数が高かった方の勝ち。それでいい?」

 昼休み。昼飯を食べ終えた後、俺とアリアは教室で昨日の口論から出た勝負の内容について話し合っていた。

「望むところだ」

「負けた方は、一つだけ勝った方の言うことを聞く。OK?」

「ああ。ふっ、今から何をさせるか考えておかないとな」

「それはこっちのセリフよ。今から覚悟を決めておくことねっ」

 火花を散らすかの如く睨み合う俺とアリアを見て、呆れる者数名。何事かと思って行く末を見てる者数名。残りは全員関わり合いになりたくないとばかりに遠ざかっていく。

「武ひ――早瀬君、大丈夫なんでしょうね?」

 しばらく睨み合った後にアリアが教室を出て行くと、今度は冴倉が近寄ってきてそんな風に声をかけてきた。

「何が?」

「本当に勝てるの?」

「負けるつもりはないぞ」

「言っておくけど、あの子頭良いわよ?」

「え? マジで?」

 それは聞き捨てならないな。

「あたしたちの里では、何よりも最初に基本的な勉学から学ぶから……こういうちゃんとした教育機関に比べたら大したことはしないけど、少なくとも早瀬君が言う様なバカな子じゃないわ」

「……どうしよう?」

「はぁ……今はカッとなってどうでもいいことしか考えてないみたいだけど、もしかしたらとんでもないことを言ってくるかもしれないわね」

「とんでもないことって何だよ?」

「それは……聞かない方がいいと思うわよ?」

「……そうしとく。それにしても、そうするとマズイな……今からちゃんと勉強しておいた方が良さそうだな」

 幸いなことに、テストまではまだしばらくある。何とかなるかもしれない。いや、何とかしないとな。

「あたしの試験が終わった後なら、勉強見てあげるけど?」

「ホントか!?」

 あまりに嬉しい申し出に、思わず冴倉の両手を取り握ってしまった。でも今はそんなこと気にならない。それよりも希望が見えてきたことの嬉しさの方が大きい。

「助かるよっ。よろしく頼むな?」

「わ、分かったから……手、離してくれない?」

「え? ああ、悪い」

 今更ながらにちょっと恥ずかしくなってきて、俺は慌てて冴倉の手を離した。

「……ちゃんと、見てあげるから」

 もっと何か別に言いたいことがありそうな目をしながら、それでも冴倉はそう言ってくれた。

 その真意は分からないけど……

 聞いちゃいけない。そんな気がして、俺は発せられた言葉に対してだけ頷いた。

「ああ。ありがとう」



 午後の授業が始まり、既に十分程が経った。

 教室の中には、一つだけ空いている席がある。アリアの席だ。俺と睨み合って出て行ったきり、戻ってきていない。テストで勝負することになったのに授業に出ないとは、やっぱりバカなんじゃないかと思う。いつもなら、これで一歩リード出来る。くらいにしか思わなかっただろう。だけど、なぜか嫌な予感がした。

「先生」

「どうした? 早瀬」

「トイレ行ってきていいですか?」

「……今度から授業始まる前に行けよ?」

「はーい」

 なんて典型的な手を使って教室を抜け出す。

 アリアの身に何かあったとしても、俺が心配する必要はない。魔女の下僕化しない限りは、俺は普通の高校生だ。魔女であるアリアの手に負えない様な事態になってるとしたら、そこには俺じゃなく冴倉が行くべきだろう。だけど、まだ何かあったと決まったわけじゃない。むしろ何もない方が可能性は高い。

 それでも、嫌な予感程当たるものだ。教室を出ると、より一層嫌な予感が増した。

 どこかで、何かあったとしか思えない。だとしても、闇雲に探して見つかるわけもない。

 どうしたもんか……


 ――けて――


 ん? 今何か聞こえた気が……


 ――助けて――


 確かに聞こえた。これはアリアの声だ。でも、どこから……

 そう考えて、俺は直ぐに答えに至った。誰もいない教室。いつも冴倉が魔法を使っていたから直ぐに気がつかなかったけど、アリアだって魔女だ。空間歪曲魔術を使えても何もおかしくない。

