本日の部屋付き侍女
「なんてことなの!どうしてよりにもよって、悪役令嬢なんかに転生しちゃったのよ!」
屋敷中に響く可愛らしい声。
一緒に働く同僚等は「あらあら、お嬢様が寝ぼけているようですね」と軽く流している。
私が働くこちらの邸宅は、帝国でもその名を知らない人がいないモーリタス公爵家。
高位貴族であるこちらのご一家は、公爵夫妻の他に、お子様が5人。
長男・次男・長女・三男・次女という並びで、上の3人は学園の寮で暮らしており、お屋敷には下の2人の坊ちゃんとお嬢様が暮らしている。
公爵夫妻は仕事や社交に忙しく、あまり邸宅にはいないため、自然と2人のお世話は使用人たちの仕事となっていることは言うまでもない。
中でも末娘であるリリナ様は御年4歳。美しい黒髪に、公爵家特有のブルーの瞳。陶器の様なスベスベの肌と小ぶりの唇。まるで物語から飛び出してきた妖精の様な風貌である。
もちろん、かわいい盛りということもあり、邸宅中のアイドル的存在であるのは言うまでもない。
そんなお嬢様は何やらブツブツと独り言を真剣な面持ちで続けている。
本日の部屋付き侍女の1人である私は気配を殺しながらその様子を見守り……いや、正確には聞き耳を立てていると言った方が正解だとも思う。
「なんてことなの!私、あのB級、乙女ゲーム「箱庭の恋煩い」の世界に転生しちゃってるじゃないの!」
(お嬢様……今日もハッスルされていらっしゃるわ。ぷるぷるの唇が愛らしさを倍増しているわ)
「しかも悪役令嬢なんて……人生積んでる!」
(あらあら、難しい言葉を使っていらっしゃる。どこで覚えたのかしら?おませさんね)
「ゲームのスタートが16歳だから……今は4歳でしょ……ってことは……何年後に学園に行くのかしら?」
(指を使って数えていらっしゃる……尊いわ、目に焼き付けねば!)
「とっ……とにかく!まだ挽回できるはず!紙とペンはどこ?覚えていることを書き出さないと……!」
(ここは、こっそり枕元に置いておきますね。お嬢様ファイト!)
「あっ!なんかここにあった!急げ急げ!忘れる前に書かなきゃ!」
(本当にかわいらしい方だわ……。まさに天然培養)
その後もしばらくは様子を見守っていましたが、考え込んで疲れて眠ってしまわれたので軽く片づけをしてからお部屋を後にする。
しばらく察した上で、お嬢様の尊いお言葉を要約すると以下の通りになる
①お嬢様は乙女ゲームなる世界の悪役令嬢である(※現在は幼年期にあたるとのこと)
②学園の高等科に進むと、ヒロインなる者が登場し、数名のイケメンとキャッハウフフをするらしい
③お嬢様はそのヒロインの恋愛の妨害をするポジション(※ほっといてもモテる、絶世の美少女がしょうもない妨害する必要があるのか甚だ疑問)
④しまいには婚約者を奪われたり、関係ない時でも婚約破棄されたりする
⑤ヒロインの攻略対象に、三男様がいるらしい(※坊ちゃんはお嬢様ラブなはずだが……)
⑥最終的にお嬢様は打首獄門の結末を迎える
何かよく分からんが大変そう。あれだけ苦悩されていたし、お嬢様は本気で先の人生について悩んでいいらっしゃるのであろう。
可憐なお嬢様によく分からない災難が降りかかるなんて、部屋付き侍女としては見過ごせない話であるのは言うまでもない。
「なんとかしなくては……」
これからお嬢様がどんなことを言ってもいいように、私は使用人棟へ急いで向かった。
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「お嬢様がステップアップしたいと?」
目の前にいる執事長はビックリした顔をしながらもどことなく嬉しそうである。隣りで話を聞いていた侍女長も心なしかウキウキしているように見える。
「私がお嬢様のひとりごとを要約したところ、何やら高等科に入るまでに一流のレディになりたいようです」
「でも、リリナ様はまだ4歳ですよ?気が早い気もしますが……」
「ですから、一流の教育を潜ませながらレベルアップを狙うのはいかがでしょうか。勿論、お嬢様が提案したという流れを作ってですが……」
「成程、その中で刷り込むってことですね?」
「そうです。そして、先回りして家庭教師などの人材の確保を行っておく必要があります。人気の方はあっという間に他家に取られてしまいますので。お嬢様は幼いので、近く学園を卒業する方の中から何人か青田買いするのもよろしいかと……。遊び相手兼用のライトな立ち位置の方もありですね」
「刷り込むなら、お嬢様の婚約者候補も1人紛れ込ませるのもいいですね」
「たしかに。お嬢様の様な純粋な方には、早い時期から関係性を作った方が安心ですしね」
