第5話勇者が消える魔王城
「あの、営業時間って一体」
「言葉の通りだ。俺は基本的に時間外労働はしない。二度と。悪いが帰って……君、怪我してるのか?」
女勇者、ニーアの腹部からは微かに血が滲んでいる。
「っこ、これは……」
(マズイ!弱点を知られた!この魔王、私を油断させて殺す気かもしれない……)
ニーアは後退りしながら足首に隠したナイフに手を添える。アザゼルが少しでも攻撃してこようものなら、たとえ深手を被うとしても生きて打ち倒す。そんな気概だ。
だが魔王であるアザゼルはニーアの前に跪いたのだった。
「かなり酷いな」
アザゼルはニーアの腹部に掌を向ける。
「ッこないで!」
ニーアは反射的にナイフを投げる。
ナイフはアザゼルの眼前に。
音はない。
アザゼルの人差し指と中指の間に、ナイフは美しく挟まれていた。
「えっ」
(こ、この人、私が投げたナイフを指で挟んで止めた?!どんな指の力してるの?!)
「アザゼル様!お怪我は?!」
「大丈夫大丈夫。俺が触ろうとして脅かしたんだから仕方ないよ。はい、治癒」
緑の光と共にニーアの腹の傷が消えていく、
(人々から奪い、傷つけると言われている魔王がどうして私を?まっまさか!)
『怪我が治ったか?ならば我の子を孕むがいい!貴様は我の子を作る道具だァ!』
ニーアの脳内にはゲスな顔をして笑うアザゼルの妄想が膨らむ。ニーアは両手を頬に当て、ゾッと背中を震わせた。
「応急処置は終わったけど、残りは……ルイーゼ」
「身の回りのお世話でしたらシルビアが適役かと」
「流石話が早い。じゃ、任せたよ。さーて、残業終わり終わり〜」
「俺全員呼んで来ますね」
魔王も、その仲間たちもニーアに攻撃するでもなくただ治癒をして去っていく。ニーアは状況が飲み込めずその場に立ち尽くした。
「お嬢さん。私はアザゼル様の秘書兼メイド、ルイーゼと申します。今宵は魔王城でのインターン、楽しんでくださいねっ!」
「いんたーん?」
ニーアは去っていくアザゼルの背中を見つめながら、笑うしか無かった。
◇◇◇
次の日、アザゼルは9時ピッタリに出勤。騎士たちが壁に沿って並び、巨大な椅子に魔王が着座。重圧的な空間は、アザゼルの赤く鋭い瞳によって作り出されている。
そしてアザゼルの視線を一身に受けるのは、勇者ニーアだ。薄汚れた勇者服は白いブラウスと黒のスキニーパンツに取り替えられている。
「さて……気分はどうだ?勇者」
圧ある問いかけに控えのメイドたちが微に黄色い声をあげる。
「どうしたもこうしたも……いっ至れり尽くせりで怖いよ!傷丁寧に治されたあと大浴場に突っ込まれて、出たら豪華な料理並んでるし宴会に巻き込まれるし?!ここは魔王城じゃないの?!」
グフッと笑いを堪えているのは元ブラックギルド所属のシンである。
「いかにも魔王城に他ならない。休まったようで何よりだ。それで君、魔王城に転職する気は無いか?」
「転職?魔王の仲間になれってこと?」
「手短に言えばそうだな」
「……何かの罠?」
「そう思うのも無理はないか。理由としてはだな……ルイーゼ!」
アザゼルが指を鳴らす。ルイーゼが一歩前に出て書類を広げた。
「勇者ニーア様は、私達に警戒心や敵対心を抱きながらも、重いものを運んでいたシルビアに手を貸したり、シンがデザートを食べ損ねて泣いている時に分けてあげるなど多大なる親切心が伺えました」
「いつの間にそんなこと……」
「と、まぁ。そんな心優しい人材がブラックギルドで摩耗されてるって言うのは勿体ない。だから転職を進めてるんだ。これが労働条件だ」
アザゼルの次の指鳴らし。ルイーゼが書類を手渡す。
「労働条件……週休三日、残業無し、報酬……金貨30枚?!こ、これは……!」
ニーアは書類を持ってワナワナと震える。
「今すぐにって訳じゃないが意思が決まったらこの転送魔法陣まで連絡を――」
「――は……あるんですか?」
「ん?」
「ボーナスはあるんですか?!」
ニーア、転職決定。
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ニーア
連勤 478日
ストレス値 500
性格 明るく元気、皆とワイワイタイプ
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◇◇◇
エンゼル王国
冒険者斡旋ギルド
依頼書が貼り付けてある掲示板の前にて数人の冒険者達が噂話をしていた。
「なぁ聞いたかよ。東の森の魔王、とんでもねぇ強さらしいな」
「そうそう。勇者の体の一部すら帰ってこないらしいよ〜」
「怖……その依頼絶対当たりたくないわ。もし当たってもバックれてやろうかしら」
「馬鹿。そんなことしたらとっ捕まって鞭打ち&減給に処されちまうぞ……っあ」
冒険者の背後にて、ギルド長カイザーが鋭い視線を携えて立っていた。
「ひっ、す、すみません!すぐ依頼に向かいます!!」
冒険者達は爆弾でも投げられたかのように、一目散に逃げていった。
「……魔王め。いいだろう。Aランクの冒険者パーティを派遣してやる……この俺にコストを掛けさせた罪、必ず償って貰うからな……!」
笑いながらも額にはビキビキと破裂せんばかりの青筋が。カイザーはタバコを床に投げると、ダンッと音を立てて踏みにじった。