 背後にある教室。中からはさっきまでと変わらない授業の声が聞こえてくる。それを見てもしょうがない。思い出せ。魔素を見て、アリアのいる誰もいない教室を思い浮かべろ。

 教室の扉をジッと見据え、そこに変化が生じるのを待つ。以前、冴倉とアリアが口論していた時の様に、外から干渉することが出来るはずだ……


 ――誰か……たす、け――


 聞こえてくるアリアの声が、さっきよりも弱くなってきた。一瞬、向こうとの繋がりが弱くなったのかと思った。が、その次の瞬間には歪みが見えた。俺は歪みごと扉を開く。その先には、授業中の風景ではなく――

 巨大な、タコの様な化け物と、その足に巻きつかれているアリアの姿あった。

「アリア!」

 思わずその名前を叫んだことで、扉を開けただけでは気づいていなかった化け物がこっちに視線を向けた。

 やべぇ……

「はやせ、たけひと……?」

「お、おう」

 アリアの弱々しい呟きに応えるが、はっきり言って俺にはこの状況をどうすることも出来ない。

 けど……

 アリアなら何とか出来るかもしれない。今は奴につかまっているみたいだけど、少なくとも俺よりは可能性が高いのは確かだ。

「この……化け物め!」

 一番近くにあったイスを持ち上げ、化け物に向かって投げる。が、鞭の様にしなる足によって弾かれてしまった。

 ……マジでどうしよう……

「魔素を、回帰させて……そうすれば、こいつは消えるわ」

 掠れそうな声で、俺にそんなことを言うアリア。それはつまり、こいつは魔素の塊みたいなもんってことか?

 とは言ってもな……

 考えながらも、俺はもう一度イスをつかみ投げつける。今度はアリアを捕らえている足を狙ったものの、他の足で簡単に弾かれてしまった。と理解した瞬間には、もう一本の足が俺の身体を薙いだ。

「ぐっ……」

 壁に叩きつけられ、思わず声が漏れる。背中に訪れた衝撃はかなりのもので、何度かむせた。

「どう、したの……? なんで、力を使わないのよ……?」

「使いたくても、使えないんだよ……」

 何とか立ち上がるものの、化け物は完全に臨戦態勢だ。いきなり襲いかかってくる様なことはしないが、もう受け身ではいてくれそうにない。

「マスターから魔素を貰わないと、下僕の力は使えないもんなんだろ?」

「あ……でも、あたしが藤野雅をけしかけた時は自分で使ってたじゃない」

 化け物がなぜか警戒してくれてるおかげで、こうして何とか会話が出来ているものの……

 このままじゃやられるのは目に見えている。

「あの時は、冴倉が魔素を込めて作ったアメがあったからな。ドーピングみたいなもんだ」

「……じゃあ、魔素の回帰は……」

「んなもん出来ん」

「…………」

 俺の素直な返事に、アリアは言葉を失った様だ。呆れ返る程の余裕はないみたいだが、呆れてないわけでもないだろう。

「こんなこと言っても信じられないかもしれないけど……お前はちゃんと助ける。だから、安心してくれ」

「え?」

 アリアの返事は聞かない。俺が言った意味を理解できてなかったみたいだけど、それを説明している余裕はない。

 振り上げだれた化け物の足を見て、俺は駆け出した。一本目の足を何とか避けて、化け物の本体へと向かう。

「危ない!」

 そんなアリアの叫びを聞いて、俺は反射的に身を屈めた。その真上を二本目の足が薙いでいった。それを視認した瞬間には、三本目の足が横から俺に迫っていた。直ぐに駆け出し、その足もかわす。残りの四本は奴の身を支えている為、直ぐに次の攻撃はこない。そう踏んだ俺はいっきにスピードを上げる。全速力で走り抜け、化け物に体当たりをかます。大して効きはしないのは分かっているが、一瞬でも怯んでくれれば十分だ。