「ご学友候補との交流会も早速準備した方が良さそうですね」
「三男坊ちゃまのご学友の中からも将来護衛騎士に引っ張れそうな方が居た気がします」
「では、それとなく旦那様と奥様に打診しますので、侍女長は他の使用人に対して情報集めと、根回しの指示を、侍女メンバーは引き続きお嬢様の見守りを行う様に」
この話の内容はあっという間に邸宅の使用人間で共有され、人材や教材の確保は勿論のこと、お嬢様の要望に100パーセント応えられるように数時間後には準備が全て完了された。
我々はあくまでも使用人。公爵家の皆様の望まれるベストな回答を先回りして用意するのが仕事なのである。
その後、仮眠から目覚めたお嬢様は「だつ・あくやくれいじょう」と書かれた指南書を片手に、その第一歩としてマナーの先生をご所望された。選ばれた指南役は、侍女長お墨付きの素晴らしい方が担当することとなり、朝食をとりながら奥様は大変満足そうな様子。たまたま邸宅で仕事をしていた旦那様は「5歳になってからでも良いのでは」とブツクサ言っておられましたが、奥様が一睨みして早々と退散することとなった。昼過ぎには全てが完了したので今回のチームプレイには私自身も大満足である。
ちなみに、こっそり読んだ「だつ・あくやくれいじょう」の中には
1.おうじさまとこんやくしない
2.まとうしゅはしらんぷり
3.ごえいきしはのうきんだから、おやつさくせん
4.せんせいはろりこんだから、けいさつにつうほう
5.せいとかいにはいらない
などの文字が。とりあえず、思わぬ具体例の数々に感銘を受けたので、私のバイブルの1つにエントリーしておいた。
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「で?僕の婚約者様はそんな恰好をして何してるの?」
裏庭で追加の洗濯を干しているとシーツの合間からひょっこりと顔を出す次男様ことレイモンド様。
「私は忙しいので学園へお戻りください」
「いやいや……僕は君を連れ戻すために今日は公爵家に帰ってきたんだよ。何やってんのほんと。デートしてから学園に戻ろう」
「いやいや。今お嬢様のお世話で忙しいから空気を読んでいただけると有難い次第です」
「いやいや!どこの令嬢が変装して侍女ごっこしてるのさ!学園の時より楽しそうだし、これバレたらお父上様に僕が怒られるんだよ!」
「大丈夫です。こちらの邸宅の使用人達は口が堅い方ばかりですので外部に漏れることはありません」
「あぁ!話が通じない!なんでこの人頑固なの!」
目の前で頭を抱えて呻き声をあげるレイモンド様。普段は学園の寮にお住まいなのに、本日は邸宅へ戻られたようだ。
「今回は気が付くの早かったですね」
「そりゃ君みたいな目立つ人が居なかったら数分で気が付くに決まってるでしょ」
「お嬢様は気が付かれてませんでした」
「リリナはまだ幼いし、君と顔合わせもしてないでしょ。そりゃ分からないって」
「私、週末もここで過ごしたいのですが……」
「君のご実家のタウンハウスで義兄の婚約者様との会食があるでしょ。忘れたふりは良くないよ」
そう言って、レイモンド様は私の手をギュッと握る。
「それに……僕もちょっとは構って欲しいな?」
「私のタイプの男性になってから出直してらっしゃい」
「えぇ……手厳しい……」
そう言いながらも満面の笑みでこちらを見つめるレイモンド様。きっとこの後はお兄様のお祝いの品を買って、一緒にお泊りするつもりなのであろう。一見羊の様なツラをしているこの男の本性は碌なモノでない。だからこそ、父も兄も気にっているのだろうが、腹の探り合いが面倒くさい私は、もう少し脳筋気味な男の方が好みなのである。とりあえず、いつの間にか腰に回っている手が忙しく動いているので抓っておく。
「はぁ。今度の夏季休暇は侍女としてお嬢様のサポートに徹したい」
「君は辺境伯の娘であることを忘れないで。そして、僕たちは社交するのが役目だよ」
「この制服も脱ぎたくない……」
「なら、僕が脱がせようか?」
「坊ちゃんは明るい場所で見るのがお好きなのかしら?」
軽く言い合いをしながら門の前に留めてある馬車へと2人で向かう。
なんだかんだ言って私に甘いレイモンド様は、きっと夏季休暇時の上手い落としどころを用意してくれるだろう。
「ところでアレクシス。「だつ・あくやくれいじょう」とはなんだい?」
不思議そうな顔をするレイモンド様に、その説明を詳しく出来たのは日付が変わってからだったのはここだけの話である。
お付き合いいただきありがとうございました。