 アリアをつかまえている足が、僅かだけど緩んだのが分かった。俺はその足の付け根に噛み付いた。

 化け物は奇声を発したかと思うともがき、アリアをつかんでいた足が完全に緩んだ。天井近くまで持ち上げられていたアリアが、床へと向かって落下していく。その身をキャッチする為にもう一度駆け出し、何とかアリアの身体を支えた。

「大丈夫か?」

「う、うん……」

 気まずそうに頷くアリア。だけど、今はそんなことを気にしてる場合じゃない。

「アレ、何とか出来るか?」

「それが、あいつ周囲の魔素を吸収してるみたいで……」

「魔法が使えないのか?」

「まったく使えないわけじゃないけど、あいつを何とか出来る程の魔法は使えないわ……」

 悔しそうに下唇を噛み、俯くアリア。

 これって、絶体絶命……?

「あ」

 そんなことを考えていると、アリアがいきなり声を出した。刹那、俺はアリアごと吹き飛ばされた。

 化け物の足にやられたんだと理解した瞬間には、壁が迫っていた。俺は何とかアリアの身体を抱きこみ、衝撃を全て受ける。

「っ……」

 もはや痛みは声にならない。

「早瀬 武人……」

「アリア、逃げろ」

「え?」

「逃げるくらいなら簡単だろ?」

「ダメっ」

「何でだよ?」

「あたしがここから出たら、あいつは現実世界に具現化するわ」

 なっ……それじゃあ、ここで何とかするしかないってことかよ……

「あたしがあいつを食い止めるから、あなたが逃げて。南月なら、この空間ごとあいつを封じることも出来ると思うから」

 冴倉に頼れってことか……でも、今の言葉をそのまま受け取ると……

「それって、アリアごとってことだよな?」

「…………」

 俺の質問に、アリアは何も答えない。それはつまり、肯定ということだろう。

「そんなこと出来るか!」

 ケンカしてたみたいなもんだ。だけど、俺はアリアが嫌いなわけじゃない。そんな見捨てる様なマネ出来ない。

「いいから! それしか手はないんだからっ」

「くっ……」

 それでも、それでも俺は……

「そんなもん納得できねーんだよ!」

 立ち上げると同時に、駆け出す。近くのイスを手に取り、襲いかかってくる足に投げつける。足はそれを絡み取り、こちらに投げ返してきた。今度机を持ち上げ、そのイスを防ぐ。あいつを弱らせれば、今のアリアの魔法でも倒せるかもしれない。体当たりも噛み付きも効いたんだ。弱らせることくらい出来るはずだ。

 そう思った瞬間には、もう一本の足が俺の身体を再び薙いでいた。

 ドンッ。そんな音と同時に、三度目の衝撃が背中に走った。

「ぅ……」

 脳が揺さぶられたからか、意識はあるものの視界が暗転した。立ち上がることも出来ない。

 ちくしょうっ。分かってた。役に立たないってことくらい。でも、でも……

「早瀬 武人……うぅん、武人」

 耳元で、アリアの声がした。いつものツンとした声じゃなく、哀しげな、それでいて優しい声音。

「南月は納得しないと思うけど、あたしの案を聞いてくれる?」

 俺は答えない。いや、答えられない。意識はあるが、じょじょに朦朧としてきていた。

「武人と、契約を交わすわ」

 契約? それって、もしかして……

「武人が力を使えれば、あいつなんか目じゃない。だから……」

 声が、さっきよりも近い。いや、耳からは離れた。だけど、直ぐ近くにアリアの息遣いを感じる。

「武人が嫌だったら、ゴメンね……」

 そう言ったアリアの唇が、俺の唇に触れたのが分かった。それだけじゃない。俺の唇をアリアの舌が開き……

 俺の――普通の高校生としての俺の意識が、途絶えた……



 それからどうなったのかを、俺は覚えていない。

 気がついたら自分の部屋にいた。ベッドに仰向けになった眠っていた様だ。

 覚えている記憶を繋ぎ合わせると、一つしか答えが出てこない。

 俺はアリアの下僕となり、あの化け物を倒したんだろう。これから先、一体どうなることやら……

 見慣れた自分の部屋の天井を眺めながら、俺はそのままもう一度眠りに着いた……

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